ボラティリティ時代の羅針盤:The Future Investor 2025投資戦略
本記事では、2025年にサンフランシスコで開催されたBloomberg主催の投資イベント「The Future Investor: Finding the Opportunities(未来の投資家:機会の発見)」の内容をもとに、ボラティリティ(変動性)の高い市場環境下で投資家がどのように機会を見出していくかについて整理・解説します。セッションは複数の投資分野に携わるエグゼクティブやアナリストらが登壇し、株式市場からインフラ、不動産、AI関連投資、さらには企業の財務戦略とテクノロジー活用の最前線まで、多様なテーマを網羅しました。
以下では、イベント全体の要点を「市場のボラティリティと長期投資」「投資家が注目するセクターと戦略」「生成系AIの導入による企業革新」「金融・ウェルスマネジメントにおけるテクノロジー活用」という四つの大見出しに分けて解説します。
1. 市場のボラティリティと長期投資の重要性
1-1. ボラティリティを子育てにたとえた序盤スピーチ
イベント冒頭は、Bloombergニュースのサンフランシスコ支局長であるリサ・ウェッツェル氏が登壇し、「市場のボラティリティは、感情起伏の激しい子どもを育てることと似ている」と語りました。具体的には、ティーンエイジャーと若年成人の子どもを育てる親の苦労を例に取り、短期間で情緒が大きく変動し、見えていたパターンが突然通用しなくなる不確実性を説明。「『ママ、ちょっとウザいよ』と言われて、また振り出しに戻るようなもの」と、子育ての混乱を面白おかしく紹介しつつ、変化の激しい投資環境でも「長期的視点と忍耐を保ち続ければ機会を見つけられる」と会場を鼓舞しました。
1-2. 米国が引き続きリードするのか
続いて登壇したサラ・マリク氏(ニューCIO)は、約30年にわたってグローバル株式に投資してきた経験から、ボラティリティの高い状況でも「売らずに保有し続けること」が最も重要だと強調しました。過去30年間のS&P500指数の上位10日間のリターンを逃すと、トータルのパフォーマンスの半分を失う計算になるため、「長期視点でムリに売買せずに機会を待つ」べきだと指摘しました。また、米国と世界のデカップリング(分裂)が懸念される中、「実際には中央銀行の政策面で各国の相関が高まっており、世界経済は依然として連動しやすい」という見解を示し、米国が存続的にリードする理由として「S&P500の約30%を占めるテクノロジー企業群とAI投資の強さ」を挙げました。さらに、テック株のバリュエーションが高いことを認めつつ、「配当成長株」や「インフラ関連株」への分散投資でバランスを取る重要性も説きました。
1-3. ハードデータとソフトデータの見極め
マリク氏は、景気に関するハードデータ(決算実績や失業統計など)とソフトデータ(消費者心理など)が乖離するケースが多いと指摘。2025年第1四半期の企業業績は前年比12%増と予想を大きく上回り、雇用市場も堅調である一方、消費者センチメントは、貿易摩擦の行方次第で上下動しやすい状況にあると述べました。直近の財政赤字懸念や米国債の格下げリスクに触れながら、「債券市場の動向は景気見通しの先行指標にもなる。金利上昇が続くリスクは無視できない」と警鐘を鳴らしつつ、インフレが徐々に目標の2%に近づいていることを歓迎し、「金融政策は雇用悪化を確認してから大幅な緩和に動く可能性が高く、景気とのタイミング判断が難しい」と述べました。
2. 投資家が注目するセクターと戦略
2-1. テクノロジーとAIに偏重することの是非
サラ・マリク氏の意見にもあったように、投資家の多くが大手テック株(いわゆるMAG7)に大きく依存する一方で、セクター分散の必要性も高まっています。第1部に続いて行われたパネルディスカッションでは、Bloomberg Intelligenceのビクシャ・ゲラ氏がモデレーターを務め、ラッセル・インベストメンツのポール・アイドマン氏、クライナー・パーキンスのリー・マリー・ブラスウェル氏、シティ・ベンチャーズのビボール・ラス托伊氏らが登壇しました。
① マクロ経済のシグナルと流動性
ポール・アイドマン氏はまず、消費者支出データや労働市場の堅調さなど「高頻度で確認できるデータ」が示す底堅さに言及。一方で、M&A市場の回復兆候(2025年第1四半期に70億ドル超の大型M&Aが成立)や、IPO市場の停滞(2025年第1四半期は8件にとどまる)を挙げ、「市場の流動性は、M&AとIPOに大きく依存しており、特にAI関連の大型企業が非公開で資金調達を続ける限り、公開市場への流れは鈍化する」と指摘しました。
② AI投資とユニコーン企業の動向
ビボール氏は、人工知能(AI)企業の急成長例として、OpenAIが2024年末に約40億ドルの売上を計上し、2025年には、120億ドルを見込む驚異的なスピードを挙げました。「Anthropicも2025年5月時点で売上10億ドルを突破するなど、2~3年で数十億ドルの売上を上げるケースが現れた。こうした企業がいつIPOを行うかで、市場の流動性環境は大きく変わる」と述べ、将来的にAIスタートアップのパブリック化に注目が集まると強調しました。
③ 投資テーマとしてのインフラとエネルギー
さらに、パネルでは、エネルギー需要やデータセンター需要がAI時代において急拡大している点が指摘されました。ポール・アイドマン氏は、「AI導入に伴う電力使用量の増加やデータセンター建設需要は、従来“地味”とみなされていた公益事業(ユーティリティ)やインフラ関連株に新たな成長ドライバーをもたらしている」とし、投資対象として再評価されていることを示唆しました。
2-2. 生成系AI(Generative AI)の応用領域
パネルの後半では、「AIインフラ」から「AIアプリケーション」へと投資の焦点が移行していることが議論されました。クライナー・パーキンスのリー・マリー・ブラスウェル氏は、企業向けAIスタートアップの例として、プログラマ向けの自動コード生成ツール「Windsurf」や、企業内情報検索プラットフォーム「Glean」、医療分野の自動ドキュメンテーションを支援する「Ambience」などを紹介。「専門分野ごとに最適化されたアプリケーションレイヤーへの投資は、当面の成長ポテンシャルが大きい」と述べました。加えて、ビボール氏は、法務AI(Lexion)、コンプライアンスAI(Norm)など、「横断的に使えるAI」と「業界特化型AI」の両方を見極める必要性を強調し、「プロプライエタリな(自社専有の)データを活用し、10倍の生産性向上が見込めるユースケースに注力すべき」としました。
2-3. AI過熱感とバブル懸念
観客投票で「AIはバブルか?」という質問が挙がると、ポール・アイドマン氏は、「ドットコムバブル時(1990年代後半)とは異なり、現在のAI投資は企業のキャッシュフローを裏付けにした投資が多く、マクロの視点では過剰投資とは言い切れない」とバランスの取れた見解を示しました。一方で、クライナー・パーキンスのリー・マリー・ブラスウェル氏は「歴史的に『投資しないと後悔する』時期がある。今後10年で歴史的企業が出現する可能性が高く、投資しないリスクも大きい。ただし、短期的には失敗するプロジェクトも多いだろう」と述べ、投資家の視点として「適切なリスク管理と分散投資の両立」を提言しました。
3. 生成系AIの導入による企業革新
3-1. AdobeのCFOが語る大局的投資戦略
セッション中盤では、Adobeの最高財務責任者(CFO)ダン・ダーン氏が登壇し、同社の「大きな賭け(ビッグベット)」の一例として、パッケージ型ソフトウェアからクラウドサブスクリプションモデルへの移行を挙げました。「従来のパッケージソフトウェアは、バージョンアップに18カ月ほど要し、顧客が最新機能をすぐに享受できない。そのインピーダンスミスマッチ(需要と供給時期のずれ)を解消するため、クラウドとサブスクリプションに移行した」という経緯を紹介し、「顧客の真のニーズを把握して変化を先読みし、勇気を持って投資することが企業の競争力を高める」と語りました。
3-2. Fireflyを中心とした生成系AIプラットフォーム戦略
ダーン氏は続いて、Adobeが開発した生成系AIプラットフォーム「Firefly(ファイアフライ)」の特徴を解説しました。ポイントは以下の通りです。
商用利用を前提としたデータ収集
Fireflyのモデルは、「利用許諾を得たデータのみ」で学習し、コンテンツ提供者に対価を支払うことで「商用利用に耐えうる安全性の高いモデル」を構築している。ワークフローへの深い埋め込み
同社のイメージ・ビデオ・オーディオ等のコア技術をMax Creative Cloudやドキュメントクラウドなどの既存ワークフローに「ネイティブに統合」することで、クリエイターは自然な操作感のまま生成系AI機能を利用できる。ブランドに最適化された出力制御
消費者向けの「ジェネリック」な画像生成ではなく、「高いブランド信頼性を維持しつつ」広告やマーケティング素材を作成できる仕組みを提供。コカ・コーラやナイキなどの大手企業が「ブランドアイデンティティを損なわない形で生成AIを活用できる」よう設計されている。
さらに、同氏は、「生成AIは、創造性を拡張し、ユーザー体験を深化させるもの。技術自体がゴールではなく、顧客の問題を解決し価値を提供することが最重要」と強調し、Fireflyを含む3つのコア柱(クリエイティブ、デジタルドキュメント、デジタルコネクティビティ)を通じて、「パーソナライズドなデジタル体験」を世界中の企業・個人に提供していくビジョンを示しました。
4. 金融・ウェルスマネジメントにおけるテクノロジー活用
4-1. デジタルバンクとAIによるデータ活用
次のセッションでは、Beimo(旧バンク・オブ・ザ・ウエスト)のホリー・バザディ副会長が登壇し、地域コミュニティ向けデジタルバンキングにおけるAI活用の最前線を紹介しました。Beimoは、顧客の行動・嗜好をAIで分析し、以下のような取り組みを進めています。
行動予測とパーソナライズ
人工知能を用いて顧客の購買行動や債務返済能力を予測し、最適な提案をタイムリーに実施。これにより顧客満足度を高めるだけでなく、信用リスクの低減にもつなげている。マシンラーニングと自然言語処理の導入
コールセンターの会話データやチャット対応をAIで解析し、オペレーターの回答支援や与信審査の効率化を図る。規制の厳しい銀行業界で段階的にAIを導入し、「堅牢なデータガバナンス」と「説明可能性」を重視しながらサービス改善を推進している。
バザディ氏は、「銀行は高度な規制環境にあるため、AIの“スイッチを入れてすぐ使う”というわけにはいかないが、顧客の価値創造を第一に、段階的にAI戦略を進化させる」と述べ、デジタルバンクとしての競争優位を確立する意義を強調しました。
4-2. アドバイザリー業務におけるテクノロジー最適化
続いて登場したチャールズ・シュワブ(Charles Schwab)のリサ・サルヴィ氏は、独立系投資アドバイザー(RIA)向けサービス部門の立場から、テクノロジーの最適活用がRIAビジネスでどのように差別化要素となるかを説明しました。
既存テックスタックの活用と再設計
多数のAPIを備えるシュワブのプラットフォームを最大限に活用することで、新たに高額なサービスを追加導入するのではなく、「まずは手元にある技術をフル活用し、業務効率化を図る」ことを提案。ワークフローのデザインと再構築
RIAは、急成長する一方で、業務プロセスが追いつかないケースが多い。顧客体験と社内オペレーション双方を最適化するために、業務フローを体系的に見直すコンサルティングを実施し、「顧客対応の生産性向上」「リスク管理の強化」につなげる。人材戦略と育成
限られたリソースをより効率的に運用するための「メンター制度」や「バーチャルチームの構築」など、最新の人材マネジメント手法を活用し、成長加速を支える組織風土の醸成を支援。「従業員が自社でスキルアップし、キャリアを描ける環境づくりが他社との差別化になる」と述べました。
さらに、サルヴィ氏は「AI導入時にはまず“データガバナンス”を固め、多彩な外部ツールに頼る前に自社内のデータ整備を徹底すべき」と提言。実際にシュワブでは、問い合わせ対応用のナレッジベースに生成AIを重畳し、社員満足度が飛躍的に向上した事例を紹介しました。
4-3. 金融業界におけるサイバーセキュリティの重要性
両社の登壇者ともに共通して強調したのが、デジタル化が進む中で増加するサイバーリスクへの対応でした。バザディ氏は「銀行は毎日数万件のサイバー攻撃にさらされており、顧客資産を守るためにAIによる異常検知や行動予測が不可欠」と語り、専任の「フュージョンセンター」によるセキュリティ運用体制を強化していると述べました。一方でサルヴィ氏は「技術的問題よりも『ヒューマンエラー』がきっかけで情報漏洩事故が発生するケースが多い。従業員教育とアクセス権限管理の徹底が第一歩」とし、サイバー研修やフィッシング対策の具体策を示しました。
5. 将来展望:投資戦略とデジタルシフトの融合
5-1. マクロ経済指標に基づくポートフォリオ全体設計
セッションの最後では、「今後1~2年、あるいは5~10年といったスパンで顧客にどのようなアドバイスをすべきか」という問いが投げかけられました。バザディ氏は、ISM製造業景況指数(ISM Manufacturing)やISMサービス景況指数(ISM Services)などの指標を重視し、市場のサプライチェーン回復状況やポート活動データを定点観測することで、貿易摩擦が特定セクターに与える影響をいち早く把握すると説明しました。また、資産クラスとしては「大型株一辺倒から、小型株・中型株へのシフト」「マテリアルズ、金融、ヘルスケアなどの処方セクターを適度に組み込む」ことを提言し、「ポートフォリオ全体でリスクを分散しつつ、特定の高成長分野に適切にエクスポージャーを持たせる」戦略を示しました。
5-2. 技術導入・組織戦略における「ヒト」と「AI」の共存
チャールズ・シュワブ側のサルヴィ氏は、企業の最も重要な資産は、「人材」であることを改めて強調し、「AI時代においては、従業員一人ひとりがAIを活用できるスキルを磨く必要がある」と述べました。具体例として、シュワブ内で実施する「AIプロンプトチャレンジ」や「部門横断の情報共有チーム」を紹介し、「人材育成と組織横断的なコミュニケーションを通じて、技術の“心地よい”導入を実現する」としました。
5-3. 今後の注目ポイント
最後に両氏は、以下の点を今後の注目ポイントとして挙げました。
グローバルな地政学リスクの動向
米中貿易摩擦や欧州のエネルギー政策など、大きなマクロリスクは依然として投資リターンに影響を与えるため、定期的に国際情勢をモニタリングし続ける必要がある。AIとデータガバナンスの進化
社内外のデータ品質・ガバナンスを整備したうえで生成AIを活用する企業とそうでない企業の二極化が進む。投資家は「AIを単なるツールとしてではなく、企業のコア戦略に組み込む姿勢」に注目すべき。インフラ・不動産市場の回復シナリオ
金利環境の変化を見極めつつ、不動産やインフラ投資のボトムアウト(底打ち)タイミングを逃さない。特にオフィス市場や商業不動産は「U字回復」を描きやすく、底を打ってからの5年間で二桁リターンを狙う投資機会がある。人材招募と組織文化の形成
金融業界・FinTech業界では人材獲得競争が激化しており、明確な「従業員バリュープロポジション(EVP)」を掲げた企業が優位に立つ。さらに、AIリテラシー教育を推進し、「ヒトとAIが協調して成果を生む文化」を醸成することが重要。
本イベント「The Future Investor: Finding the Opportunities」では、多数の識者が複雑化するマーケット環境の中で「いかに機会を見つけ、持続的な投資リターンを追求するか」という共通のテーマに挑みました。具体的には、単なる株式・クレジット投資にとどまらず、インフラ、不動産、生成系AI、金融テクノロジー、人材戦略など、多岐にわたる視点から議論が交わされました。特に以下の三点が本記事の要点となります。
長期視点の徹底とバランス投資の重要性
短期的なボラティリティに左右されず、株式・債券・代替資産を組み合わせたポートフォリオを構築し、「大きなリターン」をもたらすイベントを逃さない。生成系AIの戦略的活用
技術そのものを追いかけるのではなく、「顧客の業務・創造プロセスに深く根づく形でAIを組み込む」ことが、企業の競争力と持続成長に直結する。デジタルシフトに適応する組織づくり
単なる技術導入ではなく、社員一人ひとりがデータ・AIを使いこなし、「ヒトと技術の協働によって価値を生む文化」を育むことが、企業・投資家双方の成長エンジンとなる。
市場環境の先行きが不透明だからこそ、投資家は「ボラティリティを恐れる」のではなく、「変動の中でこそ生まれるチャンスを見極める」視点を持つべきです。本記事が、読者の皆様が今後の投資戦略や企業経営に役立つヒントを提供できれば幸いです。
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