Goldman Sachs調査、AIによる月次雇用成長への押し下げ効果は「1万〜1.5万人」と算出
AI技術の急速な進化と企業導入の広がりを受け、著名なテクノロジストの一部からは、「今後10年以内にAIが大量の雇用を消滅させる」との予測が示されている。この「AI失業の黙示録(job apocalypse)」論は本当に妥当なのか。Goldman Sachs Exchangesのホスト、Allison Nathan氏は、Goldman Sachs Researchのグローバル経済チームを率いるJoseph Briggs氏、そして、MITのDaron Acemoglu氏、Neil Thompson氏という3名の専門家に見解を尋ねた。
本記事では、それぞれの立場から示された具体的な数字と論点を、ビジネスマン・投資家の視点から整理する。
1. Goldman Sachsの予測 ― 9%の労働者が「再配置」対象に
1-1. 現時点での影響は「1万〜1.5万人」規模
Briggs氏は、まず現状について、テック業界、経営コンサルティング、グラフィックデザインなど、すでにAI導入が進んでいる一部のセクターに限れば影響は確認できるとした上で、「月次の雇用成長に対する押し下げ効果はおおむね1万人から1万5000人程度」と説明した。同氏は現時点では、「かなり狭い範囲の労働市場への衝撃であり、経済全体への大きな影響はまだ見られない」と述べている。
1-2. 長期的には「9%・1500万人」が再配置対象
一方、長期的な見通しについては数字が大きく変わる。Goldman Sachsのベースラインシナリオでは、AIの完全導入後に生産性が15%向上すると想定しており、これを過去の技術導入による生産性向上と労働者代替の関係(historical elasticity)に当てはめると、「米国の全労働者の約9%がAI転換の過程で新しい職に再配置される」という推計になるという。これは約1500万人に相当する規模だ。
Briggs氏は、この規模の変化は1990年代後半から2000年代初頭にかけて見られた技術主導の労働移動と同程度だとしつつ、「10年という期間に分散して起こるため、単年での失業率への影響は1パーセンテージポイント未満に収まる」との見方を示した。
1-3. 雇用創出は「過去80年で85%」が技術由来
Briggs氏はまた、雇用減少と同時に新規雇用の創出が進むとの前提を強調した。「過去80年間、雇用成長の約85%は技術による新しい職種の創出によってもたらされてきた」とし、米国労働市場では毎年約3000万人分の雇用が創出され、同時に約2900万人分が消失するという高い流動性が常態化していると説明する。同氏は、AIによる新規雇用創出のペースが5%加速するだけで、displaced(置き換えられる)労働者を十分に吸収できるとの見通しを示した。
2. MITの視点 ― 「波」ではなく「満ち潮」
2-1. AI能力と実際の導入には距離がある
MITのNeil Thompson氏は、AIの能力向上が直ちに雇用への影響につながるわけではないと指摘する。同氏は、AIが実際にタスクを代替するには「AIがそのタスクを遂行できるか」「必要な情報にアクセスできるか」「経済的に見て導入する価値があるか」という複数の条件を満たす必要があるとし、「AIの能力は非常に速く向上するが、導入のプロセスにはそれよりもずっと長い時間がかかる」と述べた。
2-2. 「クラッシングウェーブ」ではなく「ライジングタイド」
Thompson氏は、さらに、AIが労働市場に与える影響のパターンについて独自の比喩を用いている。同氏は、「crashing waves(押し波)」ではなく「rising tides(満ち潮)」という表現を使い、「予期せぬ大波に一気に飲み込まれる」のではなく、「潮が徐々に満ちていく」ように進行すると説明した。この見方に基づけば、企業や労働者はAIの影響を事前に察知し、対応策を講じる余地があるという。
同氏はまた、タスクの自動化が「初心者レベルの業務」を代替する場合は労働者の専門性が高まり賃金が上昇する一方、「専門性の高い業務」が代替される場合は競争が増え賃金が下落するという、タクシー運転手(GPSの例)と校正者(スペルチェックの例)を対比させながら説明している。
3. MIT Acemoglu氏の視点 ― より慎重な見通し
3-1. 2027年時点で800万〜900万人規模
MITのDaron Acemoglu氏は、他の2人よりも慎重な見方を示している。同氏は、2027年にかけて「認知的かつルーティン的なタスク」、具体的にはカスタマーサービスやバックオフィス業務において、レイオフや採用の鈍化が見られると予測した。この分野の労働者数について、同氏は「合計で800万人から900万人程度」と見積もっている。
3-2. 純負の影響は「2〜4%」
Acemoglu氏は、今後5年間で見込まれる純減少(net job losses)について、「2%から4%程度」という数字を挙げ、一部で懸念されているような大規模な失業とは規模が異なると強調した。ただし、この見通しは10〜15年という長期スパンではより不確実になるとし、AI投資が「労働者を代替する方向」に偏るか、「労働者を補完する方向」に向かうかによって結果が大きく変わると指摘している。
同氏はまた、AIとロボティクスの統合が進めば影響範囲が大きく拡大する可能性があるとし、米国経済における物理的タスクの割合は、約50%に達すると述べた。
4. まとめ ― 「不安」と「安心」の両方が残る議論
Goldman Sachs ResearchとMITの専門家3名の見解を並べると、AIによる雇用への影響については、短期的には限定的である一方、長期的な不確実性が大きいという点で一致している。Goldman Sachsの9%(1500万人)という数字も、Acemoglu氏の2〜4%という数字も、過去の技術革新による労働移動と比較して「制御可能な範囲」だとする見方が共通している。
ビジネスマン・投資家にとっては、AIが「一気に雇用を奪う」のではなく「徐々に浸透していく」プロセスであるという前提のもとで、どの業種・職種が先行して影響を受けるかを注視することが重要だろう。特にカスタマーサービスやバックオフィス業務など、認知的でルーティン性の高い職種の動向は、労働市場の先行指標として注目に値する。
