主体性をめぐる違和感、これは探究なのか欲求か|自己紹介
はじめまして。平野雄大です。
僕は仕事を通じて、
「人の主体性に火が点く組織づくり」を探究しています。
それはコーチングのように1人1人と向き合うだけではなく、「組織変革」という形を取っています。
その理由は、まだ完全には掴めていませんが、
これまでの経験を振り返ってみると、いくつかの線が見えてきました。
自己紹介を兼ねて、原体験から探究の現在地までを、書いてみたいと思います。
主体性が棄損されることへの違和感
振り返ると、自分が強い怒りや違和感を覚えた瞬間は、いつも共通していました。
それは、「自分らしさ」や「主体性」が棄損されたときです。
・幼稚園の頃、転校直後に軽くいじめられたとき
・中学に上がり、ヤンキー文化の中で対等な関係が成立しなかったとき
・社会人になり、納得のいかない叱責を受け続けたとき
どれも、「ありのままの自分」でいることが許されない感覚でした。
どうやら自分は、幼い頃から主体性を大切にしていたようです。
その理由ははっきりとはわかりませんが、おそらく母から無条件に愛されていたことが大きい気がしています。
「自分という存在」に確信があったからこそ、「ありのままの自分」を守ろうとする力が強くなったのかもしれません。
一方で、母からは「屁理屈」「頑固」といった決めつけも受ける中で、どこかで「自分には創造性がない」とキャップをかける側面もありました。
ただ、友人と遊んでいるときは違いました。
色々なゲームで、対等な関係で戦い、工夫して勝ちにいく。
自己像にキャップがありつつも、「主体性の発揮が楽しさの土台である」という確信が育った時期だったと思います。
自己存在の崩壊と回復、創造性の確信
社会人になってから、そのバランスは一度崩れます。
初めて転職した先での経験は、主体性だけでなく、
自己存在そのものの確信を揺るがすものでした。
ただ、それは休職期間や、結婚したばかりの妻の存在によって、徐々に回復していきました。
(美談っぽくて恐縮ですが、本当にそうでした)
そして、2度目に転職したFASで、
戦略プロジェクトを通じて、自分にも創造性があるという確信を持てるようになりました。
ここで、長年かかっていたキャップが外れた感覚がありました。
その反動なのか、いまは「自分の全体重を乗せた考えを、世界にぶつけてみたい」という衝動があります。
そして同時に、周囲の人にも「もっと主体性や"あなたらしさ"を出してほしい」と思うようになりました。
一方で、正直に言うと、それは「誰かのために」というよりも、
「その方が自分が面白いから」という感覚に近いです。
ある意味では、「もっと面白いものを見せてくれ」という欲求でもあります。
この欲求は、統制的なふるまいにも転嫁しうるもので、自分自身、意識的に扱わないと危うい火だとも感じています。
なぜ組織変革なのか
ではなぜ、私は1人1人と向き合うだけでなく、「組織変革」という形にこだわっているのか。
一つは、単純に適性の問題だと思います。
人と向き合うことも好きですが、
それと同じくらい「戦略やストーリーを編み、それを組織に通していくこと」に面白さを感じます。
個人の内面に触れるだけでなく、
その人が置かれている文脈や構造を変えることで、
人と組織の意味解釈や行動がどう変わるのか。
そこに強い関心があります。
もう一つは、仮説としての問題意識です。
多くの人の主体性が発揮されない真因は、個人ではなく「場」にあるのではないか。
そこで語られているビジョンやストーリー、暗黙の前提、評価制度、意思決定の仕組みなど。
場を構成するあれこれが、人の思考や行動を押し込めているのではないか。
だとすれば、個々人に火を点けるだけでは不十分で、その火が消えない場をつくっていく必要がある。
そう考えて、組織変革に向き合っています。
探求の現在地
人は「やれる」と「やりたい」が重なったとき、「やるぞ!」と主体性のスイッチが入ると思っています。
その前提で、組織の主体性を立ち上げるプロセスについて、以下の仮説を立てています。
① 変革リーダーの「やりたい」を掬い上げて言語化する(内発的動機)
② 現実を踏まえて意味を再編集し、勝ち筋のある戦略ストーリーを仕立てる
③ 現場メンバーが「やれる」と感じて行動する(外発的動機)
④ 成果や手応えを通じて、メンバー自身の内発的動機が立ち上がる
つまり、
リーダーの内発 → ストーリー化 → メンバーの参加 → メンバーの内発化
という流れです。
この仮説は、主体性が弱まっている組織では、ある程度機能すると思っています。
(いわゆるJTCと呼ばれる企業など)
ただ、これは「個々の主体性に火が点いていない状態」を前提にしているため、
「個々の主体性に火が点いているがゆえに生じる問題」を十分に扱えていません。
そもそも、「主体性に火を点ける」だけで十分なのか。
この探求テーマそのものも、問い直す必要があるのかもしれません。
【コンサルの役割再定義】
【自己紹介のようなもの】
【家族から教わったこと】
【街の人々、日常の違和感】
【わかり合うことについて】
【尊敬する人】
