ここのなかの何処かへ/トリン・T・ミンハ
僕たちは、気づけば無数の「壁」に囲まれて生きている。物理的な壁、社会的な壁、そして心理的な壁。その壁は、僕たちを安全な「内側」に保護しているように見せかけながら、同時に僕たちの視界を遮り、思考を規定し、生そのものを管理する。この壁に囲まれた衆人相互監視の世界では、すべての人がそのシステムに取り込まれながら、その内部でさらに無数の壁が「こちら」と「あちら」を分割している。
それは、ジョルジョ・アガンベンが生政治の極点として示した、「ビオス(政治的・社会的な生)」と「ゾーエ(剥き出しの生)」の分割線によく似ている。分割されながらも分離不可能な状態で、搾取する側とされる側は密着し、この世界を成り立たせる。ブルーノ・ラトゥールが、近代が作り出した「自然/社会」という第一の分水嶺と、その近代の臨界点としての「地球/人間」という第二の分水嶺によって喝破したように、僕たちは分離の操作によって結合され、管理されるのだ。
そんな巨大な構造がどのように生まれてきたのか。その歴史的背景を俯瞰するために、僕はこれまでデヴィッド・グレーバーの『負債論』を読み解き、貨幣と暴力が「負債」という道徳感情を通じていかに人間を縛りつけてきたかを探った。また、ペーター・スローターダイクの『水晶宮としての世界』を案内役に、グローバル化がもたらした「拡張の夢」が、いかにしてすべての人間を内包する快適な温室(しかしその実、格差と排除に満ちた閉塞空間)へと至ったかを見てきた。
これらはいずれも、巨大なシステムをマクロな視点から捉えようとする試みだった。しかし、その巨大な構造は、僕たち一人ひとりのパーソナルな生と無関係ではありえない。だからこそ今回は、視点をがらりと変えたい。
ベトナムに生まれ、アメリカで活動する映像作家、著述家、音楽家であるトリン・T・ミンハの、きわめてパーソナルでありながら、どこまでも普遍的な問いに満ちた声に耳を傾けたいのだ。彼女の著作『ここのなかの何処かへ』は、まさにその壁の内と外、こちらとあちらの「なかの何処か」から、僕たちの凝り固まった思考の壁を打ち破るための言葉を投げかけてくる。

壁の向こう側、壁の内側――越境と創造のダイナミクス
トリン・T・ミンハは、単純な二元論に与することを一貫して拒み続ける作家だ。彼女にとって世界は、西洋/東洋、第一世界/第三世界、男性/女性といった安易な対立項で割り切れるものではない。本書『ここのなかの何処かへ』は、彼女自身の経験――壁の外から内へという単純な移行ではなく、ある壁の内側から追いやられ、別の壁の内側で「外の者」と見なされ、しかし、その複数の壁の狭間にいることによってこそアイデンティティが成り立つという、矛盾に満ちた圧倒的な現実――を深く掘り下げていく。
彼女がまず焦点を当てるのは「壁」そのものだ。
それはパレスチナの分離壁や、占領下のバグダッドを囲む防護壁といった物理的な壁であると同時に、僕たちをカテゴライズし、分断する文化、社会、心理の壁でもある。人々は壁によって自らの地平を妨げられ、欲望や恐れを傷つけられる。その結果、壁の向こう側を見る代わりに、壁そのものを凝視するよう強いられる。しかし、ミンハは言う。
そうした行き詰まり状況こそがどこか別の場所への道筋、それも創造的に大胆とも見られるような道筋へと通じるのだ。
壁は人を排除する。しかし、その壁は逆説的にも、それを越えようとする創造的なエネルギーを生み出す。境界に住む人々が痛切に語るように、「人を排除するための高い壁は同時に人を招き入れるものともなる」 のだ。あなたが壁を建てれば、私たちは掘る。あなたが掘り進めれば、私たちはさらに深く掘り続ける。それはジュディス・バトラーが『アセンブリ』で描きだした光景にも重なる。
これらのデモあるいは、まさしくこれらの運動は、公共空間で主張すべく共に到来する諸身体によって特徴付けられる、と述べることは簡単だが、そうした定式化は、公共空間は所与のものであり、そうしたものとして既に公的であり、承認されている、ということを前提としている。もし私たちが、こうした群が集まる際にその空間の公的性格そのものが議論されており、争われてさえいる、という点を理解し損ねるなら、これら民衆デモについて重要な何かを見逃すことになる。(中略)集団行動は空間そのものを集合させ、舗道を集め、建築を活気付け組織化する、ということだ。私たちは、民衆集会と公的発言のための物質的諸条件が存在する、という点を強調するのと同程度に、集会と発言がどのように公共空間の物質性を再構成し、そうした物質的環境の公的性格を生産あるいは再生するのかを問わなければならない。
壁の向こうから聞こえてくるのは、既存の言語体系では捉えきれない、異なるリズムと抑揚をもった声だ。それに耳を傾けることは、「耳の聞こえない聾者と口のきけない唖者を繋ぐ絆に耳を傾けることを意味する」。
この壁をめぐるミンハの思索は、パレスチナの状況に触れることで、さらに具体性を帯びる。イスラエル側では「安全のための柵」と呼ばれる壁が、パレスチナ人にとっては「人種隔離のための壁」となる。『反穀物の人類史』で描かれた万里の長城の機能となんら変わらない。いまも昔も壁は二重の存在である。
そして、その壁は、単なる物理的な建造物ではない。
それは、壁というより、人々が行方不明になったり、記録から掻き消されたりしているという現象、あるいは、パレスティナの土地や水が消失している、つまり、パレスティナそのものが放逐されているといった現象を示すものなのだ。
壁は、生の可能性そのものを奪う暴力の象徴だ。しかし、ここでも抵抗は生まれる。バグダッドの芸術家集団「ジダール(壁)」は、殺風景な防壁に淡い青を塗り、その壁を「彼方の空を眺めているかのような気分」にさせる「芸術のオアシス」へと変えていった。絶望的な壁を、創造的な表現のための巨大なカンヴァスへと転換する。この行為のうちに、ミンハは抑圧に対する最も力強い応答を見出すのだ。
「内なる他者」と複数性の肯定
ミンハの思考の核心には、安易な二元論への徹底的な批判がある。「こちら側/あちら側」「自己/他者」「内/外」といった対立構造は、世界を単純化し、支配を正当化する。しかし、現実はもっと複雑だ。ミンハは、二元論的世界に留まることの危うさを指摘する。
(こちら側とあちら側といった)二元論的世界に住むこと自体は合理的見方からも受け入れられるのに、二つあるいはそれ以上の非対立的世界に生きるということは――そのどれもが今生きている世界そのものなのだが――必然的にその内部に沈黙を刻み込むこととなる。
異質な世界を前にしたとき、僕たちは言葉を失う。それを「喪失」や「欠如」として捉えるなら、僕たちは自らの居場所に閉じこもることしかできない。しかしミンハが指し示すのは、その沈黙の先にある可能性だ。他者とは、決して「あちら側」、つまり自己の外側にだけ存在するものではない。
「他者」とは決してあちら側、つまり、自己の外のみに存在するものではない。なぜなら「他者」とは常にここ、つまり、〈私たち〉のあいだにもあるもので、「他者」という名称が具体的事実として成り立つのは、私たち〉の言説内においてだからだ。
「他者」はつねに「内なる他者」として僕たちの内部に存在する。アガンベンが描きだしたビオスとゾーエの二重性は外にあるのではなく、まさに内にある二重性だ。
だからこそ文化は、決して純粋で統一的なものにはなりえない。それは常に差異や異種混淆性、異質な要素を内包している。そして人間個人も常にこの差異や異種混淆性を内部に秘めているはずである。
この認識は、ミンハが提唱する「複数性」の思想へとつながっていく。世界は「黒か白か」の二元論では捉えきれない。それはむしろ、彼女が言うところの、
無限の色合いの白が存在する中で黒および赤という二者をいかに同時に保持するかということ(チャの多言語を保持するやり方)なのだ。
この複雑な現実を生き抜くために、「中間(たち)」の視点が重要になる。どこか一つのカテゴリーに収まることを拒否し、境界線上に留まる存在。彼ら、彼女らは、分離・分割による統治を乗り越える「新たなる関係性という潜在的創造性」を生み出す可能性を秘めているのだ。
「家」と「言語」を脱臼させる旅
こうしたミンハの思想は、「旅」「亡命者」「難民」といった存在の捉え直しへと展開していく。彼らは通常、固定された場所やアイデンティティから切り離された、欠如を抱えた存在として描かれがちだ。スナウラ・テイラーが明らかにした障がい者や動物に対する視線を思い出そう。
障害がこの世界に何か肯定的なものを与えることができるかどうか、わたしがシンガーに尋ねたとき、彼の答えは、葛酸について、克服について、そしてケアについて、人びとに教訓を与えてくれるかもしれないという、そもそも否定的な何かとして障害を想定するものだった。
しかしミンハは、そこに積極的な意味を見出す。そもそも、僕たちが依拠する「家」や「言語」は、本当に安定した自明な存在なのだろうか。
ミンハによれば、「家」は決して安住の地ではない。特に、故国を離れた者にとっての家は「状況次第で変わりうる、かりそめの場所以外のものには滅多にならない」。元の家は回復不可能であり、新しい家を得てもその不在が消えることはない。だからこそ、故国と海外を往復する運動そのものが、住まうことの一つの形態となる。
「言語」もまた同様だ。僕たちは言語を〈母〉や〈女〉と同じように、自然で均質なものとみなしがちだ。だが、それはギー・ドゥボールが「スペクタクル」と呼び、スローターダイクが「構成主義」と呼んだものと同様、きわめて人工的な構築物だ。ミンハは、言語が固定的なものではなく、移動の中で「臆面もなく異種交配を続ける」と述べる。言語は常に「翻訳」の過程にあり、そのプロセスの中で変化し、生き延びていく。
この視点から見れば、亡命者や移民である作家たちは、言語をたんなる感情の発露の具とするのではなく、「言語の空隙を探求しようとする」存在となる。彼らは、一つの国や言語に安住せず、常に移動し、さまよう。その不安定さこそが、既存の秩序を揺るがし、新たな意味を生成する源泉となるのだ。まさにヴァルター・ベンヤミンが翻訳について述べたように、優れた翻訳はオリジナルを模倣するのではなく、両方の言語を成長させる。ミンハの言う「旅」とは、そうした創造的な翻訳の実践そのものなのだ。
翻訳とは、「元の言語が成長してゆく過程と翻訳言語自体が味わう産みの苦しみの双方を負うという特殊な使命を帯びている」。
暗闇からの知――「女性」「自然」「沈黙」
ミンハは、家父長制や植民地主義といった支配的な言説が、「理性的」「文化的」なものの対極に位置づけ、抑圧してきた領域に、新たな知と創造性の源泉を見出す。それが「女性」「自然」「沈黙」だ。
彼女は、東日本大震災後に立ち上がった「原発いらない福島の女たち」の運動に、新しい抵抗の形を見出す。彼女たちの運動は、「生命を大切に守るというすでに慣習化された立場を情熱的に訴えることで、既存の別の動き「反核/平和、反基地、グリーンピースなどの運動」とも融け合う」 ことで、世代を超えた市民の声を結集させた。これは、論理や理論ではなく、生の実感から発せられる声の力強さを示している。
ミンハは、マルグリット・デュラスの言葉を引いて、女性の文学が「暗闇から翻訳されている」と述べる。女性は何世紀ものあいだ「暗闇」の中にいた。だからこそ、そこから何かを創造するためには、既存の光(=男性的な論理)を基準にするのではなく、暗闇そのものを出発点としなければならない。その時、人は「自分が巨大な「せぬ隙」――宙づりの世界――に直面しているのに気づく」のだ。この「隙間」や「沈黙」こそが、多価的な変化を可能にする創造の空間となる。
「自然」もまた、支配的言説によって客体化され、搾取されてきた。現代において「自然」は、もはや純粋な存在ではなく、メディアや消費社会によってイメージが生産され、売買される商品と化している。ミンハは、エコフェミニズムの視点から、この構造を鋭く批判する。特に、西洋のビジネスマンたちが、アドベンチャー・ツーリズムやセックス・ツーリズムと称して、「発展途上国や非工業国における辺鄙な地域の居住者ないしは出身者たちのエキゾティックな「過ぎゆく美」」を欲望の対象とする。ここで「野性的な自然」は、しばしば第三世界の女性の身体と重ね合わされ、消費と経済的搾取の対象となるのだ。
こうした西洋的な自然観・世界観に対置されるのが、東洋の墨絵のような芸術だ。西洋美術が対象を固定された形として捉えようとするのに対し、墨絵は「生成の状態にある事物をとらえる方が重要で、そうすることによって、生命力あふれる〈持続性〉を墨絵に統合させる必要がある」とされる。それは対象を知識として支配するのではなく、対象がもつ「気」や生命の流れを感じ取り、それと一体化しようとする「非-知識」の実践なのだ。
グローバル資本主義の罠と新たな抵抗
しかし、ミンハは現代社会の複雑さから目を逸らさない。彼女が肯定的に捉える「複数性」や「多様性」でさえ、グローバル資本主義のシステムの中では容易に商品化され、消費の対象となってしまう。
そのようにいわば多様性を商品化する動きには、より迅速に消費を促したいという意図が潜んでおり、そうした風潮に少なからず落胆させられてきた私はかなりの期間にわたって、少なくとも合衆国においては、人種、エスニシティ、階級、ジェンダー、ポストコロニアリズムなどに関連する雑誌やアンソロジーへの寄稿を愛想のいい編集者たちから頼まれた際には、自作の詩のみを送るようにしていた。学者や正統的マルクス主義者の中には、「恋愛詩」にしか見えない私の作品に戸惑う者もいたが、不承不承に受け入れる者もいた。
この問題意識は、彼女をグローバル化における「債務」の問題へと導く。それはまさに、デヴィッド・グレーバーが『負債論』で論じたテーマと響き合う。ミンハは、第三世界の債務問題が「搾取者ー被搾取者間の悪循環といったすでに馴染みの動きにすぎない」と指摘する。さらに、その「負債」の論理は第三世界だけのものではない。クレジットカードやローンの普及によって、先進国の個人までもが、
失敗と成功が同列に置かれるようなグローバル化の時代には、家や車、コンピュータなどの購入のため、生理の負債を抱え込むといったことが典型的にアメリカ的なやり方とされており、そうした暮らしのスタイルが公的領域のみならず私的な領域でも当然のこととなっている。
僕たちは皆、見えない「負債」のシステムに組み込まれているのだ。
さらに「テロとの戦い」以降、社会は新たな差別と排除のメカニズムを強化している、とミンハは警告する。メディアは特定のイメージを煽り、人々は「「見かけが犯罪者的」で、かつ、犯罪率の高い場所に居住するような人々を「ことごとく実際の犯罪者とみなす」といった論理」を受け入れてしまう。こうして、周縁化された人々は「他者」として社会から排除され、その悪を取り除くためには「高度なテクノロジーによる正しい形成手術しかない」という暴力的な論理が正当化される。ここには、スローターダイクが『水晶宮としての世界』で描いた、内部の安全を確保するために外部の脅威を徹底的に管理・排除しようとする「免疫」の論理が働いている。
声を聞き、境界を生きるために
トリン・T・ミンハの『ここのなかの何処かへ』は、決して読みやすい本ではないかもしれない。彼女の言葉は詩的で、断章に満ち、直線的な論理を拒む。しかし、それこそが彼女の思想の実践そのものなのだ。グレーバーやスローターダイクが描き出したマクロな権力構造の地図を手にしながら、ミンハのパーソナルな声に耳を傾けるとき、僕たちはその巨大な構造が、一人の女性として、移民として、複数の言語と文化の狭間で生きてきた身体に、いかに深く刻まれているかを知ることになる。
彼女は、壁に囲まれ、二元論に引き裂かれ、負債に縛られたこの世界のただなかで、それでもなお、その裂け目や隙間にこそ創造性の可能性があると語り続ける。それは、安易な解決策やユートピアを提示するものではない。むしろ、境界線上で生きることの困難さと、そこから生まれる問いを、私たち自身が引き受けることを求める。
境界に生きるということは、位置を定めることと位置を喪失することのあいだに引かれる、危うい線上を絶えず踏みしめていくことを意味している。
この危うい線上を歩き続けるために、僕たちは何ができるだろうか。おそらくその第一歩は、ミンハのような、支配的な言説からはこぼれ落ちてしまう声に、真摯に耳を傾けることだろう。壁の向こうから、内なる他者から、そして自らの内なる沈黙から響いてくる声を聞き取ること。そして、その声に応答するために、自らの言葉を「翻訳」し続けること。その果てしない往復運動の中にしか、この閉塞した世界に風穴を開ける可能性はないのかもしれない。僕たちは、この本を閉じた後も、彼女が投げかける問いと共に、「ここのなかの何処か」をさまよい続けることになるだろう。
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