第5話:白紙の挑戦状
前回はこんなお話でした。
「睦月の机にも、同じ便箋が……?」
私は差し出されたサクラ色の紙を見つめた。
手触りは、
私の下駄箱にあったものと完全に同じ、
あの上質な和紙。
だけどそこには一文字も書かれておらず、
不気味なほど真っ白だった。
同封されていた銀色の星型シールだけが、
夕暮れの部屋で冷たく光っている。
「宛名もなし。メッセージもなし。ただ、このセットだけが僕の机の奥に忍ばされていたんだ」
睦月はそう言って、
白紙の便箋を愛おしそうに指先でなぞった。
その手つきは、
まるで優れたクリエイターが新しい素材を吟味しているかのようで、
私は小さく身震いした。
「これって、犯人からの警告? それとも……」
「さあね。でも、これで一つはっきりしたことがある」
睦月は眼鏡の位置を直し、
ホワイトボードに向き直った。
「犯人は、僕とあすかが『一緒にこの事件を追っていること』を知っている。
でなければ、
僕の机にこれを仕込む意味がないからね」
♢
翌日の朝、
私はいつもより一段と重い足取りで校門をくぐった。
誰が敵で、
誰が味方なのか。
昨日聞いた四人の言葉が、
頭の中でぐるぐると渦巻いている。
一華の見た美月、
美月の語る詩織とひなたの共謀説、
そして詩織の目撃した一華の執筆姿。
「あすか先輩! おはよーございまっす!」
下駄箱の前で、
一年の四葉ひなたが突然背後から抱きついてきた。
香水の甘い匂いが鼻を突く。
「四葉さん、おはよう……。ちょっと、苦しいわ」
「あ、すいませーん! あすか先輩があんまり可愛いもんだから、つい!」
ひなたはへらへらと笑いながら手を離した。
その時、
彼女の開いた鞄の隙間から、
一冊の文庫本が見えた。
図書室のバーコードが貼られた、
少し古びた恋愛小説。
『美月は詩織とひなたを疑っている』
美月の言葉が脳裏をよぎる。
物静かな図書委員の詩織と、
派手なギャルであるひなた。
一見、交わるはずのない二人の線が、
その一冊の本を媒介にして、
にわかに現実味を帯びてくる。
「四葉さん、図書室によく行くの?」
私がさりげなく尋ねると、
ひなたの一瞬だけ目の奥の光が消えた……ような気がした。
「え? あー、まあ、たまに? 涼しいし、三波先輩が静かに本読ませてくれるんで、サボり場にちょうどいいんですよねー」
ひなたはいつも通りの軽いトーンで答えた。
だけど、
その視線は私の下駄箱の、
ちょうどあの日手紙が入っていた場所に一瞬だけ固定されていた。
昼休み、
私は確証を得るために図書室へと足を運んだ。
貸出カウンターには、
やはり三波詩織がポツンと座って、
難しそうな純文学を読んでいる。
「三波さん、ちょっといい?」
「あ……神代さん。は、はい、何でしょうか……」
詩織は本を閉じ、
怯えるように身を縮めた。
「四葉さんと、仲が良いの?」
直球の質問に、
詩織は目に見えて動揺した。
指先が本の表紙を何度も無意味にこする。
「よ、四葉さん、ですか……? いえ、彼女は、たまに図書室に涼みに来るだけで……私は、男子も女子も、人と話すのはあまり得意じゃなくて……」
嘘をついている。
そう直感が告げていた。
彼女の視線は泳ぎ、
呼吸がわずかに荒くなっている。
だが、
その時、
図書室の入り口から低い足音が響いた。
振り返ると、
そこには腕を組んだ二階堂美月が立っていた。
彼女の口元は、
勝ち誇ったように歪んでいる。
「ほらね、言ったでしょ。その二人、やっぱり怪しいのよ」
美月はゆっくりと私たちに近づいてきた。
「神代さん、あんたも早く気づいた方がいいよ。その物静かなフリした委員長様も、そこの図書委員も、みーんなあんたを騙して楽しんでるだけかもね」
「二階堂さん、あなただって……」
私が言い返そうとした瞬間、
今度は図書室の扉が勢いよく開いた。
「そこまでにしなさい、二階堂さん。図書室は騒ぐ場所ではありません」
現れたのは、
学級委員長の一ノ瀬一華だった。
彼女の鋭い視線が、
美月、詩織、そして私へと向けられる。
一華、美月、詩織。
そしてここにはいない、ひなた。
図書室の満ちた静寂の中で、
四人の容疑者たちの思惑が静かに火花を散らしていた。
誰もが自分を潔白だと主張し、
同時に誰かを指し示している。
この中に、
あの狂気的なサクラ色の文章を綴った本物がいる。
それとも、
この光景すらも、
別の『誰か』が仕組んだ舞台装置に過ぎないのだろうか。
私のポケットの中で、
睦月から届いたスマホが静かに震えた。
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