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「これは電気と同じくらい大きい」― アナリストBenedict Evans氏が語るAIハイプサイクルの実像

ベンチャーキャピタルRedpointが配信するポッドキャスト「Unsupervised Learning」に、テック業界で著名なアナリストBenedict Evans氏が出演した。聞き手はRedpointのJacob Efron氏。同氏は、ニュースレターやプレゼンテーションを通じて長年テック業界を分析してきた人物で、今回の対談では、AIが本当にインターネットやモバイルに匹敵する技術革新なのか、企業でのAI導入がなぜ思うように進まないのか、コンシューマー向けAIアプリがなぜ苦戦しているのか、そして、OpenAIとAnthropicの戦略の違いまで、非常に幅広いテーマが語られた。本稿ではその内容を、具体例を交えながら詳しく整理する。


1. 「AIはインターネットより大きいか」という問いの立て方そのものが誤り


対談の冒頭、Evans氏は、AIの現在のハイプについて「やや控えめな見方」を持っていると前置きしつつ、そもそも「AIはモバイルより大きいか」「インターネットより大きいか」という比較自体があまり分析的な意味を持たないと述べた。

同氏は「インターネットは間違いなく大きな出来事であり、あらゆるものを変えた。モバイルもそうだった」としたうえで、モバイルの普及台数がPCを大きく上回ったことなどを例に挙げ、規模だけを見れば技術は時代とともに拡大してきたと説明した。しかし、同氏が本当に注目すべきだと考えるのは、規模の比較ではなく「過去に世界を変える技術が登場したとき、何が起きたのか」というパターンの分析だという。

その具体例として同氏が挙げたのが電気だ。「電気のようなものだ」と言われれば、それはそれで構わない、ただし、「では電気の時に何が起きたのか」を振り返るべきだと同氏は述べる。電気が登場する前の時代があり、その時代の人々も決して愚かではなかった。人々はその技術で何をすべきか頭を悩ませながら手探りで進んでいった。この視点を忘れず、今回も同じように「何がパターンとして観察できるか」を考えることが重要だとEvans氏は強調した。

同氏は、また、直近で執筆したトークンの価格設定に関するエッセイに触れ、モバイル通信網や半導体、光ファイバー、オペレーティングシステムがどのように発展してきたかを振り返ったことを紹介した。これらの比較に「予測力」はないとしつつも、たとえば半導体産業で見られた「最先端の製造施設のコストが4年ごとに倍増する」という法則が基盤モデルの開発コストにも似た構造として現れている点や、モバイル通信網が抱える「限界費用」の構造――利用者が増えるほど基地局や設備を追加investmentしなければならない――が、この半年間に見られたAIのコンピュート供給不足と似ている点を指摘した。

興味深いのは、モバイル通信のデータトラフィックが、過去15年で1,000倍から2,000倍に拡大し、今や1兆ドル規模の産業になっているにもかかわらず、通信会社自体は年間2,000億ドルもの設備投資を続けながらほとんど利益を上げていないという事実だ。Evans氏は、この構造こそがAI業界にとっての重要な問いだと指摘する。価値の大部分はUber、銀行アプリ、YouTubeといった「上位レイヤー」の企業が獲得しており、通信会社自身はそのビジネスを手にしていない。基盤モデルを提供する企業が同じ道をたどるのか、それともクラウドやOSのように独自の強い立場を築けるのかは、まだ結論が出ていない大きな論点だとEvans氏は述べた。

2. デモから日常利用への高い壁 ― 現在地はまだ「携帯電話とネットスケープの1999年」


Evans氏が繰り返し強調したのが、「性能面での驚異的な進化」と「実際の日常利用への定着」の間には大きなギャップがあるという点だ。同氏はOpenAIを1990年代の先駆的ブラウザ「Netscape」に例え、チャットボットは今日の「ウェブブラウザ」のようなものだと述べた。今のAIは非常に印象的で、明らかにあらゆるものを変えていく可能性を持っているが、同時に「なんとなく動く」段階に過ぎないという。

同氏は自身の実体験も紹介した。1999年、モバイルソフトウェア企業との打ち合わせで、Palm 5とNokiaの携帯電話をGPRSと赤外線ポートで接続し、インターネットにつなごうと試みた際の記憶だ。「なんてクールなんだ」と盛り上がったものの、実際にはうまく機能せず、その体験が一般に普及するまでにはさらに10年を要したという。今回は、さすがに10年もかからないだろうとしつつも、現在は、「どこに価値が生まれるのか」「何が実際に使われる体験になるのか」を模索している、まさにそうした過渡期にあるとEvans氏は述べた。

具体的な数字として、同氏は、現在「毎日AIを利用している人」は全体の10〜15%程度に過ぎず、しかもその「毎日利用」も1日に1〜2回使う程度のものだと指摘した。さらに、週次・月次で利用する層を合わせても20〜40%程度にとどまり、ソーシャルメディアの経験に照らせば「週に1〜2回の利用」というのは決して熱心な利用とは言えない水準だという。

この差を説明するために同氏が用いたのが、1970年代後半に登場した表計算ソフトを目にした会計士と弁護士の対比だ。会計士にとってそれは「人生を変える」ものだった一方、弁護士にとっては「来週のタイムシート作成には使えそうだが、日々の仕事の中心ではない」というものだったという。この違いこそが、現在のAI活用状況を理解するうえで重要な分岐点になっているとEvans氏は説明した。

3. コーディングだけが「本当に機能した」理由


対談の中で繰り返し登場したのが、ソフトウェア開発における明確なプロダクトマーケットフィットの達成だ。Evans氏は「ソフトウェア開発における効果は疑いようがなく、証明済みであり、すべてを変えつつある」と明言した一方、それ以外の分野――知識労働者による日常利用や、一般消費者向けの利用――については、まだ判然としないグレーゾーンにあると整理した。

なぜコーディングだけがうまくいったのかという問いに対し、Evans氏はいくつかの仮説を提示した。第一に、コードは検証可能性が非常に高く、実行して結果を確認できるという特性がある。第二に、AIの「ツールを作る人」自身がまさに開発者であり、自分たちの課題を自分たちで解決しようとした結果、コーディング支援ツールが真っ先に磨き上げられたという構造的な要因もあるという。「ツール開発者が開発者である唯一の場所が、開発ツールそのものだ」という指摘は象徴的だ。

さらに、同氏は、機械学習が機能するための条件として「十分な学習データがあるか」「検証がスケーラブルに行えるか」という2点を挙げた。コンサルティングのような複雑な業務になるほど、具体的で客観的な検証が難しくなり、機械学習が機能しにくくなるという。

4. OpenAIとAnthropicの戦略の違い


Evans氏は、OpenAIとAnthropicの戦略の違いについても踏み込んだ分析を示した。両社とも既存事業を持たない新興企業であり、レガシービジネスを土台にできない、独自の販路もインフラも持たないという共通の制約を抱えている。持っているのは、最先端の科学的知見のみで、それ以外のすべて――インフラ、資本、販売網、プロダクト――をゼロから構築しなければならない立場にあるという。

同氏の見立てでは、潤沢な資金を持つOpenAIは、「コモディティ化した基盤モデルの上に何を構築できるか」を幅広く模索する戦略を取った。ブラウザなのか、ソーシャル動画アプリなのか、アプリストアなのか、ショッピングなのか、広告なのか――あらゆる方向性を同時に試したという。

一方、資金面での制約があり、AIの暴走リスクへの懸念も強かったAnthropicは、より狭くコーディング領域に焦点を絞る戦略を取った。Evans氏は、「資金が少なく、より焦点を絞り、AIの暴走をより懸念していた」と述べ、その結果として「たまたまコーディングがうまくいった」ことが同社の戦略的な強みにつながったとの見方を示している。ただし、同氏は、どちらの戦略が正しかったというよりも「両方の戦略に合理性があった」と評価し、資金力と価値観の違いがそれぞれ異なる合理的な選択につながったと分析した。

5. モデル開発の参入障壁は「まだ存在しない」


Evans氏が特に印象的な指摘として挙げたのが、現時点でAIモデル開発における明確な参入障壁がまだ存在しないという点だ。同氏は、ある企業が大きく出遅れた状態から短期間でトップクラスの水準まで一気に追いついた事例を取り上げ、「これは一見矛盾するようだが、実はその企業にとってネガティブなシグナルだ」と述べた。数十億ドル規模の資金を投じ、適切な人材を採用しさえすれば追いつける状況が続いていることを意味するためだという。検索やソーシャル、モバイルの時代にあったような構造的な参入障壁は、今のところ確認できていないというのが同氏の見立てだ。

同氏は半導体産業との比較も提示した。半導体では、世代を重ねるごとに最先端工場のコストが上昇し続けた結果、最先端を走る企業は数十社から一社、そして、それに次ぐ一社という状態にまで絞り込まれていった。AIモデル開発も同様の道をたどる可能性はあるが、「まだそこには至っていない」とEvans氏は述べ、スケーリングの伸びが鈍化すれば状況はまた変わってくるとも付け加えた。

6. なぜ雇用への影響予測は当たらないのか


雇用への影響について、Evans氏は慎重な立場を取った。10年前にジェフリー・ヒントン氏が、「放射線科医の育成をやめるべきだ」と発言したことを引き合いに出し、「この発言の問題は、放射線科医が実際に何をしているかを理解していなかった点にある」と指摘した。

同氏は、さらに、20世紀を通じて米国の会計士の数が一貫して右肩上がりに増え続けてきたというデータを紹介した。テック業界が、パンチカードや計算機、メインフレームによって繰り返し業務を自動化してきたにもかかわらず、会計士の数は増え続けている。これは単なる「ジェヴォンズのパラドックス」(コストが下がることで需要が増える現象)では説明しきれないとEvans氏は指摘し、実際には会計士の仕事内容そのものが変化してきたのだと説明した。かつて何時間もかけていた作業が今では数秒で終わるようになり、会計士は別の種類の仕事に時間を使うようになったのだという。

同氏は、また、「職業への影響を測定しようとする分析」そのものの限界にも言及した。「新人法律事務所のアソシエイトが行っている業務の93%をこなせる」といった主張について、Evans氏は、「法律事務所のアソシエイトが実際に何をしているかを測定することはできないし、モデルがそれをこなせるかどうかも測定できない」と一蹴し、これを「専門家をシステムに落とし込む誤謬」と呼んだ。

さらに、重要な指摘として、こうした職業別の影響分析が見落としがちな点として、分析の対象外にある産業がまったく別の理由で打撃を受けるケースを挙げた。インターネットは、ジャーナリストという職業そのものをほとんど変えなかったが、地方広告というビジネスモデルを壊滅させた。Uberの登場についても、スマートフォン普及の議論の中で「位置情報」の話は盛んにされていたが、配車サービスという用途を予見した人はいなかったという。

7. コンシューマー向けAIアプリがなぜ苦戦するのか


対談の後半では、コンシューマー向けAIアプリケーションの現状についても議論された。Evans氏は、OpenAIが「Sora」のような取り組みを発表したことについて、これをAI特有の物語としてではなく、消費者向けソーシャルサービス全般に共通するパターンとして捉えるべきだと述べた。TikTokやSnapchatが見つけたような「新しい仕組み」「新しい体験の感じ方」を発見し、それが単なる目新しさ(ギミック)にとどまらず定着するかどうかが鍵になるという。同氏は、ドローンや3Dプリンターが登場した際に見られた現象――最初は誰もが夢中になるが、数日後には「もう十分見た」となってしまう現象――とSoraやMidjourneyのような画像生成AIの体験を重ね合わせ、消費者にとって「解決したい具体的な問題」に結びつかない限り、一時的な熱狂で終わってしまう可能性を指摘した。

一方で、もし「バーチャル試着」のような具体的な問題解決に結びつく形で画像生成技術が使われれば、それはまったく異なる評価を受ける可能性があるとも述べており、技術そのものではなく「何に使われるか」が定着を左右するという一貫した視点を示している。

8. 企業へのAI導入は「段階的な発見」のプロセス


企業でのAI導入についても、Evans氏は明確な段階論を展開した。第一段階は、「全員にCopilotを配る」という一律導入で、これはうまくいかなかった。第二段階は、パイロットプロジェクトの実施で、多くの企業がすでに複数のパイロットを行い、その半分程度を実際に展開しているが、これは「一つずつ課題を自動化する」対症療法的なアプローチに過ぎないという。

同氏は、この状況を「カタログをすべてPDF化してウェブサイトに載せることに成功した」段階になぞらえた。ダウンロード数は伸び、印刷コストは減り、顧客も増えた――それ自体は良いことだが、おそらくそれが最終形ではないという趣旨だ。真に必要なのは、この新しい技術を前提に業務の構造そのものをどう組み替えるかという、より大きな問いに向き合うことだとEvans氏は指摘する。

この文脈で、同氏は、コンサルティング業界の存在意義にも触れた。BCGやマッキンゼー、アクセンチュアといった企業が担ってきた役割は、まさに「あなたの会社は今こういうやり方をしているが、実はこうすればもっとうまくいく」という再構築の提案であり、これは多くの垂直特化型AI企業が、今行っていることと本質的に同じ機能だと分析した。ソフトウェア企業とコンサルティング企業が、いわば山の反対側から同じ頂上を目指して登っているという同氏の比喩は印象的だ。

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