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「 夏の色は 」 (2)今までで一番鮮やかな青


 この夏を忘れたくないと思った。

私が絵を描く人だったら、すべてが限りなく鮮やかだったこの夏の色を、何色で表現するだろう。

実家帰省を少し早く切り上げ東京に戻ると、こちらは雨だった。
家へ戻る前に、以前から気になっていた小さなギャラリーを訪れた。

この絵は何を表現しているのだろう。
何色という、一言では言い表わすことの出来ない曖昧な色の絵画は、僅かに聞こえる屋外の雨音と共に、私の心に寄り添ってくれていた。

色彩と自由な筆の動きで表現されたその絵画は、人の心を投影しているようにも見えた。
自分の言語化出来ない感情を表現してくれているようだった。
それでいいんだよ。そう言って、境目のない色彩が私を受け入れてくれる。


デザイン会社に勤める母の影響で、美術館やアートスペースは、幼い頃からよく訪れた。

作品を見ても、何が何だか分からない、それでもいいらしい。
「その中でも、自分の目に留まるものがあれば、その作品をよく観察してみたらいいよ。」と、幼かった私に母はよく言ってくれていた。

今日、私の目に留まったこの絵画は、自分自身の状態を観察しているようで、目が離せなくなったんだ。


 夏の青色が眩し過ぎて、背中を向けるようにして過ごす私に、彼はいつだって顔を上げる勇気をくれた。

彼というのは、就職先で偶然再会した、高校時代からの気の知れた友人で、高校生活では誰よりも長い時間を一緒に過ごしていた。
付き合っていないことの方が、不思議だと言われても仕方がない、ある種特別な関係性だと思う。

彼とは高校入学して間も無く、家が近く帰宅ルートが同じだったことを機に、すぐに仲良くなった。
放課後、熱心に部活動に取り組むような学生ではなかった私たちは、部活に行く生徒の合間を抜けながら、自転車を二人乗りして帰るようになった。

彼の漕ぐ自転車で、風を切りながら見る、どこまでも広がるこの町の空が好きだった。
空と追いかけっこをしているようなこの時間は、まだ幼さの残る私たちの好奇心を満たしてくれていた。

風で膨らむ彼の白いシャツと、空に浮かぶ白い雲と、どっちのほうが白いかとか、まるで雲になったみたいだとか、年頃の男女がするにはなんとなく恥ずかしくなるような会話を、どちらからともなく出来てしまうこの関係性が好きだった。

校門を抜けると、海までの道を急ぐようにして、水田の間の砂利道を一気に自転車で下る。
浜辺に到着すると、それぞれ好きな時間を過ごした。
高校3年間、楽しかったと言えるのは、彼の存在が大きかった。


 高校1年の夏、母は一人で東京に行ってしまった。
まるで置いて行かれたみたいな言い方だけど、実際は、父と一緒に笑顔で母を見送った。

新たに都内にデザイン事務所を立ち上げるメンバーとして、母がそのうちの一人に抜擢されたのだった。
母が仕事を好きだということは、父も私も理解していたし、自分の理想とするデザイン事務所を築いていきたいという想いも、母はよく話していた。
だからこそ、立ち上げメンバーに抜擢されたと母から伝えられたときは、あと先なんて考えず、ただ素直に母の夢が近づいていることを、家族3人で喜んだ。
それに、出産を機に一度退職していた母には、今度こそ夢を諦めて欲しくなかった。
私を理由にして諦めて欲しくなかった、というのが本音かもしれない。

この町から東京まで1時間半ほどの距離なのもあり、いつでも帰ってきてくれるだろうという期待もあった。

いざ東京で母の仕事が始まると、想定していたよりも忙しく、休みの日に帰って来れたかと思えば、料理上手な父の手料理を美味しいと言って食べ、一息ついてまた東京に戻るという生活だった。

そんな母を見て、父は呆れながらも、生き生きと働く母を見て嬉しそうだった。
まるで、親子のような夫婦だと思った。
私も、3人で食卓を囲める日があることが嬉しかった。

夫婦別々に暮らしているからと言って、決して仲の悪い家族ではない。
むしろ、理解があるからこそ、この関係が成り立っている。
それでも、出産から子育ての時期に、仕事で忙しかった父にとって、母に好きな仕事を退職せざるを得ない状況にさせてしまったことは、罪悪感を拭えないでいるように見えた。

今でさえ仲の良さそうな両親も、私が幼い頃は夫婦喧嘩も多かった。
子供ながらに、私がいることで喧嘩をしているのだろうと気にしていた。
両親はそんなつもりはなかっただろうけれど、子供というのは、無意識にそう感じ取ってしまうものだ。

私が小学校に慣れた頃、母は再び仕事をするようになった。
その頃から、両親の喧嘩が減るのと反比例するようにして、学校から下校しても、両親は仕事で家を留守にしていることが増えていった。

3人で過ごす喧嘩の多い家や、どこかイライラしている母と2人で過ごす家よりも、1人で過ごす静か過ぎる家のほうがマシだった。

1人の時間は本があればそれでいいと思った。
本が時間というものを取り払って、遊びに連れて行ってくれているようだった。
子供の頃に読んで大好きだった絵本は、大人になった今も変わらず、私に寄り添い続けてくれている。

両親が帰宅すれば、慌しかったけれど、家族で食卓を囲めるように心がけていてくれたのだと思う。
慌てるようにして椅子に腰掛けて、皆んなでいただきますと言って食べ始めると、「今日は何をして過ごしていたの?」という問いと、「本を読んでいたよ。」というお決まりの返事から始まる。

両親は、本ばかり読む私に、「また本を読んでいたの?」と言いながらも、否定をしたり、友達と遊ぶように無理に促すようなことはしないでいてくれた。
毎日のこの時間を心待ちにしながら、本を読んで過ごしていたことを、今でも覚えている。

母が東京に行くことが決まり、すぐに具体的に話が進み始めた。
私はまだ、高校に入学して間もないタイミングだった。
「夏までには引っ越しの手続きを終える必要があるから、一緒に東京へ行くか、この町で父と2人で残るか決めて欲しい。」と、申し訳なさそうに言われた。

私は選べなかった。
この町を嫌う理由はなかったし、父か母か、どちらのほうが好きだというのもなかった。
どちらかを選ぶと言うのは、どちらかを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。
綺麗事かもしれないけれど、皆んなにとって一番良い方法を選びたい。
そんな選択肢はないとしても、それが私の答えだった。

「選ぶのが難しかったら、いつでも東京に来たらいいから、今はこの町に残りなさい。」と母に言われて、自分でも納得し、無難な方を選んだ。
母からそう言ってもらえたことに、正直救われている自分もいた。
とはいえ、まだ15歳の女子高生には、母にだからこそ話したい話もあったし、一緒に食卓を囲えないことは寂しかった。
両親が慌ただしく帰ってくる、少し早送りしたような、あの時間が好きだった。

引っ越しの前日は、家族3人で、母の好きな紫陽花を見に出掛けようということになった。
その日はあいにくの雨だったけれど、雨の中で見る紫陽花は、憂いを帯びていて、どこか気持ち良く水浴びをしているようにも見えて、とても美しかった。
「きっとこの日を待っていたんだよね。」と、紫陽花を見て言う母もまた、同じように見えて切なくなった。

「いつかあなたが家を出る時に、見送る母親でいたかった。」そう私に言ってくれたけれど、そんな母の姿を見ていたから、私も夢や目標を持つことが出来たんだ。


 母がいない生活に慣れるには、父も私も少し時間がかかった。
共働きに慣れていた父と母は、阿吽の呼吸で家事をしてくれていた。
私が母の変わりに、父と息を合わせて家事をやろうと覚悟していたけれど、なかなか母のようには出来なかった。
力み過ぎていたのか、疲れてしまって、父と少し距離を取りたくなってしまうこともしばしあった。

そんな慣れない日常生活の中でも、彼と過ごす海は、いつだって気持ちを楽にさせてくれた。
いつもなら、やりたい遊びのほうへ走って行く彼も、何も聞かずに隣に居てくれることがあった。
そういう時は、今日の海はイマイチだからとか、眠たいからと、何かしら理由をつけて、私の座る横に寝そべって寛ぐ素振りをしてくれていた。
彼は優しい嘘をついて、それを本当にしてくれた。

その日の空は、いつにも増して鮮やかな青で、空高く上へと真っ直ぐに伸びる飛行機雲は、この広い空を二つに分けているようだった。
思わず彼に質問をしていた。

「右の世界か、左の世界、選ばないといけないとしたらどっちを選ぶ?」

彼はすぐに質問の意味を理解してくれたようで、空を眺めながら言った。
「左にしようかなぁ、左利きだし。」

「私、決められなくて。 どっちを選んでも後悔はしちゃうんだ、きっと。」

「世界が二つに分かれても、地球が真っ二つになるわけじゃないでしょ? どっちを選んでも正解!大丈夫だよ。」

もっと上手く話せたらいいのに、言葉にならなくて、泣きそうになるのを堪えて笑った。
泣けるくらい嬉しくて、笑顔でいたかった。

調和が取れるとか、協調性があるとか、長所として使われることも多いけれど、いざ自分の性格となると、それは時に孤独を選ぶこととなる。
高校時代、友達はいたけれど、グループ行動や派閥とか、そういうものに違和感を感じてしまって、誰かの味方になるということは、誰かを敵に回してしまうという状況に耐えられなかった。

父と暮らすこの町か、母と暮らす東京か、どちらか一つを自分で選べなかったように、最も仲の良い友人に絞るとか選ぶとか、どこかに限って所属するとか、そう言うのは上手く出来なかった。
誰の敵でもないのであれば、誰の味方にもなれないのだとさえ思ってしまった。
余計なことを考えずに、楽しめることが出来たらずっと楽なのに、うまく立ち回ることが出来ない私は、特別というものがないほうが生活しやすかった。

彼の言葉は、そんなふうに考え過ぎる私の頭を、クリアにしてくれた。
彼は、自分のことを楽観的過ぎるんだと言う。
私は、自分のことを考え過ぎな性格なんだと思う。
それこそどちらが正解というのはないけれど、少なくとも私にとっての正解を、彼は私にくれた。

母と離れて寂しくなるだろうと思っていたこの高校生活も、彼と過ごす放課後のおかげで、思っていたよりも寂しくはなかった。

普段私は、本を読んだり、絵を描いたりと、浜辺の中に日陰を見つけて過ごすことが多かった。
彼はその間、マリンスポーツや釣りを愉しんでいた。
離れた所からも彼の声はよく聞こえてきて、彼の声と波や風の音が私のBGMだった。
遠くから嬉しそうな声がするかと思えば、魚が釣れたとこちらに手を振る彼がいて、同じことをして過ごさなくても、一緒に居るみたいだった。

あっという間に2年が過ぎて行った。
この2年の間の何気ない日常は、今でも鮮明に思い出せる。


 「そういうのじゃないじゃん。」
あの日私は、笑って誤魔化して、重なりそうになる彼の手を、思わず振り払ってしまった。
高校最後の夏の日だった。

二人乗りをしていたときでさえ、しっかりとサドルの隙間を掴んで、間違ってもその背中に抱きつくなんてしなかったのに、その日は珍しくひどい雨だった。
雨の日の相合い傘は、いつもより2人の距離を縮めようとする。

彼のことは大好きだった。
だから、恋愛関係になって、いつか終わってしまうような関係よりも、傷つけ合うことも、見返りを求めることもない、嫉妬も誤魔化せるようなこの関係が、いつまでも続けば良いと思っていた。

彼と過ごす時間は、長い時間も短く感じられた。
居心地の良いこの時間は、大あくびも出来たし、男女で浜辺で寝転ぶことも気にならなかった。
そのままつい寝てしまっても、目を覚ますまで隣で待っていてくれた。
彼は、寝ている私にでさえも、話したいことは全部話したから満足していると、また優しい嘘をついて笑っていた。

こんな自分を受け入れてくれる相手には、今後もう出会えないかもしれない。
そう分かっているのに、咄嗟に振り払ってしまった自分の手を見て、これで良かったのだと心の中で言い聞かせた。

彼もまた、笑って誤魔化していた。
優しくて察しの良い彼だから、気を遣って明るく返してくれたのだろうと思う。
傘に当たる雨音は、2人の会話の隙間を埋めるようにして、強く振り続けた。

その日のことはまるで無かったことにみたいに、彼は今までと同じ様に接してくれた。
それに救われるのと同時に、どこか寂しさを感じてしまった私は、一体この世界に、何を期待していたのだろう。


 小学生の頃の私は、よく空を見上げては、雲の縁取りを指でなぞっていた。
曖昧な境界線をこの目で確かめてみたくて、もっと近くで雲を見てみたいと思ったことを思い出す。
近づけば近づくほど、この境界線はどこまでも曖昧になっていくのだろうと気づいたとき、無邪気に抱いた夢は、いとも簡単に手放すこととなった。

境界線のない曖昧な関係は、いつか雲のように消えてしまうのかもしれない。
それでも雲は、こんなにも堂々と、流れに抗うことなく、空に身を委ねている。
まるで自分の居場所を分かっているようで、ただ空に浮かんでいる、それがとても心地良さそうで、羨ましく思えた。

眩し過ぎる夏は苦手だった。
彼が見せてくれた夏は、初めて私に心地良さを教えてくれたのに、夏の彩りを消してしまう夏の雨は嫌い。

この夏が鮮やかだったということだけが、記憶に残れば良いのに。
あの時、そう思ったのを覚えている。


 彼と同じ就職先になるだなんて、想像もしていなっかたけれど、彼の顔を見た時は本当に嬉しかった。
これからは同僚として、また一緒に過ごすことが出来ると思うと楽しみだった。

彼と過ごす休憩時間は、心からリフレッシュすることが出来たし、会っていなかった期間を取り戻すのに、そう時間はかからなかった。
いつだって親しみやすく、何でも楽しく話してくれる彼のおかげだった。

この夏、休みのタイミングも同じ私たちは、高校時代の放課後のように、地元の海で一緒に過ごすことが出来た。
一緒にいることが自然となっていて、聞かずとも帰省している前提で、海で待ち合わせをしたこともあった。

暑い日の休憩中も、週末の海も、毎日を彩る、彼と過ごすこの夏が好きになっていた。


 彼と再会してから迎えた今年の夏は、目に焼き付いたはずの鮮やかさを、雨がまた消してしまいそうで不安になる。
もっと上手に話せたらいのに。大事なことになると、また上手に話せない。
言葉にならないのなら、この絵画のように表現出来たら、彼に上手に伝えることが出来るのだろうか。

彼は私を追いかけたりはしない。
そういう人だ。
そういうところに惹かれていたんだ。

そろそろ帰ろうと思い、入り口のほうを向くと、そこには母がいた。
「ここに来てたのね。この絵画が気に入った?」

「お母さん、東京に戻ってたの?」

「ちょうど今戻ったところなの。 このギャラリー、うちの事務所がサポートに入っているから、寄ってみたらあなたがいて、驚いちゃった。 来てくれていたなんて、嬉しい。」

家へ帰ろうと思っていたところだったけれど、母がお茶に誘ってくれたので、近くの喫茶店でお茶をしてから帰ることにした。
母も同じタイミングで、父の住む家に帰省をしていて、母と一緒に東京に戻るつもりでいたけれど、私が一人で先に帰るなんて言ったから、母も私の心情をなんとなく察してくれているようだった。

「お母さんも関わっているギャラリーなら、初めから一緒に来れば良かったかなぁ。」

「ちょうどギャラリーで会えたわけだから、良かったのよ。 久しぶりに夫婦二人で、のんびりとした朝を過ごして、これはこれで私にも必要な時間だった。 それに、ひとりになる理由があったんでしょ?」

こういう時、母はよく喋る代わりに、あまり詳細を聞かないでいてくれる。
けれど、なんとなく分かってくれているのが伝わってくる。

「あなたは、何かあった時にひとりになろうとするから。 けれど、あの絵画はあなたに優しく寄り添ってくれたでしょ? 相手のことを知ろうとすることはとても大切だけど、知ってもらおうとすることも大切なのよ。」

「うん、ありがとう。」
母の前でも上手に言葉に出来ない。

「私はあなたが幼い頃から、あなたの好きなことを知れる時間が、とても嬉しい時間だった。 ときには、言葉じゃなくても良いのよ。」
母の言葉が胸に沁みた。

「よし、ギャラリーで少し作業をしてから家に帰るけれど、あなたはどうする? 一緒にギャラリーで過ごしてもいいし、先に帰っていてもいいし、、」

大学進学を機に上京してからは、母が引っ越したマンションに二人で住んでいる。

「もう少しだけここで過ごして、それから帰る。」

「じゃあ、また後で家でね。 帰るときに連絡するから、雨だから気をつけてね。」

「うん、お母さんもね。」
上京して、学生から社会人になっても、母のセリフは『お母さん』だ。
人前で言われると少し照れくさいけれど、母の『お母さん』の優しさは、身に沁みるほど嬉しい。

ふと手元に目を下ろすと、汗をかいたグラスに、溶けた氷で薄まったアイスコーヒーがそこにあった。
彼はこの夏、ほとんど氷のアイスコーヒーが好きだと言った。
一気に飲み干したときの氷の音は、暑くて湿った空気の中、涼しげに感じた。

「溶けちゃったよ。」
思わず呟いて、涙が出そうになった。


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