NVIDIAロボティクス責任者が描く"AGIの次の主戦場"——投資家が今知るべき「ロボティクス・エンドゲーム」の全体像
2026年のAI Ascentカンファレンスで、NVIDIAでEmbodied AI(身体性を持つAI)研究を率いるジム・ファン氏が、挑発的なプレゼンテーションを行った。タイトルは「ロボティクス、エンドゲーム」。
LLM(大規模言語モデル)は、すでに「最終ボス戦」のフェーズに入り、フロンティアラボは、AGIに向けたスピードラン状態にある。一方、ロボティクスはどうか——。ファン氏のメッセージは明快だ。
「彼らに勝てないなら、彼らに乗れ。LLMの成功体験を"コピペ"して、新しい名前をつける。私はそれを"The Great Parallel(壮大な並行)"と呼ぶ」
本稿では、ファン氏が提示したモデル戦略とデータ戦略の二軸、そして、2040年までに描かれる「エンドゲーム」のロードマップを、ビジネスマン・投資家向けに整理する。
1. 「The Great Parallel」——LLMの成功をロボティクスへ移植する
1-1. LLMが辿った3つのステップ関数
ファン氏はまず、LLMが過去6年で経た進化を3段階に整理する。
GPT-3の事前学習:次トークン予測で「言語の形」を学ぶ
InstructGPT(2022):教師あり微調整(SFT)でシミュレーションを実用タスクに整合させる
o1の推論モデル:強化学習で模倣学習を超え、最終的にAuto Researchが研究ループそのものを加速する
「3つのステップ関数、6年。それが今日まで我々を運んできた」
1-2. ロボティクスへの「コピー&リネーム」
これをそっくりロボティクスに移植するのが「The Great Parallel」だ。
文字列(string)を予測する代わりに、次の物理世界の状態を予測する
アクション微調整で、現実のロボットに関わる薄いスライスだけを切り出す
最後の仕上げは強化学習に任せる
研究者らしいユーモアを込めつつ、ファン氏は「自分を尊重する科学者なら誰でもやること——宿題を写して名前を変える」と笑いを取った。投資家にとって重要なのは、LLMで起きた指数関数的進化が、ロボティクスでも同じ型をなぞる可能性が高いという主張である。
2. モデル戦略:VLAの限界とWorld Action Modelの登場
2-1. VLA(Vision-Language-Action)はなぜ不十分なのか
過去3年のロボティクスは、Pi(Physical Intelligence)やGroot(NVIDIA)に代表されるVLAモデルが主役だった。VLM(視覚言語モデル)の上にアクションヘッドを接ぎ木する方式である。
しかし、ファン氏は鋭く指摘する。
「これらのモデルは実質的にLVA(Language-Vision-Action)だ。パラメータの大半が言語に割かれている。設計上、知識や名詞のエンコードは得意だが、物理や動詞は不得意。間違った場所に頭でっかちな構造になっている」
象徴的な例として、彼はオリジナルVLA論文の「コーラ缶をテイラー・スウィフトの写真の場所に動かす」というタスクを引く。たしかに汎化はしている。だが、それは我々が本当に欲しい事前学習能力ではない。
2-2. ビデオ世界モデルという第二の事前学習
代替案として注目されるのが、ビデオ世界モデル(Veo 3など)だ。一見すると「AIスロップ」(質の低い生成動画)に見えるが、よく観察すると——
重力、浮力、光の反射・屈折を勝手に学習している
迷路を「ピクセル空間で前向きシミュレーション」して解く
ファン氏は、Veo 3の挙動を「物理スロップ」と冗談めかして呼びつつ、こう述べる。
「物理は明示的にコーディングされていない。ピクセルの次のかたまりを大規模に予測することで、物理が"創発"する」
2-3. Dream Zero:World Action Model(WAM)の誕生
NVIDIAが提案する新しいポリシーモデルが、Dream Zeroだ。
数秒先の未来を「夢見て(dream)」、それに合わせて行動する
モーター動作は高次元の連続信号——ピクセルと同じように扱える
次の世界状態と次のアクションを同時にデコードする
結果として、訓練に存在しない動詞・タスクをゼロショットで解けるようになる。さらに「ビデオ予測が機能すればアクションも機能し、ビデオが幻覚を起こせばアクションも失敗する」——視覚と行動が完全にカップルした点が画期的だ。
ファン氏の宣言はシンプルだ。
「親愛なるVLAに黙祷を。彼らはよく仕えてくれた。安らかに眠れ。World Action Models万歳」
3. データ戦略:テレオペレーションの終焉と人間中心データへの転換
3-1. テレオペは「1日24時間」の物理的上限に縛られる
過去3年のロボティクスデータ収集は、VRヘッドセットと「中世の拷問器具のような」リグを使ったテレオペレーション(遠隔操作)が黄金期だった。しかし——
「テレオペは1ロボット1日あたり24時間が物理的上限だ。実際には3時間程度しか取れない。ロボットは始終かんしゃくを起こすからだ」
業界が積み上げた投資量に対し、得られるデータ量は構造的に限界がある、という診断である。
3-2. UMIとExoskeleton——「ロボットを人間が着る」
転換点となったのが、UMI(Universal Manipulation Interface)という発想だ。ロボットのアクチュエーター(グリッパー等)を人間の手に直接装着し、ロボット本体をループから外してデータを集める。
ジェネラリスト社、サンデー社という2つのユニコーンがここから生まれた
NVIDIAも昨年、5本指器用ロボットハンドと1対1マッピングするDex EXO(エクソスケルトン)を開発
結果、テレオペデータゼロで訓練したポリシーで完全自律動作を実現
3-3. EgoScale:人間の一人称視点動画21,000時間
しかし、ファン氏はさらに先を見る。Tesla FSDのアナロジーが強烈だ。
「Teslaに乗る人は、世界最大の物理データフライホイールに貢献している。FSD中はデータアップロードが"アンビエント(意識されない)"プロセスだ。一方、UMIやデータウェアラブルはまだ煩わしい。FSD相当のものが必要だ」
その答えがEgoScaleだ。

このモデルは22自由度の高器用ロボットハンドを直接駆動でき、カードの仕分けやシリンジ(注射器)操作までこなす。ワンショットでシャツの折り方の異なる戦略を学べる点も注目に値する。
3-4. ロボティクス版「スケーリング則」の発見
最も重要な発見はここだ。
「事前学習に投じた時間と最適バリデーション損失の間に、非常にクリーンな対数線形の数学的関係がある。言語モデルの最初のニューラルスケーリング則から6年後に、器用さの神経スケーリング則が発見された」
LLMで「Chinchilla則」が市場のCAPEXを正当化したように、ロボティクスでも同種の法則が成立したことの意味は大きい。投資家視点では、計算資源とデータ投入が予測可能なリターンを生む前提条件が整ったことを示す。
ファン氏の予測:
今後1〜2年でテレオペはほぼゼロまで縮小
用途別カスタムのデータウェアラブルがアンサンブルを形成
主食は一人称視点動画になる
4. 環境スケーリング——コンピュート=環境=データ
4-1. シミュレーション環境の量産
データ戦略の「外側のリング」として、ファン氏は強化学習のための環境を挙げた。LLMフロンティアラボがコーディング環境を大量取得しているのと同じ構造だ。
NVIDIAのアプローチは——
iPhoneで写真を撮る
3D壁スキャンパイプラインでオブジェクトを抽出
古典物理シミュレータ内でインタラクティブに再合成
「デジタル・カズン(従兄弟)」と呼ぶバリエーションで無限拡張
これをReal-to-Sim-to-Realと呼ぶ。
4-2. Dream Dojo:ニューラル・シミュレータの登場
さらに先進的なのが、Dream Dojoだ。
連続アクション信号を入力
次のRGBフレームとセンサー状態をリアルタイム出力
物理方程式もグラフィックエンジンも介在しない、純粋にデータ駆動
ファン氏の方程式は象徴的だ。
「コンピュート = 環境 = データ。あるいは賢者の言葉を借りれば、"買えば買うほど節約になる"——このメッセージは私のボスから承認されている」
ジェンセン・ファン流のセールスメッセージだが、本質はNVIDIAのGPUビジネスがロボティクスでもLLMと同じ構造の需要を生むという宣言である。
5. 3つの未解放アチーブメント
ファン氏は、ロボティクスの技術ツリーに残る達成項目を3つ挙げた。
5-1. 物理チューリングテスト(2〜3年)
「幅広い活動において、人間がやっているか、ロボットがやっているかの区別がつかない状態。物理チューリングテストとは"単位エネルギー入力あたりの単位労働出力"の話だ」
5-2. 物理API
ロボット群を、ソフトウェアと同じくAPI・コマンドラインで設定可能にする段階。ここに到達すると——
マークダウンファイルを設計図として受け取り、製品を完全自律で組み立てる「原子のプリンター」工場
化学・生物学・医学の科学的発見を自動化するウェットラボ
が現実化する。
5-3. 物理オートリサーチ(究極段階)
ロボットが自身の次世代版を設計・改善・製造するフェーズ。LLMにおけるAuto Researchの物理版である。
5-4. タイムフレーム——なぜ2040年なのか
「AIコミュニティが、犬と猫をかろうじて識別するAlexNet(2012年)から、AGIに迫る現在(2026年)まで来るのに14年かかった。エージェント型オートリサーチを語る今、もう14年足そう。2026年は2012年と2040年のちょうど真ん中。技術は線形ではなく指数関数的に進化する。だから95%の確信を持って、2040年までに技術ツリーは完成すると言える」
これは投資家にとって重要なフレームだ。ロボティクスは「20年スパン」ではなく「14年スパン」で考えるべきテーマとして提示されている。
6. まとめ:投資テーゼとしての「ロボティクス・エンドゲーム」
ファン氏の講演から、ビジネスマン・投資家が抽出できる実務的示唆をまとめる。
(1) パラダイム遷移を見逃さない
VLA → World Action Modelへの転換は、LLMにおける「Transformer登場」と類比的なイベントになり得る。既存のVLA前提で構築された製品やスタートアップは、評価軸の見直しが必要。
(2) データ収集の競争軸が変わる
「テレオペ施設の規模」ではなく、「人間の一人称視点動画をいかにアンビエントに収集できるか」が勝敗を分ける。AppleのVision Pro、Metaのスマートグラス、Teslaの車載カメラ——これらが「物理データのフライホイール」になり得る点を再評価する価値がある。
(3) NVIDIAの構造的優位
スケーリング則がロボティクスでも成立したことで、「コンピュート=環境=データ」という方程式が機能する。LLMで起きたGPU需要の構造が、ロボティクス領域でも反復される可能性が高い。
(4) タイムフレームは「14年」
2040年までに技術ツリーが完成するという見立ては、長期投資家にとっての"投資可能な時間軸"として現実的だ。短期のヒューマノイドブームと、長期の構造変化を区別して考える必要がある。
ファン氏は最後にこう締めくくった。
「我々の世代は、地球を探検するには遅すぎた。星を探検するには早すぎた。だが、ロボティクスを解くにはちょうどよく生まれたのだ」
これがマーケティングコピーなのか、本質的な歴史認識なのかは読み手次第だ。だが少なくとも、ロボティクスがLLMと同じ型でスケールし始めたという事実は、投資家として無視できないシグナルである。
