無職が天職だったのに|違和感②
30歳前後の頃、
「とりあえず、経営コンサルに行けば、将来やれることも広がるだろう」
という理由で、コンサルへの転職を決めました。
しかし、
入った会社がやっていたのは、
総務部の代わりに、相見積もりを取って、
単価交渉をするような仕事でした。
入社前の理想とのギャップは大きく、
上司からも評価されませんでした。
一方、同じ部署に3人いた、
僕より年下のメンバー達は、
その上司に認められ、マネージャーに昇格。
僕の中では、焦りと不安が充満していました。
そして、
自分の何が悪いのか、
何を改善したらいいのか、
なにもわからなくなり、
休職しました。
これは、僕のキャリアの中でも、
かなりハッキリした挫折だったと思います。
ふと気がつくと、手の中には、何も残っていないように感じました。
初めての休職、ニートに目覚めた
こうして突入した休職期間、
前半は投薬でボーっと過ごし
後半は毎日面接で落ち続ける日々のなか、
ある違和感を感じていました。
「あれ、焦ってこないな…」
客観的に見ると
・30歳になって
・専門性と実績なし
・2社めは約1年でノックアウト
「これから人生どうなっちゃうの?」
と焦ってもよさそうな状況。
さらに、もう1つの違和感。
「飽きもこない…?」
2日に一度くらい面接を受けて、
あとの時間は、ひたすら近所を散歩して、いつものブックカフェに行って、コーヒー1杯で何時間も居座るような生活を送っていました。
(電車賃と娯楽費を極限まで抑える作戦)
リタイアした人は、お金に余裕があっても、退屈な日々に耐えられず、必ず仕事を再開する、
とよく聞きます。
一方、僕は焦りもなければ、飽きもせず、
毎日平和に暮らしていました。
「あれ、もしかして自分、ニートに向いてる?」
そういえば、一番の親友も、大学中退からずっとニートだったと思い出しました。
というか、父親も定年を待たずして無職になってました。
育児休暇、ニートに確信を持った
面接は、落ちに落ちまくったのですが、
なぜかFASから内定をもらって、転がり込むように入社しました。
そして、色々あってチームを異動した頃、妻の妊娠が発覚。
その後、無事に律人が生まれて、
僕は半年間の育児休暇に入りました。
それは、いま想うと懐かしい日々で、
午前中は、料理、選択、律人の身支度。
午後には、律人を連れて散歩、食材の買い出し。
夜になると、夕飯づくり、律人とお風呂など。
ひたすら同じような日々の繰り返しでした。
(再び、電車賃と娯楽費を極限まで抑える作戦)
実に平和でした
そして、また感じました。
「今回も、焦りがない」
「飽きもこない」
「もしかして自分、無職の才能ある?」
「よし、将来はニートになろう」
この話を、同じ会社でコーチチングをしている女性にしたら、
「あー、えっと、ひろゆき的な?思想を発信するみたいなやつ?向いてそ〜」
さすがコーチ。
ナイスなリフーミング。
「いやいや、ひろゆきはお金稼いでるでしょ?そうじゃなくて、本当のニート」
「…………」
理解されませんでした。
それでも仕事に捕まった
それなのに、僕は仕事の面白さに捕まりました。
組織変革の現場で、人の目の色が変わる瞬間があります。
最初は他人事だった人が、「それならやってみたい」と言い始める瞬間。
バラバラだった話が、一本のストーリーになり、場の空気が少し変わる瞬間。
それを見て、僕は変わってしまいました。
別に働かなくても平気だったはずなのに。
散歩して、本を読んで、コーヒーを飲んでいるだけで幸せだったはずなのに。
人が動き出す瞬間に立ち会うことが、楽しくなってしまった。
たぶん僕は、仕事がないと生きていけない人間ではありません。
でも、仕事でしか得られない悦びを、知ってしまったのだと思います。
これは祝福でもあり、呪いでもある。
だから今年の目標は、
もっと成果を出すことでも、
もっと評価されることでもなく、
脳が静かに回り続ける状態を守ることにしました。
焼き切れないように。
異音を聞き逃さないように。
できるだけ長く、この面白さを感じ続けたいと思っています。
【自己探求を通じた人間理解】
【経営と戦略の探究】
