レゾンデートル第1話


ある日、中学三年生の工藤あやのクラスに、転校生、高山香苗がやってくる。ほどなくして香苗はいじめの標的になる。そんな中、あやと香苗は徐々に親しくなっていく。
担任である日置先生が力になってくれようとするが、あやはいまいち信用しきれない。
その後、クラスメイトが亡くなったり、行方不明になったりする。行方不明になったのは、香苗をいじめの標的にしていた長谷田だった。
長谷田と先生が付き合っていたという噂を聞きつけ、面倒になった先生が殺したのではないかと疑いを持つあや。真相がつかめないまま、香苗と会った帰りに何者かに襲われる。
全ての犯人は同一人物だった。
最後、思いがけない真相が明らかになる。

あらすじ


 私の顔と体には傷跡がある。
 顔は左側の生え際から頬のあたりまで。体は肩のあたり。
 四歳の時に実の母親から熱湯を浴びせられた。
 頭にあたったのは、やかんだった。
 泣きじゃくる私をよそに、母はきついまなざしで私を見下ろしていた。
「あんたがいるから、全部うまくいかないのよ」
 母が吐き捨てた言葉が呪詛のように脳みそにこびりついている。
 あの時、幼いながらに、ああ、私はいらない子なんだなと悟った。
 幼稚園の先生が気づいてくれて、虐待がはっきりしてからはおばあちゃんの家に預けられた。
 住んでいる場所は東京から千葉へと変わった。幼稚園も変わった。
 幼稚園の頃から皆、私を好奇の目で見る。同級生はもちろん、その保護者も、先生も、通りすがりの人も。気づけば視線を感じていた。
 すぐに病院に行けば消せるはずだった傷跡は、中学三年になった今でもずっと残っている。
 顔に傷ができてから、ううん、いつからか親の虐待が始まった時から、私はうまく笑えなくなった。
 痛くなくても、やけどの部分がひきつれているような違和感が終始つきまとっていた。
 必死に髪の毛で隠そうとしても、動くとどうしても見えてしまう。
「工藤さん、それ、どうしたの?」「かわいそう」「キモい」
 露骨だった小学生時代とは変わって、中学生になってからは皆、直接的にはやけどについて触れなくなった。まるで腫物に触るかのように意図的に私の顔のことには触れない。でも、視線は相変わらずちらちら感じていた。
 うまく笑えず、うまく心も開けない私にはずっと友達らしい友達はいなかった。
 時々考える。虐待がなかったら、このやけどがなかったら、私もどこかのグループに属して友達と明るく笑っていたのかもしれない、と。
 もしかしたら傷跡があったって、笑って明るくしていたら友達だってできたかもしれない。
 原因はこの性格かもしれない。でも、人と合わせて無理に笑いたくなかった。私は私のままでいたかった。
 おばあちゃんには心配をかけるといけないから、いつも一人でいることは言わなかった。もしかしたら、私の様子を見て、なにかを感じ取っていたのかもしれないけど、おばあちゃんはなにも聞かなかった。ただただいつも優しくて、毎日おいしい料理を作ってくれた。本当は学校なんか行きたくなかった。おばあちゃんと一緒にいたかった。

 終わってほしくなかった夏休みが終わり、蝉の死骸を横目に見ながら登校した。
 退屈な始業式を終えて、まっさきに教室に戻ってくる。しばしの静寂ののち、次第に人のあふれた教室は騒がしくなった。ほどなく担任の日置先生も教室に入ってきた。
さわやかで人当たりの良い日置先生は、二十七歳で数学担当。女子には人気があるけれど、私は苦手だ。いわゆるはたから見て「いい人」はどうしても裏があるんじゃないかとうがった見方をしてしまう。先生の後ろには見知らぬ女子がついてきていた。
 転校生だった。この時期の転校生はめずらしいので、教室がざわめいた。
 背は低く小太りで度の強そうな眼鏡をかけた彼女は、お世辞にもあか抜けているとは言いがたかった。彼女は緊張した面もちでおどおどと名前を口にした。
 高山香苗。
 席は一番後ろの窓際から二番目。私の左隣。
「あの」
 隣から声がしてそちらを見やると、高山さんのつぶらな瞳が私を捉えていた。額には汗が浮かんでいる。
「よろしく、ね」
「よろしく」
 授業で当てられる以外に声を発したのは久しぶりで、ひどいかすれ声だった。
 休み時間になって、彼女の周りには人が集まった。
 根ほり葉ほり聞かれている彼女は時折困ったような顔をしながらも、律儀に一人一人の質問に答えていた。
 どうやら高山さんも私と同じく東京から来たらしかった。
 この時期に転校してきて、彼女はこのクラスになじめるのだろうか。
 ふとそんなことを考えながら、私はそのまま手元にある本に視線をうつした。
 
 ほどなくして、高山さんがいじめられ出した。
 理由はわからないけれど、きっとなんでもよかったんだと思う。いじめの口実さえできれば。
 受験シーズンまっただ中の今、皆、少なからずストレスがたまっている。きっとどこかではけ口を探していたんだろう。高山さんは、たまたまその標的になってしまった。
 きっかけはきっと些細なこと。
 私は、その標的にならなかったことに内心ではほっとしていた。
 いじめられ出したといっても、私が見ている限りでは机に落書きされたり、物を盗まれたり、トイレに閉じこめられたりといったことはないようだった。
 ただ徹底的にクラスの女子全員から無視をされていた。誰かがきっと根回しをしたんだろう。大体私には察しがついていた。
 そんな空気を察した男子もすぐに高山さんをからかうようになった。
「ぶす」「でぶ」
 そんな心ない言葉が教室を飛び交っていた。
 高山さんは、そんな時言い返すでもなく、頭をうなだれて、ただその場をやり過ごしていた。
 私は誰かに無視しろ、と指示されたわけではなかったけど、かばうわけでもなく、高山さんに声をかけるでもなくいつも通りでいた。
 もう半年ちょっとで高校生になる。高校に期待を抱いているわけでもなかったが、推薦ももらいたいし、とにかく目立ちたくなかった。ただひっそりといるのかいないのかわからない状態で、中学を卒業できればそれでよかった。
 心はざわざわと波打っていたけれど、気づかないふりをしていた。 

 いつもお昼ごはんを食べる場所は決まっている。屋上につながる階段の一番上。そこが私の特等席だ。
 うちの学校の屋上は老朽化だかなんだかで閉鎖されていて、鍵がかけられている。 
 普段人が寄りつかないので、一人でのんびりするにはちょうどいい。
 時折、下で騒いでいる声は聞こえるけど、ただそれだけで、この場所はいつも平穏だ。おばあちゃんが作ってくれたお弁当を食べ終わった後は図書室に行く。
 休み時間は教室で読書していると周りが騒がしくて集中できない時があるけれど、図書室はいつも静かだ。たくさんの本に囲まれて過ごすお昼休みが私は好きだった。学校にいる間で一番好きな時間かもしれない。
 今日もいつものように階段の一番上に腰をおろした。お弁当包みを開きはじめた時、ふと人の気配を感じて、視線を前に向けると、階段の下に高山さんが立っていた。片手にコンビニの袋を提げている。
 目線が合うと、相変わらずのおどおどした様子で、「ごめん、ごめんね」とよくわからない謝罪を口にした。
「あっ、あのついてきたわけじゃないの。たまたまお昼ご飯食べるとこ探してて、それで、ここ見つけて。ごめん、迷惑だったら、私」
 高山さんがあわてて言葉を継いだ。
 私は体を端にずらした。意識するでもなく自然にとった行動だった。一人の時間を邪魔されたという感覚はなかった。
「隣、座る?」「いいの?」「うん」「じゃあ、お邪魔します」
 高山さんの堅苦しい言い方がおもしろくてついつい、ぷっと吹き出してしまった。それにつられたのか、高山さんもふふ、と口元をゆるめた。
 高山さんは、がさがさと音を立てて袋から、おにぎり二つとパン一つを取り出した。それとペットボトルのお茶。
 お弁当じゃないんだ……。
 でも、そんな人も少なくない。現に購買でパンを買っている男子も多い。
 私は特に深く考えないことにした。
 そのパンは何味? 甘いやつ? それともしょっぱいやつ? 
 おにぎりはどんな具が好きなの?
 頭に浮かんだ言葉は口から出る機会を失ったまま、消滅していった。
 高山さんはすぐに食べ終わったけど、ずっと私の隣にいた。
 二人とも黙っていた。
 私が箸をしまうと、体に似合わない小さな声で高山さんが聞いた。
「また、ここ来てもいい?」
「うん、いつでも」
 私は正面を向いたまま答えた。
 図書室へも誘おうか迷ったけど、言い出せないまま高山さんと別れた。
「ここ来てもいい?」と聞いてから、高山さんは毎日この場へ来るようになった。毎日か、なんて最初はちょっと憂鬱に思ったりもしたけれど、だんだんと二人の時間にも慣れてきた。
 それから少しずつ少しずつ、お互いのことを話すようになった。お互いの好きな食べ物や趣味、得意な科目などなど。重なるようで私たちの趣味嗜好はちょっとずつ異なっていた。
時間は短いけれど、誰にも邪魔されない濃密な時間。その雰囲気もあってか深い話をするまでそう時間はかからなかった。いつの間にかお昼を食べ終わったあと図書室に行くことはなくなっていた。お昼休み以外は、まるで約束でもしたかのようにいっさい話さなかった。
 そのうちに私は高山さんの事情を知った。
 両親が交通事故で亡くなってから、千葉の叔母夫婦の家に引き取られたこと。小学五年生の時から容姿が原因で男子からいじめられてきたこと。今回もそうじゃないかなと思っていたら、やっぱりいじめられたこと。
「今回は女子からだったけどね」
 高山さんは寂しそうな顔をしていた。
「もしかして長谷田たち?」
「うん」
 すぐに高山さんはうなずいた。
 やっぱりそうだったんだ。
 長谷田グループは三人組で、クラスで一番派手なグループだ。校則ギリギリのラインでスカートを短くし、気づかれない程度に化粧もしている。どこが魅力なのかはわからないけれど、長谷田の横にはいつも二人がひっついている。
 私が一番苦手なグループだった。
 こそこそ私を見て笑っているのも何度も目撃したことがある。
「なにか三人にしたの?」
「ううん、思い当たるようなことはなにも。ただ、存在が気に入らなかったみたい」
 高山さんはふっと自嘲気味に笑った。
「最初は私もちょっと期待してた時もあったんだよ。クラスが変わったら。中学に進学したらって。でも、なにも変わらなかった。転校してきても同じだった。もう、期待なんてしなくなっちゃったよ。いじめられないように明るく振る舞うのも疲れちゃったよ」
 私も最初は期待していた、いつか友達ができるんじゃないかって。でも、その期待は早々と打ち砕かれた。私がずっと思っていたようなことを高山さんは言った。
「前の学校では、先生とか家族には相談したの?」
 ありきたりな質問しか出てこない自分が嫌になる。
「ううん、叔母と叔父には迷惑かけられないし、先生も気づいていると思うけど見て見ぬふりだから、そのうちにあきらめた。先生に話して、いじめがもっとひどくなってもこわいしね」
「友達は?」
「友達はいたけど、特にかばってはくれなかったな。その時だけはしーんとして知らんぷりしてた。後で励ましの言葉とかはかけてくれるけど」
「っていうか、私も今同じことしてるよね、ごめん」
「ううん、こうやって昼休み話せてるだけでうれしいし、工藤さんを巻き込みたくもないから、大丈夫だよ」
 いじめを受けたというと、いじめられた側にも問題があると言う人がいるけれど、それは違うと思う。だったらその問題ってなに?
 私だったら顔に傷があること? 
 高山さんは容姿が原因だと言った。もしそれが本当だというなら容姿が問題なのだろうか?
 いじめられて、その人の価値観や、性格、人生が変わったとしたら、それはとても恐ろしいことだと思う。
 高山さんが秘密を打ち明けてくれたお返しのつもりもあって、私も家庭の事情を打ち明けた。
 小さい頃、母親に虐待を受けていたこと。顔の傷はその時についたもので、今はおばあちゃんと二人で暮らしていること。
 高山さんは、話を聞いたあと、ただぽつんと言った。
「そっか、それは大変だったね」
「それはそっちもじゃない」
 高山さんはそうだね、とほほえんだ。
「でも、うらやましい。工藤さん、かわいいから。顔も小さいし、スタイルもいいし」
言われた瞬間、動揺した。本当は少し思っていたから。このあざがなかったらって。今までずっと。あざがなかったら、虐待にあっていたって、すてきなスクールライフを満喫していたかもしれない。でも、その気持ちはおくびにも出さず、返答した。
「そんなことないよ。私はあざがない人がうらやましい」
「そっか……。まあ、五体満足に産んでくれただけで親に感謝しなくちゃいけないんだろうけど、なかなかそうもいかないよね」
 高山さんは大きな体をのっそりと持ち上げると、スカートをぱんぱんとはたいた。
 高山さんを深く知るにつれて、いじめに対してなにもしない自分に罪悪感を覚えはじめていた。
 だけど、暴力をふるわれているわけではないのだから、物を盗まれたり、捨てられたりしているわけではないのだから。と、なんだかんだ自分に言い訳をしては、ざわつく心に折り合いをつけようとしていた。
 次の日、学校に行ったら、黒板にでかでかと相合い傘が書かれていた。傘の下には、高山、工藤の文字。
 どくん、どくんと心臓が強く脈打った。
 ついに誰かが目撃したのだ。私たちが一緒にいるところを。遅かれ早かれいつかはこうなると心の中ではわかっていた。でも、いざそうなってみると、心がざわついた。
 長谷田グループが私の机の周りに集まる。
「ねえねえ、工藤さんって、あのデブスと仲良いんだって?」
 胸のあたりまで伸ばした髪をくるくると指に巻き付けながら、長谷田がたずねてくる。
 それまで私に話しかけてきたことなんてなかったくせに。
 ちょうど教室に入ってきた高山さんが黒板を見てかたまっている。
「デブスって誰のこと?」
 目を見て聞き返す。目があざの方を見ているような気がする。じわっと脇の汗がにじむのがわかった。
「デブスはデブスだよ、ほら、そこに書いてあるでしょ?」
 意地悪く、黒板を見返した。二人の取り巻きがケラケラ笑う。
 ああ、いやだ、いやだ。くだらない。この学校も、この狭い教室も、今こいつらと対峙している時間も。全部が全部どうでもいい。
「お昼は時々一緒に食べてるよ」
「キモっ」「キモーい」
 すかさず二人が合いの手を入れる。
「別にキモくないよ」
「工藤さんってずっと一人ぽっちだったもんね。もしかして、友達ほしかったんじゃないの? あんなんでもさ」
「ってか、そもそも工藤さんもさ」
 取り巻きが長谷田にこそこそと耳打ちする。
 長谷田が大げさに手をたたき、げらげら笑う。
 どうせ傷のことでしょ、と思ったけど、見ていていい気持ちはしない。
「まあでも似た者同士だもんね。お似合いだよ、お二人さん」
 チャイムが鳴ったと同時くらいに唾を机の上にぺっとはいて、長谷田と取り巻きはやっと視界から消えた。
 すぐに私は鞄からティッシュを出してその汚らしい泡を消そうとした。でも、拭かれたシミは消えることなく、ただただその範囲を広げただけだった。
 ほどなくして担任の日置先生が教室に入ってきた。
「おーい、ホームルーム始めるぞ」
 いつもの大きな声を響かせたかと思うと、先生の目が黒板に向かった。
「おい、なんだこれは。誰が書いたんだ」
 くすくす。何人かが笑った。
「知りませーん」
「仕方ないな、ほら、日直」
 日直の男子と女子に黒板を手渡して、先生は教室から出ていった。
 昼休み、高山さんは階段に来なかった。朝の出来事が尾を引いているのは明らかだった。
 今日はどこで食べているのだろう。お昼はちゃんと食べているのだろうか。
 気になってしょうがなかった。
 放課後、日置先生から職員室に呼び出された。職員室には高山さんもいた。先生に連れられて、私たちは応接室へと入った。
 長椅子が一つとそれに向き合う形で二つの椅子が置かれている。
 先生は長椅子に座り、私たちも促されるままソファへと腰をおろした。そのままずぶずぶと飲み込まれていきそうなくらいお尻がのめりこんだ。
 間にある木製のテーブルが、先生と私たち生徒の相容れない境界のように感じた。
 ちらと右隣に座った高山さんを見やる。表情が読めない。
「今日の朝のことが気になってな。二人ともいじめられたりはしてないか? なにかあったら先生になんでも言っていいんだぞ」
 前にもあった。こういうこと。高山さんがまだ転校してくる前。中学一年、二年の時は見て見ぬ振りだった先生たち。三年の担任になった日置先生は違う。
「工藤はいつも一人でいるよな。仲間外れにされてるわけじゃないのか?」
「好きで一人でいるので大丈夫です」
 私はそう答えた。友達といれば確かに楽しいのかもしれない。だけど、私はずっと一人だった。一人の時間にもう慣れてしまったのだ。だからそういう質問をされること自体がうっとおしかった。
 よく言えば正義感が強いというのだろうか。放っといてくれたほうが、気持ちが楽だった。見て見ぬ振りでもなんでもよかった。
 私は押し黙っていた。高山さんの視線を感じる。そちらを見やると、言おうかどうしようか迷っている表情がうかがえた。
 言うな、言うな、言ったらもっと面倒なことになるぞ。頭の中の警告音が私を支配する。だけど、先生の前では言えない。それに私のことじゃないから、言うな、なんて制止できない。
「どうしたんだ、二人とも。黙ってたんじゃなにもわからないだろ? ん?」
 顔を近づけてくる日置先生が気持ち悪かった。善人顔で近づいてくる大人は苦手だ。
 高山さんが口を開いた。
「あの、私がいけないんです。全部」
「全部ってことはないだろう、なあ?」
 きれいに整った白い歯も嘘くさい。まさか、インプラントだろうか。
「いや、あの。私がちょっといじめられてて、それで最近工藤さんと話すようになったので、巻き込んじゃって」
「巻き込むなんてそんな。私は大丈夫だから」
 それ以上言わないでほしい。波風を立てないでほしい。
「高山、いじめられてんのか。誰にだ、ん? 先生に言ってみろ」
「え、それは」
「大丈夫、みんなには言わないから」
 大丈夫だって。大丈夫を繰り返しながら、先生は身を乗り出し、高山さんの頭をなでた。
 あー、気持ち悪い。
 なぜか高山さんは今にも泣き出しそうだ。
 高山さんは長谷部たち三人の名前を挙げると、男子の幾人かの名前も挙げた。
「他のみんなも笑ってたりして」
 先生は眉間にしわを寄せた。さも心配しているかのようなポーズ。いかにもだ。自分が先生であることに、優位に立っていることに酔っている。自分の力でなんでも解決できると思っている。そんな思いが透けて見えるような気がした。小学校の時にもいた。こんな先生。結局なにも解決できなかった。子供の世界には大人は介入できない。
 高山さんはきっとそれをわかっていない。前の学校では先生に話さなかったって言ってたのに、どうして日置先生には話す気になったんだろう。
「それはよくないなあ。先生、このクラスはいいクラスだと思ってたのにショックだよ」
 いいクラスだったっけ? そもそも、いいクラスってなんだろう。
 すみません、なぜか高山さんが謝っている。
「ほら、笑顔、笑顔。そうやって暗い顔をしてるからよくないんだ、二人とも」
 日置先生がにかっと笑った。奥歯にある銀歯が目に入ってやっぱり気持ち悪い、と思った。
「あの、みんなには言わないでください」
 うんうんと先生はうなずいている。
「ちょっと俺の方で解決策を考えてみるから」
 先生が立ち上がったので、私たちも立ち上がった。
 その日は一緒に途中まで帰った。
 帰り道が途中まで同じだということを初めて知った。
「私、話してよかったのかな」
 話さなきゃよかったのに。よりによって日置先生なんかに。そう思ったけど、私はいいとも悪いとも言わずただ黙っていた。

 



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