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探究変遷としての自分史

「考えるの好きですよね?」
「いつからそんな探究してるの?」

と聞かれることが、増えてきました。

自分でもよくわからず、
「あんまり勉強する子どもではなかったけど…」
と、ふわっと答えていました。

そこで、幼少期から振り返ってみたところ、
子どもの頃に遊び尽くした経験が、探究心の土台になっていました。

そして、遊び自体が、すでに探究だったようです。



幼少期:世界との折り合いのつけ方

幼稚園の頃は、

・戦隊ごっこで、緑レンジャーでも満足しているように見せる方法
・お絵描きの時間に、車を簡単に上手く描く方法
・将来の夢を聞かれたときの答え方

振り返ると、これはすべて

「世界との折り合いのつけ方」

でした。
子どもなりに、思うところがあったようです。


小学校:ルールのあるゲームの攻略

小学時代、親から

「子どもは遊びが仕事」

と言われていました。
僕はこれを、

「小学生の間は勉強しなくていい」と都合よく解釈しました。
(このすれ違いは、30過ぎてから父と話す中で発覚しました)

そして、僕のすべての時間と情熱を、

「遊びの攻略」

に注ぎ込みます。たとえば、

・遊戯王で「相手の手札をゼロ枚にして勝つ」方法
・スマブラの「ターゲットを壊せ」最速クリア方法
・ベイブレードを買えるおもちゃ屋さん探し
・景品別、UFOキャッチャーの勝利方法

など、ルールがあるゲーム攻略に没頭しました。
そして次第に、

・和太鼓の祭りで、大人の戦いに割り込む方法
(ただし、割り込んだ後のルールがわからず怒られた)
・算数の「なんで?」を考える楽しさ、など
(ただし、ブームは一瞬だった)

「ルールの外で楽しみを見つける姿勢」

も見つけ始めました。


中学:自分らしさと他者の共存

中学では、もっとルールが曖昧な世界に向き合うことになりました。

・転校先の文化、前提、当たり前を知ること
・ヤンキーに目を付けられない、けどすこしカッコいいジャージの着方
・ライトノベルを読んでるけど、オタクとして見られない方法、など

「自分を殺さずに、他者と協調する方法」

を考えていました。


高校:自分というキャラクターの設計

高校では、世界のルールが安定してきた中で、

「自分のキャラクターづくり」

に関心が向いていました。たとえば、

・カッコよく見える髪型、服装、会話
・心に余裕がある受験生に見せる方法
・初彼女に大喜びのくせに、平然として見せる方法

思春期あるあるで、すこし恥ずかしくもあります。


大学:仲間が楽しめる場づくり

テコンドー部に入り、
自然と場づくりに関心が向きました。

・身体が固い人でも確実に柔らかくなる柔軟法
・個々人が下手くそでも、全体で上手く見える団体型のコツ
・テコンドー関係者から「首都大って良いよね」と言われる振る舞いなど

要するに、

・どうすれば楽しさが伝わるか
・どうすればチームがうまく回るか
・どうすればコミュニティが広がるか、という

「仲間が楽しめる場づくり」

に探究が進化していったと言えそうです。
大人になりました。(すごく就活っぽい語りで恐縮です)


社会人:人の心のうごき

社会人になると、
多様な国籍の利害も異なる人々と働いたり、
上司から納得のいかない叱責を浴びたり、
意外なところで成果が出たりする中で、

・気持ちよく人に動いてもらうには
・自己を誇示する人の心理とは
・自分にとっての幸福とは、など

「人は何のために何をするのか」

を考え続けた10年だったように思います。

ふだん軽めに生きてるつもりですが、
こう書くと、ずいぶん重暗い人間のようです。


最後に

振り返ってみるとずっと、

「人は何に喜び、何に悲しむのか」

を探究しているのかもしれません。

・どうしたら、人は楽しめるのか
・どうなると、人は傷つくのか
・どうすれば、人はつながるのか

遊びの中で、
人間関係の中で、
コミュティの中で、
プロジェクトの中で、

同じ探究を、対象を広げながら、
繰り返していたようです。

なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!

『アンパンマンのマーチ』作詞やなせたかし

【自己理解を通じた人間探究】

【組織と戦略の探究】



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