ホルムズ海峡閉鎖が招く連鎖——元CIA分析官が読むイラン戦争のエネルギーリスク
イラン戦争開戦から13日。原油価格は一時100ドルを突破し、トランプ大統領がCBSインタビューで「戦争はすぐ終わる」と発言するや$90を割り込み、翌日また反発するという値動きが続いた。投資家は文字通り「すべてのヘッドラインを取引している」状態だ。
Steve EismanのポッドキャストにRoyal Bank of Canada(RBC)グローバル・コモディティ戦略責任者兼北アフリカ・中東リサーチ責任者のHelima Croftが登場し、現在の危機の構造を詳細に語った。CroftはCIA元エネルギーアナリストであり、実務と情報分析の両面から中東エネルギー問題を長年追ってきた人物だ。
本稿ではそのインタビューの核心を整理する。
1. なぜ「ヘッドライン相場」になるのか——戦時下の市場分析の限界
1-1. 通常の分析ツールが機能しなくなる理由
Eismanはまず、現在の市場状況をこう整理する。「通常、市場は将来のキャッシュフローや利益を株価に織り込もうとする。すべての株式分析はこの一点に収束する。しかし戦争やそれに準じる地政学的イベントの時には、不確実性のレベルが従来の分析ツールをすべて無力化し、市場はその不確実性の源泉に注目するだけになる」
月曜日に原油が100ドルを突破して市場が急落し、午後にトランプが「もうすぐ終わる」と発言して90ドル割れに急落しまた反発する——この値動きが象徴するように、ファンダメンタル分析ではなくニュースフローに市場が完全に支配されている状態だ。
2. ホルムズ海峡の現実——「駐車場」と化した世界の咽喉部
2-1. 通常60〜100隻が通過する海峡が事実上閉鎖
Croftは現在のホルムズ海峡の状況を率直に述べる。「有効に通過できているのはゼロに近い。政府が『1隻通った』と言うが、通常は1日60〜100隻が通過する。今は完全に駐車場状態だ」
世界の石油供給にとって、ホルムズ海峡は代替のきかないチョークポイントだ。同海峡を経由しなければ輸出できない産油国は多く、特にカタールのLNG(液化天然ガス)はすべてこの海峡を通る。アジア・欧州へのカタールLNG供給が完全に遮断されている。
2-2. 欧州が直面するエネルギー問題の構造
Croftが強調するのは、今回の危機が米国よりも欧州・アジアに深刻な供給リスクをもたらすという点だ。「米国は自国で石油を生産できるので供給問題はない。ただしグローバルな価格品は価格の影響を受ける。供給問題が起きるのは欧州とアジアだ」
欧州はロシアからのエネルギー供給を削減した後、カタール・オーストラリア・米国からのLNGで補填してきた経緯がある。ホルムズ海峡の閉鎖はその代替供給源を直撃している。
3. 備蓄の現実——「数週間分」しかない緩衝材
3-1. 中東で日量670万バレルが強制停止
Croftが「単なる懸念ではなく本物の危機」と位置付ける理由のひとつが、産油国による生産の物理的な強制停止だ。
「中東全体でおよそ670万バレル/日が強制停止(シャットイン)している」という数字を挙げた。世界の原油消費量は約1億300万バレル/日。670万バレルは比率として6.5%程度だが、問題はそれがホルムズ海峡を通じて流れていない量に「上乗せ」されていることだ。
なぜ生産を止めなければならないのか。イラクを例にCroftは説明する。イラクは1日430万バレルの生産能力を持つが、貯蔵施設への投資が不足しており、ホルムズ海峡に頼って輸出するしかない。タンクが満杯になれば、物理的に生産を止めるしかなくなる。
3-2. 再稼働は「電気のスイッチ」ではない
生産停止後の再稼働も容易ではない。「サウジアラムコのような世界最高水準の国営企業は再稼働が速いかもしれない。しかしインフラ投資が遅れているイラクは再稼働に時間がかかる。LNG液化施設を止めてまた動かすのはスイッチを入れるようなものではない」とCroftは述べる。
戦争が終結しても、エネルギー供給の正常化には時間がかかることを意味している。
3-3. 米国の戦略石油備蓄(SPR)は約4億バレル——補充されないまま
国際エネルギー機関(IEA)を含む各国が協調して戦略備蓄の放出を検討しているが、Croftは「2週間程度しか持たない」と評価する。
問題は米国の戦略石油備蓄(SPR)が十分に補充されていないことだ。ロシア・ウクライナ戦争の際に1億8,000万バレルを放出したが、その後補充されていない。現在の残量は約4億バレルで、緊急時の緩衝材として十分とは言えない状態だ。
4. 「勝利とは何か」——不明確な戦争目標が危機を長期化させる
4-1. 週ごとに変わる戦争目標
Croftがもっとも懸念するのは、戦争の目標が明確でないことだ。「ある日は別の政府高官が別のことを言っている。マルコ・ルビオの最近の発言を聞けば比較的限定的な目標に見える。しかしトランプ自身は最高指導者の交代について言及している」
限定目標(弾道ミサイル・発射台・海軍資産の破壊)であれば2週間程度で達成できるという見方がある一方で、核能力の無力化・政権交代まで踏み込むと話は大きく変わる。
4-2. 40kgを超える高濃縮ウランの所在
核交渉の行き詰まりがこの紛争の引き金となったことを踏まえ、Croftは「400kg超の高濃縮ウランの所在が不明確なまま残される場合、その回収に特殊部隊を投入する必要が生じる可能性がある。これはもはやミサイル・船舶への攻撃という限定目標を超えている」と指摘する。
4-3. フーシ派という「予備軍」
現時点で紛争に参加していないイエメンのフーシ派が重要な変数として残っている。2019年にはサウジの東西パイプラインを攻撃した実績があり、フーシ派が参戦すれば紅海経由の代替輸送ルートも危うくなる。
「フーシ派は今のところ参戦していない。しかし、イランが本当に追い詰められれば、同盟国を呼び込む。フーシ派は重要な火力を持つ唯一の残存勢力だ。もし彼らが参戦すれば、代替ルートも失われる」とCroftは警告する。
5. Croftのシナリオ分析——「2週間」が分岐点
5-1. 2週間以内に収束するシナリオ
ミサイル発射台・船舶などの限定目標を破壊し終え、フーシ派が参戦しないまま停戦が成立すれば、エネルギー市場は数週間から数ヶ月のうちに正常化に向かうとCroftは見る。
「2週間で終わらせてほしい。それが私がワシントンの知人たちに言っていることだ」という言葉には、元CIA分析官として積み上げてきた中東情勢の経験が凝縮されている。
5-2. 複数月にわたる場合のシナリオ
「これが複数月に及べば、経済的影響は格段に大きくなる」——これがCroftの核心的な警告だ。
フーシ派参戦による紅海ルートの遮断、貯蓄ゼロまで積み上がったタンクの物理的な停止、SPRの底をつく恐れ、欧州のLNG不足による電力・暖房危機、そしてイラクなどの再稼働困難——これらが重なれば、エネルギー市場のショックはさらに深刻になると分析する。
6. Oracleとの関係——AI相場と地政学リスクの交錯
本インタビューの前段にEismanはOracleの決算を取り上げた。Oracleは3Q25決算で株価が30%急騰した後、OpenAIへの依存・バランスシートの課題などから高値比▲50%超の水準で推移していた。今週の決算はEPS1.79ドル(予想1.70ドル)、売上171.9億ドル(予想169.1億ドル)と上振れし、時間外で9%上昇した。
「地政学リスクとAI投資の両方を追う投資家にとって、今週は最も難しい週のひとつ」というのがEismanの認識だ。AIインフラ投資の物語と、エネルギー危機による実体経済へのショックは、市場で同時進行している。
まとめ——投資家が今週押さえるべき3つの論点
第一に、エネルギー危機は「価格問題」にとどまらず「供給の物理的な停止」が始まっている。670万バレル/日の強制停止は、供給が戻るまでに時間がかかることを意味する。
第二に、「2週間」という時間軸が重要な分岐点だ。限定目標が2週間で達成できるかどうか、フーシ派が参戦するかどうかで、シナリオは大きく分岐する。
第三に、戦争目標の不明確さが最大のリスク要因だ。限定目標と体制転換の間で揺れる発言が続く限り、市場はヘッドライン相場から抜け出せない。
Croftの言葉を借りれば、「勝利とは何かを定義できなければ、いつ終わるかもわからない」——これが投資家にとっての最大の問いになっている。

