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北アジア株はなぜ強いのか——ゴールドマン・サックスが語る半導体・地政学・日中韓の現在地

2026年5月、ゴールドマン・サックスのアジア太平洋地域チーフエクイティストラテジストであるTim Moe氏が、同社のポッドキャスト「Exchanges」でアジア株の現状を語った。トランプ・習近平会談の評価から半導体スーパーサイクルの展望、日本・韓国・台湾・中国それぞれの投資判断まで、実務的な視点が詰まった内容だ。以下、その主要論点を整理する。


1. トランプ・習会談——「害がなかった」という評価の意味


1-1. 首脳会談の位置づけ

Moe氏は、トランプ・習近平会談について、「害がなかった(no harm was done)」と評価した。これは一見低い評価基準に聞こえるが、米中首脳会談には6段階の分類があり、今回は中間的な位置づけだったという。

「地政学的な緊張が続くなかで、両国が関係の安定を求めていたことは明らかだ。市場の期待値が低かった分、この結果は歓迎された」と同氏は述べた。大きな前進はなかったものの、摩擦が拡大しなかったことが市場にとってはプラスの材料となった。

2. 中国株——「複数の中国」という見方


2-1. オンショアとオフショアの大きな差

中国株を語る際に重要なのは、オンショア(A株)とオフショア(H株)の区別だ。2026年の年初来パフォーマンスを見ると、A株は約+10%であるのに対し、MSCIチャイナ指数(オフショアの代表指標)は約-2%と対照的な動きを示している。

Moe氏によれば、A株が相対的に強い主な理由は二つだ。一つは規制当局による株式市場の構造的・戦略的な育成方針が明確であること。もう一つは、3年以上続いたPPI(生産者物価指数)のデフレからの脱却だ。直近のPPIは、+2.8%と市場予想を上回り、2か月連続でプラス圏に入った。A株は製造業上流セクターの比率が高く、生産者価格の上昇が収益の追い風になりやすい構造を持つ。

2-2. オフショア株の内部構造

一方、MSCIチャイナ指数の約37%を占めるのはテンセント・アリババなどのインターネット・ソフトウェア企業だ。これらの重量株の業績低迷が指数全体の足を引っ張っている。しかし、指数の表面下ではスモールキャップの半導体・バイオテク・低軌道衛星・ロボティクスなどが強い上昇を見せているという。

「KStar指数(オンショアの小型高成長テック株)や、そのオフショア相当の指数は年初来で約20%の上昇だ。中国という一国の中に、複数の異なる市場が存在している」とMoe氏は説明した。

2-3. 投資家センチメントの現在地

中国株に対するグローバル投資家のセンチメントは、「40パーセンタイル前後」とMoe氏は評価する。数年前の「投資不可能」という極端な悲観論からは抜け出したものの、韓国・台湾・日本への配分(ほぼ100パーセンタイル)と比べると依然として慎重な水準だ。

欧米の投資家からは「バリュエーションは魅力的に見えるが、なぜもっと上がらないのか」という声が多く聞かれると同氏は述べており、センチメントの改善と実際のパフォーマンスの間にまだギャップがある状態といえる。

3. 北アジア強さの構造——エネルギーとAIという2軸


3-1. 地政学リスクへの耐性差

中東の地政学的緊張(エネルギー供給リスク)とAIブームという2つの軸が、アジア各市場のパフォーマンスを説明する構図だとMoe氏は指摘する。

北アジア(韓国・台湾・日本・中国)は、エネルギー輸入国でありながらも、備蓄量の多さと財政的な余裕から、エネルギー価格上昇のダイレクトショックを相対的に吸収しやすい。一方、南アジア(フィリピンなど)は緩衝能力が低く、GDPへの下方修正幅も大きい。ゴールドマンはフィリピンのGDP予測を1.5%引き下げた一方、中国はわずか0.1%の修正にとどめている。

3-2. AIトレードの地域集中

北アジアがAIブームの恩恵を最も受けている地域であることも、この構図を強化している。台湾市場の約80%、韓国市場の50〜60%、日本市場の約30%がAI関連株で構成されているという。

この結果、韓国は年初来で80%超の上昇を記録する一方、AIへの露出がなくエネルギー脆弱性が高いインドネシアは-25%と、同じアジア内で約100%ポイントの格差が生じている。

4. 半導体——スーパーサイクルはどこまで続くか


4-1. 2030年までにトークン需要24倍という試算

半導体・メモリ株が大きく上昇している背景に、GSは、「ユニークなスーパーサイクル」が継続中という見方を持つ。その根拠として挙げられるのが、エージェントAI経済の拡大に伴うトークン需要の爆発的な増加だ。

GS米国半導体アナリストチームの試算によれば、2030年までにトークン使用量は現在の約24倍に拡大する見込みだという。推論型AIからエージェント型AIへの移行が需要の「ステップ関数的な増加」をもたらし、供給はそれに追いつけない状況が続くとMoe氏は説明する。供給不足が続く限り、価格決定力が維持され、高い営業レバレッジを持つメモリ産業の収益性が保たれるという論理だ。

4-2. 短期と長期の見方の分離

一方で短期的には注意が必要だとMoe氏は述べる。韓国の主要メモリ株(サムスン・ハイニックス)は年初来で200%以上の上昇を経験し、RSI(相対力指数)は一時85に達するなど過熱感が強い状態にあった。

「株価は直線的には上がらない。ボラティリティは年率約60%。修正は十分に起こりうる」と同氏は率直に述べた。短期的な下落リスクに対してはデリバティブによるヘッジを活用しながら、長期的なポジションを維持するという戦略を示している。

なお、韓国のサムスン・ハイニックスは今年の予想PERで5〜6倍、来年で約4倍という水準にある。市場は収益の持続性について懐疑的だが、GSは「3〜5年にわたってこの収益水準が続く」という見方から、依然として戦略的な上昇余地があるとしている。

5. 日本株——4つの投資テーマ


5-1. 政治の安定・収益成長・テーマ・コーポレートガバナンス

Moe氏は、GSが日本株についてもオーバーウェイトを維持していると述べ、その根拠として4つの柱を挙げた。

第一は、政治の安定だ。2月の竹内首相の圧勝による強固な政権基盤が、エクイティリスクプレミアムの低下を通じて株式バリュエーションを下支えするとみる。

第二は、収益成長で、約10%の増益が見込まれる。円が150円台後半で推移しているため、為替の円安による換算益が上乗せになる可能性もある。

第三は、テーマの多様性だ。AI・ロボティクス・物理AI・造船・電力設備・防衛関連・K-cultureに準じた日本的なソフトパワーなど、多岐にわたるテーマが存在する。GSはこれらを「米国の再工業化」という5〜10年の長期テーマと結びつけて評価している。

第四は、コーポレートガバナンスの改善だ。ROEの向上・配当性向の引き上げ・自社株買いの活用は、かつてのデフレ経済下での日本企業には希薄だった発想だが、着実に浸透しつつあるという。

5-2. 日経平均とTOPIXの差

日経平均は年初来で約20%上昇しているが、TOPIXは約8%にとどまっており、両者の比率(NT倍率)は過去最高水準に達している。これは市場がAI関連のハイテク株に集中していることを反映しており、日本もまたAIトレードの波を強く受けていることを示している。

まとめ


Moe氏のインタビューが示す北アジアの投資環境は、「エネルギーショックからの相対的な絶縁」と「AIトレードの中心地」という2軸で説明できる。短期的な過熱感には注意が必要だが、半導体スーパーサイクルの継続と各国の構造的な改善を踏まえれば、長期的な投資判断においてはまだ上昇余地があるというのがGSの基本シナリオだ。

ただし、エネルギー供給の長期化リスクや市場の集中リスクは実在する。技術の変化は極めて速く、「謙虚さと柔軟性を持って毎日情報をアップデートする」姿勢が不可欠だというMoe氏の言葉は、投資家として普遍的な教訓でもある。

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