【小説】中編:底辺Vtuberのあすかさんは、僕の部屋で甘えたい
作戦は順調だった。
あすか のチャンネル登録者は急増した。
あすかは配信に手応えを感じていた。
表情が明るくなる。
「今日の企画、すごく楽しかった!」
彼女は無邪気に笑う。
その笑顔を見るたび、
僕の胸の奥が少しだけ熱くなった。
最初はただの義務感だった。
夢を追う人を助けたい。
だが最近、
あすか自身から目が離せなくなっている。
髪の甘い香り。
真剣な眼差し。
感情豊かな歌声。
彼女は一人の魅力的な女の子として、
僕の心に侵入してきた。
♢
ある日の夜、
連日の動画編集で僕は猛烈な眠気に襲われた。
作業机に突っ伏したまま、
意識を失うように眠ってしまう。
あすかが部屋に残っていることも、
忘れるほどの睡魔だった。
時計の針は深夜の一時を回ったところを指していた。
薄れる意識の境界で、
誰かの気配を感じた。
温かい気配だ。
そっと背中に何かが触れた。
小さな、震える温もり。
あすかだった。
彼女は眠る僕の背中に、
そっと抱きついた。
衣類の擦れる音。
彼女の心臓の鼓動が、
背中越しに伝わる。
「……バカ」
あすかの小さな呟きが聞こえた。
「なんでそんなに一生懸命なの。私、意地悪したのに」
彼女の心の葛藤が伝わる。
声はとても優しかった。
僕は目を開けることができなかった。
狸寝入りを決め込む。
さらに気配が近づいた。
頬に、柔らかい感触が触れた。
ほんの一瞬。
触れるか触れないかの、
微かなキスだった。
「いつも、本当にありがとう」
彼女の吐息が耳元をくすぐる。
心臓が爆発しそうだった。
寝た振りを続けるのは拷問だ。
あすかは気づいていない。
僕の胸の高鳴りを知らない。
彼女は静かに部屋を出て行った。
ドアが閉まる音が響く。
僕は上体を起こし、
赤くなった顔を両手で覆った。
もう誤魔化せない。
僕はあすかを、
一人の女性として見ている。
♢
翌日、
教室での彼女はいつも通りだった。
少し冷たい。
だが、
時折目が合うと、
彼女は慌てて視線を逸らした。
その頬が微かに赤みを帯びている。
僕の勘違いではない。
二人の間に、
言葉にできない甘い空気が流れ始めていた。
学校帰りの夕暮れ、
いつものように僕の部屋に集まる。
あすかはどこか落ち着かない様子で、
髪を指で弄っていた。
「ねえ、昨日の夜さ……」
彼女が恐る恐る切り出す。
僕は心臓が跳ね上がるのを抑え、
冷静を装って振り返った。
「昨日? ごめん、僕、編集の途中で寝落ちしちゃって」
あすかは目に見えてホッとした表情を浮かべ、
それから拗ねた。
「ふん、相変わらず締まりがないわね。風邪ひくわよ」
口調は手厳しいが、
その目は優しく僕を労っていた。
彼女が淹れてくれた温かいお茶が、
僕の五臓六腑に染み渡る。
「あすか、次の配信だけど、コラボの誘いが来ている」
僕は画面を見せた。
同規模の人気Vtuberからの打診だ。
あすかは身を乗り出した。
「本当!? 私、やってみたい!」
彼女の距離が近い。
肩と肩が触れ合い、
また胸が騒ぎ出す。
彼女の成長が嬉しい。
だけど、
少しだけ寂しくもある。
僕の手の届かない、
遠いところへ行ってしまうような。
そんな不安を察したのか、
あすかが僕の袖を小さく引いた。
「どこにも行かないよ」
彼女は僕の目を見て、
静かに言った。
「私が輝けるのは、あんたが隣にいてくれるからだし」
その言葉だけで、
僕の不毛な不安は綺麗に吹き飛んだ。
あすかはもう、
僕をゴミを見るような目では見ない。
お互いの存在が、
なくてはならないものに変わっていた。
♢
夜が更け、
作業の手を止めて二人で夜空を見上げた。
ベランダから見える星は、
都会の片隅でも確かに光っている。
「もっと上に行こうね」
あすかが僕の手の上に、
手を重ねた。
その手の温もりを噛み締めながら、
僕は強く頷いた。

つづく
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