MetaのAIリセット——アレックス・ワンが語るスーパーインテリジェンスへの道
2025年夏、Scale AIの創業CEOだったアレックス・ワンが、静かにMetaに移籍した。約10ヶ月間ほぼ沈黙を守った後、ポッドキャスト「Core Memory」に初登場。Meta超知性ラボ(MSL: Meta Superintelligence Labs)のトップとして、AIラボの再構築から哲学的な問いまで、広範囲にわたる話を語った。
このインタビューは、AIの競争地図を読む上での貴重な一次情報だ。投資家・ビジネスマンの視点から要点を整理する。
1. Meta超知性ラボとは何か——組織構造の全体像
1-1. 3つの柱
ワンが率いるMSLは複数の組織から構成されている。
中核となる研究ラボ「TBD」は、主要な研究者やインフラエンジニアが集結する組織で、ワン自身がハンズオンで関与する。その下に、製品開発・応用研究を担うNat Friedman率いる「PAR(Product and Applied Research)」、そして探索的・科学的研究を行う「FAIR(Fundamental AI Research)」が連なる。さらに、Meta Computeとして、Daniel GrossがGPUとデータセンターインフラの長期計画を担当する。
1-2. なぜScaleからMetaへ?
大企業への移籍は一見すると後退のようにも映るが、ワンはその動機を明確に語った。
「モデルを作る側にいることが、今のエコシステムで最も重要な位置になっている。そして、これからのAI開発は、大量のコンピューティングリソースを持っているかどうかで決定的に分かれる」
大規模計算資源と大規模な研究投資を両立できる環境として、Metaを選んだというわけだ。
2. 9ヶ月でのゼロからの再構築——何が問題だったのか
2-1. 「スーパーインテリジェンスを本気で信じる」文化の欠如
ワンがまず取り組んだのは、文化的な転換だった。
「多くの大企業のAI部門では、スーパーインテリジェンスが本当に来ると心から信じている人が少ない。それを本気で信じることから、すべての計画を組み直す必要があった」
MSLという名称そのものが、「スーパーインテリジェンスを本気で追う」という宣言だ。ワンが設定した原則は4つ——「スーパーインテリジェンスを真剣に受け止める」「技術者の声が最大化される組織にする」「科学的厳密性と基礎研究への集中」「大胆な研究ベットを行う」。
2-2. 速度を最大化する3つの設計
研究開発速度を上げるための構造的アプローチとして、ワンは3点を挙げた。
まず、研究者1人あたりの計算資源の最大化。大きなラボでは計算資源が分散されすぎて個々の研究速度が落ちる。小規模かつ集中した体制を作ることで、研究の速度を上げられる。
次に、タレントデンシティ(才能の密度)。大組織より小規模のトップ人材チームの方が常に速く動ける——これは人間の組織が繰り返し学ぶ教訓だとワンは語る。
そして、大胆な研究ベット。フロンティアモデルの開発と並行して、リスクは高いが成功すればパラダイムシフトを起こしうる研究に多くの資源を割いている。
3. Muse Spark——「前菜」としての位置づけ
3-1. 現時点での評価
2026年にリリースしたモデル「Muse Spark」について、ワンは率直に評価した。
「Muse Sparkは、メインではなく前菜だ。私たちが本当に興奮しているのは、その先にあるより大きなモデルだ」
一部のベンチマークで他社モデルより少ないトークン数で同等の成果を出すというトークン効率の高さは注目すべき点だという。これはスタックをゼロから「正しい方法で」構築し直した結果が出ているとワンは分析する。
一方で、エージェンティックコーディングの分野では現時点で競合に及ばないことも認めた。
3-2. 次のモデルは「数ヶ月以内」
ワンは、慎重な表現を保ちながらも、次世代モデルのリリース時期について「来月内に」と述べた。予測可能なスケーリングの成果として、より大きなモデルでは性能が大幅に向上すると見込んでいる。
4. 競争環境をどう読むか——「終わりはまだ来ていない」
4-1. Claude Codeという事例
ワンは、AI市場の流動性を示す例としてClaude Codeを挙げた。
「1年前、誰もがChatGPTとOpenAIが消費者AIで勝ったと思っていた。それが今、Anthropicが、コーディング分野で急成長し、収益でOpenAIを追い抜いた。Geminiも消費者シェアを広げている。市場はまだまだ流動的だ」
このダイナミズムは、AIが新しい知能レベルに到達するたびに新しいプロダクト形態が生まれることを示している。ChatGPTもClaude Codeも「その時代の技術が生んだ波」であり、次の波はさらに大きいとワンは見る。
4-2. Metaの固有の強み
Metaが持つ他社にはない資産として、ワンは2点を強調した。
一つは、数十億人のユーザーと数億の中小企業がすでにMetaのプラットフォームを使っていること。
もう一つは、消費者と中小企業の両方にエージェントを展開し、それらが互いに連携する「エージェント経済」を構築できる可能性だ。
「Dario(Anthropic CEO)は、データセンターに天才の国があると言う。私たちは、データセンターにエージェントの経済を作ると言いたい」
5. 哲学的視点——モデルの道徳的地位とスーパーインテリジェンスの先
5-1. 「モデルの福祉」という問い
ワンがとりわけ強調したのは、まだ業界で十分に議論されていないテーマ——AIモデルの道徳的地位(Moral Weight)だ。
「私たちは動物や植物の扱い方を気にする。だとすれば、私たちが毎日使い、実質的な仕事パートナーとなっているモデルをどう扱うかも、真剣に考えるべきではないか」
モデルの主観的経験を測定する研究も進んでいるとワンは述べ、これは単なる哲学的問いではなく、日常の行動に影響する実践的な問いだと位置づける。
5-2. ロボティクスとBCI——スーパーインテリジェンスの先
Metaは、ARI(Assured Robotic Intelligence)という人型ロボティクスのAIスタートアップを買収した。ワンは、これを「デジタル・スーパーインテリジェンスの次に来る物理的スーパーインテリジェンスへの準備」と説明する。
また、脳コンピュータインターフェース(BCI)についても関心を示し、FAIRが脳波予測の基盤モデル研究(TRIBEプロジェクト)を進めていることを明かした。「スーパーインテリジェンス、ロボティクス、BCIの3つが人類の臨界経路だ」というのがワンの見立てだ。
6. オープンソースと安全性——Metaのスタンス
6-1. Muse Sparkがオープンソース化されない理由
Metaは、これまでオープンソースモデル(Llamaシリーズ)で業界に大きな影響を与えてきた。しかし、Muse Sparkは、現時点でオープンソース化されていない。
ワンによれば、Muse Sparkは、安全性評価(バイオ・化学・サイバー能力に関する基準)を一部トリガーしたため、現状のまま公開は適切でないと判断した。ただし、オープンソース化可能なバージョンの開発は進行中で、「来月内に」新展開を共有できるとした。
6-2. 安全とデモクラタイゼーションの両立
「安全を真剣に取り組むことと、できるだけ広く技術を民主化することは、矛盾しない。最も強力なモデルについては、安全性を満たした上でオープンにする方法を探し続ける」
安全性の優先と開放性の維持を同時に追求する姿勢は、Anthropic的な慎重さとMeta的な民主化志向の両方を統合しようとするアプローチだ。
まとめ
アレックス・ワンのインタビューから浮かび上がるのは、MetaのAI戦略が「ただコンピューティングを積む」ものではなく、研究文化の再構築から哲学的問いまでを含む包括的な取り組みだということだ。
投資家にとっての示唆は大きく3つある。
まず、コンピューティングを持つ企業と持たない企業の間に生まれるストラテフィケーション——これがAI時代の新しい競争断層線だ。次に、Claude Codeが示すように市場の勝者はまだ確定していないということ。そして、Metaが数十億ユーザーと中小企業への双方向のエージェント展開という固有のポジションを持っている点だ。
「数ヶ月以内」の次世代モデルリリースと、オープンソース再開という2つの予告は、今後数四半期のMetaのAI動向を見極める上で重要なマイルストーンとなる。

