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AI株急落の7月、Gavin Baker氏「ネガティブな指標が一つも見つからない」― 半導体GPU価格はむしろ50〜60%上昇

2026年7月、AI関連株は軒並み大幅な下落を記録した。多くの銘柄が高値から40〜60%という急落を、しかもほぼ直線的に演じたこの1カ月は、著名投資家ギャビン・ベイカー氏の言葉を借りれば「2022年を1カ月に圧縮したような」相場だったという。

しかし、ベイカー氏は、今回、シリコンバレーに滞在する中で「今回の主な使命は、あえて自分の楽観論をプレッシャーテストすること」だったと語る。つまり、強気な見立てに反証となるネガティブな材料を、できる限り真剣に探しに行ったということだ。そして、その結論は意外なものだった――「ネガティブな定量指標を、私は一つも見つけられなかった」。

本稿では、同氏へのインタビュー内容をもとに、7月のAI株急落の実態、その裏側にある半導体・データセンター・クレジット市場の構造変化、そして、AI業界が抱える本当のリスクについて、じっくりと整理していく。


1. 「2022年を1カ月に凝縮したような7月」


1-1. ファンダメンタルズはむしろ改善している

ベイカー氏は、7月の市場を、荒れ相場だった2022年を1カ月に圧縮したようなものだったと表現する。多くのAI関連銘柄は直線的に高値から40〜60%下落した。しかし、同氏は、この1カ月間、AIに関するネガティブな定量指標を一つも聞いたことがないと繰り返し強調する。GPUの利用可能性、GPUレンタル価格、DRAMのスポット価格、トークン成長率――どの角度から切り取っても、実際には数字は加速していたというのだ。

1-2. 市場が見えていない「非公開企業」という死角

同氏は、この認識ギャップの一因として、市場がアンソロピックやOpenAIといった非公開企業の実態を直接見ることができない点を指摘する。加えて、Fireworks、Base10、Modal、Togetherといった、米国内でオープンソースモデルの推論をマネタイズしているクラウド企業の存在も、公開市場の視界からは外れやすい。GLM 5.2やKimi K3といった中国発オープンソースモデルの登場によってこの領域の利用が大幅に加速しており、これらを含めて見れば市場の景色は大きく変わるとベイカー氏は説明する。同氏は、これを「宇宙のダークマター」になぞらえ、公開市場からは測定しにくいが確かに存在する巨大な質量だと表現した。

2. 急落を招いた一連の出来事 ― 何が実際に起きたのか


2-1. Metaのコンピュート賃貸が「ネガティブ」と誤解された

7月の急落は、複数の出来事が連鎖する形で起きたとベイカー氏は時系列で説明する。最初のきっかけは、Metaが、計算資源を賃貸に出すという報道だった。市場はこれを「余剰キャパシティを抱えており、資本支出を削減するつもりではないか」というベアリッシュなシグナルとして受け止めた。しかし実際には、Metaは、その後の決算で資本支出を削減していないことを示している。

ベイカー氏によれば、実態はむしろ逆で、Metaは、ある大手が保有する大規模な計算資源のクラスターが、契約ベースの価格に対して非常に大きなプレミアムでスポット市場に売却されているのを目にし、単に機会を捉えただけだったという。市場では、Metaが、小規模な容量の一部で高いIRR(内部収益率)を生み出せることを示し、その後、エクイティ資本を調達するのではないかという憶測も広がったが、いずれにせよ、Metaの資本支出計画をめぐるテレメトリー(内部の兆候)は一切変化しておらず、むしろより積極的になっているとベイカー氏は述べている。

さらに、この直後、Metaは、久しぶりの好モデル「Muse 1.1」をリリースした。これはxAIの「Grok 4.5」の陰に隠れがちだったが、実際には非常に優れたモデルであり、Metaが今後2年間、アクセルを緩める可能性はまずないという証拠だとベイカー氏は評価する。

2-2. オープンソースの躍進が誤って「ネガティブ」に解釈された

続いて、Kimi K3の登場によるオープンソースへの熱狂の一方で、シリコンデータのトークンインデックスが下落・横ばいになったことも市場を動揺させた。この2つの現象は、実は繋がっているとベイカー氏は指摘する。シリコンデータのトークンインデックスは、あくまで「ミックス」を捉えたものであり、全てのトークンを観測しているわけではない。GLM 5.2やKimi K3の存在によって、より高マージンなフロンティアモデルのトークンから、オープンソースのトークンへのミックスシフトが起きているのだという。

しかし、トークンは、トークンであり、生成に必要な計算量(FLOPs)・メモリー・電力量は基本的に変わらない。オープンソースがシェアを奪うことは、実質的にフロンティアモデル層からマージンドルを奪い、AIインフラ層全体へとより多くのマージンドルを押し込む効果を持つ、というのがベイカー氏の見立てだ。加えて、価格低下による需要の弾力性(価格が下がればより多くのトークンが消費される効果)も働くため、これは本質的にネガティブではなく、ポジティブな動きだと結論づける。

同氏は、ここで、NvidiaのCEOジェンスン・フアン氏が、オープンソースの世界最大の支持者であることにも触れる。フアン氏は、理想主義的で愛国的な人物であり「常に正しいことをする人物」だとしつつも、もしオープンソースが自社のビジネスにとって本当に悪いものであれば、彼がここまで熱心に支持するとは考えにくいと指摘する。また、ベイカー氏自身も、一つか二つの支配的なフロンティアモデルが、90%のマージンを課すような世界は人類・社会にとって望ましくなく、多様なモデルが存在する世界を望んでいると付け加えた。

2-3. 中国のDUV露光機ニュースと半導体製造装置株の売り

そして、中国がDUV(深紫外線)露光機を保有しているとの報道が、セミキャップ(半導体製造装置)関連株の大幅な売りを引き起こした。この点についてベイカー氏は後段でより詳しく論じている(後述)。

3. 本当の懸念材料 ― クレジット市場の動き


3-1. 実質利回りの上昇とMetaの債券発行

これらの出来事の連鎖の末、ベイカー氏が、「多くの点で本当の懸念」と位置づけるのが、実質利回りの上昇とクレジット市場の動きだ。AI投資の資金調達において、依然として大部分は、営業キャッシュフローから賄われているものの、クレジット(債務)の比重が確実に高まっている。実質利回りが、上昇し、スプレッドが拡大しているのは事実だ。Metaが先週発行した債券は、通常想定される価格では売れなかったという。これは、クレジット市場、そして、おそらくCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)市場全体が、何らかの警戒感を織り込んでいることを示している。

ベイカー氏は、聡明なプライベート・クレジットの関係者からは「これは単に銀行が自分たちのコミットメントをヘッジしているだけだ」という見方も聞かれるとしつつ、それでもCDSの上昇、スプレッドの拡大、実質利回りの上昇はいずれも否定できない事実だと述べる。もしこの巨大な設備投資を負債で賄う必要があるのなら、これは本当に恐ろしいシナリオになり得るという。

3-2. 「スポット価格と契約価格のギャップ」が重要な理由

この懸念に対する反論として、ベイカー氏は、既存の計算資源の「契約価格」と「現在のスポット価格」の間に生じている大きなギャップの重要性を強調する。多くのニアクラウド(Neo Cloud)事業者は、GPU購入資金を調達するために長期のオフテイク契約を結ばざるを得なかった。その結果、契約ベースで導入された計算資源は、現在のスポット市場価格に対して、大幅なディスカウントで取引されている状態にある。契約が順次更新・終了していくにつれ、計算資源は再価格化され、より高い価格がつくことになるとベイカー氏は説明する。

実際に今四半期、Microsoft・Meta・Amazonの営業キャッシュフロー(フリーキャッシュフローではなく営業キャッシュフローという点に注意)は、報告ベースで28%から32%へと加速したことが示されている。ハイパースケーラーには、通常、EUへの制裁金など「一時的な項目」が計上される傾向があるが、今四半期はその一時的項目が特に大きかったといい、それを調整すると28%から35%への加速となる。この規模の企業においてこれは非常に大きな加速であり、しかもこれは、次世代チップ「Rubin」が本格的に稼働し始める前の数字である点も重要だとベイカー氏は付け加える。さらに、Microsoftは、6月だけで非常に大きな容量を新たに稼働させており、これは第2四半期の数字にすらまだ反映されていないという。

3-3. クレジット需要は7000億ドル分縮小する可能性

ベイカー氏は、具体的な試算も示した。ハイパースケーラーの資本支出計画は、コンセンサス予想において、BlackwellやRubin(Nvidiaの次世代チップ)世代のGPUが、実質的に2世代前のチップ「Ampere(アンペア)」並みの収益化率でマネタイズされると想定してモデル化されているという。

しかし、ベイカー氏は、これらの最新GPUがAmpere並みの大幅な割引率でマネタイズされる可能性は低いと考えている。仮に現行のBlackwellに対して多少のディスカウントでマネタイズされると仮定し直せば、ハイパースケーラー全体の営業キャッシュフローは、約2兆ドル規模になり、そこから約7000億ドル分のクレジット需要が消えることになるという。加えて、計算資源が再価格化されるにつれてクレジット指標(信用比率)自体も改善していくため、結果として負債による資金調達自体がより容易になっていく可能性もあると指摘した。

4. GPU価格の実態 ― むしろ上昇し続けている


4-1. 「2ドル台半ば」から「4ドル弱」へ

ベイカー氏は、今週シリコンバレーで実際に耳にした具体的な事例を紹介した。ある人気の高いスタートアップ(多くの人が取引したいと望むような、いわゆる"セクシー"な企業)は、数千基規模のBlackwellクラスターを1GPU時間あたり2ドル台半ばでレンタルしていたが、7カ月後には4ドル弱を支払うことを見込んでいるという。しかもこれは全く同一の構成、同一規模のB200クラスターについての話だ。

通常であれば、テクノロジーの進化に伴い価格の緩やかな低下がブリッシュ(強気)な材料になると予想されるところだが、実際には出発点次第で50〜60%もの価格上昇が、わずか6〜7カ月で起きているというのだ。ベイカー氏は、あるインファレンスクラウド企業の担当者が、ポッドキャストで「契約更新時にはBlackwellの価格が100%上昇することを見込んでいる」と発言していたという逸話にも触れ、これは事実上、ハイパースケーラー全体が現在「稼ぎ不足(under earning)」の状態にあることを意味すると指摘する。

4-2. 唯一の懸念材料は「アンソロピックの成長鈍化」説

ベイカー氏は、今週シリコンバレーで多くの人に「ネガティブな定量指標を何か聞いたか」と尋ね続けたと明かす。返ってきたほぼ唯一の答えは、「サードパーティのデータによると、アンソロピックの成長曲線がやや軌道から外れ始めているようだ」というものだったという。同氏は、これが事実である可能性は十分にあると認めつつも、OpenAIとオープンソースの側が、大幅に加速しているため、AI業界全体を合算すればネットでは加速しているとの見方を示した。

なお、この「アンソロピックの成長鈍化」説については、アンソロピックの株主たちからは強く異論が出ているとベイカー氏はユーモアを交えて紹介している。株主たちは、もし「実は好調だ」と話したことが会社に伝わりIPO配分で不利になることを恐れており、そのため、実態が良いことを積極的に語りたがっているというのだ。

5. Nvidiaが過去10年で最も割安な水準に


ベイカー氏によれば、Nvidiaは、現在、過去10年で最も低いフォワードPER(将来の株価収益率)で取引されているという。この水準まで安くなったのは、これまで「DeepSeekショック」と「(トランプ政権の関税措置による)解放の日ショック」の2回だけであり、いずれも結果的にV字底となった局面だった。

これは市場が、Nvidiaが、「著しく稼ぎ過ぎている」と考えていることを意味するとベイカー氏は指摘する。もっとも同氏は、その市場の見方が実際に正しい可能性もあると謙虚に認めており、「我々は謙虚であるべきだ」と繰り返し強調している。

6. Claudeが市場の「ウォルター・クロンカイト」になっている


興味深い指摘として、ベイカー氏は、あらゆるニュースが即座にClaude(あるいはClaude Code、Claudeエージェント)に入力され、解釈される状況が生まれていると語る。Claudeの解釈自体には確率的なばらつきがあるものの、そのばらつきはさほど大きくなく、結果として、多くの投資家がClaudeの解釈に基づいて似たような判断を下すようになっているという。

かつてメディアが分断される以前、ウォルター・クロンカイト氏が、「唯一の真実の声」として機能していた時代があったが、今の株式市場においては、Claudeがそれに近い役割を果たしつつあるとベイカー氏は表現する。Claudeは、非常に賢いが常に正しいとは限らず、その解釈が市場全体のポジショニングを一方向に揃えてしまうことで、ボラティリティを増幅させている可能性があるという指摘だ。

実例として、匿名の半導体業界関係者「TBU」氏が、Xに投稿した日本のコンデンサー株のチャートが紹介された。この人物は、「通常であれば3年かかるはずのサイクルを、わずか6週間で経験した」と述べたといい、実際のファンダメンタルズがまだ追いついていない段階で、株価だけが急騰・急落を繰り返す現象が起きているとベイカー氏は指摘する。

7. 継続学習(Continual Learning)というワイルドカード


ベイカー氏は、AI業界内で「継続学習」や「サンプル効率的な学習」の解決に近づいているという声を複数聞いたと明かす。現在のモデルは、数百兆トークン規模で学習されているが、もしはるかに少ないトークン数(例えば10兆トークン程度)で学習させ、その後は、世界に出た後にサンプル効率的に学習させることが可能になれば、トレーニング需要への影響は避けられないだろうという。

同氏は、これが「トレーニング需要にとっては良いニュースには聞こえない」と率直に認めつつ、トレーニングが半導体需要全体に占める割合はもともとゼロに近づくとまではいかないが、かなり小さい水準に収束していく性質のものだと指摘する。また、Safe Superintelligence(SSI)が、8月にモデルを発表するとされているなど、この領域に特化した新世代の研究所が複数存在することにも触れ、これが実現すれば世界にとって間違いなく素晴らしいことだとしつつ、それがAIインフラ需要全体にネガティブに働くとは考えにくいとの見立てを示した。

8. メモリー業界の「ゲーム・オブ・スローンズ」


8-1. 長期契約(LTA)を破ることの高いコスト

ベイカー氏は、メモリー業界において、市場が短期的な収益最大化から長期的な供給契約(LTA)へと軸足を移していることを、自身が見誤っていた重要な変化として挙げた。この市場で規模を持つプレイヤーは、実質的に4社――Trainiumを持つAmazon、TPUを持つGoogle、AMD、そして、他社の合計をはるかに上回る規模を持つNvidia――に集約されつつある。

例えば、2027〜28年、どこかの企業がLTAを破って安い価格を求めたとする。しかし、供給が逼迫した状況(あるいは一時的な供給過剰があったとしても)では、その企業は次のサイクルで配分を大幅に減らされるリスクを負うことになる。メモリー業界は、サイクリカルな産業であり、供給過剰の後には必ず供給不足が訪れる。LTAを破った企業は、次にその供給不足の局面が来たときに、割り当てを競合他社に奪われる可能性が高い。

ベイカー氏は、これは過去には存在しなかった力学だと指摘する。かつては、Apple一社が、ほぼ独占的な最大顧客であり、多少の無理を言っても、その巨大な購買力ゆえにSK Hynixなどのメモリーメーカーは必ず受け入れざるを得なかった。しかし、現在は、少なくとも4社の大口プレイヤーと多数のスタートアップが存在する構図であり、LTAを破った企業は、単純に「価格合意を破ったのだから、量の合意も破る。あなたのシェアは競合に渡す」という扱いを受けかねない。この構造ゆえに、LTAを破ることは、事業・フランチャイズ全体を危険にさらす可能性がある、というのが同氏の見立てだ。

8-2. Nvidiaの「クレジット・ラッパー」という新戦略

ベイカー氏は、Nvidiaが構築した新しいビジネスモデルにも言及した。これは、GPU価格が、一定の下限を上回った場合のレベニューシェアを組み込んだ、いわば「クレジット・ラッパー」のようなものだと表現する。これは厳密には「ベンダーファイナンス」ではない――Nvidia自身が、資金を貸し付けているわけではなく、別の主体がGPU購入企業に融資を行う形だ。Nvidiaは、引き続きエクイティ投資を行っているが、それは単純な資金提供の対価というより、間接的にGPU購入資金の一部として使われる構造になっているという(Nvidiaは自社のエクイティ投資契約に「資金をNvidiaのチップ購入に使ってはならない」という条項を盛り込んでいるとされるが、資金には代替可能性があるため、実質的には回り回って同じ効果を持つと同氏は皮肉交じりに指摘している)。

これにより、Nvidiaは、ロイヤリティを通じて実質的に巨大なクラウド事業を急速に築ける可能性があり、キャッシュフローのミスマッチ(「我々は現金を稼いでいるのに、顧客側の現金創出はまだ追いついていない」という状況)を緩和する一つの手段になっているという。

ベイカー氏は、Nvidiaが、これまでエクイティ投資を行わなかったケースはほとんど全てミスだったと振り返る。同社は、メモリー企業や、長らくアンソロピックを除くほぼすべての主要プレイヤーに出資してきた(アンソロピックについても後にエクイティ出資を行っている)。CEOのジェンスン・フアン氏は、あらゆる研究所を見て回り、継続学習に取り組む研究所を含むあらゆる技術の進展を把握しており、それが同氏を強気にさせているというのがベイカー氏の見方だ。エクイティの上値取りと、レベニューシェアという2つの手段を組み合わせることで、Nvidiaは、1ギガワットあたりの収益を大きく引き上げつつ、競争的地位も強化していると評価する。

なお、他のチップメーカー(SK Hynixなど)がもし同じ立場に置かれたら、同様の戦略を取るはずだとベイカー氏は付け加える。ただし、それらの企業のビジネスは、Nvidiaよりも本質的に不安定・予測困難であり、Blackstoneやアポロといったプライベートエクイティ企業が、メモリー企業に対して類似の資金提供を提案しているとみられる、という周辺情報にも言及した。

8-3. ゲーム理論から見た「軍拡競争」の不可逆性

ベイカー氏は、この文脈でアンソロピックとOpenAIの競争にも言及した。もしアンソロピックが、OpenAIほど計算資源への投資に積極的でなかったら、OpenAIが独走していただろうという。実際にはOpenAIが、再びゲームに戻り、xAI(Grok)もゲームに参入している。これらの企業はいずれもパレートフロンティア上にあり、十分な計算資源を持っている。この状況を目の当たりにした後、誰かがアクセルを緩めることは考えにくいとベイカー氏は述べる。ダリオ・アモデイ氏が、数カ月前、「計算資源を買いすぎれば規模の大きさゆえに破産しかねないが、買わなすぎれば負ける」という趣旨の非常に思慮深いコメントをしていたことにも触れ、実際に何が起きたかを見れば、その緊張関係がいかに現実的だったかが分かるとした。

9. 何がこのシナリオを崩す可能性があるか


ベイカー氏は、自身の楽観的な見立てを崩し得る要因についても率直に語った。最大のリスクは、営業キャッシュフローの加速が実現せず、この投資拡大を債務でファイナンスする必要が生じることだという。これは、アンソロピック・OpenAI・xAI・Cursor・オープンソース陣営全体の成長がどう推移するかに大きく依存する。また、GPU価格が持続的に大幅下落するようなことがあれば、市場は即座にネガティブに反応するだろうとした。しかし、現時点では、GPUが余っているという声を誰からも聞いたことがないと繰り返し強調する。

10. 経済成長 vs 労働代替 ― 営業キャッシュフローの原資はどこから来るのか


ベイカー氏は、SNS上で寄せられた反論にも触れた。「ハイパースケーラーが、稼ぎ不足であり、再価格化によって営業キャッシュフローが加速するという議論は理解できるが、そもそもその原資となる顧客の支払い能力はどこから来るのか」という指摘だ。

同氏は、これは定義上、生産性向上を通じたより速い経済成長か、労働代替のいずれかから来ると答える。実際、多くのAIネイティブ企業では労働代替が起きているものの、それは人員を解雇しているからではなく、単に人間をあまり雇わなくなっているからだという。a16zやIconiqなど複数の投資家が調査してきたFTE(フルタイム従業員)あたりの粗利益は、過去世代のスタートアップと比較して著しく高い水準にあるとされる。

トークン支出の対人件費比率についても具体的な数字が示された。かなり先進的な企業では、20〜25%程度、ある企業のCTOは自社が30%の水準にあると述べたといい、これがベイカー氏が聞いた中で最も高い数字だという。中には50%という例も耳にしたとしている。知識労働市場全体の規模は25兆ドルとされ、仮に20%という数字を当てはめれば5兆ドル規模になり、これが労働代替かより速い経済成長のいずれかから来ることになる。

ある著名なテクノロジーCEOから聞いた話として、創業者が、経営権を握る企業(コロナ禍の過剰採用の影響を調整した上で)では、AIを最も早く導入して効率化できるはずの企業群であるにもかかわらず、実際には大規模なレイオフをほとんど行っていないという指摘も紹介された。これは、これらの企業が「人員を維持しつつ、さらに、大量のトークン支出を積み増す余地がある」と考えていることを示唆しているとベイカー氏は解釈する。

Cognition、Ramp、Stripeが示すデータでは、AI支出が最も多い企業ほど、有意に速い成長を遂げているという。特に、Cognition Indexについては、業種調整がされていないという批判はあるものの、詳しく見ると配管工やHVAC(空調)業者といったブルーカラー系の事業者までもがAIの恩恵を受けて好調だという具体例が紹介されているとした。

11. AIネイティブ企業という新しい生き物


ベイカー氏は、オープンソースがフロンティアに近づき、Fireworksのようなクラウド企業がモデルのカスタマイズを容易にしていることが、ソフトウェア業界全体、そして、多数の「AIネイティブ」企業にとって「天からの恵み」になっていると評価する。かつて、創業からわずか9カ月ほどで年間売上5000万ドル・キャッシュフロー黒字に達する企業が続出した際、多くの人は、これらを「ChatGPTラッパー」として軽視していた。しかし、現在では、オープンソースを活用することで各社が独自データを蓄積し、それぞれの垂直領域に特化した独自資産を築けるようになっているという。

Fireworksが開発した「Nexus」という製品も紹介された。Claude Code、OpenAI Codex、Grok Buildなどを使っている場合、わずか3行、20語ほどのコードを追加するだけで、Fireworksが顧客のデータを取り込み、モデルを強化学習(RL)し、最適なモデルにクエリを振り分けるルーターを構築してくれるという。ベイカー氏は、これをすべてのAIネイティブ企業にとっての解決策だと評価し、買収前のHarveyやCursor、Loraといった企業がこの仕組みに大きく傾倒していた理由を説明する。1つか2つ、3つのフロンティアモデルだけに依存する状態から、タスクに応じて最適なモデル(フロンティアモデルとRLで強化した自社モデルの組み合わせ)を使い分けられるようになれば、単なる「ラッパー」ではなく、より防御力の高い事業になるという。

Cursorが発表した手法にも触れられた。フロンティアモデルで計画を立て、より単純なタスクを「賢さの劣る」モデルに振り分けるというアプローチで、15倍もの効率化を実現したという。ベイカー氏は、これは人間社会の知恵をAIが「スピードラン」しているような現象だと表現している。

一方で、フロンティアモデルが、「RSI(再帰的自己改善)」に到達すれば、あらゆる知能レベルにおいてコストが劇的に下がり、オープンソースの存在余地がなくなるという「アンソロピック・OpenAI・xAI最大主義」的な見方も一部には存在するとしつつ、ベイカー氏は、これを楽観的すぎる可能性のある一つのシナリオとして留保する。多くのAIネイティブ企業がすでに独自のドメイン特化型データを蓄積していること、そして、オープンソースへの移行によって企業が特定ベンダーの利用規約に縛られない独立性・耐久性・安全性を得られるようになったことを踏まえれば、この構図は簡単には崩れないだろうとしている。

さらに、より安価なオープンソーストークンの存在が、実は最先端のフロンティアトークンの価値をむしろ高める可能性があるという逆説的な見方も示された。仮に「IQ120」レベルの安価なオープンソースモデルが大量に存在するようになれば、それらを的確にオーケストレーション(統率)できる「IQ160」レベルのモデルの価値はむしろ高まるはずだという論理だ。フロンティアトークンは今後、経済的リターンの圧倒的多数を引き続き獲得し続けるかもしれないが、必ずしも「すべて」を独占する形ではなくなり、処理されるトークンの総量ではオープンソースが多数派を占めるようになる可能性がある。これはAIインフラ需要にとって非常にポジティブだとベイカー氏は結論づける。なぜなら、トークンはトークンであり、生成に必要な計算量・電力・冷却・スペースは変わらないからだ。

12. 業界最大のリスクは「規制」


12-1. 「新たな事実後・論理後の政治世界」

ベイカー氏は、AI業界にとって最大のリスクは規制だと明言する。これはある意味で最も分かりやすいリスクでもあり、今週シリコンバレーを訪れた理由の一つも、まさにこの点を含め、自らの楽観論に対する「恐怖」を探すことだったという。ニューヨーク州のデータセンター建設モラトリアムは、その始まりに過ぎないと同氏は懸念する。

同氏は、今の政治的な言説環境を「事実後・論理後(post-factual, post-logical)」の世界だと表現し、AI業界がこれまで広報活動において「ひどい仕事」をしてきたことを認めている。ただし、業界側も少なくともこの問題を自覚し始めてはいるという。

12-2. 「データセンターは電気代を上げ、水を奪い、雇用を奪う」という誤解

一般的なアメリカ人の間で広がる政治的な物語は、「データセンターは、電気代を上げ、水をすべて奪い、あなたの仕事を奪う」というものだとベイカー氏は指摘する。しかし実態は逆で、現在締結されている契約の下では、データセンターが進出すると、いわゆる「メーター裏(behind the meter)」の電力調達契約によって、周辺地域の電気代はむしろ下がる傾向にあるという。トランプ政権が企業に署名を求めた「データセンター誓約」もこの流れを後押ししている。かつてデータセンター開発企業は、地元の警察・消防に新しいトラックや防具を提供する程度の対応で済んでいたが、現在では病院、学校、新しい警察署・消防署を建設し、電気料金を引き下げるといった、より踏み込んだ地域貢献を行うようになっているという。

雇用についても、配管工、電気工、HVAC(空調)技術者といった職種の需要が持続的に発生しており、ベイカー氏は、データセンードの建設ラッシュを「自分が生きてきた中で、ブルーカラーの賃金にとって最も良い出来事の一つ」とまで表現する。それにもかかわらず、表向きブルーカラー労働者の代弁者を自認する民主党側が、こうした雇用を奪う方向に動いているのは皮肉だと指摘した。

12-3. 「1万倍」の水消費量の誤り ― ホウレンソウの鉄分神話との類似

ベイカー氏は、ある著者が、データセンターの水消費量を1万倍も過大に見積もった事例を紹介した。1桁や2桁ではなく、実に4桁の誤りだったという。著者自身もその誤りを繰り返し認めているにもかかわらず、この誤った数字は今も独り歩きし続けているとした。

同氏は、これを「ホウレンソウは鉄分が多い」という広く信じられている俗説になぞらえる。実際には、ある学術書で小数点の位置を間違えたことが原因で広まった誤情報であり、ホウレンソウの鉄分含有量は他の野菜と比べて特別多いわけではない。しかし、80年以上経った今でも、多くの人がこの誤った情報を信じ続けているという。「嘘は真実が靴を履く前に世界を一周する」ということわざを引きながら、ベイカー氏はこうした誤解が業界に与える悪影響の深刻さを訴えた。

12-4. 業界は「自らの真実」を語るべきだ

ベイカー氏は、こうした誤解を正すために、業界自身がより積極的に正しい情報を発信する必要があると訴える。例えば、大学スポーツの決勝戦やNFLの試合中に流れる広告のような形で、「データセンターが誓約に署名したあなたの地域では、電気代はほぼ確実に下がり、地域社会に有形の形で貢献し、持続的な高賃金ブルーカラー雇用が生まれる」というメッセージを伝えるべきだという。

同氏は、AIが希少疾患の治療などで実際に人命を救い始めているという医学分野での進展にも触れ、ASCO(米国臨床腫瘍学会)の年次総会で「一つの学会でこれほど多くの科学的ブレークスルーが報告されたのは初めてだ」という雰囲気があったと紹介した。こうしたポジティブな物語もあわせて発信していく必要があると強調する。シリコンバレーの人々にとってはあまりに自明すぎる事実であるがゆえに、一般のアメリカ人がこれをまったく知らない、あるいは正反対の印象を持っているという事実を認識できていないというのが、ベイカー氏の指摘の核心だ。

13. SRAMベースのアクセラレーターという見落とされた変数


ベイカー氏は、最後に、これまでの議論から見落とされがちな技術的トピックとして、HBM(高帯域幅メモリー)DRAMに制約されず、比較的古い製造プロセスノードで作られる「SRAMベースのアクセラレーター」の存在を挙げた。

推論を「プリフィル」と「デコード」に分解した場合、デコードはさらに「アテンション」と「フィードフォワードネットワーク」の2つの部分に分けられる。理想的には、HBM DRAMを必要としないチップでプリフィルを行い、HBM DRAMを備えた高性能チップでアテンション処理を行い、SRAMチップでフィードフォワードネットワーク処理を行うという、ワークロードごとに最適なチップを組み合わせる「非集約化(disaggregation)」が可能になるという。ベイカー氏は、こうした技術がAI全体の投資対効果(ROI)にとって非常にポジティブに働く可能性があると指摘する。

14. SpaceXという「過小評価された資産」


14-1. 上場後にむしろ改善したファンダメンタルズ

インタビューの最後、ベイカー氏は、SpaceXについても踏み込んだ見方を示した。同社は、上場後、Grok 4.5やCursorの買収によってファンダメンタルズがむしろ改善しているにもかかわらず、公開市場はまだこれを十分に評価できていないと指摘する。SpaceXは過去3年間、他のどの企業よりも速く、より低いコストで計算資源を導入してきたことを実証しており、スポットとの契約価格ギャップを調整してもなお、その優位性は本物だという。

象徴的なエピソードとして、SpaceXが莫大な計算資源を一夜にして市場に投入した際、市場はそれを何の混乱もなく完全に吸収したことが紹介された。「貨物列車がまったく減速しなかった」という表現で、この吸収力の高さが計算資源市場全体にとって強気材料だとベイカー氏は評価する。

14-2. コンセンサス予想は「1ギガワットあたり730億ドル」

あるSubstackの著者が発表した「AI関連レポート」では、SpaceXが、18カ月で8ギガワットの計算資源を導入しようとしているとの試算が示されているという。ベイカー氏は、「イーロン・マスク氏に対して賭けをするつもりはない」としつつも、これは驚異的な偉業になるとの認識を示す。SpaceXが、契約したレートは、契約締結後もむしろ上昇しているといい、1ギガワットあたり約500億ドルでマネタイズされているとされる。来年のコンセンサス予想は730億ドルとされており、Starlink V3やStarlink Direct-to-Cellを度外視しても、Grok 4.5とCursorの合計だけで年間経常収益(ARR)10億ドルに比較的早期に到達し得るという。

もっとも、ベイカー氏は、この数字に対しても懐疑的な部分を認めている。8ギガワットという規模は、Starlinkのコア事業を除いても非常に高いハードルであり、ハイパースケーラー以外で年間500メガワット超の電力を新規導入した企業は、CoreWeave、Crusoe、SpaceXの3社のみだという。中でも、SpaceXは、最も速く、最も低コストでこれを実現しており、実際に顧客からもそのクラスターの評判は非常に良いとされる。それでも、8ギガワットという規模には至らないだろうというのが同氏の見立てだ。

14-3. 空売り筋と軌道上コンピューティングという新展開

ベイカー氏は、ニューヨークの大手ヘッジファンドがSpaceXに対して空売りポジションを組んでいるとの話にも触れた。その空売り筋のロジックは、「計算資源のスポット価格が90%下落し、導入される計算資源が想定ほどの収益を生まなくなる」というものだという。ベイカー氏は、この可能性を完全には否定しないとしつつ、これまでイーロン・マスク氏の複数の企業が、業界の想像を超える実績を積み重ねてきたことも踏まえるべきだと述べる。マスク氏の口癖である「我々は不可能を"遅れて"実現することを得意としている」という表現を引用し、多少の遅延はあっても実現される可能性は十分にあると評価した。

さらに、ベイカー氏は、実際にスターベース(SpaceXのロケット発射施設)で多くの時間を過ごした経験を踏まえ、軌道上コンピューティング(orbital compute)が日に日に現実味を帯びていると語った。著名投資会社ベンチマークが出資するStarCloudという軌道上コンピューティング企業がSpaceXと提携し、Starlinkのレーザー通信技術を活用する計画があるという。ベンチマークは、イーロン・マスク氏のエコシステムとは無関係な立場から、内部発射コストの優位性を持たないにもかかわらずこの企業に相応の評価額で出資しており、これは自身の見立てが「クレイジー」ではないことの一つの傍証になっているとベイカー氏は語った。

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