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「インフレは終わりに近い」——ARK InvestのマクロレポートをCathie Woodが自ら解説

2026年5月の雇用統計発表日(いわゆる「雇用フライデー」)、ARK InvestのCEO・Cathie Wood氏が、恒例のマクロ解説「In The Know(ITK)」を公開した。非農業部門雇用者数が市場予想(約7〜7.5万人増)を大きく上回る11.7万人増を記録した一方、家計調査ベースの雇用は3ヶ月連続で減少。消費者センチメントは過去最低圏に沈む中、Wood氏はむしろ「経済は思ったより強く、インフレは思ったより低い」という見立てを展開した。

本記事では、Wood氏の分析を軸に、投資家が今押さえておくべきマクロの論点を整理する。


1. 財政・ドル:「赤字拡大」の物語に反する現実


1-1. 財政赤字は改善軌道にある

市場の支配的な物語は、「米国の財政赤字が拡大し、ドルは下落する」というものだ。しかし、Wood氏が示すデータは異なる方向を指している。

2026会計年度(2025年10月〜2026年9月)の対GDP財政赤字比率は、現在マイナス5.2%だが、これは法人向け加速度償却制度の適用(設備投資を30〜40年ではなく1年で償却可能)による大規模な法人税還付が主因だ。企業が積極的に製造施設を稼働させており、経済の実態は数字が示す以上に力強い可能性がある。

加えて、チップス・タックス免除(チップ収入・残業代・社会保障の一部非課税)による個人向け還付も前年比17%増加している。それでも赤字が縮小に向かっているという事実は、「経済は想定より強い」という仮説を裏付ける。

1-2. ドル高シナリオを描くARK

DXY(貿易加重ドル指数)は現在98程度で推移している。予測市場Kalshiの集計では103.1への上昇が示唆されており、Wood氏もこれを「十分あり得る」と評価する。

「投資の米国リターンが他国を上回れば、それはドルにとってプラスに働く」というのがARKの見立てだ。規制緩和と法人税優遇が米国への資本流入を促す構造は、ドル安シナリオとは逆の方向を向いている。

2. 金融政策・インフレ:「本当のインフレ率」は1%


2-1. M2とCPIの乖離が示すもの

Wood氏は、M2マネーサプライ成長率(現在約4.9%)とCPIの比較チャートを示し、「現状はリカバリー初期と同じ構図」と解説する。歴史的に見ると、M2がCPIを上回る時期は1980年代・テクバブル後・リーマンショック後と、いずれも景気回復の初期段階に一致している。

M2の水準が5%インフレを引き起こすとは考えていないとし、「私たちは緩やかなローリングリセッションから抜け出しつつある」と述べた。

2-2. TrueFlationが示す「1%」の衝撃

注目すべきは、ARKが参照するTrueFlation(数千品目をリアルタイムで測定する民間インフレ指標)だ。

  • 食品・エネルギーを含む総合TrueFlation:約2%

  • コアTrueFlation(食品・エネルギー除く):約1%

公式CPIのコア指数が2.6%であることと比較すると、実態のインフレは政府統計よりかなり低い可能性がある。住宅価格がほぼ3年間下落または横ばいで推移していることが、その主要因の一つだ。

2-3. 生産性とユニット労働コストが語るもの

2026年第1四半期の非農業部門生産性は前期比年率+0.8%(前年同期は−0.9%)。Wood氏はこれが将来的に上方修正され、3%に達する可能性を示唆する。

「生産性が3%であれば、賃金が5%上昇してもユニット労働コスト(ULC)は2%で抑えられる。これはFRBの目標インフレ率とほぼ一致する」という論理だ。実際、現在のULCベースのインフレ率は1.2%に過ぎず、これもデフレ圧力を示唆している。

3. AI・テクノロジーがインフレに与える構造的影響


3-1. AIコストの急落が「見えないデフレ」をもたらす

Wood氏が繰り返し強調するのが、AIコストの急激な低下だ。

  • AIトレーニングコスト:年間約75%低下

  • AI推論コスト:年間85〜95%以上の低下

「フロンティアモデル(最先端モデル)は、確かに高価だが、一世代前のモデルを使う場合、そのコストは急速に低下している。ほとんどの企業にとってAIは強力なデフレ要因になりつつある」とWood氏は言う。

OpenAIのo3やGPT-5.5など新しいフロンティアモデルが続々登場する一方、その競争そのものがコスト低下を加速させている。

3-2. すべての企業が「AIカンパニー」になる

「かつてすべての企業がインターネットを使うようになったように、今やすべての企業がAIを使うようになっている」というのがWood氏の認識だ。AI活用による生産性向上が広範な産業で始まれば、コスト削減→価格低下→インフレ抑制という好循環が生まれる。

4. 雇用市場:若年層の苦境と「次の回復」


4-1. 雇用統計の「二面性」

今回の雇用統計は解釈が割れた。非農業部門雇用者数は予想を大きく上回る11.7万人増。しかし、家計調査ベースの雇用は3ヶ月連続減少(前月比20万人超の減少)。平均労働時間は拡大(現状維持より強い)一方、賃金伸び率は前月比+0.2%(年率換算約2.5%)にとどまった。

製造業が回復の兆しを見せ始めた一方、サービス業は伸び悩んでいる。Wood氏は、「製造業が先行してサービス業が追随するのは歴史的なパターン通り」と分析する。

4-2. 若年雇用とAIの関係

若年層(16〜24歳)失業率は現在9.5%。予測市場では今年中に7.5%を下回る確率はわずか14%と評価されている。背景にあるのは「AIがエントリーレベルの仕事を代替している」という市場の懸念だ。

ただし、Wood氏は楽観的な見方も示す。Indeed(求人情報サービス)のデータでは、ソフトウェアデベロッパーの求人件数が増加に転じており、「シェイクアウト(淘汰)は終わりに近づいている可能性がある」と述べる。Claude CodeやOpenAI Codexがエントリーレベルの作業を担うようになる一方、経済全体の成長がより上位のエンジニアリング需要を生んでいるという構図だ。

5. 設備投資・製造業:30年ぶりのブレイクアウト


5-1. 資本支出が歴史的転換点を迎えた

Wood氏が最も注目するチャートの一つが、民間設備投資(非防衛)の推移だ。過去30〜35年にわたって繰り返していた「天井」のレンジを突き破り、新高値圏に入りつつある。

「株式市場においても、長期ベースを形成した後のブレイクアウトは大きく、持続する傾向がある。今回もそれと同じだと思う」とWood氏は言う。規制緩和・税制優遇・AIブーム・電力需要増加が相乗効果を生んでいる。

5-2. 「旧世代」企業の復活

Intel、Corning、Flex(旧Flextronics)、Ciscoといった前回のテクバブル期の主役企業が、今回のAIブームの恩恵を受けて再び動き始めている。AIインフラへの需要が広がり、「すべての手が総動員されている」とWood氏は表現する。

一方、半導体製造向けの建設投資は、CHIPS法(2022年)の効果が剥落し、ピーク時の1200億ドルから約700億ドルに低下。しかし、Wood氏はこれが反転する可能性が高いと見ており、設備投資全体の次なる押し上げ要因になると考えている。

6. 市場見通し:ドル・ビットコイン・ハイイールド


6-1. 原油価格が下落する3つの理由

ARKは、インフレを押し上げている原油価格について、「中長期的には下落基調に戻る」と予測する。理由は3つだ。

  • UAEがOPECを脱退し、増産の意欲を持つ

  • ベネズエラ産原油の生産増加

  • 米国の原油輸出が2015年のゼロから足元で日量600万バレルまで拡大、生産量は日量1300万バレルで過去最高水準

原油価格が下落すれば、コンシューマー向けインフレの主要因が除去され、消費者センチメントの回復につながる。

6-2. ビットコインと信用市場のシグナル

ビットコインの対ゴールド比率は上昇傾向にあり、リスク選好の改善を示唆している。銀行セクターのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は低下傾向にあり、プライベートクレジット市場の混乱が、「システミックリスク」には発展していないことを裏付ける。ハイイールド債スプレッドも歴史的に見て低水準を維持しており、金融システム全体の安定性は保たれているとWood氏は判断する。

まとめ:「ナラティブ」と「データ」の乖離に注目する


Cathie Wood氏の今回のレポートで際立つのは、市場に広まっているナラティブ(物語)とデータの乖離を冷静に指摘する姿勢だ。

  • 「ドル崩壊」→ データはドル安定・反発示唆

  • 「インフレ高止まり」→ TrueFlationコアは1%

  • 「財政悪化」→ 赤字は縮小傾向

  • 「雇用市場悪化」→ 製造業は回復の兆し

もちろんARKの見立てが常に正しいわけではない。しかし「ヘッドラインと実態の乖離を探す」という分析の姿勢は、投資家として取るべき基本的なアプローチだろう。AIコスト低下・生産性向上・設備投資ブームという三つの力学が重なる今、マクロの潮目が変わりつつある可能性は十分ある。

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