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Waymo共同CEOドルゴフ氏「デモから実用化まで15年」― 週500万マイル自律走行、事故重傷率は人間の17分の1

「移動は速く、出荷は安全に」――シリコンバレーの合言葉である「Move Fast and Break Things(速く動いて、破壊せよ)」を、Waymoの共同CEOドミトリー・ドルゴフ氏はこう言い換える。物理世界で動くAI、すなわち、自律走行車の開発においては、「壊す」ことが許されないからだ。

スタートアップ向けの講演でドルゴフ氏が語ったのは、約20年にわたり自律走行技術に携わってきた同氏が導き出した「7つの教訓」だ。本稿ではその内容を、ビジネスパーソン・投資家の視点から整理する。単なる自動運転の技術解説にとどまらず、物理世界で動くAIプロダクト全般に通じる普遍的な教訓として読み解きたい。


1. Waymoの現状 ― 週500万マイル、15都市で展開


講演の冒頭、ドルゴフ氏はWaymoの現在の規模を示した。現在、Waymoの自律走行車は、週あたり約500万回の乗車を提供し、米国の15都市で週間4百万マイルを超える完全自律走行を行っているという。これは平均的な米国人ドライバーの年間走行量の300年分以上に相当する規模だ。

そして、この規模を、人間を大きく上回る安全性を保ちながら実現しているとドルゴフ氏は強調した。

2. 物理世界のAIが抱える4つのギャップ


ドルゴフ氏は、物理世界で動くAIが、画面の中で動くデジタルAIとは根本的に異なる4つのギャップを抱えていると説明した。

第一に、「エラーコストのギャップ」だ。チャットボットやコパイロットが間違いを犯した場合、通常はやり直しで済む。しかし、物理世界では、間違いのコストは人命で測られ、「取り消し」や「やり直し」のボタンは存在しない。

第二に、「レイテンシーのギャップ」だ。高速道路を走る車は1秒間に約100フィート移動するため、ミリ秒単位の判断が求められる。すべての推論と判断を、車のトランクに収まる程度のコンピューティング資源でこなす必要がある。

第三に、「データのギャップ」だ。デジタルAIには、インターネットという、人類がこれまでに集積した膨大なラベル付きデータの宝庫があった。しかし物理世界には、そうしたデジタル化されたインターネットは存在しない。

第四に、「検証のギャップ」だ。デジタルAIであれば「十分に良い」ものを出荷し、ユーザーがエッジケースを見つけてくれるのを待ちながら反復改善できる。物理AIではエラーコストが高いため、最初の1マイルを走る前から、極めて高い安全性と確信度が求められる。

3. 教訓1:デモとプロダクトの間にある残酷な差


3-1. 「デモは仕事全体の1%」

ドルゴフ氏が最初に挙げた教訓は、デモと実際のプロダクトの間にある「時に心をくじくほどの差」だ。動くデモを作ることは、良くてもやるべき仕事全体の1%に過ぎないという。その後に続く「無数の9(ナイン)」、つまり信頼性・性能の積み上げこそが本当の仕事だとドルゴフ氏は語る。

Waymoが最初の90%の完成度に到達したのは、2010年頃だった。2009年にプロジェクトを開始した時点で、同社は、「自律モードで10万マイルを走行する」「ベイエリアの様々な条件を網羅する100マイルのルート10本を、人間の介入なしに完走する」という2つの野心的な目標を設定し、約12人のエンジニアチームで1年半でこれを達成したという。トランスフォーマーやLLMが登場する遥か以前の話だ。

3-2. デモから実用化まで15年、さらに5年で週50万回へ

しかし、そこから実際のサービスとして提供を開始するまでにはさらに10年、そして、週50万回の乗車規模までスケールするまでにさらに5年を要したという。デモには18カ月かかったが、プロダクト化には約15年かかった、とドルゴフ氏は振り返る。

現在までに、Waymoは、2000万回以上の完全自律走行の乗車を提供し、2億マイル以上を走行してきた。しかも、その成長は指数関数的だ。最初の1億マイルに到達するのに15年かかったが、次の1億マイルはわずか7カ月で達成したという。ライダーのみのサービスを開始してから4都市でのサービス提供に至るまでに8年かかったが、今年に入ってからは1日で4都市を同時展開できるようになったとしている。

3-3. 「信頼性は指数のはしごの上に生きている」

なぜデモからプロダクトへの橋渡しにこれほど時間がかかるのか。ドルゴフ氏は、信頼性と性能は「9(ナイン)の指数的なはしご」の上に存在するという厳しい工学的現実を挙げる。最初の90%や99%に到達するのは簡単な部分だが、その先の「1つの9」を追加するごとに、約10倍の労力が必要になるという。

デモには、1つの9で十分かもしれないが、子どもが走り回るような公共の場で運用する完全自律型のAIエージェントには、9のスタック全体が必要になる。しかも規模が拡大するほど、「ロングテール」こそが問題領域そのものになる。週に数百万マイルを走行すれば、100万マイルに1回しか起きないような稀な事象が、日常の現実になってしまうのだ。

3-4. 「9を数える前に、デモの再生数を数えるな」

ドルゴフ氏は、次の9を積み上げるためには「毎回、違うことをする」必要があると指摘する。同じことを長く続けるだけでは、6つ目の9には到達できず、根本的に異なるアプローチが必要になるという。この難しさは、技術的なブレークスルーの波が来るたびに増幅され、それが必然的にハイプサイクルを生む。ドルゴフ氏は「デモのために使うべき予算を、本来は目(=長期的な信頼性構築)のために取っておくべきだったのに使ってしまう」という、繰り返される過ちを指摘した。

4. 教訓2:正しい技術曲線を選ぶ


4-1. カメラ・LiDAR・レーダーを併用する理由

第二の教訓は、必要な「9の数」が、採用すべきアーキテクチャや技術的アプローチを規定するという点だ。すべての技術には性能対労力の曲線があり、最初は急勾配で立ち上がり、やがて頭打ちになる。よくある失敗は、最も早く立ち上がる技術を選び、その急な傾きを将来にそのまま投影してしまうことだという。

Waymoが自律走行のセンシングにおいてカメラ・LiDAR・レーダーの複数モダリティを併用している理由も、この教訓に基づく。カメラは高解像度で色情報を得られるが、暗闇やグレア(まぶしさ)で性能が落ちる。LiDARは周囲の3D構造を直接測定できる。レーダーは霧や雨、雪といった環境条件を突き抜けて捉え、ドップラー効果で速度を直接測定できる。これらは互いのバックアップではなく、それぞれ異なる強みを持つセンサーからの情報を融合させることで、単一センサーよりも遥かに精度の高い世界観を構築しているという。

ドルゴフ氏は、フェニックスでの砂嵐や夜間の暗闇の中でLiDARがカメラよりも人や動物を早期に検知できた具体的な事例も紹介した。

4-2. ハードウェア価格に固執しない

ハードウェアについては、「今日のコンポーネント価格に固執しないこと」という助言も示された。Waymoは現在、第6世代のハードウェアスイートを使用しているが、世代を重ねるごとに能力が向上する一方、コストは劇的に削減されてきたという。今日のハードウェア価格に会社の戦略を賭けることは、賞味期限の短い数字に賭けることに等しいと警告した。

5. 教訓3:あらゆる技術の波に乗り続ける


Waymoは、これまで、AIのブレークスルーが起きるたびに、その技術を軸にドライバーを再構築してきたという。2013年頃にはコンピュータービジョンと知覚のためにCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を活用し、2017年にはトランスフォーマーを知覚だけでなく行動予測や意思決定・計画のタスクにも大きく賭けた。運転というタスクが、実は言語モデリングのタスクと大きく異ならないことが分かったという。現在では最新のVLM(視覚言語モデル)とフロンティア世界モデルを活用している。

ドルゴフ氏は、新技術を最先端の研究として単独で試すこと自体は難しくないが、その研究成果を安全性が重要な本番環境に、リグレッション(性能低下)なしに、かつプロダクトのスケーリングを止めることなく持ち込むことこそが本当に難しい「筋力」だと述べる。新技術を追求する際には、それが自社のスタック全体を単純化したのか、それとも断片化を招いたのかを常に問うべきだという助言も示された。

6. Waymo Foundation Model ― マルチモーダル世界行動言語モデル


こうした思想の結晶として生まれたのが、Waymoの最新のコア技術「Waymo Foundation Model」だ。ドルゴフ氏はこれを「マルチモーダル・世界・行動・言語モデル」と表現する。

マルチモーダルであるのは、カメラ・LiDAR・レーダーという複数のセンサー入力を処理できるためだ。世界モデルであるのは、物理法則やダイナミクス、そして運転の社会的・意味的側面を内在的に理解しているためだ。行動モデルであるのは、単に世界の変化を受動的に観察するのではなく、自らの行動が世界に与える影響を理解し、良い行動と悪い行動を区別できるためだ。そして言語との整合性を持つことで、視覚言語モデルが持つ汎用的な世界知識を活用でき、稀な意味論的状況への対応に役立つという。

アーキテクチャは、高速に反応する「システム1(速い思考)」と、より複雑な意味論的理解を担う「システム2(遅い思考)」の2つの経路を持つ設計だ。前者は歩行者の急な飛び出しなどに対して瞬時にブレーキをかける「運転の本能」を担い、後者は炎上している車のような複雑な状況の文脈理解を担う。このモデルは第5・第6世代のハードウェアや、JLR、起亜、ヒョンダイなど複数の車両プラットフォーム上で動作し、将来的にはトラック輸送や個人所有車両といった別の商業アプリケーションにも展開される見込みだという。

7. 教訓4:「苦い教訓」は今も勝ち続ける


7-1. 構造が「スケールを助けるか、妨げるか」

ドルゴフ氏は、リチャード・サットン氏が、2019年に提唱した「苦い教訓(The Bitter Lesson)」――大規模な計算資源とデータを活用する汎用的な手法は、人間が手作業で設計した知識に依存する手法を常に上回るという原則――を、自社の経験からも一貫して確認してきたと述べる。

Waymoが基盤モデルへの投資を選んだ理由もここにある。大容量モデルにデータと計算資源を投じることで、より良いスケーリング則が得られ、その後、小型で効率的なモデルに蒸留してエージェント上でリアルタイムに動かす方が、最初から小型モデルに集中するより優れた結果を生むという。

この教訓が現れる微妙な領域が「構造」の使い方だ。ドルゴフ氏は、スケールを妨げる構造は必ず負け、スケールを促す構造は必ず勝つと説明する。囲碁を例に、19×19の盤面という完全に観測可能な中間表現を活用することはモデルを制約するのではなく、むしろスケーリングを助けると説明した。一方、物理世界にはそうした単純明快な工学的表現は存在しないが、物理法則や交通ルールといった「構造」は確かに存在し、これを学習済み表現に加えて活用することで、性能・検証の両面で優位性を得られるという。

7-2. 「構造拡張型エンドツーエンド」というアプローチ

Waymoが採用しているのは「構造拡張型エンドツーエンド(structure augmented end-to-end)」と呼ぶアプローチだ。学習済み埋め込みに、明示化された構造表現を加えることで、推論時のリアルタイム検証、生成部分の大規模な学習・評価における効率性、そして強化学習などの学習レシピを支える検証可能なフィードバック信号という、3つの重要な利点が得られるという。

8. 教訓5:大規模で高精度なシミュレーターの必要性


物理世界でAIエージェントを安全に構築・展開するには、大規模かつ現実的で高精度なシミュレーターが不可欠だとドルゴフ氏は述べる。ある行動を取った際の反実仮想(カウンターファクチュアル)を評価する能力こそが、安全性が重要な物理AIエージェントの構築において必要不可欠だという。

Waymoは長年「行動世界モデル」と呼ぶものを構築してきたが、エンドツーエンドモデルの時代においては、行動のリアリズムに加えてセンシングのリアリズムも必要になったという。同社はGoogle DeepMindのGen3の技術も活用し、行動面・センシング面の両方で制御可能かつ高度にリアルなシナリオを生成できるようにしている。これにより、実際に遭遇したことのない純粋に合成された稀なシナリオでも、エージェントを訓練・評価できるようになったという。

9. 教訓6:AIフライホイールを構築する


このレベルの複雑性を持つ問題に対応するには、単一のモデルを構築するだけでは不十分で、エコシステム全体を構築する必要があるとドルゴフ氏は語る。Waymoでは「エージェント(実際に車を運転するドライバー)」「シミュレーター(エージェントが学ぶ仮想の遊び場)」「クリティック(エージェントの性能を厳密に評価・判定し、改善方法を伝える役割)」という3つの柱を、同じ基盤世界モデルの上に構築している。

これら3つの柱が揃うことで強力な「フライホイール」が生まれる。実世界での展開がデータを生み、そのデータがシミュレーターをより現実的にし、シミュレーターがクリティックのための難しいエッジケースを生成し、エージェントがそこから学習してより賢くなり、実世界に再展開されてさらにデータを生む、という循環だ。

10. 教訓7:評価・メトリクスこそが競争優位性


10-1. 「モデルは当たり前、評価が戦略的な堀」

最後の教訓として、ドルゴフ氏は「モデルはテーブルステークス(参加資格)にすぎず、評価とメトリクスこそが本当の戦略的な堀(モート)だ」と結論づけた。良し悪しを定量的に定義できなければ、それはプロダクトを構築しているのではなく、単にデモを反復しているだけだという。

物理AIエージェントにとって、モデルレベルの評価だけでは不十分だとドルゴフ氏は強調する。物理層から行動層、車載コンポーネントからオフボードのコンポーネント、そして運用プロセス全体まで、評価と検証をより深く、より広く行う必要があるという。Waymoでは、これを「安全性・準備性フレームワーク」と呼び、数年かけて構築・改良してきた、同社の最も重要な資産の一つだとしている。

10-2. 安全データの公開が生む信頼という優位性

物理世界では信頼こそがすべてであり、評価とメトリクスこそがその信頼を獲得する手段だとドルゴフ氏は述べる。モデルやアルゴリズムは流出・複製される可能性があるが、エビデンスに基づく評価と、公に監査された証拠に裏付けられた数億マイルの完全自律運用の実績は、複製がはるかに困難だという。この考えに基づき、Waymoは自社の安全性データと安全性研究を公開しているとしている。

11. 実績としての「17倍の安全性」


こうした一連の教訓の積み重ねが、Waymoドライバーの人間を大きく上回る安全性能を実現しているとドルゴフ氏は語る。同社が公開した最新の安全性データは2億2000万マイルを超える完全自律走行に基づくもので、Waymoが運行する地域において、重傷を伴う事故に関して人間ドライバーの約17倍の安全性を示しているという。

世界では26秒に1人が交通事故で命を落としている現実の中、現在の規模で言えば、Waymoは8日に1件のペースで重傷事故を防いでいることになるとドルゴフ氏は述べた。

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