369.✴︎音楽エッセイ∶午後の色と、遠い恋と夢の余韻──ボサノヴァとフレンチ・ポップの二重奏
"She looks straight ahead, not at him."
― The Girl from Ipanema
"Je suis l’ex-fan des sixties."
― Jane Birkin, Ex-Fan des Sixties
午後のカフェには、言葉よりも香りと音楽が似合う。
TOR GARDEN──あの庭の名を、いまでもふと思い出すことがある。
柔らかな陽射し。芝の匂い。琉球ガラスに注がれたパッションフルーツの炭酸水。
その横でかすかに流れていたのは、ボサノヴァだった。
アストラッド・ジルベルトの《イパネマの娘》。
鼻に抜けるメロディは軽やかで、でもどこか遠く、恋の後ろ姿のようでもあった。
20代。まだ世界が平和で、自分にも輝ける未来があると、何の疑いなく思えていた頃。
ストローで飲むモエ・シャンドンに酔いながら、芝に寝転び、空を見上げていた自分が、確かにそこにいた。
けれどその時間も、その庭も、もう存在しない。
時を経て、今も音楽を聴いている。
けれどその選曲は少し変わった。
たとえば、そう…
ジェーン・バーキンの《Ex-Fan des Sixties》。
フレンチ・ポップ特有のウィスパーボイス。ふわりとした甘さのなかに、冷えた諦めがある。
「私はもう、60年代のファンじゃないの」
そう歌う彼女の声は、時代の熱をすり抜けてきた人だけが持つ、上品な“疲れ”のようにも聴こえる。
アストラッドが“恋が始まる気配”
ジェーンは“恋が終わった後の、笑い方”を知っていた。
ふたりの声は、どちらも静かに美しい。
けれど、歩いている時間が違う。
だからこそ、並べて聴くと、ひとつの人生を垣間見ているように思える。
7月の朝。
あの時、譲ってもらったガラスの器に緑を活けるたび、記憶の庭が立ち上がる。
軽やかなボサノヴァと、ふいに重なるフレンチ・ポップの余韻。
どちらの音も、もうこの街ではあまり聴かれない。
でも、私の中では、いまも流れ続けている。
午後の光の中で。
恋と夢が始まる前と、終わった後のあいだで──
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。
お気持ちが、大変励みになります。その、お気持ちに応えれる様な記事を引き続き作っていきたいと思います。
本当に、ありがとうございます。