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待春の童話【鎌倉の隠者34】

【鎌倉の隠者】
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来たる2月4日の立春で、私の長い冬籠りもようやく終りだ。それまでの残る数日をどう過ごそうか考えた末に、名作童話の絵本を眺めつつこの冬の最後の夢幻に浸る事に決めた。

童話集開きて春に入らむかな (自詠)

宮沢賢治の童話3部作は長年かけて何とか初版本が揃ったのだが、唯一生前に出た短編集『注文の多い料理店』だけは私如きの財力では不可能だった。

その代わりにこの佐藤國男の木版画による宮沢賢治の短篇童話シリーズは全て初版で揃えられた。

セロ弾きのゴーシェ 宮沢賢治作 佐藤国男画 初版

宮沢賢治の絵本は綺羅星のような童画作家達が競って健筆を振っているが、私にはこの人の木版画が最も賢治に合っていると思う。

東北地方の素朴な抒情性やノスタルジックな風景には、リアルな描写が効かない木版による表現が最適だったのかもしれない。

動物達や草木虫鳥も生き生きしていて、特に我が荒庭にもよく姿を見せる猫や狸の躍動感のある絵は私の好みだ。

童画としての良さは、ますむらひろしの猫版アニメ『銀河鉄道の夜』と双璧だと思う。この絵本を持って散歩に出れば、近所の野辺からそのまま賢治のイーハトーヴの山河に移転できるだろう。

散歩のBGMは北国の大自然を観想させるシベリウスのシンフォニーや交響詩が最適だ。

これでイーハトーヴの春や花鳥達の楽園を想い描きながら、立春までの冬籠りの最後の数日を深く夢幻に浸れる。

餌を撒けば枯枝伝ひ栗鼠狸
荒庭なれど命健やか
(自詠)

もう一冊はリヒャルト・ワーグナーの詩とアーサー・ラッカムの絵に何と寺山修司の翻訳で『ニーベルンゲンの指輪』を楽しもう。今の若い人達にはアニメやゲームでお馴染みの英雄ジークフリートやヴァルハラの神話と言えばわかり易いかもしれない。

ニーベルンゲンの指輪 アーサー・ラッカム画 寺山修司訳 初版
woods社製カップ&ソーサー 英国19世紀
乾山菓子皿 江戸時代

ワーグナーは作曲家として余りに有名なため、詩人としての評価は忘れられがちだが、彼の劇詩は間違い無く一級の詩だろう。そのワーグナーの詩とラッカムの絵の組合せは、神話ファンタジー本の中でもかなりの名作に入る。

当然ながら原語版初版本などはとても私の手の届く物ではなく、この日本語訳の初版も今や中々見つからない。ワーグナーの歌劇もネット動画で見られるのだが、ドイツ語はわからないし私は絵本で読む方が気に入っている。

楽曲は『前奏曲』だけは我がプレイリストに入れてあるので、それほど好きな曲ではないがこれを読み始めに流せば雰囲気を出すには十分だ。

軍人だった寺山修司の祖父はこの『ニーベルンゲンの指輪』を聴きながら亡くなり、彼はその後この壮大な英雄叙事詩のアルバム12枚組を買って聴き耽っていたそうだ。

賢治の童話や古代神話などのファンタジックな作品は、昭和世代よりファンタジーを見慣れている今世紀の若年層に人気がある。戦後昭和の物質主義文明下の日本の文芸界では、抒情や浪漫が否定され自然主義(現実主義)的な小説が主流だった。

詩や俳句短歌も写実(客観写生)主義的な作品が主流だったが、20世紀末からはポップ詩ポップ短歌などに取って代わられている。

一方で古典的な浪漫主義は映画やアニメゲームのファンタジーの中に復活し今や世界的な人気を得ており、日本でも壊滅状態にある文芸界を尻目にライトノベルや投稿小説界ではファンタジーの全盛期を迎えている。

斎藤茂吉らアララギの写生派や現実主義者達に叩かれ消えて行った与謝野晶子ら明星の浪漫派や泣菫有明の神話的叙情詩も、今後は大いに再評価されるのかもしれない。

長かった冬籠りの最後に見る夢なら、大正頃の春の鎌倉で蒲原有明や与謝野晶子らが神話や浪漫を語り合っている景でも見たいものだ。

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