なりすまし屋 駅前交番の名無しさん#2
2.「なりすまし屋」の視点:演技と使命
警察官の制服というのは、実に便利な舞台衣装だ。袖を通すだけで、街の誰もが私を「完ぺきに公的な善意」として扱ってくれる。
今回の依頼は、人手不足で空き家同然になっている駅前交番に、一週間「存在」することだった。依頼主の意図は知らない。治安維持のデモンストレーションか、あるいは単なる街の景観整備の一環か。いずれにせよ私の仕事は、最高の「警察官」を演じること。それだけだ。
朝、鏡の前で表情を作ってみる。少しだけ眉を上げ、口角を3ミリだけ引き締める。信頼、誠実、そして親しみやすさ。それらを調合し、私は「爽やかなお巡りさん」に変身して「出勤」する。
実際に交番に立ってみると、街の人たちは驚くほど私のことを頼った。
老婦人の荷物は、警察官としてではなく「親切な若者」として持つ。だが、制服を着ていることで、その親切は「公的な保証」に格上げされる。迷子の頭を撫でる時も、私は警察官という記号を媒介にして、安心を街に供給する装置になる。
昨日の午後、やや鋭い目つきをした一人の中年男がやってきた。何かを怪しんでいる。
私の「完璧さ」が、かえって不自然なノイズとして彼に届いているのだ。プロとしては、少しばかり「隙」を見せるべきだったか。私はあえて、少しだけ事務的な、だが温かみのある声で応対した。
「こんにちは。良いお天気ですね」
あと数日でこの「勤務」も終わる。
制服を脱げば、私は再び「名無しさん」に戻る。以前、区役所の田中さんを演じた時と同じだ。
任務を終えて交番を去る時、私はそこに再び「巡回中」の札が無機質に下がっているのを確かめる。
街の人々は、あの爽やかなお巡りさんを思い出すことがあるだろうか。あるいは「幻」だったと思うのかもしれない。ある種の都市伝説のような。
(駅前交番の名無しさん:了)
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