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「 夏の色は 」(番外編)忘れられてしまいそうな白

 似ている二人にとって、少しの変化が大きな違いに感じてしまうことがある。

君が良い意味でも変わっていくときには、置いて行かれたように思えてしまって、僕が成長出来たと思えたときには、君にもついてきて欲しいと思ってしまう。
決して乱れたわけではないそれぞれの歩調は、合わせていないとズレが生じたように感じてしまうんだ。

彼女が出て行った後の部屋は、二人が使ったグラスが並んでいる以外、ほとんど彼女の形跡はなく、ただ自分の部屋のままだ。

3年付き合ったけれど、この部屋に彼女が置いていた荷物は少なかった。
部屋の隙間が増える寂しさが少ない変わりに、似ていた僕らの共通点と、少しの余韻がこの部屋に残った。
彼女も好きだと言ってくれていた僕の本棚も、二人で一緒に聞いた音楽も、休日によく行った美術館の半券も、全部二人を繋いでくれていた。




 大学3年の夏から付き合った、一つ年下の彼女とは、ちょうど3年目のこの日に別れることになった。
僕に他に好きな人が出来たせいだった。
とはいえ、彼女のことを好きじゃなくなったわけでもない。
確かに3年間付き合って、カップルとしては落ち着いてはいたけれど、倦怠期だったとか、冷めてしまったとか、彼女に不満があるわけでもなかった。
このことを彼女に打ち明けなければ、彼女から振られる意外に、別れる理由なんて他になかった。

彼女は、僕の正直で嘘をつけないところが、誠実で信頼出来ると言ってくれていた。
そんなところが好きなのと。
僕もまた、彼女のそういうところが好きだった。
共通点も多い似ている二人だったから、互いの好きなところまでよく似ていた。
嘘をついて、いつか彼女の口から別れを言わせてしまうよりも、自分が振られる側で良かったのかもしれない。
彼女の信頼に背くようなことはしたくなかった、振る側の言い訳だ。

彼女は泣いて縋るようなことはきっとしない。
他に好きな人が出来たと話したら、そのまま受け入れて、良くも悪くも揉めることなく別れる流れになるだろうと分かっていた。
そんな彼女に話しをするのは、こちら側にもそれなりの覚悟が必要だった。

彼女は落ち着いて話を聞いて、必要以上に質問をしてこなかった。
どんな人で、どこで出会ったのかとか、いつからなのかとか、聞かれたら全部正直に答えようと思っていたけれど、それを聞いたところで、彼女と僕のこれからが変わるわけでもないということを、彼女は分かっている。

彼女となら、別れても友人として良い関係を築けるんじゃないかなんて、自分勝手な提案をして、あっさりと断られた。
その場凌ぎの言葉で、相手を期待させるようなことを言う女性ではなかったし、そんな都合の良い関係を、自ら選ぶようなことをするわけがなかった。

こんな時でも人のことまで考える彼女は、僕と他の好きな人のことを思ってか、「忘れても大丈夫だから。」なんて言うから、きっと忘れられないと思う。
他に好きな人が出来たくせに、最後まで彼女が好きと言ってくれた僕のままでいたいだなんて思って、バチが当たったのかもしれない。

覚悟をして打ち明けたつもりでいたけれど、玄関の扉を自分の手で開けて出ていく彼女の背中に、どうか一度でいいから振り向いて欲しいと心の中で思った。
振り向いたら、別れたくはないんだなんて、格好悪くても自分から言うつもりだった。
変わらない歩幅で、速すぎることも、遅すぎることもない彼女の足音がどんどん離れていった。
この歩調も、自分と同じだと思っていた。
どちらかが片方のペースを合わせて急いでみたり、ゆっくりと合わせるということもなくて、時間の流れはまるで同じだった。
似ている二人は、周囲の友人から見ても、付き合うことが当たり前のように自然な流れだった。
周囲からは羨ましいと言われるくらい、穏やかで順調に見えるカップルだったけれど、付き合っている年月が長くなっていくほどに、僕ら二人だけは、分かりたくなくてもどこか分かっていたように思う。
いつかきっと別れる日はきてしまう。
別れたいとか、好きじゃないとか、物理的な事情とか、それとは違う理由で離れることもあるんだ。

願いも虚しく、彼女の足音はペースを変えることもないまま聞こえなくなった。
開けたまま見送った扉をゆっくりと閉めて、二人の余韻が残る部屋に一人戻った。

何が正解かなんて分からなかった。

僕には他に好きな人が出来た。
けれど、彼女と別れたかったわけでもなかった。
彼女についた、最初で最後の嘘だった。


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