物心ついてからずっとの霧が、晴れ始めた——ADHD薬の経過報告・攻めと守りの話
これまでのこと
30代後半。製造業で働いている。この連載を始めたときは「現場のプレイヤーでもあり、製造を管理する立場でもあり、会社の経営にも関わっている」と自己紹介した。実は今、そのステージが変わりつつある。その話はあとで書く。
ADHDの診断を受けている。
物心ついたときから頭がスッキリした記憶がない。頭の中では常に音楽がループし、日中は倒れそうなほどの眠気と戦い、毎朝5時間で早朝覚醒して不安な考え事がループする。そんな日常が当たり前だった。
この連載では、数年ぶりに薬物治療を再開してからの試行錯誤を書いてきた。ストラテラは最初の数日だけ劇的に効いて、その後は脳の自己調節に打ち消されるように効果が消えた。コンサータを併用しても「静かな頭」は戻らず、残ったのは推進力だけ。それでも「ほんの少し」のために続けると書いたのが前回だった。
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頭の中の音楽が、戻ってきた——ADHD薬の経過報告・2週間目のリアル
ほんの少しがほしい。ADHD薬の経過報告・1ヶ月目のリアル
あれから数ヶ月。処方は大きく変わり、そして予想もしなかった場所から光が差した。今回はその話を書く。
ストラテラをやめた
結論から言うと、ストラテラはやめた。
40mgから80mgに増量して3ヶ月続けたが、効果を実感できる日は来なかった。最初の数日の「静かな頭」は、結局あれきりだった。薬理的には何かが底上げされていたのかもしれない。でも体感できない効果のために、副作用を受け入れ続けるのは割に合わなかった。
医師と相談して、コンサータ一本に絞ることになった。量は27mgから36mgへ。
今はこの36mgが安定して効いている。劇的な感覚はない。頭の中が静かになるわけでもない。でも飲み忘れた日は午後に朦朧として眠気と戦うことになるので、効いていることははっきりわかる。日中の覚醒を支える土台として、コンサータは機能している。
それでも残った問題——ブレインフォグ
コンサータで日中の覚醒は保てるようになった。でも、頭の芯にかかった霧のような感覚は消えなかった。
ブレインフォグ。思考がクリアにならない、常にぼんやりした膜が一枚かかっているような状態。自分の場合、物心ついたときからこれが「普通」だったので、長い間それが問題だとすら思っていなかった。
でもある時期、この霧が日に日に濃くなっていくのを感じて、さすがに異常だと思った。薬は飲んでいる。なのに頭は晴れない。むしろ悪くなっている。
何が原因なのか。自分なりに調べていくうちに、一つの仮説にたどり着いた。
犯人は「深い睡眠の不足」だった
睡眠には大きく分けて「深い睡眠」と「レム睡眠」がある。
深い睡眠は脳の物理的なメンテナンス時間だ。脳内の清掃システムが働いて、日中に溜まった老廃物を洗い流す。体の修復、免疫の回復、記憶の定着もこの時間に行われる。
自分は長年、睡眠トラッカーで自分の睡眠を記録してきた。データを見返すと、深い睡眠が同年代の平均よりも明らかに短い。しかも早朝覚醒で睡眠の後半が削られ続けている。
つまりこういうことだ。毎晩の脳の清掃が、何十年もずっと不完全なまま朝を迎え続けていた。洗い流されなかった老廃物を頭に残したまま、次の一日が始まる。その蓄積が、あの霧の正体だったのではないか。
ADHDだから頭がぼんやりするのだと思っていた。でも本当は、ADHDによる睡眠の乱れが深い睡眠を削り、その睡眠不足がブレインフォグを作っていた。そういう構造だったのかもしれない。
深い睡眠を増やす薬があった
調べていくと、睡眠薬には大きな落とし穴があることを知った。
一般的な睡眠薬の多くは、脳全体を鎮静させて眠らせる仕組みだ。しかしこのタイプは、眠らせることはできても、深い睡眠をむしろ減らしてしまうことがある。「寝たのに寝た気がしない」という現象はこれで説明がつく。
そんな中で、深い睡眠を積極的に増やす作用が報告されている薬があった。トラゾドンという薬だ。もともとは抗うつ薬だが、低用量では睡眠の質を改善する目的で使われている。依存性が低いのも特徴だ。
自分の問題は「眠れない」ではなく「深く眠れない」。それならこの薬が合っているのではないか。医師に相談し、睡眠トラッカーのデータを見せて、処方してもらった。
データが劇的に変わった
飲み始めてから、睡眠トラッカーの数字がはっきり変わった。
深い睡眠の時間は、それまで1日平均1時間20分前後をうろうろしていた。それが服用開始直後から約2時間に跳ね上がり、そのまま3週間以上高止まりしている。約40分の底上げが、一時的ではなく毎晩続いている。
もう一つ、入眠してから深い睡眠に入るまでの時間も変わった。以前は25分から77分とバラバラで、なかなか熟睡状態に入れない夜が多かった。今は20分前後で安定して、寝てすぐに深い睡眠が始まるようになった。
睡眠の「長さ」ではなく「構造」が変わった。夜の前半で効率よく脳の清掃が始まり、しっかり時間を確保できている。


そして、霧が晴れた
正直に言うと、最初は変化に気づいていなかった。
ある日、ふとブレインフォグのことを考えて、気づいた。そういえば最近、霧のことを意識していない。
あれだけ悩んでいたのに、忘れていた。日中の頭が晴れているのが当たり前になっていて、問題があったことすら思い出さなくなっていた。
メガネと同じだ。かけた瞬間は「見える!」と感動するが、1週間後にはかけていることを忘れる。本当に効いているものは、意識から消える。
物心ついてからずっとかかっていた霧が、晴れ始めている。ADHDの薬ではなく、睡眠の薬で。この事実が自分にとっては衝撃だった。
仕事が変わってきた
頭の変化は、仕事の変化として表れている。
一番感じるのは、スピード感だ。以前なら「考えてから動く」まで時間がかかっていたことに、すぐ取りかかれる。新しいことへの着手が早くなった。
そして気づいたことがある。スピードそれ自体に価値があるのではない。スピードがあるからこそ、修正が効く。早く動けば早く間違いに気づける。間違っていたらすぐに方向転換すればいい。動きが遅いと、間違いに気づくのも遅れて、方向転換のコストがどんどん大きくなる。速く動いて、速く間違えて、速く直す。この回転の大切さを、体で実感できるようになった。
この数ヶ月、会社の経営判断に関わる案件を、自分でも驚くほどの量こなしてきた。タスクの記録を見返すと、以前の自分なら抱えきれなかった量が流れている。
会社のトップからは、今もまだまだ足りないと言われる。それは事実だし、その通りだと思う。でも、言われることの質が変わってきた。以前は「やり方」を指摘されていたのが、今は「その先」を求められている。要求のレベルが上がったということは、少しずつでも変化している証拠だと、自分では受け止めている。
絶妙なタイミングだった
実は今、人生のあらゆる面で変化が重なっている。
仕事では、より重い経営の責任を引き受ける準備が具体的に進んでいる。連載の最初に書いた「現場のプレイヤーであり、管理者であり、経営に関わる一人」という立ち位置は、もうすぐ過去のものになる。家庭では子育ての真っ最中で、生活の基盤も大きく変わったばかりだ。
すべてが変化するこのタイミングで、脳のコンディションが整い始めた。偶然かもしれないが、絶妙なタイミングだったと思う。逆に言えば、変化と責任がここまで大きくなったからこそ、「ほんの少し」を求めて薬と本気で向き合ったのかもしれない。
この選択が本当に正しいかどうかは、正直わからない。先になってもわからないかもしれないし、死ぬまでわからないかもしれない。最後の最後に「あの薬のせいで」となるのか「あの薬のおかげで」となるのか、人生は誰にもわからない。
ただ、今この時点で、自分はこれを選択して進んでいる。仕事も、会社も、家庭も、全部を抱えて進むために。それだけは自分で決めたことだ。
攻めと守り
今の自分の薬の構成は、こう整理できる。
攻めのコンサータ。 朝に飲んで、日中の覚醒と推進力を支える。ドーパミンとノルアドレナリンを増やして、狩猟者の脳を戦える状態にする。
守りのトラゾドン。 夜に飲んで、深い睡眠を確保する。脳の清掃を毎晩完了させて、翌朝をクリアな状態から始める。
以前は攻め一辺倒だった。睡眠負債を抱えた脳を、薬で無理やり覚醒させていた。ブレーキを踏みながらアクセルを踏むような状態。「寿命を削っている感覚」の正体は、たぶんこれだった。
守りが整った今、同じコンサータ36mgでも効き方の土台が違う。回復した脳に攻めの薬を効かせる。この順番が大事だったのだと、今になってわかる。
次の挑戦——最後に残った敵、早朝覚醒
深い睡眠は改善した。日中の覚醒も保てている。それでも、まだ残っている問題がある。早朝覚醒だ。
朝4時や5時に目が覚めて、不安な考え事がループして、もう眠れなくなる。休日ほどひどくなる。この連載の1本目から書き続けている、一番しつこい敵。
これに対して、医師から新しい薬を提案された。ベルソムラという、これまでとは全く違う仕組みの薬だ。
脳にはオレキシンという覚醒を維持する物質がある。1998年に日本人研究者が発見した物質で、いわば覚醒の火に薪をくべ続ける司令塔だ。早朝に目が覚めて不安で完全覚醒してしまうのは、このオレキシンが不安の信号で発火してしまうからだと解釈できる。
ベルソムラはこのオレキシンをブロックする。脳を強制的に眠らせるのではなく、覚醒の薪を止めて自然に眠りへ導く。効果が明け方まで続くので、早朝に目が覚めそうになっても、覚醒の火が立ち上がらない。理屈の上では、自分の早朝覚醒のメカニズムにぴったり合っている。
これから試す。トラゾドンとの比較のため、まずは単独で数週間、睡眠トラッカーでデータを取りながら。
薬は能力を上げない(4回目)
毎回書いていることを、今回も書く。薬は能力を上げない。
でも今回、一つ気づいたことがある。
自分はずっと「ADHDの薬」で頭をクリアにしようとしてきた。コンサータ、ストラテラ、増量、併用。攻めの薬をいくら調整しても、霧は晴れなかった。
霧を晴らしたのは、睡眠だった。
薬が能力を上げるのではない。睡眠が脳を回復させ、回復した脳が本来の能力を出す。薬はその睡眠を守るための道具に過ぎなかった。遠回りして、ようやくそこにたどり着いた。
同じようにブレインフォグに悩んでいる人がいたら、一度自分の睡眠データを見てほしい。特に深い睡眠の時間を。原因は脳そのものではなく、毎晩の清掃不足かもしれない。
経過はまた書く。
この記事は個人の体験談です。薬のメカニズムに関する記述は、自分なりに調べた範囲での理解であり、医学的な正確性を保証するものではありません。薬の使用は必ず医師に相談してください。
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