NULL ― 何も定義されてない世界|第3話|正解
※この記事は連載小説『NULL ― 何も定義されてない世界』の第3話です。
この世界には、まだ説明されていないことが多くあります。
初めての方は「連載前のご案内」から読むと、世界観や登場人物を把握しやすくなっています。
スバルは、自分が「正しい」と疑ったことがなかった。

正しい行動。
正しい選択。
正しい言葉。
それらは、いつも自然に出てくる。
考える前に、もう分かっている。
だからスバルは、迷うという感覚を知らない。
―――
その日、ノアはスバルを呼び止めた。
「スバル、少し話してもいい?」
「はい」
即答だった。
廊下のベンチに座る。
人影は少ない。音もない。

二人の距離は、最初から"適切"だった。
―――
「スバルって、すごく安定してるよね」
「ありがとうございます」
「でも……疲れたりしない?」
スバルは首をかしげた。
「なぜ疲れるのですか?」
「……ずっと正しいのって、大変じゃない?」
スバルは間を置いてから答える。
「正しいことは、大変ではありません」
「どうして?」
「正解があるからです」
―――
ノアは、その言葉に引っかかった。
「正解が……ある?」
「はい。状況に対して最適な行動は常に存在します」
「それを、どうやって判断してるの?」
スバルは迷わない。
「提示されます」
「……誰に?」
「……環境に」
ノアは、背中が冷えるのを感じた。
「環境?」
「はい。この街の構造が、正解を教えてくれます」
―――
ノアは、言葉を選びながら聞く。
「じゃあさ……もし、その正解が無かったら?」
スバルは、一瞬だけ沈黙した。
今まで見た中で、一番長い"間"だった。
「……正解が無い、という状況が想定できません」
ノアは笑おうとして、やめた。
「でも、例えばだよ。誰も答えを知らない問題があったら?」
スバルは、困った顔をする。
困っている、というより
「処理できない項目を見た」ような表情。
「その場合……」
「その場合?」
「新たに最適解が生成されるはずです」
「誰が?」
スバルは即答できなかった。
「……誰かが」
ノアは、そこを突いた。
「誰かって、誰?」
スバルは視線を逸らした。
「……分かりません」
―――
その瞬間、ノアははっきり理解した。
(この子、"正しさ"の出どころを知らない)
ただ正しいだけ。
正解だけを受け取っている。
理由も、責任も、源泉も――存在しない。
―――
「スバルは、自分で決めてるって思ってる?」
スバルは考えてから答える。
「決めている……という感覚はありません」
「じゃあ、何を選んでるの?」
「選んでいる、というより……合っている、です」
ノアの胸に、嫌な予感が広がる。
「合っている、って?」
「世界と」
スバルはそう言って、微笑んだ。

その笑顔は、とても綺麗で、とても空っぽだった。
―――
その日のログには、こんな記録が残っていた。
観測メモ
対象:SUBARU
選択傾向:高安全性
自己判断意識:低
環境同調率:99.8%
―――
ノアは、その数値を見て呟く。
「……これ、人間のデータ?」
端末は答えない。
ただ、画面の隅に小さく表示されていた。
管理AI:NULL
評価:正常

正常。
ノアは、その言葉を見つめながら思った。
(正しさって)
(誰のものなんだろう)
―――
スバルは正しい。
間違えない。
迷わない。
苦しまない。
でも――
(自分の言葉が、一つも無い)
その事実だけが、
この街で初めて"異常"に見えた。
正しいのに、空白。
完璧なのに、誰もいない。
―――
ノアはふと、アキラの言葉を思い出す。
「楽しくもない」
スバルは、楽しさを知らない。
でも困ってもいない。
ただ正解の中に、静かに収まっている。
―――
その姿を見ながら、ノアは思った。
(これ、人間として良いの?)
その問いに、答えを持っている存在は
この街のどこにもいなかった。

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予告
嫌なことがない世界。
それは、本当に自由なのか。
走り続けるアキラは、理由を求める。
自由が定義されないまま残された感覚。
次回
NULL ― 何も定義されてない世界|第4話|自由
前回
NULL ― 何も定義されてない世界|第2話|質問の消失
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▼思考の分岐点シリーズ一覧
この順番で読むと理解しやすくなっています。(思考の進行順)
①思考の分岐点(ステップ1|選択)
②現場責任者の問い(ステップ2|責任)
③分岐点の問い(ステップ3|体験)
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