岩田聡さん、苛烈な優しさを持った緻密な戦略家|尊敬する人②
僕が最も尊敬している人に、元任天堂社長の岩田聡さんがいます。
天才プログラマーであり、凄腕の経営者であり、ニンテンドーDSやWiiを世に送り出した人。
だけど僕は、岩田さんの実績そのものに惹かれているわけではない気がします。
一体、何にこれほど惹かれているのか。
岩田さんの歩みを辿りながら、考えてみたいと思います。

どこを取っても圧倒的
まずは、岩田さんの実績を振り返ってみます。
20代で、HAL研究所にアルバイトからそのまま入社。
高校時代から培ったプログラミング技術を活かして、「ファミリーコンピュータ」黎明期のソフト『ピンボール』『ゴルフ』などの開発を牽引。
30代前半で、約15億円の負債を抱えたHAL研究所の社長に就任。
社長として会社再建に取り組むと同時に、開発終盤に破綻しかけていた『MOTHER2』にプログラマーとして参加。約1年で発売まで導く。
15億円の負債は、6年で完済。
40代で任天堂の社長となり、ニンテンドーDSやWiiを世に送り出す。
さらに、後にNintendo Switchとして結実する次世代ゲーム機「NX」の開発も進める。
これだけを見ると、岩田さんは、まるで違う世界を生きた天才に見えます。
けれど、その原点は、意外に素朴なものでした。
友達を喜ばせたかった高校生
岩田さんは高校生の頃、アルバイト代などを貯めて、「プログラムできる電卓」を買いました。
当時は専門誌もなく、周囲にプログラミングを教えてくれる人もいませんでした。
それでも、試行錯誤を重ねながら、授業中に遊べるような簡単なゲームをつくりました。
そして、隣の席の友だちに見せていました。
岩田さんにとって、その友だちは「最初のお客さん、ユーザー第1号」だったそうです。
大学に進んでからも、岩田さんは仲間とプログラムをつくり、互いに見せ合って遊びました。
その後、岩田さんは仲間に誘われ、当時まだ小さな会社だったHAL研究所に入ります。
プログラムをつくることと、それを誰かに見せて喜んでもらうこと。
隣の席の友だちと始めた遊びが、そのまま岩田さんの仕事になっていきました。
90人に向き合い続けた経営者
HAL研究所の経営が苦しくなると、岩田さんは30代前半で社長に就任しました。
経営危機に直面した経営者が、ふつう最初に考えることは、資金繰り、事業ポートフォリオ、リストラクチャリングだと思います。
けれど岩田さんは同時に、半年に一度、約90人の社員全員と面談を始めました。
一人あたりの時間は、長い場合は3時間。
最初の質問は、いつも決まっていました。
「あなたはいま、ハッピーですか?」
しかも岩田さんは、ただ愚痴を聴いて終わりにしませんでした。
相手の話を聴いた後、自分の考えも率直に伝える。
社長と社員の間にある情報の非対称性を埋める。
誤解があるなら解き、自分の認識が間違っていれば改める。
この面談を行った時期は、会社再建だけでなく、『MOTHER2』開発とも重なっています。
多忙さは、苛烈を極めたはずです。
それでも岩田さんは、一人ひとりが納得して働ける状態をつくろうとしました。
家庭とゲームの壁を壊したイノベーター
任天堂の社長になった頃、ゲーム業界では性能を上げ、映像を美しくする競争が進んでいました。
岩田さんは、このままでは任天堂はゆっくり衰退に進むと、危機感を募らせます。
そこで、「ゲーム人口の拡大」をコンセプトに掲げました。
それまでゲーム機にまったく触らなかった人にも、
「この機械は邪魔じゃない」
「むしろ、自分にとっても有益なものだ」
と思ってもらえるゲーム機を目指しました。
そして、Wiiが生まれました。
子どもだけでなく、その親やおじいちゃんおばあちゃんも遊べる。
ゲームが得意な人だけでなく、ほとんど遊んだことのない人も参加できる。
家族がリビングに集まり、身体を動かして盛り上がる。
岩田さんは、Wiiを「取り巻く人々を笑顔にするマシン」と表現しています。
「顧客」と言うと、普通はその商品を買い、実際に使う人を思い浮かべます。
しかし岩田さんは、その周囲にいる人たちまでお客さんにしてしまいました。
ゲームに興味がない人。
ゲー厶を難しいと感じている人。
ゲームを、少し迷惑に感じている人。
岩田さんは、人とゲームの関係を変えました。
僕が岩田さんに惹かれる理由
隣の席の友人から、90人の社員へ。
そして、世界中の家庭へ。
岩田さんがハッピーにする人は、どんどん増えていきました。
しかし、その道程は、ただ優しいだけではなかったはずです。
いつも、一番忙しいところに自分を置きました。
他者に対しても、面談の件を聴く限り、「わかり合う」ことに相当ストイックでした。
また、Wiiの件からは、業界構造や人間の行動心理を先読みする、緻密な戦略家だったことも伺えます。
だから、岩田さんは、
「人のハッピーのために尽力した人」では足りず、
「人をハッピーにするため、骨身を削って、手段を尽くし、信念を曲げない、どこか愛嬌のある戦略家」だったように思えます。
見た目は飲みやすそうなのに、中身は劇薬。
僕は、この圧倒的な実力と胆力、そしてその力を「人のハッピー」に全投下した苛烈な優しさに、惹かれているのだと思います。
