AIラリーは行き過ぎか——ゴールドマン・サックスのマクロ専門家が語る相場の現在地
株式市場は、AIを中心とした上昇基調が続き、Q1の企業業績は市場予想を大きく上回った。だが、「行き過ぎ」と「正当化されている」の間にある微妙な違いはどこにあるのか。
本稿は、ゴールドマン・サックスのマクロストラテジスト、ドミニク・ウィルソン氏と新たに昇進したジョシュ・シフリン氏のポッドキャスト対談をもとに、現在の相場環境をビジネスマン・投資家の視点から整理する。
1. 相場は「行き過ぎ」か——専門家の見立て
1-1. 「ダウンサイドテールへの過小評価」
相場が行き過ぎかという問いに対して、ウィルソン氏の答えは一言で言えば「行き過ぎではないが、下方リスクを軽視している」だ。
「ダウンサイドテールに対して、われわれはウェイトを置きすぎていない。それは『行き過ぎ』とは少し異なる」と彼は述べた。
重要な前提条件として挙げたのが、中東情勢(イラン問題)の解決だ。この問題が軌道に乗れば、AI関連の強力なテーマとCapEx(設備投資)ブームが継続し、相場の支えになるという見立てだ。逆に、これが解決しなければダウンサイドリスクが顕在化する。
1-2. Q1業績は「驚異的」——AI需要が実績で裏付け
シフリン氏はQ1の決算シーズンを振り返り、「すべての点で素晴らしい内容だった」と評した。
プライベートエクイティのマークを含めると、前年比で高い20%台の利益成長率を記録。これを実質GDP成長率2%という環境の中で達成しているという点を、彼は「ある種の驚異的なこと」と表現した。
「AIはロケットシップのようだった。しかし、われわれが目にした大部分は、業績と利益のストーリーによって正当化されている」とシフリン氏は述べた。
なお、NVIDIAの決算(5月20日予定)がこの「最終章」を締めくくるとも語った。
2. 投機的熱狂の兆候——どこに出ているか
2-1. レバレッジETFに1,000億ドル超が流入
相場全体が「正当化されている」としながらも、シフリン氏は特定のセクターでの過熱感を指摘した。
「米国半導体関連のレバレッジETFの資産残高が1,000億ドルを超えた。これは非常に短期間で起きたことだ」と語り、プロの投資家層と個人投資家層の両方でリスクテイクの強度が上がっていると分析した。
また、単日や単一銘柄でコールオプション出来高が異常値を示すケースも散見されているという。
2-2. テクノロジーとGDPの関係
ウィルソン氏が、「マクロ的に印象的な2つの事実」として挙げたのが以下の点だ。
テック投資のGDP比が、1990年代の高水準を超えた
利益のGDP比も、記録上最高水準に達している
「多くの支出が行われているが、その背後にまだ強固な収益がある」という状況——これが現在の相場の特徴だと整理した。
3. Fedの次の一手——利上げの条件とは
3-1. 現状は「静止」モード
ケビン・ウォーシュ氏のFed議長就任が確定した文脈で、両者はFedの次の動きを分析した。
現状の認識は一致している。「利上げへの意欲も、利下げへの意欲も乏しく、静止状態にある」というのが共通見解だ。
ウィルソン氏はウォーシュ新議長の最初の動きとして、フォワードガイダンスの廃止(あるいは大幅縮小)を挙げた。「声明の解釈ゲームから離れていくことが、最初の変化として現れるかもしれない」という見方だ。
3-2. 利上げに必要な「2つの条件」
シフリン氏は、利上げの閾値について、「ハウスビューは10%程度の確率。私個人はそれより少し高いと見ている」と述べた上で、現実的な利上げには2つの条件が同時に揃う必要があると語った。
条件①:失業率が継続的に低下し、雇用が80〜100万人/月ペースを上回ること 条件②:インフレの連続的な上昇が数カ月にわたって続くこと
「インフレだけでは十分ではない。労働市場のサプライズも同時に必要だ」と強調した。
3-3. 2026年の基本シナリオ
2026年中の利上げ・利下げいずれについても、両者は同様に懐疑的だ。基本線は「据え置き」であり、利下げが実現するとしても年末(12月)が最も可能性の高いタイミングとしている。シフリン氏は「利下げは年末に向けてより現実的になる」と述べた。
4. ドル・通貨・コモディティ——水面下で動くもの
4-1. ドル「脱ドル化」論は下火に
以前話題になった脱ドル化(de-dollarization)論について、ウィルソン氏は「実際に起きている証拠はない」と語った。Q1の米国企業業績の強さが、「米国から資本を引き揚げよう」という議論を後退させたと分析する。
一方で、ドル自体は「今年はやや退屈な材料」と評し、年初から横ばいが続いていると指摘。表面の穏やかさの裏では、いくつかの動きが進行中だという。
一部の新興国通貨(資源輸出国)の回復
ユーロからのキャリートレードが有効に機能
人民元(CNH)が緩やかながら持続的に上昇中
ウィルソン氏は、「チャートが美しい。このトレンドは続く」として中国元に注目していると述べた。
4-2. コモディティ——銅の復活とエネルギーの不確実性
コモディティでは銅の復活が話題となった。「銅の需要と供給不足のストーリーがエネルギーから銅へと広がるのが早かった」とウィルソン氏は語った。一方で金の上昇は一服しているという。
最大の変数は、エネルギーだ。ホルムズ海峡の問題はいまだ未解決であり、石油フローの回復もまだ実現していない。株式市場は「解決が数カ月以内に来る」という見方で先を見越しているが、ウィルソン氏は「解決するまでエネルギーリスクを警戒すべき」と述べた。
5. ヘッジ戦略——「今、何が安くなっているか」
5-1. 「持っているものをヘッジせよ」
ヘッジが不足している領域について問われたウィルソン氏は、「持っているものをヘッジすること」が第一原則だと述べた。エネルギーのダウンサイドリスクは最も重要だが、石油の上値を買うよりも、リスク資産のダウンサイドを買う方が理にかなっているという。
その理由は、「解決すれば石油は大幅に下落する可能性もある」という非対称性だ。
5-2. 市場が見過ごしているもの
ウィルソン氏が最も示唆深いと感じるのは、「今まさに心配されていることの裏で、何が安くなっているか」という視点だ。
現在市場が注目しているのはインフレ・利上げリスクだ。その影で、かつて1月・2月に盛んに議論されていた「AI普及による生産性向上→ディスインフレ→長期金利低下」という物語は急速に忘れられた。
「その種のヘッジは今、相対的に安くなっている。中期的な視点があれば、今が拾うタイミングかもしれない」というのが彼の見立てだ。
シフリン氏も「クレジット市場は引き締まっており、信用サイクルの不在が久しい」として、信用市場のリスクにも目を向けるよう促した。
まとめ——専門家が示す3つの視点
今回の対話から浮かび上がるのは、以下の3点だ。
第一に、相場の上昇は「行き過ぎ」ではなく「実績に裏付けられている」が、ダウンサイドリスクへの備えが薄い。 特にエネルギー問題の解決が遅れた場合の下方リスクは、現在の市場が折り込んでいる水準よりも大きい可能性がある。
第二に、Fedは2026年を通じて概ね据え置きが基本線だが、利上げには「雇用の改善とインフレの持続」という2条件が同時に必要。 現時点でその確率は低いが、条件が揃えば議論は急速に動く。
第三に、市場が現在注目しているリスクの「裏側」に、割安なヘッジが存在する。 インフレ・利上げへの懸念が広がる中で、ディスインフレ・金利低下・ドル安のシナリオに備えるコストは相対的に低下している。
「上昇トレンドは続く。しかし、保険は今こそ買うべきタイミングかもしれない」——これが専門家2人の、率直なメッセージだ。

