著名投資家Howard Marks氏、2026年2月にAIへの見解を全面改訂 ― 息子でVCのAndrew氏の助言がきっかけ
Oaktree Capital Managementの共同創業者であるHoward Marks氏が、著名ポッドキャストにて、AIに対する見解の変化、2008年金融危機時の投資判断、そして、ビジネスパートナーシップの本質について語った。83歳を迎えてなお現役で市場を見つめ続ける同氏の言葉には、投資家・ビジネスパーソンにとって示唆に富む内容が数多く含まれている。本稿では、AIという最新テーマから、危機下での意思決定、長期的な人間関係の築き方まで、同氏の思考の核心を丁寧に整理して紹介する。
1. 「セダクション(魅了)」を自覚しながらAIへの見解を変えた理由
対談の冒頭、司会者はMarks氏に対し、率直な指摘をぶつけている。Marks氏は、自著の中で繰り返し「合理的であることの重要性」を説き、「何かを良いアイデアだと思い込んで感情的になったとき、賢い人間ほど悪い判断を下す」と警告してきた人物だ。ところが、今回のAIに関する新しいメモを読むと、「少し魅了されているように聞こえる」と司会者は指摘する。
これに対し、Marks氏は、感情的かどうかは定義次第だとしながらも、AIに対する自身の評価を引き上げた理由を率直に語った。そのきっかけは非常にシンプルなものだったという。息子のAndrew氏は、ベンチャーキャピタリストとして日常的にAIに触れる立場にあり、2025年12月頃にMarks氏が最初のメモを書いた後、2026年2月に入って「お父さん、状況があまりに大きく変わったから、メモを書き直さないといけないよ」と助言したことが、全面改訂のきっかけになったという。
Marks氏がAIについて特筆すべき性質として挙げたのは、大きく二つある。
一つ目は、「自律性」だ。鉄道からコンピュータ、インターネットに至るまで、これまでの技術革新はすべて、人間の生産性を高めるための「道具」に過ぎなかった。しかし、AIは、「仕事を与えれば、やり方を細かく指示しなくても、自分で考えて実行する」という、これまでのいかなる技術にもなかった質を持つと指摘する。同時に、この自律性には、「AIが制御を超えて暴走するのではないか」という根源的な懸念がつきまとうことも認めている。
二つ目は、「予測不可能性」である。「未来がどのような形になるのか、誰にも分かっていないと思う」とMarks氏は述べ、インターネットの登場時にはこうした「理解や予測を超えている」という感覚を抱いたことはなかったと振り返る。この二つの性質こそが、AIを過去のあらゆる技術革新と一線を画す存在にしているというのが同氏の見立てだ。
司会者から「将来、"次のHoward Marks"は、人間ではなくAIになるのでは」と問われると、同氏は、指数連動型ファンド(インデックスファンド)の普及がもたらした変化を引き合いに出した。インデックス化は、多くのアクティブ運用者が、実際には市場平均に勝てていないという事実を白日の下に晒し、多くの人々を株式運用の世界から退場させた。Marks氏は、AIも同様に「実力が主張ほど優れていない人々の"化けの皮"を剥がすことになるだろう」と予測する。
その一方で、AIにも限界があるのではないかという可能性についても言及した。長年の投資経験から得られる、言葉にできない直感や判断力――たとえば、「なぜか分からないが、この人とは組みたくないと感じる」という感覚――について、Marks氏は次のように語っている。
「もし本当に、皆さんの首の後ろの毛が逆立つようなその感覚が本物だとして、もしAIに首の後ろの毛がないのだとしたら、経験豊富な判断力を持つ投資家にはまだ役割が残っているのかもしれない」
同氏は、さらに、AIの得意分野が、「歴史を知り、パターンを認識し、外挿すること」に大きく依存しているとすれば、過去に前例がない事象については、AIが対応できない領域が常に残り続けるだろうと分析している。
2. 「セカンドレベル思考」は教えられるか
対談では、Marks氏の代表的な投資哲学である「セカンドレベル思考(second level thinking)」についても掘り下げられた。これは、他の投資家と同じものしか見えていなければ、決して市場平均を上回ることはできない、という考え方だ。優れたリターンを得るためには、コンセンサスとは異なる視点――いわゆる「バリアント・パーセプション(variant perception)」――を持ち、その見立てに賭け、そして実際にそれが正しくなければならない。
Marks氏は、自著の中で、「セカンドレベル思考者になる方法を教えてほしい」と尋ねられた際の自身の答えを紹介している。「教えられるかと聞かれれば、答えはノーだと思う。セカンドレベル思考者であることの重要性は教えられる。しかし、コンセンサスと異なる、なおかつ正しい見立てをどう持つかは教えられない」。
バスケットボールの世界には、「身長はコーチできない」という格言があるが、Marks氏は、これになぞらえ、「洞察力(insight)というものが存在し、それを持つ人と持たない人がいる」と述べる。そして、AIがこの種の洞察力を獲得できるかどうかは分からないとし、これを「AIをめぐる大きな謎の一つ」だと表現した。
3. リーマン・ショック時、根拠なき確信で110億ドルを投じた判断
対談の後半では、Marks氏がこれまでに下してきた大きな投資判断のうち、最も印象的なものとして2008年のリーマン・ブラザーズ破綻時のエピソードが語られた。
Oaktreeは、2007年から2008年にかけて、当時としては過去最大規模となる110億ドルのディストレスト債ファンドを調達していた。これは、2007年以前の同社最大ファンドであった「O2ファンド」の25億ドルから、実に4倍以上の規模である。同社はこの資金を、危機が本格化した際に投入するための「棚上げ」資金として保有していた。
そして、2008年9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻。金融システム全体が崩壊し、「金銭に関わるあらゆるものが原子化する」とまで言われる悲観論が渦巻く中、Oaktreeは資金投入の是非を迫られることになった。
このときMarks氏らが直面したのは、参照すべき過去のデータもパターン認識も存在しない状況だった。あるハーバード大学の疫学者が、パンデミック下での意思決定について語った言葉を引用し、Marks氏は次のように述べている。「意思決定を行うとき、私たちはデータと過去の経験へのアナロジー、そして、推測(supposition)を用いる。しかし、リーマン破綻の時点では、データも過去の経験もなく、あったのは推測だけだった」。
最終的にMarks氏らが下した結論は、次のようなロジックだった。「もし金融の世界が本当に崩壊し、そこで投資をしていたとしても、結果は変わらない。しかし、もし投資をせず、世界が崩壊しなかったとしたら、我々は自分たちの仕事を果たさなかったことになる」。この論理に基づき、同社は投資を実行する判断を下した。
その結果、ディストレスト債ファンドを率いるBruce Karsh氏は、15週間にわたり週平均4.5億ドル、四半期換算で70億ドルを投資した。この判断は単なる直感によるものではなく、定量的な裏付けもあった。プライベートエクイティによる買収案件の債務を、たとえ買収先企業の価値が当時の買収価格の4分の1、あるいは5分の1にまで下落したとしても損益分岐点を維持できる水準で購入していたのである。
しかし、重要なのは、この判断が「絶対の確信」に基づくものではなかったとMarks氏が明言している点だ。「私たちは、われわれは間違っているかもしれない、あるいはこれまで見たことのない形で物事が展開するかもしれない、と常に言うタイプの人間だ」と述べ、過去26年間に行った主要なマクロ判断5つについて書いた自身のメモ「Taking the Temperature」にも触れながら、「市場が暴落しているときは、それがなぜかと言えば、ニュースがひどいからだ。私も同じ新聞を読み、同じテレビ番組を見ている。ひどいニュースはひどく見える。それでも何らかの形でそれを乗り越え、投資すべきだという結論に至る」と語った。
そして、投資家にとって示唆に富むこの一言で締めくくっている。
「もし恐怖を感じるものが何もなくなるまで待っていたら、おそらくその機会はすでに過ぎ去っている」
4. 危機の直前に110億ドルを調達できた3つの理由
これほどの規模の資金を、市場が最も悲観的なタイミングの"直前"に調達できた背景について、Marks氏は具体的に3つの理由を挙げている。
第一に、1988年の創業以来20年間にわたり積み上げてきた投資家からの信頼関係である。
第二に、1991年やITバブル崩壊(2001〜2002年)など、過去の複数の危機下でも同戦略で好成績を収めてきた実績であり、これにより「資産のほとんどは、好況局面向けに設計されているはずだが、この投資は、"何かが起きたときに特に良い成果を出す"という形でヘッジになる」と投資家を説得できたという。
第三に、世界金融危機の火種となった市場の構造的な欠陥を具体的に指摘できたことである。Marks氏は、市場の本来の役割は、「その投資案は意味をなさないから資金は出さない」と規律をもたらすことにあるとし、「市場がその役割を果たさなかったとき、愚かなアイデアに資金が投じられ、それが破綻したときに人々は損をする」と、当時起きていた歪みを説明できたことが説得材料になったと振り返る。
さらに、同氏は、映画『スパイゲーム』(ロバート・レッドフォード主演)の台詞を引用し、「ノアはいつ方舟を造ったか? 洪水の前だ」というフレーズを紹介した。危機が到来してからでは資金は集められない。危機の"前"に、危機が来るかもしれないという感覚を持って備えておく必要がある、というのが同氏の教訓である。
もう一点、Marks氏が強調したのは、好成績の後にあえてファンド規模を縮小してきた実績だ。通常、好成績を収めたファンドの後継ファンドは、その実績を売りに規模を拡大するのが業界の常だが、Oaktreeは、「好成績は資産価格がすでに上昇し、投資妙味が薄れたことを意味する」との考えのもと、意図的に次のファンド規模を縮小してきたという。この一貫した姿勢の積み重ねが、「HowardとBruceが"良い機会がある"と言うときは、単に資金集めのために言っているのではなく、本当にそう信じている」という市場からの信頼につながったと分析している。
5. 39年間、一度も喧嘩をしていないパートナーシップ
Marks氏とBruce Karsh氏のパートナーシップは、今月(取材時点)で39年目を迎える。Marks氏は、この関係を「家族、そしていくつかの良い友情を除けば、人生で得た最良のものの一つ」と表現し、「意見の相違はあっても、喧嘩は一度もない」と語った。
長続きするパートナーシップの条件として、Marks氏は自身のメモ「The Most Important Thing」で書いた内容を引用しながら、次の3点を挙げている。
1点目は「共有された価値観」。倫理観やリスクに対する姿勢が大きく異なる者同士――たとえば、「一方は、超攻撃的で、もう一方は、臆病」「一方は倫理的で、もう一方は手を抜くことをいとわない」――では、長期的な関係は築けないという。Marks氏は、かつてAT&Tが上場した際の投資銀行団40社のうち、ほとんどが姿を消し、Goldman Sachsだけが生き残った例を挙げ、「強気派(cowboys)と慎重派(chickens)がいて、悪い時には慎重派が"強気派のせいで我々は殺される"と言い、良い時には強気派が"慎重派が足を引っ張っている"と互いを非難し合う」ことが、多くのパートナーシップや組織が崩壊する要因だと指摘した。
2点目は「補完的なスキル」。互いに互いのできないことを補い合う関係でなければ、パートナーシップは長続きしないという。「もし私があなたにできることを全部できるなら、なぜあなたが必要なのかということになる。それは長くは続かない。なぜなら、いずれ"あなたは払いすぎだ、必要ない"と言うことになるからだ」。Karsh氏は、1987年、法律畑出身の背景を活かしてディストレスト投資の分野に進出し、Marks氏にディストレスト債ファンドの立ち上げを提案したという経緯があり、以来Marks氏が対外的な発信・講演を担当し、Karsh氏が実際の資金運用を担う、という補完的な役割分担が続いている。
3点目は「感謝の姿勢」。自分がやりたくない仕事を引き受けてくれるパートナーに対して、感謝の気持ちを持ち続けることが重要だとMarks氏は語った。
6. Warren Buffett氏との出会いと関係
対談では、Warren Buffett氏とのエピソードも披露された。エンロン破綻後、その簿外事業体の一つ「Osprey」の債務について、Oaktreeが最大の保有者となり、Buffett氏(バークシャー・ハサウェイ)が二番目の保有者となった。この際、Buffett氏は、Oaktreeに自身の議決権(プロキシ)を委任し、Karsh氏がこの企業の再建交渉を主導して大きな成果を上げたという。
この一件を受け、Buffett氏は、Karsh氏に手紙を送り、「Ospreyでの見事な仕事に敬意を表する。もしオマハに来ることがあれば、一緒に昼食をとろう」と伝えた。これに対し、Marks氏とKarsh氏は、「今週たまたまオマハに行く予定がある」と返信し、実際に昼食を共にしたことが交流のきっかけになったという。
その後、2009年にMarks氏が執筆したメモの中でBuffett氏に言及した際、そのメモを本人に送ったところ、Buffett氏から「もし本を書くなら、推薦文(ブラーブ)を書いてあげよう」という言葉をかけられ、これがMarks氏の処女作『投資で一番大切な20の教え』執筆のきっかけになったと明かしている。
また、世間にあまり知られていないBuffett氏の一面として、Marks氏は、チャーリー・マンガー氏への深い敬愛を挙げた。Buffett氏が送った手紙の中で、マンガー氏を「兄」、自身を「弟」と表現していたエピソードを紹介し、「これはまさに、私とBruceの関係についても言えることだ」と語っている。
7. 子育てと人生の選択について
対談の終盤では、子育てや人生の選択についても話が及んだ。Marks氏は、かつて読んだウォール街専門の精神科医に関する記事を引用し、「患者の抱える問題は、父親から受けた支援の度合いに反比例する」という指摘を紹介。多くの成功した男性が、息子に対して自身の優位性を証明しようとしてしまう傾向があると述べ、自身は息子のAndrew氏に対し、意図的に「息子の方が優れている」場面を作るよう心がけてきたと語った。
また、子どもの進路選択についても、「害にならない限り、子ども自身に選ばせるべきだ」という考えを示し、娘の進学先選びの際、夫婦としての希望はあったものの、最終的には娘自身に選ばせたエピソードを紹介。「その選択が間違っているかもしれない。しかし、選択肢の両方が悪くないのであれば、子どもに選ばせ、選択の経験を積ませるべきだ」と述べた。
自身のキャリア選択については、意外にも「最初の20年間は無自覚だった」と率直に振り返っている。シカゴ大学卒業後にシティバンクの投資調査部門に入ったのも、前年の夏季インターンが良かったからという理由に過ぎず、株式調査部門から債券部門への異動も「株式調査での成果が振るわず、異動を命じられたから」だったという。1978年、ハイイールド債の世界的パイオニアであるマイケル・ミルケン氏との出会いも、たまたま電話を取ったのが自分だったという偶然によるものだったと明かし、「もしその電話が昼休み中にかかってきていたら、誰か別の人がその役割を担っていたかもしれない」と、キャリアにおける運の要素の大きさを強調した。
その上で同氏は、作家クリストファー・モーリーの言葉「人生における唯一の成功とは、自分自身のやり方で人生を生きることだ」を引用し、若い世代に対して「友人や社会、親に人生の選択を委ねるのではなく、自分自身で考え抜く必要がある」とアドバイスを送った。
8. 推薦図書
最後に、Marks氏は、自身の思考に大きな影響を与えた書籍として2冊を挙げている。一冊は、ジョン・ケネス・ガルブレイスの『バブルの物語』で、好況と不況を生み出す人間心理の脆弱性を学べる一冊として紹介した。もう一冊は、ナシーム・ニコラス・タレブの『まぐれ』で、人生における偶然性の大きな役割を説く内容であり、「短期的にはランダム性によって何でも起こりうる。これがリスクに対する姿勢、ポートフォリオ構築に対する姿勢、そして、"優れた運用実績"をどう評価するかという姿勢を規定する」と、その意義を語った。
