Coinbase CEOブライアン・アームストロング氏、7月にインド再進出へ ― UPI連携の現地ライセンス取得済みと明言
インドの起業家ニキル・カマート氏がホストを務めるポッドキャストに、Coinbase CEOのブライアン・アームストロング氏が出演し、暗号資産・ステーブルコイン・銀行システムのあり方について長時間にわたり議論した。カマート氏は、冒頭で自らを「暗号資産を一度も買ったことがない懐疑派」と位置づけ、あえて反対側の視点から質問を重ねるという形式を取った。その結果、対談は表面的な礼賛にとどまらず、銀行モデルとの構造比較、規制の駆け引き、資産としてのビットコインの心理性、AI時代の金融の姿まで、幅広い論点に踏み込む内容となった。本稿では、投資家・ビジネスパーソンにとって特に重要な部分を、背景情報を補いながら詳しく整理する。
1. 対談の出発点 ― 資本主義と所得格差についての哲学
本題の暗号資産に入る前、二人はまず「資本主義のあり方」や「所得格差」について時間をかけて議論している。この部分は一見脇道に見えるが、後半のステーブルコイン論・規制論を理解する上での土台になっている。
2-1. 「みんなを資本家にする」という発想
アームストロング氏は、所得格差の解決策の一つとして「すべての人を資本家にすることだ」と述べた。同氏によれば、世界にはおよそ40億人が証券口座を持てない「アンブローカード」の状態にあるという。同氏はこの文脈で、米国で議論されている「トランプ・アカウント」のような、子どもの誕生時にS&P500へ1,000ドル相当を割り当てる仕組みに言及し、「これによって、幼い頃から市場への当事者意識を持たせることができる」と評価した。
1-2. 「自分との競争」と「他人との比較」
所得格差が、社会不安を生む構造について、アームストロング氏は独自の整理を示した。「人々は自分の生活が1〜2年前より良くなっているかを見る一方で、他人と比べてどうかも見ている。後者は嫉妬であり、前者は、自分自身との競争だ」と述べ、生活水準全体が底上げされていれば格差そのものは容認されやすいが、「購買力が横ばいの一方で、一部の人だけが急激に豊かになるとき、最大の社会的軋轢が生まれる」と分析した。この議論は、後半のAI失業論・格差論への伏線にもなっている。
2. AIと国家間の価値配分 ― インド側の懸念
カマート氏は、自身がインドという文脈で見ているAIの課題は、単純な所得格差ではなく、「AIの果実が特定の国に集中してしまうのではないか」という、より構造的な懸念だと説明した。同氏は、「自分たちがそのバリューチェーンの一部になれるのか、なれないのか」という問いこそが本質的な問題だと述べ、インドがAIインフラやエネルギーのバリューチェーンに食い込む必要性を指摘した。
アームストロング氏は、これに対し、AIの安全な発展のために各国が足並みを揃えて開発を停止するというシナリオは非現実的だと述べた。「あるデータセンターで新しいAIモデルを訓練しているとして、査察官が来たときだけ電源を切り、10分後には別のソフトウェアを訓練し始めることもできる」とし、国際的な一斉停止は事実上不可能だという見方を示した。その上で、「唯一の道は前に進むことだ。責任を持って構築し、善のために活用しようと努めるしかない」と述べた。
3. なぜAIエージェントはステーブルコインで支払うのか
対談の中心テーマの一つが、AIエージェントが、将来的に自律的に決済を行う「エージェント型コマース」における通貨の選択だ。アームストロング氏は、ステーブルコインとブロックチェーンがこの用途に適している理由を次のように説明した。
「AIエージェントは、銀行でクレジットカードを申し込むのが難しい。身分証明の提示が必要で、それは今のところ人間にしか発行されない政府発行の書類だからだ。しかし、AIエージェントは、KYC(本人確認)なしでステーブルコインを使った自己管理型の暗号ウォレットを立ち上げることができる」という。加えて、ステーブルコインの決済網は、「1秒未満、1セント未満」で世界中に送金できるほど高速・安価になっており、論文の閲覧料やAPI呼び出しといった、クレジットカード網では扱いにくい少額決済に向いているとした。
同時に、この議論は、KYC規制の意義とのトレードオフでもある。アームストロング氏は、「AML(資金洗浄防止)活動によって実際に凍結・押収されている不正資金は、全体のわずか1%程度だという推計もある」と紹介し、規制コストと実効性のバランスについて問題提起した。
4. ステーブルコインの収益構造 ― 誰が何%を受け取るのか
USDCなどのステーブルコインは、短期米国債などで裏付けられており、その利回りの配分を巡って踏み込んだ議論が交わされた。
アームストロング氏は、「Coinbase上でUSDCを保有しているユーザーの場合、その経済的価値の大部分、おおよそ9割程度が顧客に還元されている」と説明した。残りの1割程度をCircleやCoinbaseが受け取る構造だという。この配分の法的根拠として、米国で成立済みの「GENIUS法」と、審議中の「Clarity法案」が挙げられた。同氏によれば、Clarity法案の草案では、銀行業界からの懸念を受けて「アイドル残高への報酬付与」に一定の制約が設けられる一方、「顧客が決済や取引といった何らかのアクティビティを行っている限り、報酬を受け取る資格がある」という設計になっているという。
さらに、顧客は、保有するUSDCをDeFi(分散型金融)プロトコルに貸し出すことで追加の利回りを得ることも選べるとされた。
4-1. 銀行の部分準備金モデルへの明確な批判
この議論の延長で、アームストロング氏は、従来の銀行が採用する「部分準備金制度」について、正面から異を唱えた。「金融システムの土台として、部分準備金は安全な基盤ではないと考えている。銀行取り付け騒ぎの例は数多くあり、たとえFDIC保険があっても、顧客が受け取れるのは最大25万ドル程度に限られる」と述べ、最終的には顧客が損をするか、政府が納税者の資金で救済に入るかのどちらかになりがちだと指摘した。
一方、ステーブルコイン発行体は、資産の100%を短期米国債という形で保有する「フルリザーブ」であり、「彼らが取っているリスクは、最大でも93日物国債程度に過ぎない」と説明した。これは米議会がGENIUS法の中で「合理的で低リスクな裏付け資産」として着地させた基準だという。
同氏はまた、当座預金と普通預金・MMF(マネー・マーケット・ファンド)が分離されている従来型の金融システムを引き合いに出し、「なぜ顧客に、この2つのバケツの間でお金を移動させることを強いるのか。使いたければ使え、利回りを得たければ公正なレートで得られる、一つの資金プールがあってもいいはずだ」と述べ、ステーブルコインがこの分離を解消するものだという位置づけを示した。
5. 銀行との協業と摩擦 ― 「これは競争の問題だ」
Coinbaseは、世界最大級の銀行20行のうち5行とステーブルコイン関連の統合をすでに実施しているという。JPMorganやCiti、BlackRock(ビットコインETFの運用支援)との連携にも言及があった。一方で、一部の銀行業界団体からは慎重な反応もあるとアームストロング氏は述べた。
同氏は、「もし自分が銀行員で、預金者に1%しか払わないのに、ステーブルコインが4%を支払うとしたら、それは競争上の問題だ」と率直に認めつつ、これはシステミックなリスクではなく、単に銀行側がより良い商品を提供するよう迫られているだけだと主張した。同氏はさらに、米大統領経済諮問委員会の報告書が、銀行側の懸念を「実体のない、作られたもの」と結論付けたと紹介し、「銀行の主張は、フラクショナルリザーブ(部分準備金)による貸出を行う場合にのみ銀行免許が必要だというもので、我々はそれを行っていない」と反論した。
同氏は、このような業界団体の動きを「ゼロサム的な規制の虜(レギュラトリー・キャプチャー)のマインドセット」と呼び、「CEOとして、そうした姿勢にはほとんど寛容になれない」と述べた一方、「優れた銀行はこれをチャンスと捉え、実際に多くの銀行と技術面で協業している」とも付け加えた。
6. インドでの再展開とBase上のエコシステム
対談ではインド市場についても具体的な言及があった。アームストロング氏は、Coinbaseが数年前に一度撤退したインド市場について、「UPI決済システムへのアクセスの問題を解決し、月曜日にインドで再び稼働を開始する予定だ」と明かした。同社は現地の金融情報機関(FIU)への登録を済ませ、現地ライセンスと決済インフラへのアクセスを持つ、初の国際プレイヤーになるとしている。
また、レイヤー2ブロックチェーン「Base」を通じた開発者支援についても紹介された。Coinbaseは「Base Grants」というプログラムを通じて、インドの開発者に1万ドル規模の助成金を提供しており、優秀な開発者はシリコンバレーに招かれてメンターシップを受ける機会もあるという。アームストロング氏によれば、インド発でBase上に構築されたスタートアップは約150社に上るとされ、同氏はBaseを「公共財、公共インフラのようなものであり、非常に誇りに思っている」と評した。
同氏は、また、Baseの分散化を段階的に進めていることにも触れ、Vitalik Buterin氏が提唱する分散化のステージ区分のうち、「ステージ0、1は完了し、最終段階であるステージ2の途中まで来ている」と説明した。将来的にはBaseトークンの発行を通じて、誰にも将来変更できない形で「許可不要のイノベーション」を制度として固定化する道を模索しているという。
7. 送金(リミッタンス)というインド最大の機会
対談の中では、インドへの海外送金市場についても具体的な議論があった。カマート氏は、インドへの年間送金額が約1,500億ドル規模であり、世界最大の送金受取市場だと紹介した上で、かつて自身もこの分野での事業機会を検討したが、ドル建てステーブルコインの「オフランプ(現地通貨への換金経路)」を政府が認可するインセンティブが乏しいと感じ、断念した経緯を語った。背景には、米国がロシア制裁でSWIFTを政治的手段として用いた前例があり、インド政府がドル依存のインフラを警戒している事情があるという。
これに対し、アームストロング氏は、「すべての国には、自国通貨に対する主権を持つ権利がある」と述べつつ、「インドがUPIで築いてきたような、明確な法整備に裏付けられたデジタル・ルピーのステーブルコインを持つことを支持したい」との考えを示した。同氏は、ドル建てステーブルコインが世界的に先行しているのは、まさに米国がGENIUS法という明確な法制度を整えたからだと指摘し、「その法的裏付けがなければ、人々はドル建てステーブルコインに引き寄せられてしまう」と述べた。
8. 「金のトークン化」という思考実験
対談では、カマート氏が以前から温めていたアイデア――インドの各家庭が保有する膨大な金の装飾品を、地域の預託拠点(クリアリングハウス)に預けることで、金担保のコインを発行し、貸付・投資などに活用できるようにする構想――についても意見が交わされた。
アームストロング氏は、「ルピーやドルをトークン化できるのと同様に、金や株式、国債もトークン化できる。一般的に起きるのは、原資産の市場がより流動的になり、世界的な流通が改善し、リアルタイムでの決済が可能になることだ」と述べ、構想の実現可能性を肯定した。さらに、「かつてドルが金本位制だった時代も、実際の金地金は動かず、決済だけが行われていた」と歴史的な類推を示し、「ビットコインはデジタル版の金であり、金本位制に着想を得て作られたものだ」という位置づけを説明した。同氏によれば、ビットコインは希少性・分散性・耐久性という金の優れた特性を引き継ぎつつ、「携帯性や、小数点8桁まで容易に分割できる可分性の面では、金より優れている」という。
9. ビットコイン白書とブロックチェーンの原理 ― 平易な解説
カマート氏は「専門家ではない立場から、初歩的な質問をしたい」として、ビットコインの成り立ちとブロックチェーンの仕組みについて、根本から説明を求めた。
アームストロング氏は、ビットコインの最初のブロックに刻まれた「銀行救済目前の大臣」という新聞の見出しの引用に触れ、「サトシ・ナカモトに直接話を聞いたわけではないが、白書や当時のインターネット上の議論を見る限り、これはインフレへのヘッジであり、健全なお金への権利を訴えるものだった」と述べた。同氏はさらに、「経済的自由を奪われれば、他のあらゆる権利も実質的に奪われる。移動や食料、住居のための十分なお金がなければ、他の権利を行使することもできないからだ」と、ビットコインの思想的背景にある「経済的自由」の概念を説明した。
ブロックチェーンの仕組みについては、「分散された台帳であり、誰が今どれだけ保有しているかについて、分散されたコンピューター群が合意に達する仕組みだ。これはこれまで解決されていなかったコンピューターサイエンス上のブレークスルーだった」と説明。「プルーフ・オブ・ワーク」については、「見つけるのは難しいが検証するのは簡単、という非対称性に依拠している」とし、マイナーが特殊なハッシュ値を探索し、最初に見つけた者が次のブロックを提案する権利を得る仕組みだと解説した。
10. プルーフ・オブ・ステークとスマートコントラクト
続いて、より省エネルギーな合意形成方式である「プルーフ・オブ・ステーク」についても解説が行われた。アームストロング氏は、「ノードは提案するブロックとともに、自らの資金を『ステーク(担保)』として差し出す。これは企業金融でいう『ボンド』のようなものだ」と説明し、「正しかった者はステークに利息を上乗せして受け取り、間違っていた者はステークを失う」という仕組みにより、大量の計算資源を使わずに合意形成が可能になったと述べた。
さらに、イーサリアムが導入した「スマートコントラクト」についても、「従来であれば弁護士が契約書を作成していた部分を、ソフトウェアとしてブロックチェーン上に置くという発想だ」と説明。「一度も会ったことのない、弁護士も介さない人々同士が、5分以内に2万人が参加するスマートコントラクトを通じて、何かを一緒に成し遂げる例もある」と、その可能性を紹介した。一方で、「スマートコントラクトはまだ非常に新しい分野で、バグによって資金が盗まれる事例も起きている」と、リスクにも言及した。
11. DeFiの実例 ― 貸付・借入のグローバル化
具体的な活用例として、DeFi(分散型金融)における貸付・借入の仕組みも取り上げられた。アームストロング氏は、「異なるプールごとに、担保の種類やLTV(貸出比率)といった特性が異なり、リスク許容度の高いプールほど高い利回りを提供する」と述べ、無担保融資は基本的に存在せず、すべて担保付きの融資である点を強調した。この分野は世界のどこからでも参加できる「グローバルな信用市場」になりつつあるとされる。
12. 暗号資産市場の現在地 ― パーペチュアル先物とレバレッジ
対談後半には、暗号資産トレーダーの友人らも交え、パーペチュアル先物(perps)取引の急拡大についての議論が行われた。アームストロング氏は、対談当日に「米国の個人投資家向けに暗号資産のパーペチュアル先物とオプション取引の承認を取得した」と明かし、「米国で規制対象となる取引所として、これを行う初めての存在になる」と述べた。
同時に、投機性の高まりについての懸念にも正面から応じた。「レバレッジと投機は、従来の金融システムにも昔から存在してきたものであり、暗号資産特有の問題ではない」としつつ、「暗号資産市場には、政府による救済が来ないという良い側面もある。過度なリスクを取って破綻すれば、その損失は自分たちで負うことになる。これはバグではなく機能だ」と述べた。その上で、Coinbaseとしては、DeFiプロトコルへのセキュリティ監査や、上場審査における慎重さを通じて、業界の健全化に貢献しようとしていると説明した。
13. AIバブル論への見解 ― オープンソースモデルの台頭
対談の後半では、AI業界の評価額について懐疑的な見方を示すホスト側の問いに対し、アームストロング氏は一定の理解を示しつつ独自の視点を提示した。カマート氏は、「すべてのモデルがいずれ互いに酷似していくのではないか。そうなれば世界はより分断化され、各国が自国製のモデルを持つようになるだろう」という見立てを示し、「その場合、現在のプライベート企業の評価倍率を支払う理由が見当たらない」と率直に述べた。
アームストロング氏はこれに一定の共感を示しつつ、「オープンソースモデルは、フロンティアモデルに約半年遅れで追いつき、推論コストは99%以上安い。これはチップ業界で起きたムーアの法則に似ているが、より劇的だ」と分析した。その上で、「コーディングハーネスのようなレイヤーは、それほど参入障壁が高いものではないと感じている。実際、いくつかはすでにオープンソースとして流出している。ソフトウェアは基本的に無料だと考えていい」と述べ、「こうした評価額がこれほど急速に伸びているのを見ると、私も少し不安になる。暗号資産の世界で同じようなことを何度も見てきたからだ。ただ、その後には調整が入り、本当の価値が残った企業が改めて成長していく」との見立てを示した。
14. 起業家精神とインドの「失敗への許容度」
対談の終盤では、より広い視点での起業論も交わされた。アームストロング氏は自身のY Combinatorでの経験に触れ、「ポール・グレアムから15万ドルの小切手をもらったことで、誰かが自分を信じてくれているという確信が持て、それが仕事を辞めて本気で取り組むきっかけになった」と振り返った。
インドにおける起業家不足の要因について、カマート氏はリスクマネーの不足に加え、「文化的に、挑戦して失敗した人が、一度も挑戦しなかった人よりも『かっこいい』と見なされる、という価値転換がまだ起きていない」と指摘した。アームストロング氏もこれに同意し、「それは豊かな社会でこそ生まれる発想だ。一度失敗しても、また挑戦できるという前提があって初めて成立する」と述べた。
