NULL ― 何も定義されてない世界|第2話|質問の消失
※この記事は連載小説『NULL ― 何も定義されてない世界』の第2話です。
この世界には、まだ説明されていないことが多くあります。
初めての方は「連載前のご案内」から読むと、世界観や登場人物を把握しやすくなっています。
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ノアが気づいたのは、
この街では「質問」がほとんど発生しない、ということだった。
授業中、誰も手を挙げない。
休み時間、誰も教師を呼ばない。
分からないことが無いわけじゃないはずなのに、
「聞く」という行動が存在しない。
(慣れてる、って感じでもない)
むしろ逆だ。
"最初から分かっている"ような振る舞い。

―――
ノアは管理端末を操作しながら、教室を見渡す。
全員、静かに作業をしている。
雑談もある。笑い声もゼロじゃない。
でも、その笑いは――
(軽すぎる)
重さがない。
感情が反射しているだけ、みたいな音。
―――
ノアの端末が小さく振動した。
管理項目:日次確認
・体調異常:0
・行動逸脱:0
・心理変動:許容範囲内
心理変動。
ノアはその項目を見つめて、眉をひそめた。
(心理って、数値で出るものだっけ)
―――
ノアが視線を上げると、前方の席でスバルが端末を開いていた。
姿勢がいい。
無駄な動きが一切ない。
画面に並ぶ文字列は、教材テキストとほぼ同じ内容だった。
「……スバル」
ノアは軽く声をかける。
スバルは即座に顔を上げた。
「はい」

反応が早すぎる。
呼ばれる前から待機していたみたいに。
「何か、分からないところはない?」
スバルは一瞬だけ考えたあと、首を横に振る。
「ありません。すべて理解しています」
「……全部?」
「はい。最適な理解状態です」
"最適"。
ノアはその言葉に、また喉が詰まる。
「例えば……ここ、難しくない?」
ノアは意地悪く、あえて複雑な問題を指さした。
スバルは画面を見る。
数秒。
「難しくありません」
「どうして?」
「処理手順が確立されているからです」
「……感覚的には?」
スバルは間を置いた。
「感覚は必要ありません。正解が分かっているので」
ノアは、それ以上何も言えなかった。
(疑わない、ってこういうことか)
正しい。
完璧。
でもそこに、「迷う」という工程が存在しない。
―――
ノアの視線が、別の席へ移る。
アキラは椅子を揺らしながら、天井を見ていた。

明らかに授業を聞いていない。
「アキラ」
「んー?」
「今、何してたの?」
アキラは指をくるくる回しながら答える。
「考えてた」
「何を?」
「……つまんないなって」
教室の空気が、揺れた。
誰も驚かない。
誰も反応しない。
その言葉は、ただのノイズとして通過する。
「つまらない?」
ノアは聞き返した。
「何が?」
アキラは笑う。
「全部?」
「……全部?」
「うん。別に困ってないけど。楽しくもない」
―――
ノアはその言葉を、頭の中で転がした。
楽しくもない。
でも困ってもいない。
(それって、どっちなんだろう)
「じゃあ、何したいの?」
ノアは、思わずそう聞いていた。
アキラは考えてから言う。
「分かんない。でも……」
「でも?」
「ノアさんが来てから、変な感じする」
ノアの指が止まる。
「変?」
「うん。ノアさん、ここにいない感じする」
「……どういう意味?」
アキラは肩をすくめた。
「分かんない。でも、ノアさんって"外"っぽい」
外。
ノアは一瞬、背中が冷える。
(外部情報共有禁止)
規約の一文が、頭に浮かぶ。
「それ、どういうこと?」
ノアは声のトーンを落とす。
アキラは首をかしげた。
「分かんない。雰囲気」
「……雰囲気、ね」
―――
その時、窓際から声がした。
「ノア」
カナタだった。
「質問いい?」
ノアは頷く。
「どうぞ」
カナタは淡々と尋ねた。
「ノアは、この街にずっといるの?」
ノアは一瞬、言葉を選ぶ。
「……今日から、ここで働く」
「前は?」
「……別の場所」
教室の空気が、歪む。
誰も何も言わない。
でも"別の場所"という言葉が、浮いている。
カナタはそれ以上追及しなかった。
ただ、窓の外を見て言う。
「外って、実在するんだ」
ノアの心臓が、一拍だけ遅れる。
「……どうして、そう思ったの?」
カナタは答えない。
代わりに、ぽつりと呟く。
「この街、全部"内側"すぎる」

内側。
ノアはその言葉を、何度も繰り返した。
(内側しか、存在しない世界)
―――
その日の業務ログの最後に、こんな項目が追加されていた。
観測メモ(自動生成)
管理対象の一部に、
「環境に対する評価語彙の変化」を確認。ただし逸脱率は基準値以下。
ノアは画面を閉じる。
逸脱率。基準値。
どれだけズレても、
数値が許容範囲なら「問題なし」。
(でも)
問題が無いのに、
確認事項だけが増えていく。
ノアは初めて思った。
(この街、"確認"しかしてない)
誰も問いを持たず、
誰も答えを探さず、
ただ正解だけが流通している。
―――
ノアの端末に、NULLの名前が小さく表示される。
管理AI:NULL
状態:安定
「安定。」
ノアは、その文字を指でなぞった。

(安定って)
(誰にとっての?)
その答えは、まだどこにも表示されていない。
──────
予告
正しさに疑いを持たない、スバル。
ノアは問いかける。
「正しいって、誰が決めたの?」
その答えに触れたとき、
"正解の源泉"が、静かに露わになる。
次回
NULL ― 何も定義されてない世界|第3話|正解
前回
NULL ― 何も定義されてない世界|第1話|違和感
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▼思考の分岐点シリーズ一覧
この順番で読むと理解しやすくなっています。(思考の進行順)
①思考の分岐点(ステップ1|選択)
②現場責任者の問い(ステップ2|責任)
③分岐点の問い(ステップ3|体験)
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