iCapital Sonali Basak氏が語るAI経済圏の勝者と、揺らぐ市場構造
ポッドキャスト「On the Tape」に、iCapitalのチーフ投資ストラテジストであるSonali Basak氏が再び出演した。BloombergのアンカーからiCapitalへ転身してからちょうど1年という節目のタイミングでの対談となる。本稿では、AI関連の資金の流れ、フロンティアAI研究所の資金調達の実態、注目を集めたヘッジファンドの巻き戻し、そして、金利・為替を巡る展望まで、対談の主要な論点をビジネスパーソン・投資家向けに整理する。
1. Bloombergからの転身1周年
Basak氏は、BloombergからiCapitalへ移ってからちょうど1年が経過したタイミングで、あらためて自身のキャリアの転換について語った。iCapitalは、3500の資産運用会社と1250の資産運用会社(大手GP等)と取引しており、Basak氏は、自ら「The Bridge」という新番組を立ち上げ、パブリック・プライベート双方の主要な投資家にインタビューを行っている。狙いは、トップクラスの投資家の思考プロセスを、より多くの人に透明性を持って共有することだという。
2. AIトークン経済の行方
2-1. 「1ドルの流れ」で見るAI関連銘柄の勝ち組
Basak氏は、最近執筆したレポートで、AI関連支出の「1ドルの流れ」がどこに向かい、どの企業がトークンコストの急落という力学から相対的に保護されているかを分析したと説明した。中国のオープンソースモデルなど競合の台頭を背景にトークンコストは下落し続けているが、そのサプライチェーン全体を見ると、ハイパースケーラー(大手クラウド事業者)が相対的に安定した立場にあるという。具体的には、ハイパースケーラーはAI経済圏を流れる1ドルのうち約30セントを獲得しているとBasak氏は説明した。これは、今年前半までハイパースケーラーに対する市場心理が総じて悲観的だったことを踏まえると興味深い変化であり、AIを巡る市場の見方がいかに急速に変わっているかを物語っている。トークンコストが下がれば、それを活用してサービスを開発するソフトウェア企業や一般企業側が恩恵を受けるという構図も強調された。
2-2. ジェボンズのパラドックス
トークンコストの動向以上に重要なのは、それに紐づく需要の伸びだとBasak氏は指摘する。いわゆる「ジェボンズのパラドックス」、すなわちトークンコストが下がっても需要がそれ以上の速さで増加すれば、集計ベースでの支出はむしろ拡大し、それが目下の設備投資(capex)の急増を下支えし続けるという考え方だ。
2-3. APAC地域の急速な進化
Basak氏は、今年、香港ベンチャーキャピタル協会での滞在が特に印象的な経験だったと振り返った。AI関連の技術発展は中国だけの現象ではなく、APAC地域全体で生成AIやロボティクスが急速に、かつ業界横断的に意図を持って進められているという。一方で同氏は、こうした新技術の「創出」だけでなく「実際の企業社会への導入」がもっと広がってほしいとの思いも語っている。
3. フロンティアAI研究所はなぜ上場を目指すのか
3-1. 資金調達の実態:準公開企業化
なぜAnthropicやOpenAIといったフロンティアAI研究所がIPOを目指すのかについて、Basak氏はキャッシュの燃焼速度と資金調達の必要性を理由に挙げた。これらの企業はすでに「実質的に準公開企業(quasi public)」と呼べる状態にあり、負債市場・株式市場を問わず、公開・非公開の両方の形態で資金調達を行っているという。かつてであれば、多額の損失を出しているスタートアップが負債市場を利用することは容易ではなかったが、現在では公開株式、プライベートエクイティ、プライベートクレジット、公開負債と、あらゆる資金調達手段が同時並行で活用されている。投資家としては、こうした投資対象がダウンサイド保護のある商品なのか、固定利付き商品に近い性質なのか、あるいはデータセンターへのアクセスを目的としたインフラファンド的な性質を持つのか、リターンプロファイルを見極める必要があるとBasak氏は指摘した。
3-2. 5000億ドルの「AIコンピュート金融プラットフォーム」
対談では、Nvidiaが主導し、Goldman Sachs、Blackstone、BlackRock、Apollo、Brookfield、KKRが参加する5000億ドル規模の「AIコンピュート金融プラットフォーム」設立のニュースも取り上げられた。これは前週にCNBCのBecky Quick氏がインタビューを行った案件で、参加各社はそれぞれ異なる思惑を持っているという。特にBrookfieldはエネルギー整備の観点からこの取り組みを歓迎する立場にあるとされる。Basak氏は、このスキームがNvidiaの貸借対照表に直接乗らない点を除けば、既存の株式・負債による資金調達と本質的には変わらないとしつつ、ウォール街全体がAIトレードに先んじて食い込もうとしている様子がうかがえると分析した。
4. データセンター投資の集中リスク
4-1. 分散投資の難しさ
Becky Quick氏のインタビューを踏まえBasak氏が指摘した重要な論点の一つが、投資家がいかにポートフォリオを分散させるかという問題だ。株式・負債エクスポージャーの多くがすでにAIトレードと密接に結びついている現状で、インフラ資産はインフレ環境下で相対的に有利とされ人気のテーマとなっているが、多くのインフラファンドがデータセンターやAI関連の建設ブームに直結しているため、真の意味での分散は難しいという。かつては電力セクターがAIから相対的に切り離された分野だと見られていたが、現在ではむしろAIトレードの中心に位置するようになっている。
4-2. 潤沢な流動性という背景
Basak氏は、そもそもなぜ市場がこうした状況に至ったのかという、より根本的な問いも提起した。2026年の市場は消費者・企業の両レベルで潤沢な流動性に満たされてきたといい、年初にはFRBの資産購入による下支えや税還付、関税還付といった追い風もあったが、こうした要因は今年後半にかけて剥落しつつあるという。流動性が引き締まり始めた際に、同じ規模の資金がこのトレードに向かい続けるのかどうかが焦点になるとBasak氏は述べた。
4-3. 「金融工学」というPTSD
対談では、BlackRockが数年前にインフラ資産・ファンドへ大規模投資を行った経緯にも触れられた。当時はエネルギーパイプラインや各国が売却する空港といった資産が中心だったが、その性質は徐々に変化しているという。Basak氏は、あるインタビューでBlackRockの幹部が1970年代のモーゲージ担保証券業務での経験を引き合いに出し、「金融工学」という言葉を用いてAIトレードにも同様の手法を適用したいとの意向を示していたことに触れ、これが2008年の金融危機を想起させる「金融的PTSD」だと表現した。
4-4. ドットコムバブルとの類似点・相違点
Basak氏は、90年代後半のインターネットバブルとの比較にも言及した。当時の問題は、インターネット自体が悪いアイデアだったことではなく、Lucent(ルーセント)やNortel(ノーテル)が自社製品を購入させるために資金を貸し付け、誰も経済合理性を精査しないまま光ファイバー網が世界を何十周も取り巻けるほど過剰に敷設されたことにあったという。今回のAIブームでも、勝者と敗者が生まれることは避けられないとしつつ、この場に集うプレーヤーの中で最も有利な立場にあるのはGoldman Sachsだとの見方を示した。同社は流通網や引受手数料、ストラクチャードノートの組成能力など、あらゆる収益源を持っているためだ。Basak氏はさらに、今回のデータセンター投資には、光ファイバー投資と異なり、稼働を維持するために継続的な追加投資が必要になるという重要な違いがあると指摘した。またあるインフラ投資家からは、データセンター建設が特定の地域社会に及ぼす負担が大きいほど、建設に関わる企業は電力や水などのインフラ全体の持続可能性に対しても責任を負う流れが強まる、という理論を紹介した。ちなみに、1999年当時、ドットコムトレードで最もレバレッジの高かった企業の一つはOracleだったという興味深い事実にも触れている。
5. 原油高とK字型経済
エネルギーの話題では、原油価格が今年に入り上昇し、8月末時点で1バレル80ドルを超える水準にあることが取り上げられた。これは昨年の大半を占めた66ドル前後の水準と比べて明確に高い。Basak氏は、年初時点では「K字型経済」(所得階層による景気回復の格差)が是正される兆しがあるとの期待を抱いていたが、イラン情勢を受けた原油高が発生し、これが低所得層の消費者により不釣り合いに大きな打撃を与えているとの見方を示した。同氏はまた、直近数四半期の企業決算には一時的な要因が多く含まれており、今後の四半期でその実態がより明確になる可能性を指摘し、成長率が鈍化するなら関連する投資も同様に鈍化するのではないかとの慎重な見方を示した。現時点では、年内の利上げが既定路線とは言い切れないとの立場だ。
6. 「シチュエーショナル・アウェアネス」ファンドの巻き戻し
7-1. 公開ポートフォリオの解消
対談では、AI関連論文「Situational Awareness」で知られる人物が運用するファンドの巻き戻しも話題に上った。同ファンドはレバレッジをかけた公開ポートフォリオを解消した一方、Anthropicへの50億ドルの出資(評価額はおよそ1兆ドル規模とされる)を含む、約100億ドル規模のプライベートポートフォリオはそのまま維持したという。さらに同ファンドは、今回のニュースと同じ週に、あるファウンドリー企業に評価額50億ドルで4億ドル(出資比率10%)を追加投資したことも明らかになった。Basak氏とホストのDanny Moses氏は、公開ポートフォリオを解消して得た資金をそのままプライベート市場に振り向ける動きが、このファンドの当初の性質を大きく変えつつあるのではないかと議論した。
6-2. プライベート市場の評価の実態
Basak氏は、iCapitalが出資するセカンダリー市場の評価データを扱うプラットフォーム「Tangible」の知見を踏まえ、グロースエクイティの分野では、額面の100セントを上回るプレミアム価格で取引されるファンド持分が多く見られると説明した。これは強制売却の圧力とは無関係な、市場の実勢を反映した評価だという。
6-3. レバレッジとクラウディングリスク
Basak氏はここ数週間、AQRやMan Groupといった大手ヘッジファンドとの対話を通じて、市場全体の「クラウディング(同じポジションへの集中)」リスクについて繰り返し確認してきたと明かした。各社は独自の投資戦略を持つとしつつも、市場全体としてある程度のクラウディングは避けられず、システム全体で見ればレバレッジはほぼ最大水準に近いとの見方で一致しているという。今回のファンド巻き戻しは、単一の大きくレバレッジをかけたプレーヤーの巻き戻しに過ぎず、今後も同様の事例が起きる可能性は否定できないとの見立てだ。ベンチャー投資特有のリターンの分散の広さ(大成功か大きなマイナスかに二極化しやすい性質)にも触れ、ヘッジファンドとベンチャーでは本来リスクプロファイルが大きく異なる点を踏まえ、投資家は自らが実際に何に投資しているのかを改めて理解する必要があると強調した。
7. 市場のバリュエーションをどう見るか
Basak氏は、iCapitalが定期的に更新しているバリュエーション評価の一覧表にも言及した。今年を通じて金融株がその他の市場に大きく出遅れていたことは、バリュエーションの観点からも合理性を欠いていたとの見方を示す。半導体株が熱狂的に買われる一方、フィラデルフィア半導体指数の構成を見るとNvidia自体は今年最もパフォーマンスの悪かった銘柄の一つであり、それでも半導体セクター全体としては市場平均や過去の水準と比較しても著しく割高な水準にあったという。対照的に、金融株や公益株は過去の水準対比では多少割高であっても、半導体ほど極端ではなかった。Basak氏は、こうした状況を踏まえ、より古典的な「バリュー投資」的な視点、すなわち購入価格やエントリータイミングの重要性に立ち返るべきだとの考えを示した。S&P500の均等加重指数が今年アウトパフォームし始めていることも、こうした見方を裏付ける動きだという。
8. 金利とドルを巡る展望
8-1. 米国債市場のレバレッジリスク
金利の展望について、Basak氏は世界のどの市場よりも米国債市場のレバレッジを懸念していると述べた。米国債市場を支えるベーシス取引には従来から大手ヘッジファンドによる高いレバレッジが伴ってきたが、現在ではより多くの「ツーリスト」的なヘッジファンドまでもがこの取引に参入しており、短期国債の限界的な買い手になっているという。同氏はまた、投資家との対話の中で「10年国債を買うべきか、それとも10〜20年ロックアップされるデータセンター資産を買うべきか」という興味深い問いが交わされていることにも触れ、従来「安全資産」とされてきた長期国債の位置づけが、多くの投資家のポートフォリオの中で揺らぎつつあると指摘した。iCapitalの米10年国債利回りの年間レンジは4%〜4.8%とされ、この4.8%という水準は昨年1月に到達した水準でもあり、市場にとって「危険水域」と認識されているという。同氏は、この水準を超えるとリスク選好が損なわれ、モーゲージなど他の信用資産にも波及効果が及ぶとし、直近では4.73%まで達したことにも言及した。
8-2. 日本の円キャリートレードの巻き戻し
為替の話題では、日本発の円キャリートレードが世界の資産のファイナンシングエンジンとして長年機能してきたことが取り上げられた。日本は1兆ドルを超える米国債を保有する最大の海外保有国であり、この事実は財務長官(Scott Bessant氏)にとっても無視できない要素だという。ドルを売って円を買うという最近の動きは、2001年に始まり2008年以降さらに拡大したこの「実験」の巻き戻しに当たり、こうした構造の解消には長い時間がかかるとBasak氏は述べた。
8-3. ベッセント財務長官の戦略予想
Basak氏は独自の見立てとして、現在の世界の金融的な枠組みの多くが1970年代に形作られたものであり、当時のFRB議長ポール・ボルカー氏の回顧録を読み返す中で、多くの制度が場当たり的に組み立てられてきたことを実感したと語った。その上で、ベッセント財務長官らが70年代を意識しつつ、ドル防衛やドル高の意味づけそのものを書き換えようとしているとの見方を示した。ホストのDanny Moses氏は、現在の40兆ドル規模の債務残高と対GDP比の高さを踏まえると、70年代の再現はより危うい賭けだとし、財務当局は表向きドル安を望まないと言いつつも、実際には債務を時間をかけてインフレで目減りさせるため、より弱いドルを志向しているのではないかとの見方を付け加えた。この点について、二人は「もう音楽を止めることはできない」という表現で、現状の緩和的な資金の流れが容易には止まらないことを表現している。
9. 国際分散投資:韓国・日本・APAC
海外投資に関しては、まず韓国市場への資金集中に対する懸念が挙げられた。AI関連テーマの派生的な投資先として韓国市場への関心が高まっているが、Basak氏は真の分散投資を目指すのであれば、何を解決したいのかを見極める必要があると顧客に呼びかけているという。米国は依然として最も規模が大きく流動性の高い資本市場であるとしつつも、日本市場については、コーポレートガバナンス改革の進展や、それに伴うアクティビスト投資家・プライベートエクイティ投資家の参入増加を理由に、戦略的に興味深い投資先だとの見方を示した。APAC地域全体についても、イノベーション経済がまだ他地域ほど過熱していない可能性があるとして、引き続き調査を進めているという。
10. Kalshi(コウシ)ピックス・オブ・ザ・ウィーク
対談の最後には、ホストのDanny Moses氏による予測市場プラットフォーム「Kalshi(コウシ)」を使った個人的な相場観の紹介があった。同氏は、円が対ドルで再び弱含み、156円台から160円近辺まで下落していることに触れ、米財務省による前例のない為替介入にもかかわらずこの動きが続いているとし、日銀の利上げ確率は60%まで上昇したとの見方から、円高方向のポジションを継続していると述べた。またビットコインについては、クリプト市場の規制整備法案(Clarity Act)の採決が9月に延期される見通しとなったことを受け、市場全体がリスクオフに傾いた場合に短期的な脆弱性があるとし、8月中にビットコインが6万ドルを割り込むかどうかに関する予測市場のポジションを取っていることを明らかにした。なお同氏は、これらはあくまで個人的な見解であり、投資助言ではないと明確に断っている。
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