LLMの次に何が来るのか——ヤン・ルカンが語るAIの次章
「LLMは有用だが、人間レベルの知性への道ではない」——こう言い切るのは、ディープラーニングの礎を築いた人物の一人、ヤン・ルカン(Yann LeCun)だ。チューリング賞を受賞し、長年MetaのチーフAIサイエンティストを務めた同氏は、2025年にMetaを退社し、自身の技術ビジョンを実現するためのスタートアップ「AMI(Advanced Machine Intelligence)Labs」を設立した。
ポッドキャスト「Unsupervised Learning」でのインタビューは、AIの現在地と次の10年を考える上で示唆に富む内容だった。本稿では、投資家・ビジネスマンの視点から、ルカン氏の主張の核心を整理する。
1. LLMへの評価——「有用だが、知性への道ではない」
1-1. LLMができること、できないこと
ルカン氏はLLMを真っ向から否定するわけではない。「LLMは、我々全員が使っている非常に有用なAI製品の基盤だ。それ自体は問題ない」と述べた上で、こう続ける。「ただ、LLMは人間レベルの知性、あるいは動物レベルの知性への道ではない」。
その理由として挙げるのが、「行動の結果を予測する能力」の欠如だ。LLMは、次のトークンを予測することで動作するが、自分が取った行動がどんな結果をもたらすかを「想像して計画する」能力がない。
「知的な行動の本質は、行動の結果を予測し、その予測をもとに最適な行動の系列を探索することだ。LLMはこれができない」とルカン氏は指摘する。
1-2. LLMが得意な領域の正体
ルカン氏が認めるLLMの強みは、「言語そのものが推論の基盤となる領域」に限られる。数学やコードがその典型だ。「LLMは優れたプログラマーだが、ソフトウェアアーキテクトではない。コンピューターサイエンティストでもない」。
言い換えれば、LLMは「既存の知識を組み合わせて問題を解く」能力に長けているが、「概念を生み出す創造的な行為」には本質的な限界がある、というのがルカン氏の見立てだ。
2. 次世代AIの設計図——世界モデルとJEPAアーキテクチャ
2-1. 「世界モデル」とは何か
ルカン氏が推進するのは、「世界モデル(World Model)」という概念だ。これは、AIシステムが「自分の行動がどんな結果をもたらすかを予測する」能力を持つことを意味する。
「エージェント型システムを構築しようとするなら、そのシステムが自分の行動の結果を予測できなければならないことは明白だ。行動の結果を考えずに動く——それは大きなリスクを取ることだ」とルカン氏は語る。
現実の世界は、高次元で連続的、かつノイズが多い。LLMが扱う言語とは異なり、「ピクセルレベルで予測することはできない。私たちの脳は、抽象的な表現のレベルで世界を予測している」というのがルカン氏の出発点だ。
2-2. JEPAアーキテクチャの仕組みと優位性
ルカン氏がMetaのFAIR在籍中から推進してきたのが、JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)と呼ばれる設計思想だ。
従来の生成モデルが「入力をそのまま再現しようとする」のに対し、JEPAは「一方の観測から、もう一方の観測の表現を予測する」という非生成的なアプローチを取る。画像や動画を「ピクセルとして再現する」のではなく、「抽象的な表現空間で予測する」ことで、より効率的な表現学習が可能になるという。
「画像や動画の表現学習において成功してきたアーキテクチャは、ほぼすべて非生成的なものだった。生成モデルは基本的に失敗してきた」とルカン氏は振り返る。ここから、世界モデルもまた非生成的なJEPAベースで構築すべきという確信が生まれた。
2-3. なぜロボティクスでVLA(視覚言語行動モデル)が限界なのか
ロボティクス分野では、LLM技術を応用したVLA(Vision-Language-Action)モデルの開発が進んでいるが、ルカン氏はこのアプローチを「すでに失敗とみなされつつある」と評す。
問題は、データ効率だ。「17歳の人間は20時間で車の運転を覚えられる。なぜ私たちは数百万時間のデータを使ってもレベル5の自動運転を実現できないのか」とルカン氏は問う。模倣学習に依存する現行のロボティクスは、タスクごとに膨大なデータが必要で、汎化性能に限界がある。
世界モデルを持つシステムであれば、「新しいタスクをゼロショットで解く」ことが理論上可能になる——これがルカン氏のビジョンだ。
3. AMI Labsと「ソブリンAI」——新会社の戦略
3-1. AMI Labsの設立と方向性
ルカン氏は、Metaを離れ、AMI Labs(Advanced Machine Intelligence Labs)を設立した。本社はパリに置き、米国オフィスはニューヨークに構えた。シリコンバレーを避けた理由について、「シリコンバレーでは皆が同じ溝を掘っている」という「群れ行動」の問題を挙げた。
AMIが狙うのは、「実世界のAI」だ。ロボティクス、製造業の工程制御、医療(ゲノム・細胞レベルのモデリング)など、言語ではなく物理世界を対象にしたユースケースが主要ターゲットとなる。
「ジェット エンジン、化学プラント、製造ライン、患者、ヒト細胞——これらはどれも、少数の方程式ではモデル化できないほど複雑なシステムだ。ニューラルネットでそのダイナミクスをデータから学習することが必要で、応用範囲は計り知れない」とルカン氏は述べる。
3-2. Tapestryとソブリンai——分散型グローバルAIプラットフォーム
ルカン氏がAMI Labsと並行して推進しているのが、「Tapestry」と呼ぶプロジェクトだ。その発想の起点はシンプルな問いだった。「インド、フランス、ベトナム、モロッコ、韓国、日本——それぞれの国が望んでいるのは、AIの主権だ」。
現在のAIアシスタントは、カリフォルニアか中国のテック企業が構築したものだ。ルカン氏は、そこで扱われる言語・文化・価値観・政治的立場が、世界の多様性を十分に反映できていないことを問題視する。
「あなたの情報ダイエット(情報摂取)がすべてAIアシスタントを介して行われるとしたら、そのアシスタントがどこで誰に作られたものかは重大な問題になる」。
Tapestryが提案するのは、フェデレーテッドラーニング(連合学習)的な仕組みだ。各国・各機関が自国データを外部に共有することなく、パラメータベクトルだけを共有することで、グローバルな知識ベースのオープンモデルを共同で構築できる。「データは手元に残したまま、世界の知識を共有する」という設計思想だ。
4. 「OpenAIはSunマイクロシステムズだ」——オープンソースの歴史が示すもの
4-1. 歴史的アナロジーが示す未来
ルカン氏は、AIの未来を語る際に歴史的なアナロジーを使う。「OpenAI、Anthropicなどは、今日のSunマイクロシステムズやHPUXだ」と述べた。1990年代、Solarisなどの独自OSがサーバー市場を支配していたが、最終的にLinuxがそれらをすべて駆逐した。「現在、インターネットのほぼすべてがLinux上で動いている。AzureでさえLinuxを使っている」。
AIのインフラについても同じことが起きる、というのがルカン氏の見立てだ。クローズドな独自モデルは、オープンモデルが追いつき追い越す——そのタイムラインは、「すでにテキストデータはほぼ使い尽くされており、クローズドモデルは、合成データや有料データに依存せざるを得ない」という現実も後押しするとルカン氏は見ている。
4-2. LLMの「本質的な安全性の問題」
ルカン氏は、LLMのもう一つの根本的な問題として「本質的な安全性の欠如」を挙げる。「LLMを信頼できる安全なシステムにすることはできないと思っている。ハルシネーションを止めることができないし、エージェントとして動くとき、その行動の結果を予測できない」。
一方、JEPAベースの世界モデルを持つシステムは、目標(コスト関数)に基づいて行動を計画し、安全制約を「構造として組み込む」ことができる。「LLMはプロンプト次第でいつでも変な行動をするが、世界モデルベースのシステムはそのような抜け道がない」というのがルカン氏の主張だ。
5. Metaでの10年とFAIRの遺産
5-1. 成功と課題
ルカン氏は、2014年初頭にFacebookに参加し、FAIR(Facebook AI Research)を設立・率いた。最大の成果として彼が挙げるのは、PyTorchの開発とオープンソース化だ。「今日のAI産業は、Googleの一部を除いてほぼすべてPyTorchの上に成り立っている」。
また、オープンなサイエンティフィックな文化を構築したことも誇りとして挙げた。「突破口となる研究のためには、優れた人材を採用し、彼らが何をすべきかを自分で知っているようにして、あとは邪魔をしないことだ」とルカン氏は語る。
5-2. なぜMetaを離れたのか
Llama 1が、FAIRで生まれ、2023年にMetaがGenAIという組織を設立してLLM開発を本格化させると、FAIRはLLMへの集中を求められるようになった。
「GenAIは、短期的な成果へのプレッシャーにさらされ、保守的になった。一方、FAIRはアイデアを持ちながらも誰もそれを拾い上げない状態になっていた」とルカン氏は振り返る。
「研究から製品化への橋渡し段階が最もうまくいかない。Metaは、ここで何度かミスをした」と率直に認めつつ、Llama 2のオープンソース化を自ら推進したことは誇りとして語った。
まとめ——投資家・ビジネスマンへの含意
ルカン氏の主張をまとめると、次のような見通しが浮かび上がる。
LLMは今後もコード生成・文書処理・カスタマーサポートなどの「言語主体の業務」において有力なツールであり続ける。しかし、ロボティクス・製造業・医療・自律エージェントといった「物理世界への適用」においては、LLMとは異なるアーキテクチャが主役になるとルカン氏は見ている。
「5年以内に世界制覇」というのは半ば冗談としても、「2027年初頭までには、パラダイムの転換が必要という認識が業界全体に広まるだろう」とルカン氏は述べた。
投資・事業判断の観点では、「LLM以外のAIアーキテクチャへの注目」と「主権AI・ローカルLLMへの需要拡大」という二つのトレンドは、今後の産業地図を描く上で見落とせない視点となりそうだ。
