ハワード・マークスが語る『次の40年の投資術』——サイクル、AI、そして、優れた投資家だけが持つ視点
「未来は予測できない。しかし、準備することはできる」——Oaktree Capital Management創業者ハワード・マークスは、約50年にわたる投資経験のなかで、この確信を一貫して持ち続けてきた。
インド人起業家・投資家のニキル・カマスが主催するポッドキャスト「People by WTF」に登場したマークスは、サイクル論、AI時代の投資、債券対株式の哲学、そして、投資家としての思考法について率直に語った。本稿ではその内容を整理し、ビジネスマン・投資家が実務に活かせる視点を抽出する。
1. 「無常」と投資哲学——日本文学から得た洞察
1-1. 「無常」という概念
マークスは、ウォートン校在学中に日本文学を学び、そこで得た哲学的概念が投資思想の土台になっていると語る。その中核にあるのが「無常(Mujo)」——「法の輪の回転」を意味し、変化の不可避性・予測不能性・制御不能性を指す概念だ。
「変化は避けられない。それを制御しようとするより、適応して最大限に活かすことが重要だ」というマークスの言葉は、約10年前に書いたメモ「You Can't Predict. You Can Prepare.」にも凝縮されている。
1-2. 「予測」ではなく「準備」
マークスが強調するのは、予測に頼ることの危険性だ。人間はあいまいさを嫌うため、予測によって「操作できる世界」を作り出そうとする。しかし、その予測が過度になると、実現しにくいシナリオを前提に行動してしまう。
「あらゆる未来のシナリオに備えることはできない。楽観的な未来への備えと悲観的な未来への備えは両立しない。だから、確率分布の中央部分に対して準備することが現実的だ」という考え方は、ポートフォリオ構築の実践的指針にもなる。
2. サイクルとはなにか:「過剰と修正」の繰り返し
2-1. GDPの平均成長率がなぜ「平均」にならないのか
マークスは、長年サイクルを研究してきたが、ある問いを自分に投げかけたという。「GDPの平均成長率が2%なら、なぜいつも2%にならないのか?」その答えは、「過剰と修正」だ。
楽観が消費を促し、生産者が設備投資を積み増し、経済はトレンドラインを上回る。やがて供給が需要を超え、消費が一巡すると、反動として低成長期が訪れる。この繰り返しがサイクルを生む。
「サイクルを上昇と下降として捉えるのではなく、トレンドラインを中心とした過剰と修正として考えるべきだ」という視点は、市場分析の解像度を高める。
2-2. 現在のサイクルの位置づけ
マークスは、「今の景気回復は、幼年期でも老年期でもなく、中年期にある」と評した。大規模な建設ブームや在庫の積み上がりといった「過剰の兆候」が顕著ではないことを根拠に挙げる。ただし、AI関連の設備投資については、「ブームが起きているのは明らか。それが過剰投資かどうかは、AIをよく知る人でないと判断できない」と述べ、断定を避けた。
3. アクティブ運用対インデックス:勝負の本質
3-1. インデックスが「勝った」理由
「インデックス投資が台頭したのは、それが優れているからではなく、アクティブ運用が劣っていたからだ」——マークスはこう断言する。手数料の問題だけではなく、そもそも多くのアクティブ運用が、市場平均を下回る結果を出し続けたことが根本原因だという。
「もしアクティブ運用が、同じ手数料でもインデックスに劣るなら、結論は変わらない」という指摘は、運用コスト論に矮小化されがちな議論を本質に引き戻す。
3-2. 「平均的に正しい」ことの罠
マークスが提唱する「セカンドレベル思考」の核心は、「コンセンサスと同じ思考をするなら、コンセンサスと同じ結果しか生まれない」という点だ。超過リターンを得るためには、群衆とは異なる行動が必要だが、「異なる」だけでは不十分で、「異なっており、かつ正しい」必要がある。
「セカンドレベル思考の重要性は説明できる。しかし、どうすればそうなれるかは教えられない。バスケットボールで言えば、身長はコーチングでは伸びない」という言葉は、投資の本質的な難しさを端的に表している。
4. 債券対株式:「上限のあるリターン」を選んだ理由
4-1. 「リターンの上限」を好む心理的背景
株式投資家から見れば、債券は、「上限付きのリターンで下限はほぼゼロ(デフォルト)」という非対称な資産に映る。マークスは、この点を認めつつ、「予測可能な結果がほぼ毎回達成される」という確実性が自身の気質に合っていたと説明する。
彼の両親は、大恐慌を大人として経験した世代であり、「リスクを避けよ」「雨の日のために貯めよ」という価値観が幼少期から刷り込まれていた。「株式投資家は想像力と先見性を持つ。債券投資家は一貫して基礎を押さえる。それだけの違いだ」という表現は、どちらが優れているかという話ではなく、自分の気質との適合性の問題だという立場を示している。
4-2. ジャンク債との出会いと「行列の先頭」
1978年5月、マークスは上司の指示でハイイールド債(当時は「ジャンク債」と呼ばれていた)の運用を始めた。マイケル・ミルケンが創設しつつあった市場の黎明期に参入できたのは、自らの判断ではなく「行列の先頭に偶然立つことができた」幸運だったと振り返る。
「行列の先頭にいることの重要性——それがマルコム・グラッドウェルの『アウトライヤーズ』の核心だ。問題は、どの行列の先頭に立つべきかを見極めることだが、それは非常に難しい」という言葉は、運と実力の関係についての冷静な自己評価だ。
Oaktreeの48年間の運用実績として、高イールド債の99%が元本と利息を約束通り返済したというデータは、ハイリスクに見えた資産クラスが実は予測可能性の高い領域だったことを示している。
5. AIと投資の未来
5-1. AIが「できること」と「できないこと」
マークスは、最近の2本のメモでAIを取り上げ、Claudeとのやりとりを通じてAIの能力に驚いたと語る。一方で、投資における人間の優位性が残る可能性についても述べた。
「AIが得意なのは、過去のパターンを発見し、外挿し、規律を持って適用することだ。しかし、投資の優秀さにはそれ以上のものが必要だ。過去に存在しなかったパターンを新たに見出すことが、それだ」という見方は、AIの能力と限界についての一つの整理だ。
「5つのビジネスプランの中からAmazonになるものを当てられるか、5人のCEOの中からスティーブ・ジョブズを見抜けるか——AIにはおそらく難しい。ただし、そこまでできる人間もほとんどいない」という指摘は、AIと人間の差を冷静に捉えている。
5-2. 次の40年で成功する投資家とは
「今後10年で最も成功する投資家は、AIとその可能性・影響を最も深く理解する人だ」というマークスの言葉は、肯定的な意味だけではない。AIへの期待が高すぎれば、その期待を下回るだけで損失が生じるリスクもある。
「AIについてコンセンサス並みの理解しかなければ、コンセンサス並みの結果しか得られない。AIが失望するなら、その見方で利益を得る可能性もある」という逆張りの視点も提示された。
6. 意図的に生きること——「川に流されるな」
6-1. 35年間、川に流されていた
マークスは、高校から1995年のOaktree創業まで約35年間、「川に流されていた」と振り返る。就職先の選択、大学院進学、ハイイールド債への転身——いずれも自分から能動的に決めたものではなく、状況や他者に押し流される形で辿り着いたという。
「Oaktreeの創業こそ、私が本当に意図を持って行動した最初のことかもしれない」という告白は、キャリアの大半を受動的に生きた成功者からの珍しい証言だ。
6-2. 「川を見る」ために必要なこと
「川に流されるのではなく、より良い場所を見極めてそこに向かおうとすること。それが意図的に生きるということだ」というマークスの言葉は、投資だけでなく人生設計全般への示唆として受け取れる。
80歳近くになった今も新しい分野(AI)を学び、自分の考えを改め、若者と対話を続けるマークスの姿勢は、「変化への適応」という無常の思想を体現するものでもある。

