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卓上の浄域【鎌倉の隠者33】

【鎌倉の隠者】
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冬籠り中の本の山がもはや山脈と化している文机周辺で、ただ一箇所清浄を保っている場所は茶盆の上だけとなった。

長年の我が暮しを省みれば雑然と散らかした部屋の中に例え一隅でも美の結界を保てれば、最低限の精神の品格は失われずに生きて来られた。

茶時やコーヒータイムは、俗事を忘れ少しでも夢幻の浄域に耽れる時間だ。机上盆上に良き茶器に四季の花や古書などを置けば、せめてひと時の清浄感を回復する座となってくれる。

直筆色紙 会津八一
古織部急須湯呑 幕末明治頃

我が荒庭のひと冬に3〜4輪しか咲かない侘助を一輪剪って来た。抹茶に和菓子、煎茶に煎餅、珈琲にビスケット、それぞれ好みの茶菓に折々の花などを一輪添えるだけで形になる。

とは言えそこを離俗の聖域にまで高めようとすれば、おのずと道具立てや茶事に対する気配りは必要だろう。

古来の茶室の床飾りを最もコンパクトにした形を考えれば、机前に書画の短冊や色紙を飾るのが手軽で気が利いている。

また挿絵入りの詩歌集などを置けば当季の数頁を眺めるだけでも楽しめ短時間でも別世界に没入出来る。

写真の会津八一の歌色紙は

ひそみ来て高打つ鐘も小夜ふけて
仏も夢に入りたまふ頃

会津八一

こんな歌を飾れば私もたちまち八一の夢幻世界に入って行ける(原作は全てひらがな)。

奈良大和を詠んで絶賛された彼の歌集『鹿鳴集』の中でも五指に入る名作だろう。古き仏らの千数百年見続ける夢は花鳥の遊ぶ常春の楽園の景だろうか。今は寒中ではあるが、私も夢幻界の一句を詠んでみよう。

鐘の音も凍てて古仏の夢の底 (自詠)

もっと小さな盆上世界には小振りの煎茶器と小さな李朝古壺に玉椿一輪が良い。

古萩煎茶器 明治時代
李朝小壺
清朝寄木皿

玉椿は卓上盆上の小世界に良く似合う。今は我が荒庭に何種類も椿の蕾がある時期だから丁度良かった。

自然木刳り貫きの煎茶盆に古萩の茶器で、例え散らかった本の山の上にでも置け精神美の小結界を築ける。

玉と膨らむ蕾に春の夢を見るのも良し、古器に古人らの時代を思い浮かべるも良し、そして己れの詩想まで膨らませられれば極上だ。

百年以上の時が染み込んだ茶器の古格は、多少散らかった所でも揺るぎない貫禄でその場を浄化出来る。

また良き器はそれが生まれた時代精神を纏っているので、今では失われた昔の高雅な文人茶の世界を眼裏に想い描くのも容易い。

しばしの茶の時をそんな夢幻に浸るのは、現代の俗塗れの暮しの中で間違いなく浄化の一服となろう。

古来の茶庭は俗塵を遁れた清浄幽邃の地を表し、躙口をくぐれば主も客も俗世の立場を捨てて交わる。

現代人もせめてティーブレイクには身体を休めると共に、俗事を忘れ精神の清浄感を回復したい。

その効果を手軽に高めてくれるのが、簡素ながら美しく設えた茶机茶盆だろう。

夢いくつ語りし卓や玉椿 (自詠)

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