1929年大暴落 ― 「本物の好景気」がバブルへと暴走した理由
JPモルガン・アセット・マネジメントが配信する市場史シリーズ「Moments in Market History」で、同社チーフ・グローバル・ストラテジストのDavid Kelly氏と、リサーチアナリストのKatie Kornegiebel氏が、1929年の株式市場大暴落について解説した。なお、本内容は情報提供を目的としたものであり、投資助言には当たらない旨が番組内でも明記されている。
1. 「投機的過熱」の最初の大規模事例
Kornegiebel氏は、まず、1929年の大暴落を一言で表現するなら「投機的過熱の最初の大規模な事例」だと説明した。同氏によれば、この出来事は、「狂騒の20年代」における本物の経済的繁栄という物語から始まり、ラジオや自動車といった新発明が、人々に「経済成長の新たな段階に入った」という実感をもたらしたという。人々はこの株価上昇そのものを、その実感を裏付ける「証拠」だと捉えるようになり、物語は次第に現実から乖離し暴走していった末に、最終的に崩壊して大恐慌を招いたと説明されている。
2. 本物だった「狂騒の20年代」の経済成長
Kelly氏は、こうした投機的熱狂の背景には、常に「本物の物語」が存在すると指摘した。1920年代の米国では、道路を走る自動車の台数が、10年間で800万台から2300万台へと急増し、1929年には、人口1億2000万人の国で週間9000万枚もの映画チケットが販売されていたという。ラジオについても、1920年時点ではほぼ存在しなかったものが、1929年には人口の35〜40%が自宅に保有するまでに普及した。1921年から1929年にかけての平均経済成長率は、約5%に達し、この10年間はアメリカ社会が自動車・映画・ラジオといった共通の文化的経験を通じて、かつてないほど一体化した時代だったと分析している。
3. 個人投資家の熱狂 ― 「バブルは自己成就的予言に」
株式市場への個人投資家(リテール投資家)の参入が本格化した背景について、Kelly氏は、好景気に加え、1927〜1928年に株価が、ほぼ50%上昇するという「絶好調」の年があり、1929年に入っても最初の8か月は力強い上昇が続いていたと説明した。ラジオなどのメディアを通じて、自分と変わらないはずの人々が株式市場で大金を稼いでいるという話が広まり、株式投資は非常に「流行」になったという。
同氏は、当時も現在と同様に富の集中が著しい「金メッキ時代」だったと指摘し、一般市民が生活費に追われる一方、最も裕福な層が潤沢な資金を株式市場に投じ、株価上昇がさらなる熱狂を生む構図があったと説明した。慎重派や懐疑派は、株価が上昇し続けるほど「賢くない人たち」と見なされるようになり、これは一種の「自己成就的予言」だったとKornegiebel氏は振り返っている。
4. フロリダ土地バブルとの類似 ― 「資産の用益」を忘れた投機
Kelly氏は、1929年の暴落に先立ち、フロリダの土地バブルという別の投機的事例があったことにも言及した。John Kenneth Galbraith氏の著書『大暴落1929』を引用し、同書が用いる「資産の用益(usufruct)」という古めかしい表現(資産そのものの価格ではなく、その資産が生み出す利用価値や収益を指す概念)を紹介した。フロリダの土地バブルでは、人々が土地そのものの用益を忘れ、いくらで転売できるかだけに関心を向けていたとされ、株式市場でも同様に、配当という「用益」への関心が薄れ、株価そのものの売買が目的化していったと説明している。
5. 政治家・経済人による「物語の補強」
Kelly氏は、このバブルが信じられやすかった理由の一つとして、当時の公職者たちがこの熱狂に警鐘を鳴らすどころか、むしろ物語を補強していた点を挙げた。ワシントンの政治階級は、Coolidge政権、続くHoover政権のもとで、株価上昇を経済の好調さの証拠として歓迎し、自らの友人や自身も豊かになっていく中で、あえてパーティーを終わらせようとする動機がなかったという。同氏は、たとえ問題や過熱の兆候に気づいていたとしても、その事実を告げてパーティーを台無しにする人物に感謝する者は誰もいないと述べている。
6. 規制の空白 ― 「10%証拠金」とレバレッジの実態
Kelly氏は、当時の当局が介入する意思を欠いていただけでなく、実際に介入するための制度的な手段自体が乏しかったと説明した。当時は10%の証拠金(マージン)で借入が可能であり、100ドルの元手で1000ドル相当の株式を購入できたという。これにより株価上昇局面では短期間で巨額の利益を得られる一方、下落局面では、証拠金維持のための追加請求(マージンコール)が急速に発生し、投資家をほとんど保護しない仕組みになっていた。
同氏は、さらに、当時のFRB(連邦準備制度)が証拠金水準を設定する権限を持たず、空売り規制もほとんど存在しなかった点を指摘した。空売りは、当時「非常に立派な職業」と見なされており、市場操作を目的とした「プール(投資家集団による共同操作)」やインサイダー取引も横行していたという。こうした行為の多くは、後に1934年の証券取引法によって違法とされることになるが、当時これらを規制する法律はほとんど存在しなかった。
7. 「投資信託」というレバレッジ装置 ― Goldman Sachs Trading Corporationの事例
Kelly氏は、当時のバブルを増幅させたもう一つの金融的仕掛けとして、「投資信託(インベストメント・トラスト)」を挙げた。現在の穏当に運用されるミューチュアルファンドの前身にあたるこの仕組みは、当時は純粋なレバレッジの手段として使われていたという。具体的には、投資家から5000万ドルを集めた上で、社債や優先株を通じてさらに1億ドルを借り入れ、合計1億5000万ドルを株式市場に投じるという構造で、投資家は上昇局面で3倍の利益を得られる一方、下落局面では3倍の損失を被る仕組みだった。
同氏は特に悪名高い事例として、Goldman Sachs Trading Corporationが自ら投資信託を組成しただけでなく、別の投資信託にも投資することで、最終的に約10倍のレバレッジを実現していた例を挙げた。同氏は、こうした仕組みは上昇局面では見事に機能する一方、下落局面では非常に大きな痛みを伴うものだったと振り返っている。
8. 株価89%下落、底打ちまで3年
Kelly氏は、当時から振り返ってみても、株式市場が暴落した時点では、それがこれほど深刻な事態になるとは誰も予想していなかったと説明した。市場が底を打つまでには実質的に3年を要し、最終的に株価は89%下落したという。1ドルの投資が11セントにまで目減りする計算になり、多くの銘柄はそのまま姿を消してしまったとされる。この暴落は大恐慌を引き起こし、失業率は25%まで上昇、大規模なデフレも発生した。同氏は、当時のPER(株価収益率)は今日の水準ほど高くはなかった点も付け加えている。
9. 暴落から大恐慌へ ― 4つの負の連鎖
Kelly氏は、株価暴落が経済全体の悪化へとつながった要因として、複数の負の連鎖を挙げた。第一に、証拠金取引や投資信託によって市場に資金が過剰に流れ込んでいたため、市場は安定と下落を繰り返し、「今こそ底値だ」と考えた投資家たちが1932年7月まで繰り返し損失を被り続けたという「押し目買いの罠」があったとされる。
第二に、当時も所得格差が大きかったため、富裕層の支出や大企業の投資が経済に占める比重が大きく、彼らが損失を被ったことが消費全体への打撃につながったという。第三に、銀行システムの問題が挙げられた。1920年代を通じて銀行の閉鎖が相次いでいたが、大恐慌でこれが加速し、預金保護の仕組みがなかったため取り付け騒ぎが発生、これがさらなるデフレを招いたとされる。物価が年10%規模で下落する状況下では、お金をマットレスの下に隠しておくだけで実質的な価値が増えるため、投資や消費への意欲が失われる悪循環が生じたという。
第四に、1930年のスムート・ホーリー関税法が国内製造業を保護する目的で導入されたものの、結果的に米国の輸出を破壊し、不況を世界中に伝播させる一因になったとされる。加えて、当時の経済学の通念として「まず予算を均衡させるべきだ」という考え方が主流であり、需要不足の局面にもかかわらず増税や歳出削減が図られたことも、事態を悪化させたと指摘されている。実際、1932年の選挙戦でルーズベルト氏自身も予算均衡を訴えていたが、後に公共事業への支出という方向へ転換したという。
10. 大恐慌を終わらせたのは「第二次世界大戦の動員」
Kelly氏は、大恐慌からの回復が緩やかで、1939年時点でも失業率は17%に達していたと説明した。失業率は緩やかに改善した後、1937年に再び大きな景気後退に見舞われ、最終的にこの経済的停滞を終わらせたのは、第二次世界大戦への動員による大規模な財政支出だったという。この動員により、1941年頃には失業率が2%まで低下し、大恐慌は終結したとされる。同氏は、結局のところ需要を大幅に増やすことが唯一の解決策だったが、当時はそれが明確ではなかったと振り返っている。
11. 現代との比較 ― 「投機を完全になくすことは難しい」
大恐慌が招いた規制改革を踏まえ、現在ではどう変化し、次の1929年型暴落を防げるだけの備えができているかという問いに対し、Kelly氏は、Edwin Lefèvre著『欺瞞の書(Reminiscences of a Stock Operator)』(伝説的な空売り投資家ジェシー・リバモアの思想を描いた作品)を引用し、大きな過ちほど痛みを伴い、そこから深く学べるが、「過ちの一族」は非常に大きく、次から次へと似た形の過ちが待ち構えていると説明した。
同氏は、FDIC(連邦預金保険公社)による預金保護制度や、より積極的な金融・財政当局の存在により、当時と同じ形の銀行危機は起きにくくなっているとしつつ、現在の株式市場にも「その企業が何をしているのか」「妥当な評価額がいくらなのか」を理解しないまま、他の誰かが儲けているからという理由だけで資金を投じる投機は依然として数多く存在すると指摘した。同氏は、こうした投機は株式市場に限らず他の資産クラスでも見られるとし、投機そのものを完全になくすことも、証拠金取引やレバレッジを排除することも非常に難しいと述べている。
12. 投資家への教訓 ― 「分散」と「レバレッジへの警戒」
Kelly氏が投資家への教訓として強調したのは、バリュエーション(評価額)が妥当かどうかを見極めること、レバレッジと分散投資について考えることの重要性だ。同氏は、1929年当時、株式に全額を投じていた投資家と、国債や社債も含めて分散投資していた投資家との間には大きな違いがあったと説明した。当時の国債は3%程度の利息を払い続けており、分散されたポートフォリオを持っていた投資家は、痛手を受けつつも致命的な打撃は免れられただろうとしている。
同氏はまた、株価の急騰が1年程度で終わるバブルであれば「そろそろ弾けるはずだ」と警戒しやすいが、今回のように3〜4〜5年にもわたって続く場合、それが本当に「幻想」だったのかを疑うことが非常に難しくなると指摘した。同氏は、知人の言葉として「悲観論は売れるが、楽観論はしばしば儲かる」という表現を紹介し、近年多くの人々が実際にそれで利益を得てきたからこそ、市場から手を引くことがますます難しくなっていると述べている。特に、目の前で本物のように感じられる新技術に囲まれている状況では、その傾向がより強まるだろうとし、100年前の人々が感じていた高揚感を、私たちは今、身をもって理解できる立場にあるとの言葉で対談を締めくくった。
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