「やる気に頼らない創作」の真逆をやっている話
最近、『「やる気」に頼らない創作最大化の方法』という記事を読んだ。
内容はとても正しいと思う。
創作はやる気ではなく状態で決まり、その状態を設計し、ルーティン化することで安定してアウトプットを出す。
たしかに、それができるなら一番強い。
でも私は、それがどうしてもできない側の人間だった。
安定すると、書けなくなる
一般的には「良い状態」を作ることが推奨される。
朝、頭がクリアな時間に、決まった場所で、決まった手順で書く。
でも私は、状態が整うほど書けなくなる。
むしろ逆で、
・ちょっと疲れているとき
・何かに引っかかっているとき
・感情が尾を引いているとき
そういう“ノイズのある状態”でしか、書けない。
きれいに整った思考からは、何も出てこない。
私の創作は「発火型」だった
自分の創作を振り返ると、明らかに特徴がある。
決まった時間に書くことはほとんどない。
代わりに、
・会話の中で違和感を見つける
・他人の創作からズレを拾う
・ふとした一文に引っかかる
そういう瞬間に、急にスイッチが入る。
そこから一気に広がる。
でも、そのスイッチは再現できない。
設計しようとすると、薄くなる
一度、「ちゃんと設計して書こう」と思ったことがある。
時間を決めて、構成を作って、順番に書いていく。
でもそれをやると、驚くほど内容が薄くなった。
間違ってはいない。
読みやすくもなる。
ただ、「自分が書きたいもの」ではなくなる。
おそらく私は、
完成形ではなく“発生過程”を書いている。
創作の正体は「関係性の歪み」だった
自分の中で一番しっくりきたのはこれだった。
私はストーリーを作っているというより、
・人と人の関係のズレ
・感情の非対称
・構造の歪み
を見つけて、それを言語化している。
だから、
「どういう話か」よりも
「どういう関係か」のほうが重要になる。
そしてそれは、設計して作るものではなく、
どこかで“見つかる”ものだった。
再現性はない。でも、その代わりに
このやり方には明確な欠点がある。
・安定しない
・量産できない
・生活を侵食する(普通に不眠になる)
でも、その代わりに、
一度ハマると、深く潜れる。
自分でも予測していなかったところまで行ける。
じゃあ、何を設計するのか
「設計しない」というと、完全に無秩序に見えるけど、
何もしていないわけではない。
設計しているのは、時間ではなく“火種”だった。
・会話をする
・他人の創作に触れる
・違和感を放置しない
・思考を途中で切らない
そうやって、発火する確率を上げている。
結論:創作には2種類ある
ここまで考えて、ようやく整理できた。
創作にはたぶん、2種類ある。
・設計型:状態を整え、安定して積み上げる
・発火型:不安定な状態から、一気に深く潜る
どちらが優れているという話ではない。
ただ、私は後者だった。
そして、「やる気に頼らない創作」は、
前者にとっては最適な方法だけど、
後者の人間には、そのまま適用できない。
もし、同じように
「正しいやり方が、どうしてもできない」
と思っている人がいたら、
それはやり方が間違っているのではなく、
種類が違うだけかもしれない。
少なくとも私は、そうだった。
脳が焼けるファンタジー小説を書いています。
関係は成立しませんが、距離だけは近い。
――それでも成立してしまう二人の話です。
▼ライとハルモンの旅の記録
ゆるい日常の中で、
少しだけ距離が近い二人の話。
▼ゆるライハルはこちら
▼本編をはじめから読みたい方はこちら
▼このnote全体の読み方はこちら
いいなと思ったら応援しよう!
※もし内容が参考になったり、面白いと思ってもらえたら、チップで応援していただけると励みになります。