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起業家精神とアカデミアの共通点 ― ハーバード大学デミング学長代理と連続起業家サチュ氏の対話から

「起業家精神」と聞くと、ビジネスの世界に限った資質だと考える人は多い。しかし、ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を執る連続起業家レザ・サチュ氏と、ハーバード大学カレッジの学長代理を務める経済学者デビッド・デミング氏の対話からは、学術研究と事業創造の間に驚くほど多くの共通点があることが見えてくる。両氏はもともと共同で新しい教育プログラムを立ち上げる予定だったが、その直前にデミング氏が学長代理への就任要請を受け、計画は一時中断した経緯がある。本稿では、そうした背景を踏まえながら、両氏のポッドキャスト対談の内容をもとに、ビジネスパーソン・投資家が押さえておくべき「意思決定の型」を整理する。


1. 学術研究と起業の共通点 ― 「ゼロから何かを生み出す」プロセス


デミング氏は、経済学の分野で長年注目されていなかった「ソフトスキル」の経済的価値に着目し、研究者としてのキャリアを築いてきた人物だ。同氏は、学術研究と起業の共通点について、両者とも「無から何かを生み出し、他者にその重要性を説得する」プロセスだと説明する。「良い研究者になるために本質的に必要な能力は、他の人が長年同じ角度からしか見ていなかった問題を、少し視点を変えて捉え直し、答えを出すことだ」と同氏は語る。そして興味深いのは、答えを出した後には「それは当然のことだった」と皆が言うようになる点だという。

同氏が大学の助教授だった時期、チームワークなどのソフトスキルが、労働市場で評価されているという仮説に基づき、サバティカル(研究休暇)を利用して半年間、一つの研究に集中したという。当時、周囲にこのテーマを話すと「ソフトスキル、いいね」という程度の反応しか得られず、本人も「もしこれが本当に重要なら、なぜ他の経済学者が誰も取り上げていないのか」という迷いを抱えていたと明かす。それでも同氏は、「一度やると決めたら、可能な限り最高の形でやり遂げると決めた」と振り返り、他の選択肢を断ち切ることで初めて全力を尽くせたと語っている。結果として、この論文は、デミング氏にとって最も影響力の大きい研究となり、通常であれば在職期間の上限まで待つのが一般的なテニュア(終身在職権)審査を、あえて早期に申請するという判断にもつながった。他大学からの誘いがあったことも背中を押した一因だったという。

1-1. 「見えないものに賭ける」判断力

サチュ氏は、起業家が事業機会を見出す際の心理状態と、デミング氏の研究における確信の持ち方には強い類似性があると指摘する。多くの人が、起業アイデアを持っていても実行に踏み出せない理由は、アイデア自体の不足ではなく、「自分より資源を持つ他者が既に思いついているはずだ」という思い込みにあるという。同氏は、「イーロン・マスクには、GMの目の前で自動車会社を作る権利などなかったし、ジェフ・ベゾスには、バーンズ&ノーブルの目の前でアマゾンを作る権利などなかった」と例を挙げ、既存プレイヤーの存在は必ずしも参入障壁ではないと説く。

2. ハーバード大学カレッジ学長代理としての挑戦


デミング氏は現在、研究者としてのキャリアと並行して、ハーバード大学カレッジの学長代理という重責を担っている。同氏は、この就任について「夢の仕事を離れて、この仕事を引き受けた」と表現し、簡単な決断ではなかったことを明かした。就任前に開催した新入生向けの説明会では「これはあなたの夢の仕事でしたか」という質問が寄せられ、同氏は、「実はこの仕事のために、自分の夢の仕事を離れた」と答えたという。それでも「ハーバードという組織に恩がある以上、求められたら断れないと感じた」と語り、組織への帰属意識が決断の背景にあったことを示している。

2-1. 大学と社会の分断という課題

デミング氏は、大学が置かれている状況について、現政権による圧力だけが問題ではないと分析する。実際、マサチューセッツ州議会(民主党優位)でも寄付金税の議論が1年半前から検討され、その後共和党主導の連邦議会でも寄付金税が可決された経緯があるという。同氏はこれを「政治的立場を問わず、大学が公共の利益に十分応えていないと見られている」問題だと捉えている。

対応として、デミング氏は、入学者の5%しか受け入れられない選抜性の高さを踏まえ、「大学に通うことのない人々にも価値を届けられているか」を説明する必要性を強調する。「ハーバードを卒業した誰かが研究室で何百万人の命を救う病気の治療法を発見したなら、それは誰にとっても意味のあることだ」と述べ、卒業生個人の名声ではなく、社会全体への波及効果を語ることの重要性を説いた。同氏によれば、ハーバードは、軍務における名誉勲章受章者数が士官学校を除く米国大学で最多であり、公職に就いた卒業生の数も他大学を上回るという。こうした事実を積極的に発信するため、デミング氏自身もInstagramを開設し、学生との公開対話の場を設けているという。

2-2. 成績評価とAIという二つの優先課題

在学中の取り組みとしては、成績評価の引き上げ(グレード・インフレーション)への対応と、生成AIが授業に与える影響への戦略構築が挙げられた。デミング氏は、「AIを使うことが悪いわけではないが、思慮深く活用する必要がある」との立場を示し、「こんな新しい技術に対して、大学が完璧な戦略を今すぐ持つべきだというのは公平な期待ではないが、それでも取り組まなければならない」と語った。成績評価についても、個々の学生にとっては「楽に高い評価を得たい」という誘因が働くのは自然だとしつつ、「全員にAをつければ、結果的に全員にとって不利益になる」として、個人の目先の利益と集団全体の長期的利益のバランスを取る難しさに言及した。

3. 連続起業家サチュ氏の意思決定 ― リスクとリターンの計算


サチュ氏は、これまでに6社を創業し、うち5社を合計34億ドル超で売却してきた。同氏の意思決定プロセスで特に注目すべきは、2023年に学生向け住宅事業「Alignvest」に対して提示された10億5000万ドルの買収提案を一度は辞退したという事例だ。ブラックストーンやTPGなど複数のプライベートエクイティ企業から関心が寄せられていたという。

サチュ氏は、この判断について、ハーバード・ビジネス・スクールの授業で自身のケースを教材として使い、90人の学生全員が「売却すべき」と回答したにもかかわらず、最終的に自らの判断で売却を見送ったと明かした。同氏は、当時のリスク評価を次のように説明している。「下振れは9億ドル程度、上振れは数億ドル規模になる可能性があり、良い賭けだと感じた」という。学生たちが、「価格が9億ドルまで下がるかもしれない」という下振れリスクにのみ着目していたのに対し、サチュ氏自身は、上振れと下振れの確率を天秤にかけた上で判断を下していた点が対照的だ。

結果として同事業は後に17億ドルで売却された。ただし、サチュ氏自身は、この判断が「初めての起業家であれば、必ずしも正しい選択ではなかったかもしれない」とも振り返る。初回の起業家が、ネットワースをマイナスから初めての10億ドルに引き上げる局面にある場合と、複数回の成功を経た後の局面とでは、リスク許容度がまったく異なるためだ。同氏は、初めての起業では一部の株式を売却して手元流動性を確保し、「自分が安心できる水準」を確保した上で残りの株式を保有し続ける方が適切な場合もあると補足している。

3-1. 「創業に失敗した経験」の市場価値


対談の中では、ハーバード・ビジネス・スクールの同僚である経済学者ポール・ゴンパース氏の研究も紹介された。同氏が、500万件のデータを分析した結果、似た学歴を持つ人材のうち、起業して失敗した人は、伝統的な就職経路を選んだ人と比較して、再就職時に約2.5年分の経験価値が認められるという結果が示されたという。サチュ氏は、これを「市場が実際に、その人の判断力そのものを評価している」ためだと説明し、大企業で歯車の一つとして働くよりも、人員の少ない小さな組織や政府機関で重要な意思決定に直接関わる経験の方が、長期的なキャリア価値につながりやすいと述べた。

同氏は、自身の過去の失敗経験にも触れている。ヘッジファンド業界での投資顧問会社「Stellation」を共同創業し、3億ドルを調達して順調に運営していたにもかかわらず、パートナーシップの安定性に問題があると判断し、資金を出資者に返還して事業を清算したという。「当時は完全な失敗だと感じたし、実際に失敗だった」としつつ、この経験が「事業そのものではなく、パートナーシップの在り方こそが成否を分ける」という気づきにつながり、後年の「Founder Mindset」という教育プログラムの発想の原点になったと振り返った。

4. 「不快な環境」が育てる判断力


サチュ氏は、自身の授業運営について、学生に高い緊張感を課す指導方針を取っている理由を、「リーダーシップは不快な状況の中で発揮されるものだ」という考え方に基づくと説明する。同氏は、学生が委縮するリスクを認識しつつも、不確実な状況での意思決定経験こそが将来の実践的な判断力につながると考えているという。同氏の授業の一つは、履修条件として就職活動(リクルーティング)を一切行わないことへのコミットメントが求められる。ゴールドマン・サックスやマッキンゼーといった有力企業からの内定機会を放棄してでも履修する学生がいるといい、サチュ氏は、「事業の収益性を高める最も重要な要素は、ビジネスモデルの最適化ではなく、本人が完全にコミットする姿勢そのものだ」と説明する。

デミング氏は、この手法について、教室全体に対して「高い期待値と高い当事者意識を持つ環境である」というメッセージを送る効果もあると分析した。実際、サチュ氏の授業には「遅刻する学生は誰もいないし、準備不足で参加する学生もいない」といい、こうした緊張感の高い環境そのものが学習効果を高めているという見立てだ。

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