いい写真を撮りたいだけなのになんでこんなに苦労しないといけないの?
「うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真」を読んでからというものの、僕の写真への向き合い方は完全に変わった。
正確には本書を読んで変わったのではない。
本書の編集者さんの写真を見て変わったのだ。2年しかカメラに触ってない方が、こんなに自分の思い通りに楽しく、素敵な写真を撮っているという事実がかなりショックだったのだ。
つらつらとカメラとレンズの性能のせいにしながら、惰性で写真を撮っている(のも楽しかったんだけど)のもそろそろ、そこそこにしておいて、自分の思い通りに本当に撮りたかった写真を撮りたいという気持ちになったのです。
まず何より幸いなことに僕は自分の撮りたい写真の絵は明確にある。
それは市橋織江さんと高橋ヨーコさんの写真だ。いずれもフィルムカメラのカメラマン(のはず)で、かつては僕は写真集を買い集め、市橋織江さんの写真展に足を運んでご本人と握手していただいたこともある(!)
それも10年以上前の話で、社会人になった時に写真集もあらかた売ってしまったが、今改めて買い集めている。
あの写真を撮りたい。穴があくまで市橋織江さんの写真を、高橋ヨーコさんの写真を見まくって、まずはあの色味を手に入れたい。

と、ここまで実直な感じで書いてきたが、根本的に僕は卑怯なのでまずChatGPTに相談して「市橋織江風のプリセットを.cube拡張子で生成して」とのび太くんもドン引きの全丸投げ依頼をロボット頼みで外注したが、そのLUTははっきり言ってゴミで、失敗作だった。まるで要項を満たしていない。
仕方がないから色々プリセットを調べたり現像の仕方を調べながら頑張っている。僕はうまい写真が撮りたいわけでもなければバズりたいわけでもなく、自分で納得のいくいい写真が撮りたいだけなのだ。
それなのになんでこんなに苦労しないといけないんだ?

いずれも憧れのカメラマンがプロなので、ホイホイうまく行くわけがないんだけど、でもそれを目指して(卑怯なことも含めて)試行錯誤するのは少し楽しい。山に登っている感じがしていて、色々今まで言い訳をつけながら写真を撮っていた頃よりも自分がイキイキしているのがわかる。
そもそも僕が一番いい写真(自分が撮りたい絵=市橋織江さんや高橋ヨーコさんのようなどこか懐かしく、儚くて、切ない写真)を撮れたのは直近いつよ?と考えてみたら、2025年3月6日だった。
このとき、僕は新婚旅行中でパリから空港へ向かうタクシーの道中だった。これから離れることになるパリの街並みをあえてオールドコンデジでパシャパシャ撮ってみたのだ。



その写真がどれもいい。今見返しても、本当にグッとくる写真だ。
同時に虚しくなる。それでは今までの写真はなんだったのだ?と。
このオールドコンデジはAmazonの中古でポチった3万円のカメラだ。対して普段あれこれ試行錯誤しているLUMIX S9は20万…..。
一体どういうことなのか….。









もう少し頑張ってみようと思う。
お付き合いください。
今日はここまで。
