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子どもの心配するのはもうやめようと思った。あなたの子どもさんもきっと大丈夫。

子どもは、不妊治療をしてやっと出来た子ども。
「今回がダメなら体外受精をしましょう」
と医師から言われていた。

その昔「試験管ベイビー」と言われたことを
思い出して複雑な想いだった。

とてもありがたいことに
私は体外受精をすることなく、
子どもを授かることができた。

注射には何ヶ月か通い、先の見えないことに
不安もあったけれど、今にして思えば
不妊治療としての期間はとても短かったのかもしれない。

病院で出逢う、私より少し年上の人だろうか
「あなたはまだ若いからいいわね」
と言われたけれど、当時の私は決して若くはなかった。

こうして授かった子どもは
「生命力をもって生まれてくる子どもだから大丈夫」
といつも思っていた。

生まれた子どもは、
髪の毛はなく、首が座るのも、言葉も歩くのも遅かった。

でも、私はあまり心配していなかった。
今にして思えば、心配している余裕はなかったのかもしれない。
私は育児ノイローゼだったから。


言葉が遅いことで、保育園の先生から
市の教室に通うことを勧められ、1年半ほど通った。

そこで、私は子どもとの遊び方や接し方を
学んだように思っている。

しばらくして子どもはとてもよく喋るようになり
教室に通うのはやめた。

今では喋りすぎるくらいによく喋る。
そして、よく食べる。
口が開いていないと心配になるほどだ。

子どもは大学に進学し、家を出た。
小さかった子どもももう大人だ。


車の免許も取得して、自分で車を運転するようになった。


お料理は全くおしえなかったけれど、ちゃんと自炊もしているようだ。


家にいた時にはあれこれ心配していろいろ言ってきた。
その度に子どもは「うん!」と必ず返事をする。
でも、実態は何もしない。

私は「◯◯しなさいっていったじゃない!」
といつも言う。

子どもはいつだって「うん!」と言う。

私より上手だ。

物理的に遠くに住んでいる以上、
何を言っても、目をかけることも出来ない。
もう気にしても仕方がない。

やっと諦めがついた私は
子どもを心配するのはもうやめよう。
私は夫と楽しく暮らそう。

やっとそう思えた。

「生命力をもって生まれてきた子ども」だから。

あなたの子どもさんもきっと大丈夫。



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太楼@偏差値45から医学部・難関大へ導く伴走 最後までお読みいただきありがとうございます。