帝国が終わるとき——レイ・ダリオが語る大債務サイクルの現在地と、投資家が今すべきこと
「これは歴史を通じて繰り返されてきたことだ。私は何も作り話をしているわけではない」——レイ・ダリオはそう語る。ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者として500年分の歴史サイクルを研究してきた彼が、現在の米国について述べた言葉は静かだが、その含意は重い。財政赤字、社会の分断、地政学的対立、そしてAIバブルへの懸念——それらはすべて、彼が「サイクルの第5段階」と呼ぶ局面に収束しつつある。
1. 5つの力——大サイクルを動かすもの
ダリオは、国家の盛衰を決める要因として以下の5つを挙げる。
債務・金融サイクル、国内の格差と価値観の断絶、大国間の地政学的対立、技術革新、そして自然災害や疫病だ。これら5つは常に同時進行しており、今の米国においてそのすべてが顕在化している点が、過去の周期と異なる深刻さを生んでいると彼は指摘する。
2. 米国財政の現状——「40%の赤字」という現実
2-1. 数字で見る財政の構造
ダリオは米国財政を一つの企業に例えて説明する。
「政府は約7兆ドルを支出し、5兆ドルしか徴収していない。つまり、支出の40%が赤字だ。そして、これを長年続けた結果、年間収入の6倍に相当する債務が積み上がっている」
現時点で財政赤字のGDP比は約6%。ダリオが「状況を安定させるために必要な水準」として示してきた3%の倍だ。しかも、年間約2兆ドルの赤字のうち、半分は利払いで占められている。加えて、9兆ドルの既存債務の借り換えも必要となる。
2-2. 国債の買い手が変化している
問題をより複雑にしているのは、国債の需給構造の変化だ。外国人投資家が米国債残高の約3分の1を保有しているが、地政学的リスクや制裁の可能性を考慮し、保有を減らす動きが出ている。中国との対立、欧州との摩擦——債権者と債務者が衝突するリスクは、歴史的にも繰り返されてきた構図だとダリオは述べる。
3. なぜDOGEは機能しなかったのか
「非効率な政府を効率化する、しかも迅速に」——ダリオはこの課題の難しさを率直に語る。
選挙のサイクルがあり、批判がつきまとい、国民の合意形成も容易ではない。給食支援の削減のような小さな変更でさえ、政治的な反発を生む。
「何をやっても批判される社会の中で、民主主義のシステムは、すべての人に受け入れられる形で政府を効率化できる指導者を生み出せるのか」
ダリオは、これを「構造的に難しい」と表現した。DOGEの試みが機能しなかったのは、個々の施策の問題というより、現在のサイクルにおいて改革そのものが困難な段階に入っているからだという見方を示した。
4. 金とビットコイン——「本当に安全な資産」とは何か
4-1. 金が80%上昇した理由
前回のインタビューから約1年で、金価格は、1オンス約2,900ドルから5,200ドル近くまで上昇した(約80%の上昇)。この動きをダリオはこう説明する。
「金は多くの人が思っているような投機的な貴金属ではない。中央銀行が保有する第2位の準備通貨だ」
経済的・地政学的リスクが高まる中、各国中央銀行が金の保有を構造的に増やしている。ダリオは「特別な見解がなくても、ポートフォリオの5〜15%は金に配分すべき」と述べた。他の資産が下落する局面で金は相関が低く、分散効果が高いというのがその根拠だ。
4-2. ビットコインが「金の代替」にならなかった理由
同じ期間にビットコインは約25%下落した。Dalioはその理由をいくつか挙げる。
まず、ビットコインの取引はすべて追跡可能であり、中央銀行が保有する動機に乏しい。量子コンピューティングによるセキュリティへの懸念も存在する。さらに、テック株との相関が高く、テック株が売られる局面でビットコインも売られる傾向がある。
「金は唯一の長期的な歴史的資産だ。それに匹敵するものはまだない」というのがダリオの見立てだ。
5. 関税と経済——エコノミストが見落としたもの
5-1. 関税を「インフレの一形態」として捉える
多くのエコノミストが、関税を「インフレを高める消費の抑制要因」として否定的に論じてきた。しかし、ダリオはこの見方に疑問を呈する。
「税金が上がればそれはインフレだ。なぜ住宅コストの上昇は、インフレに含まれて、税金の上昇は含まれないのか」
歴史的に見ると、関税は政府収入の主要な源泉だった時期も長い。Dalioは関税を財政収支の改善手段として一定の正当性があると評価しつつ、それ単体ではなく製造業の再建や経済的自立という大きな戦略の一部として位置づけるべきだと述べた。
5-2. 対外依存の縮小という地政学的課題
「多極化した世界から対立型の世界秩序へ移行している今、依存関係を持つことはリスクだ」とダリオは指摘する。関税は、その観点から、地政学的な自立を確保するための手段でもある。重要なのは3%目標の達成——税収、支出削減、金利の三つのバランスによる財政の安定化だという。
6. AIバブルの本質——技術は生き残るが、企業は消える
ダリオは、テクノロジー投資に関して、歴史から重要な教訓を引き出す。
「人々は株や企業に投資しながら、技術に賭けていると思っている。それは違う。技術は生き残るが、企業の多くは生き残らない」
2000年のドットコムバブルがその典型だ。インターネットという技術は現実のものとなったが、当時の企業の大多数は消滅した。AIについても同様の構図を見る。
さらに彼が指摘するのは、中国との競争という非対称性だ。中国はAIを「利益追求の対象ではなく、電力のような公共インフラ」として扱い、無料・オープンソースで提供しようとしている。対して米国は収益化モデルの上で開発を進めている。
「AIは自分自身を食い尽くすかもしれない——十分な利益を生まない形で」という警告は、この文脈から来ている。
7. 「第5段階」——サイクルが示す現在地
ダリオは、米国が現在、彼が「サイクルの第5段階」と呼ぶ局面にあると述べる。悪化した財政、大きな富と価値観の格差、調和不可能な対立、そして、外部からの脅威——この組み合わせは歴史上、大きな変動の前兆として繰り返されてきた。
「左か右か、社会主義かファシズムかという選択に向かう戦争の中にいる。私たちは今まさにその中にいる」
ただし、ダリオは悲観論者ではない。歴史は危機の後に再建されることも示している。必要なのは、教育、市民としての連帯、そして、内外の戦争を避けること——この三つが整えば、どの国も発展できるという基本原則は変わらないと彼は語る。
おわりに
Ray Dalioの視点は、日々の市場ニュースからは得にくい時間軸を提供する。赤字対GDP比6%、債務残高GDP比600%、金価格の80%上昇——これらは個別の事象ではなく、500年のサイクルの中の一点として読み解かれるべきデータだ。投資家・ビジネスマンにとっての問いは、「このサイクルのどこにいるかを認識しているか」ということだ。

