「ExxonのPERがNvidiaを超えた」——2026年相場の構造変化とDataTrekが示す統計的な買い水準
DataTrek Researchの共同創業者Nick KolasとJessica Raeが、ポッドキャスト「What Did We Learn(WDWL)」で2026年3月末の相場環境を深く分析した。エネルギー株の保有論理、S&P500とNASDAQの統計的な買い水準、そして、VIXによる市場のシグナルという三つのテーマが核心だ。感情的な相場観ではなく「データに基づく判断軸」を提示するこの議論は、今まさに市場の激動に直面している投資家にとって整理すべき内容を含んでいる。
1. エネルギー株——「絶対に売ってはいけない」理由が証明された
1-1. S&P500内で最小だったセクターが最大の貢献者に
Nick Kolasは、かねてから「エネルギー株は、オイルショックへの唯一のヘッジだから絶対に売るな」と主張してきた。その言葉は、2026年春に現実のものとなった。イラン情勢による原油価格急騰の中、エネルギーセクターは、事実上唯一機能しているセクターとなっている。
注目すべき背景として、エネルギーは、S&P500のセクターウェイトで約2%という、Kolasが業界に入った1980年代(当時20%)と比べて歴史的な低水準まで縮小していた。多くの機関投資家が、「テックに資金を移せばいい」と判断してゼロまたは1%以下に抑制していたこのセクターが、今年最も機能しているというのは皮肉な逆説だ。
1-2. 1990年湾岸戦争との比較——「底はまだ先」というシグナル
Kolasは、現在の相場を1990年のイラクのクウェート侵攻と比較分析する。当時、原油は数ヶ月で40〜45ドルへと約2倍になった。そして、重要な観察が一つある。「株価はオイルの高値と同じ日の1990年10月中旬に底を打った。軍事行動の開始(1991年1〜2月)よりずっと前に」。
この歴史的な観察から導かれる現在への示唆はこうだ。原油が新高値を更新し続けている(収録時点で$102水準)現状では、まだ底打ちのシグナルは出ていない。エネルギー株も同日に新高値を記録しており、「新高値はモメンタムが継続中であることを意味する。少なくとも1週間、新高値を更新しない状態が続いて初めて安定と見なせる」とKolasは述べる。
1-3. NvidiaのPERを上回ったExxon——投資家が「確実性」を選んでいる
番組中で最も驚きを与えた事実がある。現在、Exxonは、PER(株価収益率)25倍、Nvidiaは、同20倍(フォワードPER)で取引されており、エネルギー大手が、AI革命の象徴企業を「割高に見える」状況だ。これを誰も年初の予想に入れていなかったことは言うまでもない。
この逆転現象についてKolasは、「PERだけで割安・割高を判断することの危険性」を説明する。重要なのは「再投資率(Reinvestment Rate)」だ。エネルギー企業は、純利益の約半分を配当として還元し、残りは再投資する。一方、テック企業(Appleを除く)は、純利益のほぼすべてを生成AIへの再投資に回している。「どちらを選ぶかは、AIという科学実験への再投資と不確実性を抱えるか、確実な現金還元を取るかという選択だ」。
機関投資家は、この選択において「エネルギーの資本規律と確実な配当」を評価し始めている。
2. S&P500とNASDAQの「統計的に買える水準」
2-1. 50日間リターンの2シグマ水準という着眼点
DataTrekのJessica Raeが提示した分析の核心は、「2010年以降のデータに基づく50日間リターンの標準偏差分析」だ。2008年の金融危機は、「複数システムの同時崩壊」という性質が特殊であるため、意図的に対象外としている。
S&P500の場合、50営業日(約2.5ヶ月)で9.6%以上下落する場面は、2010年以降わずか4%の確率でしか発生しない「2シグマ(2標準偏差)」の異常事態だ。そして、この水準に達した場合、その後、50営業日での平均リターンは+9.6%、勝率は92%に上る。NASDAQの場合は、50日間で11.9%以上の下落が2シグマ水準となり、同様の条件で平均+9.6%・勝率81%だ。
2-2. 収録時点での「あと2%」という現状
収録時点でS&P500の50日間リターンは、-8.1%(2シグマの-9.6%まであと1.5%)、NASDAQは、-10.8%(2シグマの-11.9%まであと1.1%)だった。具体的な閾値として示されたのは、S&P500が6,250、NASDAQが20,650を割り込んだ場合にこの水準に達するというものだ。
Raeはこう強調した。「これは底を宣言しているわけではない。しかし、歴史的に見て、これらの水準を下回ると、その後50日間のリターンは概してプラスでかつ高い一貫性を持つ。ただし、条件がある——政策的な対応が伴うことだ」。
2-3. 例外としての2022年——「政策が機能しない時」
この統計が崩れる例外として挙げられるのが2022年だ。FRBの急激な利上げによる意図的な引き締め局面では、市場が極端に売られても「政策対応」が、逆方向に作用し続けた。S&P500は-22%、NASDAQは-33%に達した。
今回の懸念はここにある。イランとの紛争という「FRBが制御できない要因」が、インフレ圧力を高め、むしろ利上げ方向への政策変更を促す可能性がある。Fed Fundsフューチャーズが、「利下げ期待」から「利上げの可能性」へと反転していることが、この懸念を裏付けている。
3. VIXと「政策応答」——相場の回復に本当に必要なもの
3-1. VIXの水準別・勝率表
DataTrekが提示したVIX水準別の前向きリターン分析も、現在の相場を考える上で有用な枠組みだ。VIXの長期平均からの標準偏差で水準を分類すると以下の傾向が見られる。
VIXが27〜43(1〜2標準偏差超)の「適度に高い」水準では、1週間・1ヶ月・3ヶ月・6ヶ月・1年のすべての時間軸でコイン投げを超える勝率が確認される。しかし、VIXが43を超えると関係が崩れ始め、51を超えると1週間勝率が50%を下回り、6ヶ月時点でも66%に留まる。
3-2. なぜ高VIXで勝率が下がるのか——「政策応答」の有無
Kolasは、この一見逆説的な現象を「市場と政策立案者の対話」として説明する。「VIXは、市場が政策立案者に『やり過ぎだ、方向転換が必要だ』と伝える力技の方法だ」。
この仕組みが機能した典型例が2025年4月の関税ショックだ。VIXが52に達したその日、トランプ大統領が「数字は違う、交渉する」と政策変更を示唆し、市場は反転した。同様に2018年12月のクリスマスイブ、FRBのパウエル議長が「中立金利はより高い」と発言してVIXが36に達した際も、10日後に政策転換が宣言された。
問題は今回だ。エネルギー価格の問題に対して何が「政策応答」になりうるか——戦略石油備蓄の放出やジョーンズ法適用除外など試みはあるが、「世界は1日1億1,000万バレルを消費しており、その20%がホルムズ海峡を通る。SPRや国内措置でこれを解決するのは根本的な問題へのアプローチとして限界がある」とKolasは指摘する。
4. 今回の相場が「通常の調整」と違う三つの要因
4-1. 景気後退懸念・戦争・金融政策という「三重苦」
S&P500が年間で10%以上下落した歴史的事例(1928年以降12件)を整理すると、三つのカテゴリに分類できる。一つ目は景気後退(8件、平均-25%、大恐慌除けば-15〜-20%)。二つ目は戦争(1940・1941・2002、平均-15%)。三つ目は政策対応(2022年、-18%)だ。
今回の問題はこの三つすべてが同時に圧力をかけているという点だ。高油価による景気後退懸念、イラン紛争という地政学リスク、そして関税インフレ×原油インフレによるFRBの利上げ転換への懸念——「三つのインプットが重なっているからこそ、年初来-7%という水準にいる」とKolasは総括する。
4-2. 「解決策が明確でない」という今回の特殊性
1990年の湾岸戦争はイラクがクウェートから撤退するという「明確なゴール」があり、解決後に価格が安定した。しかし、今回のイランは「中東での存在感を暴力的に表現することで地域の重要なプレーヤーとしての地位を維持している」という根本的な動機を持つ。これはリーダーシップの交代なしには変わりにくい構造的な問題だというのが、Kolasがカタール王族から聞いた視点だ。
「今回は歴史的なアナロジーが部分的にしか当てはまらない」——この認識は投資判断において重要な慎重さを促す。
まとめ——「統計と歴史に基づく判断軸」を持つことの価値
DataTrekの分析が提示する投資判断の枠組みは明快だ。S&P500 6,250・NASDAQ 20,650という「2シグマ水準」は統計的に高い勝率(92%・81%)を示すが、前提は「政策応答が伴うこと」だ。エネルギー株の新高値更新が続く限り「底打ちのシグナルはない」という1990年アナロジーも有効な参照点だ。
ただし、今回は三重苦の構造と「政策応答の難しさ」という特殊性がある。Kolasの言葉を借りれば、「上昇ケースも下降ケースも同等に有効だ。重要なのは、自分が持つシステムを使って適切な参入水準を見つけ、なぜ歴史がそのように機能するかを理解することだ」。
感情に流されず、数字と歴史に基づいた判断軸を持つこと——それがこの議論の最も重要なメッセージだ。
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