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父は金を賭け、僕は言葉に賭けている|両親の記憶①

父は、賭け事が好きな人でした。

僕は、ギャンブルをしない真面目な息子だと思われていました。

でも最近、そうでもないのかもしれないと思っています。

お金は賭けない。

けれど、考えたことを人に差し出すとき、僕はいつも何かを賭けている。


たぶん僕の脳は、あらゆる報酬系に貪欲。
特に知的報酬は強烈に響く。

自分の「わかった!」でフル稼働、
相手の「なるほど!」に快感を得て、
さらに「それで行こう!」と動くと感動する。


ひとりで考えた結論を、ふたりめに投げかけて、
「我々の主観」になった瞬間、安堵で笑顔があふれます。

全体重を乗せたお話を、人様に曝す瞬間は、すこし怖い。
ストーリーを繋いでも、構造的な見た目にしても、
最後はギャンブル。

「もしかして、これって意味不明…?」

「そもそも、前提が合ってない…?」


父は、賭け事が大好きでした。
競馬、競艇、パチンコ、麻雀などなど。

スーパーファミコンで
馬券を買っていたときは、混乱しました。
(ちっちゃいボタンが大量に並んでる専用コントローラ、あれはなに?)

株についても

「値動きとヤフコメがすべて」
「株はギャンブル」

清々しいです。


そんな父は、大人になった僕に、

「たけは真面目だなぁ」
「ギャンブルは何もやらないのか〜さすがだな」

教えてあげたいなぁ、
僕も実はギャンブラーだったって。

おとんみたく
お金は賭けないけど、
全人格を賭けてるよ。

わけわからんって、笑うかな。



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