22/7 3期生による音楽的再定義―『叫ぶしかない青春』考察①
この記事は22/7 3期生『叫ぶしかない青春』の①音楽とメンバー、②歌詞、③映像、④思想(信仰)の全4回にわたって徹底解釈する連載の第1回目となる。
22/7(ナナニジ)の「the 3rd」プロジェクト第3弾として発表された楽曲『叫ぶしかない青春』は、作詞に秋元康、作曲に中村泰輔を迎え、3期生の新たな表現の地平を切り拓く作品となった。
音楽の変貌と3期生メンバー
オリジナル楽曲が持つピアノの旋律による内省的な苦悩を軸としつつも、3期生のパフォーマンスではリズミカルな要素が大胆に加えられている。特にドラムの鼓動が楽曲全体を支配する構成へと変貌を遂げたことで、抑制された日常から一転、サビにかけて急速に高まる緊張感と高揚感が、聴き手の心を強く揺さぶる。
この音楽的な再定義は、単なるアレンジの変更に留まらず、若者が抱える理不尽な世界への憤りや、未来への切実な叫びをより鮮明に描き出すための必然的な選択であったと言える。メンバー一人ひとりの歌声を緻密に繋ぎ合わせることで、個々の個性を活かしつつ、楽曲が内包する物語に確固たる説得力を与えることに成功しているのである。
『叫ぶしかない青春』音楽構成
22/7『叫ぶしかない青春』の楽曲構成は以下の通りになっている。
イントロ→
Aメロ→Bメロ→1サビ→
Cメロ→Dメロ→2サビ→
Eメロ(ブリッジ)→Fメロ→大サビ→
アウトロ
音楽的変貌
22/7(ナナニジ)『叫ぶしかない青春』のオリジナル曲は、ピアノを基調とした旋律が、若者の内省的な苦悩を穏やかに表現する繊細な構成であった。しかし、3期生による音楽は、リズミカルな音色が意図的に付加されており、楽曲の展開とともに聴き手の心を鼓舞するものへと変貌を遂げている。
1番では、ドラムとギター(シンセによるものかもしれない)による抑制されたリズムが基調となっているが、サビに突入するとその表情は一変する。ドラムの拍動が加速し、高揚感と緊張感が急速に醸成される構成へと変化する。
この激しいリズムは2番以降も持続し、聴き手を楽曲の深部へと強く没入させる。聴取者の心象を確実に捉えて離さない力強い説得力を備えていると言える。
特に2番のサビにおいて、南伊織、北原実咲、折本美玲、黒崎ありすが響かせる歌声は、聴き手に強烈な緊張感を与え、視線をそらすことを許さないほどの迫力がある。

激しいドラムの躍動が、本楽曲を見事に再定義したと言えるだろう。オリジナル曲で流麗な旋律を担っていたピアノの音色は、3期生版においてリズムを刻むための打楽器的な役割へと変容している。この緊張感と躍動感の創出こそが、多くの聴き手の心を掴み、惹きつけて離さない要因であるに違いない。
『叫ぶしかない青春』の歌声
22/7(ナナニジ)『叫ぶしかない青春』は、メンバーのソロパートを緻密に繋ぎ合わせることで構成されている。この形式は、多数の歌声の中に個々の個性が埋没することを防ぎ、一人ひとりの歌唱に明確な意味と責任を付与する役割を果たしている。
楽曲のナラティブと歌唱の推移
1番のAメロでは、ソロパートの継承によって内省的な問いかけと、答えの見つからない現状が表現される。続くBメロで、その問いの核心が「愛」という概念へと導かれる。
CメロからDメロにかけては、構成が変化する。ここでは単なるソロの接続ではなく、成員同士の言葉の掛け合い、あるいは「おっかけ」、すなわち「対話的歌唱(ダイアロジカル・ボーカル)」が採用されており、感情の昂揚が強調されている。
サビにおいては、自己(僕たち)という存在が理不尽な力によって崩される無常観と、それに抗えない無力感が力強く描き出される。
クライマックスへの構築
Eメロのデュエットを経て、続くFメロは再びソロへと戻る。ここでは、理不尽に関係を絶たれた後の覚悟や、内なる固い決意が表現されている。このセクションから徐々に感情の強度は高まり、南伊織の切迫した歌声と「叫び」によって、楽曲は最高潮へと達する。
大サビでは、再び対話的歌唱が導入され、クライマックスへ向けた躍動感が最大化される。その高まりは、最も強いメッセージ性を内包した南伊織の叫びへと集約されることで、楽曲の持つ実存的なメッセージを完成させている。
3期生メンバーのユニットと歌割
楽曲の中では、ユニットがつくられ、次の4つのグループがつくられている。
A:北原実咲、南伊織
B:折本美玲、黒崎ありす
C:桧山依子、三雲遥加
D:吉沢珠璃、橘茉奈
楽曲の歌声は、Aメロ、Bメロなどではそれぞれのユニットにいる二人が対話するように歌っている。特に、2番になると掛け合い、すなわち「対話的歌唱(ダイアロジカル・ボーカル)」が特徴的に表現され「僕と君」の対話を表現している。最後の大サビでは「対話的歌唱」となっているが、その性格は変わり、孤独になった自分への語り合いへとなり、曲は終わりをむかえている。
歌割の移り変わりは、以下の通りとなっている。
イントロ
Aメロ Bメロ 1サビ
(A→B)→(C)→(D→A)→
Cメロ Dメロ 2サビ
(B→C)→(D)→(A→B)→
Eメロ(ブリッジ) Fメロ
(C) → (A)→
大サビ
(D→B→C→A)
アウトロ




3期生の役割と表現
北原実咲、楽曲の演出と表現者
北原実咲は舞台を用意し、これから展開される物語を作り上げる上でキーパーソンとなるメンバーとなるのではないだろうか。曲は彼女の歌声から始まり、南伊織の力強い歌声がより際立たせるものとなっている。
ミュージカルの経験と能力を持つ彼女は、自分の苦悩する表情と叫びに近い歌声の表現に長けている。

『叫ぶしかない青春』では、どうだったかは分からないが、3期生による5月定期公演2026については次のような話が紹介されている。
楽曲の解釈を改めて考え・相談する事を提案し、3期生による楽曲の世界観を作り上げる中心的役割を果たしていたことが、桧山依子がSHOWROOMで、黒崎ありすはブログで、南伊織も紹介している。
3期生の楽曲における世界観、歌声、パフォーマンスを作り出す上で、クリエイティブリーダーとなりうる存在と言えるのかもしれない。
吉沢珠璃の眼差し ―静寂に宿る雄弁さ―
吉沢珠璃はこれまで『命の続き』や『未来があるから』で中心的な歌声を担ってきた。しかし『叫ぶしかない青春』では、歌唱から「視覚的表現」へと役割の重心を移している。
歌唱パートは減少したものの、センターとしてダンスパフォーマンスを牽引する彼女の存在感は際立つ。特にミュージックビデオで見せるその眼差しには、言葉を超えて物語を語る力が宿っている。
その表情には、かつて齋藤飛鳥(元乃木坂46)が体現した、内省的でありながら研ぎ澄まされた美学が垣間見える。吉沢珠璃が見せる瞳は、観る者に楽曲の深淵を直感させるための重要な窓口となっているのである。


黒崎ありす:凛とした支える存在
『叫ぶしかない青春』で3期生は遠い視線により、パフォーマンスしていると言える。つまり、日常の近くにある現実から離れ、心の中にある広大な世界や、まだ見ぬ世界へ想い馳せる状態を表現している。

3期生メンバーの中でこの視線をもっとも美しく表現しているのが黒崎ありすなのだろう。俯瞰的な観察眼と様式美の感性を持つが上に、本曲における力強い歌声は信頼性が持たれ、引き込まれるものがあるわけである。

2サビにおける黒崎ありすの歌声は、彼女がかつて語っていたという「支える存在になりたい」と言う言葉を全うしている重要な役割を果たしているものと言えるだろう。
折本美玲:唯一笑顔が許された存在
『叫ぶしかない青春』は、3期生は固く厳しい眼差しをもってパフォーマンスを行っている。その中で、唯一笑顔を表しているのが折本美玲である。
彼女は柔らかい歌声で、筋の通った音声が魅力的である。この歌声は、固く凛とした黒崎ありすの歌声と見事に調和していることが美しい。

また、2サビにおける彼女がグループの方向性を示しているようなダンスは、日本舞踊を学び、長身の彼女であるからこそこなすことができるパフォーマンスとなるのだろう。

三雲遥加:「愛」の存在
『叫ぶしかない青春』のターニングポイントと言える重要な歌声を担当をしているの三雲遥加であろう。
となりにずっと、いてほしい
もしかしたら 愛なのか
この言葉によって、若者が求めていたものが見えてくるわけである。しかし、それに伴い、残酷にもその愛は理不尽に崩される運命が訪れる事を表したわけでもある。

桧山依子の歌声と裏に潜むもう一つのドラマ
桧山依子の歌声も裏の意味を見出したくもあるソロパートを担当している。彼女の歌声では、
誰も知らない どこかへ
逃げ出したかった
この歌詞は、『叫ぶしかない青春』の歌詞の上で考えれば、大人やその大多数の他者から逃げ出し、自分の(あるいは僕達の)場所へと行きたいと叫んでいるものとなるのだろう。

桧山依子の歌声は、かつての新メンバーオーディションでのエピソードを想起させる。沖縄から東京へと飛び出した彼女の現実は、この歌詞が持つ「故郷や家族からの離脱」という物語と美しく、かつ残酷に共鳴している。
また、サビの「大人たちが未来連れて帰った」「僕は羽交い締めされ うごけなかった」という一節は、送り出した家族の切ない視点や、個人の情熱が社会的な力学(大人)によって家族のもとから奪い去り、その寂しさを痛切に表現されているようにも見えてくるわけである。
橘茉奈:柔らかな歌声
橘茉奈は様々な歌声を表すことができる表現者だと言える。22/7『嫌われるということ』での歌声は、力強い本能的な叫び声を表していた。『叫ぶしかない青春』では、一変して柔らかな歌声を示していると言える。
彼女の言葉にあるからこそ、後に続く、力強い歌声を際立たせ、盛り上がらせる、重要な役割を果たしていると言える。1番では橘茉奈→吉沢珠璃への歌声、2番では橘茉奈→南伊織の歌声がより強く響き渡せる、アシストする存在を演じていたと言えるかもしれない。

南伊織:柱となる重要な存在
3期生の中で最もメッセージ性のある歌声をもつメンバーと言えば南伊織になるのだろう。彼女の低音ボイス、力強い歌い声、肺活量が高いというベースのもと発声される歌声は、あまりに力強く、緊張感を与えることができる表現者となるのだろう。

南伊織は重要なパートを歌っていることは、22/7_the 3rd
プロジェクトによって発表された全ての楽曲において共通している。『命の続き』、『未来があるから』においても同じく重要なメッセージ性のあるパートは彼女が担当している。
ライブでの彼女の歌声を思い出せば、ナナニジライブ「15」での3期生による『嫌われるということ』における南伊織の緊張感を与え、心離さない強烈な叫びと言える歌声は今でも忘れられない。
『叫ぶしかない青春』で、表現される南伊織の魅力は歌声、叫び声、表情があげられるだろう。1サビ、2サビ、大サビでは、その魅力は圧倒的な迫力を見せているといえるだろう。

おわりに
『叫ぶしかない青春』の楽曲のクライマックスを決定づけているのは、南伊織の圧倒的な存在感である。彼女の力強い低音ボイスと魂を削るような叫びは、物語の核心を突くメッセージとなり、聴き手に強烈な爪痕を残す。
一方で、吉沢珠璃はその眼差しで言葉を超えた深淵を語り、黒崎ありすや折本美玲らは対話的歌唱を通じて「僕と君」の孤独と共鳴を表現するなど、3期生各人が役割を全うすることで本作の世界観は完成した。
北原実咲がブレーンとして中心的な役割を果たし、メンバー全員が楽曲の背景にある「理不尽に踏みにじられる情熱」を自身の物語として昇華させている点も特筆すべきだ。
遠くを見つめるパフォーマンスが描き出しているのは、日常の現実から離れ、未知の未来へ想いを馳せる若者たちの姿である。この『叫ぶしかない青春』は、葛藤の末に「生きる」ことの意味を問う、彼女たちの実存的証明といえる名曲として刻まれるはずだ。
22/7 3期生「叫ぶしかない青春」解釈記事
①音楽とメンバー記事はこちら
②歌詞とミュージックビデオ
歌詞に注目した前半記事は、こちら
映像表現に注目した後半記事は、こちら
③考察(哲学的視点):現在執筆中
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