過去と現在をつなぐ階段:万字駅
万字線の廃線後、上志文(かみしぶん)駅は倉庫に転用されましたが、ここ万字(まんじ)駅は、簡易郵便局に生まれ変わりました。
郵便局は本来、人が利用しやすい場所にあるものです。けれども、ここは深い山の中。
向かいに大きなお寺があるだけで、辺りはひっそりとして、民家はぽつりぽつりとしか見当たりません。
「一体、誰がこの郵便局に来るのだろう」そう思わずにはいられません。
かつては、5,000人以上が暮らしていた万字地区も、現在の人口はわずか56人(令和7年8月末時点)。
その大半であろう高齢の住民が、年金支給日に足を運んだり、バスの待合室として利用したりしているのかもしれません。
郵便局の前の広く舗装された空間が、かつては多くの人々で賑わっていたことを思わせました。
「おーい!こっちに来てみろ」
突然、駅舎の裏から夫の呼ぶ声が響きました。
裏手へ回ると、そこには想像を超える景色が広がっていました。

プラットホームへの階段が残されていたのです。その先には、うっそうとした森が迫っています。
朽ちかけた階段を一段ずつ慎重に下りていくと、一部だけきれいに草を刈られている場所がありました。
きっと、そこがプラットホームだったのでしょう。
近づいてみると、足元には、ホームの縁だったと思われるコンクリートが、辛うじてその姿を留めていました。

ホームに立つと、すべてが緑に飲み込まれそうな勢いで、まるで時代が移り変わっていく潮流に、ひとり立ち尽くしているような感覚を覚えました。
しばらく、過去とつながっていたい気持ちでしたが、クマに出くわす心配があるため、引き返すことにしました。
鉄の手すりはすっかり錆びつき、階段の一部には苔が生えています。
一段ごとに、過去から現在に引き戻されるようでした。

駅舎の前に戻ると、先ほどと変わらず、静かな時間が流れていました。
森に還りゆくホームと、今も誰かを待ち続ける郵便局。
その二つの姿が、この地が刻んできた記憶を守り続けているようでした。
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