見出し画像

AIで勝っている米国が、実は中国に負けつつある——その理由はチップではなく「電力」だった

米中のAI競争といえば、半導体の輸出規制や大規模言語モデルの開発競争が話題の中心になりがちだ。しかし、この競争にはもう一つの重要な次元がある——それが「エネルギー」だ。

元ゴールドマン・サックスCEOにして元米財務長官のハンク・ポールソン、元駐中国大使のニック・バーンズ、中国政策専門家のエリザベス・エコノミーといった識者たちが口をそろえて指摘するのは、米国がAIインフラの根幹となる電力供給で、中国に対して構造的な遅れをとりつつあるという現実だ。

本稿では、彼らの発言をもとに、米中のエネルギー戦略の現状と、それがAI競争にどう影響するかを整理する。


1. 米国が抱えるエネルギーの構造問題


1-1. 電力不足という「最大のリスク」

ポールソン元財務長官は、こう述べる。「米国のエネルギー独立性は、中国に対する大きなアドバンテージだ。しかし、現実には、この国には電力が不足している。需要が供給をはるかに上回り、その差は拡大している

AIモデルの学習・推論を担うデータセンターの電力消費は急増しており、2035年までにデータセンター単独の消費量が現在の3倍になると予測されている。にもかかわらず、米国の電力網は既に逼迫した状態にある。

1-2. 電気料金の上昇と住民の反発

電力不足は価格にも表れている。電気料金が上昇する中、一般家庭や企業の間では「これ以上の負担増は困る」という声が高まっている。需要は増えるが、供給を増やすことへの社会的抵抗もある——この矛盾が、米国のAIインフラ整備の足かせになりつつある。

1-3. 再生可能エネルギーの矛盾

直近数年間、米国で新たに追加された電力のほぼすべては、太陽光と風力によるものだ。しかし、ポールソンが指摘するように、「同時に、現政権はその拡大を抑制している」という矛盾がある。

トランプ政権は、バイデン政権のインフレ削減法(IRA)のうち約95%を事実上撤廃。再生可能エネルギーへの補助金・税制優遇の大部分が削減された。エコノミーは、この動きを「欧州や中国が再生エネに舵を切る中、米国は明らかに逆方向に進んでいる」と評する。

2. 中国のエネルギー戦略——30年越しの布石


2-1. 5年間で米国の歴史を超えた

数字で見ると、中国のエネルギー投資の規模は際立っている。2021年以降のわずか5年間で、中国は、すべてのエネルギー技術を合わせた発電容量において、米国が建国以来の歴史全体で積み上げた容量を超えた。さらに、今後5年間で3.4テラワット以上の発電容量を追加する計画であり、これは米国の計画の約6倍にあたる。

2-2. 再生エネはAIより前から国策だった

中国の再生可能エネルギーへの傾注は、AIブームよりはるかに前から始まっていた。エコノミーによれば「習近平がある日突然、再生エネが重要だと気づいたわけではない。中国は、1980年代後半から90年代初頭にかけて、西側企業を風力・太陽光分野に招き入れながら技術移転を進めてきた」。5カ年計画ごとに再生可能エネルギーは国策として位置づけられてきた。

2-3. 欧米・米国を合わせた再生エネ容量を超える規模

ポールソンが挙げる具体的な数字は示唆深い。「中国の再生可能エネルギー容量は、欧州・英国・米国を合わせた規模を超えている。エネルギーの半分を再生可能エネルギーで賄う見通しであり、電力は十分にある」。翻って米国では電力不足が深刻化している——という対比が鮮明だ。

2-4. 「グリーン」は環境だけでなく経済戦略

元駐中国大使のバーンズは、「中国全土26省を鉄道で旅し、送電網の整備規模の大きさに圧倒された」と振り返る。エコノミーはその経済的意図をこう分析する。「2035年には、クリーンエネルギー市場が世界全体で7兆ドル規模になると見込まれており、中国はその市場を制覇しようとしている」。

実際に成果は出ている。中国の再生エネ関連輸出は急増しており、2025年にはEV輸出が前年比80%増、バッテリー輸出が40%増、太陽光パネルが20%増を記録した。再生エネは環境政策であると同時に、産業政策・外交政策でもある。

3. 米国は「取り戻せる」のか


3-1. IRAの可能性と現実

バイデン政権のインフレ削減法(IRA)は、補助金と税制優遇の組み合わせにより大規模な外国投資を呼び込み、「クリーンエネルギーセクターを再起動する可能性を持っていた」とエコノミーは評価する。しかし、現政権はその路線を継承しておらず、再生エネ政策の継続性に対する不確実性が高まっている。

3-2. 政府介入なしに市場は動けるか

「市場の力だけで補助金の代わりになるか」という問いに対し、エコノミーは「新技術には必ず越えなければならないハードル(コスト・量産・普及)があり、そこで政府のサポートが重要な役割を果たす」と指摘する。

興味深いのは、トランプ政権もレアアース分野では同様の発想に転換しつつある点だ。「中国と競争するためには、中国のプレイブックの一部を採用しなければならない。つまり、投資と安定した市場の確保が必要だ」というエコノミーの指摘は、再生エネ政策にも当てはまりうる。

3-3. 中国との「協調」という選択肢

競争一辺倒ではない視点も示された。ポールソンは、「信頼の赤字(トラスト・デフィシット)を縮小したい。競争しながら協力する方法を見つけなければ、世界はより危険で豊かさを失う」と述べ、AIの安全基準におけるルール形成を中国と共同で進める必要性にも言及した。

バーンズも「トランプ大統領が習近平と会談する際、それが一連のサミットの最初になることを望んでいる」と述べており、対立構造の固定化を避ける現実的なアプローチの重要性を示唆している。

まとめ:AIの覇権争いは「電力」で決まる可能性がある


チップや規制の話題が先行しがちな米中AI競争だが、その競争を支えるインフラ——すなわち電力——の面では、現時点で中国が着実にリードを広げている。

2035年までにデータセンターの電力需要が3倍になると予測される中、電力供給の不足は米国のAI戦略における「最大の足かせ」になりうる。中国が30年以上かけて積み上げたエネルギーインフラの優位性は、短期間で逆転できるものではない。

オススメ記事


Next Big Wave——成長株・アイデアの種・トレンド深掘り



いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー