なぜか忘れられない一言は、だいたい意味がわからなかった|違和感③
むかし誰かに言われた一言が、ふと頭をよぎることがあります。
その時は意味もよくわからなかった言葉だったりします。
振り返ってみると、
自分の中に残っていたのは、その言葉の意味ではなく、むしろ、そのとき感じた違和感や感情でした。
新卒の頃: 人間の本性
誰かに直接「ありがとう」って言われる仕事に就きたいんだよなぁ。
たしかに、プラントEPCの仕事で感謝される機会は非常に稀です。
数年に一度、プラントが完工したときくらいでしょうか。
ただ、当時はこの言葉にピンと来ませんでした。
むしろ「感謝されたくて仕事するって、自分勝手じゃない?」とすら思っていました。
けれど今は、ものすごくよくわかります。
人間は社会的な生き物で、感謝の言葉でチアアップされるようにできている。
他者とのつながりを維持するために進化してきた仕組みで、ほとんど本能なんだろうと思います。僕もそうです。
大学生の頃: ひたすら混乱
じゃあ今日はこれやりましょう!
マエケン体操〜!
セリフというか動きですが、前田健太投手の名前すら知らなかった僕には、あまりに急で珍妙すぎました。
当時の僕にとって「マエケン」といえば芸人の前田健さん。
目の前で繰り広げられる体操が何を意味しているのか、ひたすら混乱したのを覚えています。
高校生の頃: 意外な自戒
臆病な、自尊心!
尊大な、羞恥心!
有名な『山月記』の一節ですが、彼がやっていたのは現国の先生の誇張モノマネでした。
当時の僕はまだこの作品を学習しておらず、意味はよくわからない。
ただ、やたら難しい言葉の羅列と、それに似つかわしくない節回しだけが、強烈に記憶に残りました。
そして怪我の功名というか、いまでもこの言葉をふと思い出して、自分を戒めることがあります。
中学生の頃: 自分を知る
平野ってなんか孤独だよな。
あまりに唐突で、自分の本質を見抜かれたようでドキッとしました。
中学に上がるタイミングで県外から引っ越してきたこともあり、多少浮いていたのかもしれません。
ただ、自分としては、集団に溶け込もうとしているつもりでした。
それでも、心のどこかでは同調しきれていなかった。
そのズレが、周りには見えていたのかもしれません。
小学生の頃: 喜怒哀楽
たけぴー、クリーンナップだね!
僕はずっと1番バッターでした。
不振と後輩の台頭で、3番に変わった試合で言われた言葉です。
もちろんRくんは良い意味で言ってくれていたのですが、
この一言で「1番から降ろされた」という事実を突きつけられた気がしました。
悔しさと一緒に、今でも残っています。
平野さん、今の「ありがとね」は本当だったかもね!
なにかの行き違いで、僕が疑われたとき、同級生が事実を説明してくれました。
そのときに僕が言った「ありがとう」に対しての一言です。
僕は、「普段の自分の“ありがとう”は本気じゃないと思われているのか」と、強い違和感を覚えました。
大人の安易な声掛けが、子ども心に影を落とすことを実感しました。
自分がそうしないよう、気をつけたいと思います。
私、コンタクトしてるの。
見る?
当時、コンタクトレンズというものを知らなかった僕は、
先生の目に透明なものが乗っているのを見て、ただ怖くなりました。
特に意味のある出来事ではありませんが、
幼い頃の「怖さ」は、なぜか強く残るものだなと思います。
幼稚園の頃: 猪突猛進
いいから、おかんは行ってくるよ!!!
その日は、とんでもない暴風雨でした。
おそらく台風だったと思います。
それなのに、母は雨合羽と傘を装備して、アルミ製のボウルを片手に、団地に来ていた豆腐屋へ向かっていきました。
幼い僕には、それが戦地に向かうような無謀な行為に見えて、
混乱したし、少し悲しい光景として覚えています。
母はびしょぬれで、豆腐を一丁持って帰ってきました。
強いのか、頑固なのか、これは今でも意味付けできません。
ちなみに、豆腐は鍋になりました。
最後に
記憶に残っているのは、
いわゆる「名言」ではなく、むしろ、
・意味がわからなかった言葉
・その場では処理しきれなかった違和感
・感情とセットで引っかかった一言
でした。
おそらく人は、
「理解できた言葉」ではなく、
「引っかかった感情」を、強く刻むんだと思います。
だとすると、
今の考え方や価値観は、知識ベースというより、
むしろ、感情の積み重ねでできているのかも、と思いました。
