「小説 組織風土改革推進委員会」第23話:三社合同役員層ワークショップ(2)
第23話:三社合同役員層ワークショップ(2)
九月の頭の土曜日、マイケルジャパンのミーティングホールに役員層が集まってきた。晴れ渡った天気だ。本当ならばゴルフや家族サービスの予定が入っていただろうが、今回のみ土曜日開催となった。まだまだ真夏と変わらない、30度を超える日が続いていた。カジュアルな姿での場であったが、表情からは、「これから三社で何をやるんだ」という顔持ちの役員や、「この暑い日になあ」といった顔色の方も多くいたように感じた。
役員、30名は、マイケルジャパンのちょっとお洒落なミーティングホールに集まっていた。壁の色は少し濃い青からスカイブルーのグラデーションがデザイン柄として施され、海が見える南側は、上から下まで、まるで空に飛びだしそうな全面ガラスとなっていた。この品川の35階にあるホールからは、ビル一番の眺めを一つにまとめて、凝縮して、このホールに持ってきていることがわかった。
各社の人数を統一したため、役員全員というわけではなく、課長層のワークの場と同様に各社10名という形であった。この場を免れた役員からは
「村田さん、なんで俺は外れたのかな?」
と逆に不安を伝えてくる役員もいたが、年齢の若い役員優先ということで話を通した。中には、免れてよかったという役員もいたであろう。既に、各人のフィードバックアンケートは前日に配信されていたが、皆、目は通してきていたかは、わからなかった。
本日も司会役の大谷商事の古賀さんがたずねた。
「既に目を通されてきているかと存じますが、みなさん、ご自身のフィードバックアンケートはプリントされてきていますでしょうか?あるいはパソコン画面で確認できるようになっていますか?」
一番前に座っていた当社の伊勢役員は開いたPDFを見ながら神妙に質問した。
「これは色んな項目でスコアリングされていて、自身がどう捉えているかと、周りの方がどう捉えているかのギャップなのだろうけど、誰が回答したかはわかるのかな?」
「いえ、わからない仕組みとなっております。基本はランダムに抽出された部下の方、7名が回答しております」
「項目ごとのコメントは、これはシステムとして出てくる標準回答なのでしょうか?コンサルの方?あるいは、AIなんでしょうか?」
「はい、生成AIの仕組みでのコメントと、サマリーが出ております」
「うーん、あたっているんだろうね」
伊勢さんは、全ては納得はしていないけど、そうなのかと自身に対して差し出された内容をじっとまだ見ていた。
元部下ということもあったが、そんなに伊勢さんは悪い評価ではないだろうと思ったが、役員ともなると、指摘を受けると過剰に反応するのだろうなと思った。他の方も似たような感じであった。この場で、思い切り納得できないというようなことを発言する方はいないものの、多くの方が首を捻りながら、なんとなく、赤点ではないけれど、100点満点で、まあまあの60点台後半から70点台だったみたいな雰囲気が漂っていた。
最初のグループでの共有の場が始まった。なかなか自分のこと、強みや弱み、自分軸といった自身のパーパスを直ぐにその場で言語化出来ない人は多いだろう。しかし、それが今の時代は求められているのである。周りの部下から、この人はいったい何を考えているんだろう、何が言いたいのだろうと思わせることは非常にマイナスである。それをご本人達はわかっていないというところがある。
自分のいまいまの棚卸しをセルフコーチングしながら行うこと、あるいは周りの方に自己開示しながら、壁打ちしてもらうこと、さらに言えばAIにコーチングしてもらうことも可能である。色んなことが出来る。自分を見直すために、月に一度、プロコーチを雇うことだって出来るはずだ。そうすれば、部下から訊ねられても明確に答えられるし、自分のビジョンを訴求することが出来ることとなる。
大谷商事の佐藤役員が自身への周りの部下からの診断書について語っていた。佐藤役員は、まだ50歳くらいの若い役員と聞いていたのだが、ロマンスグレーのちょっと長めの髪型でお洒落なおじさんに見えるのだが、年齢は、太った体つきもあるが、どう見ても60超えているように見える。
「自分は民主的なリーダーだと思って、色んな意見を聞いて判断をしてきたつもりだったが、このシートの内容を見ると、そうでもなさそうなことがわかりました。かなり自分の思いとはかけ離れた形で独善的であるとの指摘が出てギャップを生んでいます」
各グループに一台ずつ、パソコン、モニターもついており、自身のPDFはそこに格納されていた。その画面を見ながら、佐藤役員に、マイケルの今永役員がコメントした。今永役員はベリーショートの髪型で、アースカラーのジャケットに黒のTシャツと粋なおじさんといった感じで、流石、外資の役員だなと思った。多分、うちのメンバーはそう思っているに違いない。我々の会社の代表の伊勢役員はブランドものの赤のゴルフシャツに、紺のブレザーとおかしくはなかったが、何かファッションセンスの差を感じた。
「佐藤さんがギャップを感じたことは、非常に良いことですね。それぞれが考えていることは、なかなか伝わらないし、伝えるのが下手なのかもしれません。上司も部下もお互い様ですよ。今日は、みんな、こんなギャップを楽しむという場にしませんか」
と今永役員から緩やかな提言があった。
なるほど、全体を見渡しても、たしかにギャップを感じてしまっている方が多いように感じた。それを「楽しむ、楽しもう」というのは非常にいいなと思った。なかなか使わないフレーズだったので、俺も頭の中にメモをした。
さらに今永役員は
「佐藤さん、佐藤さんは周りから見れば独善的かもしれない。だけど、このフィードバックシートでは、強みも見えませんか?」
と、今度は質問していた。
「強みですか」
「ここにも記載されてますね」
と、今永役員は画面を指差ししていた。そこには、「判断のスピードの速さから、メンバーがついてこれないなどの面が往々としてあるようだが、責任感と、決断力を表している」と書いてあった。
「悪いところばかり目がいって、この辺りは飛ばして読んでました」
このグループにいた伊勢役員も
「短所は、逆から見れば長所というものですね。でも、我々はそれだけではいけないんでしょうね。Sさんの内容と私も似ているんですけど、全てを私が決めていたら、部下は全て私に判断を頼ることとなり、自身は何も意見を言うことや思考することをやめてしまい、結果的に、それでは部下が育たないということにもなりますよね」
「伊勢さんのおっしゃったことは、極端かもしれませんが、育成が一番難しい課題かもしれませんね」
とJ役員が答えた。
佐藤役員も、
「一旦は部下の話を色々と聞いておりますが、結果、部下に任せるとか、権限委譲するとかいうことが出来ていないように映っているんですね。大いに反省したがいいですね。以前、そう言えばストレングスファインダーというもので自分の持ち合わしている強み、この強みが活かされているかといったら別なのでしょうが、活発性が一番に出てきました。なかなか、日本人には少ないそうですが、なんでもスピードを持って、やり切ってしまう部分があるようです」
「ストレングスファインダーのコーチをやっているものが、うちの部下にいて、一度、見てもらって解説してもらいましたが、ちょっと私も振り返ってみます」
と、マイケルの今永役員が返した。
非常に前向きにもとれるグループ対話が行われていると感じた。ちょっと加藤さんはどう捉えているのか気になって側に寄って話しかけた。
「加藤さん、あちらのグループは、良いフィードバック対話が出来ていましたが、全体を見て、このイメージは加藤さんの思ったイメージでしょうか?」
「少し、なあなあ気味かな」
なあなあ気味かな、という冷ややかな返答が来るとは思っていなかった。伊勢役員によくないイメージを持たれているのかと思うほどだった。
この人は、役員に対してきびしく見ているんだなとあらためて感じた。確かに、各社の役員同士で、仲良しこよしで「そうですよね」的に終わってもらっては困る。何も意識変革に繋がらない。その点では、遠慮の文字のない踏み込むような意見を述べる方とか、少し変わり者の人が各グループにいた方がよくなるのであろう。
「想定内だったけど、村田さんならどうする、これから」
俺はどうするであろう、少しまわりを見渡してみた。なぜこうなるのかを紐解いて考えた。
「なるほど、手は打てますね」
「どんな?」
「みんな、遠慮があると思うんですよ。当たり前かもしれませんが。一つ良い点を指摘したら、必ず悪い点、修正すべき点を三つ指摘するというルールを作りましょうか。あと30分したら、ほぼほぼ一回りしますから、今までの話を聞いて、その方に対して良い点一つ、悪い点三つのフィードバック大会をしましょうか?人数も三人がいいのか、六人くらいがいいのか?」
「いいね。きちんと紙に書いて、指摘やアドバイスをしてもらおうか」
「思いつきでしたが、本当にいいんですか?」
「想定内だよ、村田さん」
そう言って加藤さんは古賀さんのところに行って、立ち話を行い、事務局メンバーにこう告げた。なんとなく加藤さんは、俺と同じくらい、いや俺以上に古賀さんとは阿吽の呼吸でやっているように感じた。
「これから新事業を起こしていくときに、話を聞いた目の前の役員の良い点を一つ、悪い点、修正すべき点を三つ書いてくださいと告げます。15分くらい時間をとって書いた後は、6人グループになってもらいます。古賀さんには話をしています。やはり、遠慮というか、本気での議論になっていないのでルールを決めてやってもらいます。二つのグループにするのは、なぜそう思うのか理由などを、さらに深掘りしてもらうためです。よって、話に入っていないグループの3人から質問させていくスタイルをとります」
「いい、アイデアですね。最初からそういう流れだったんですか?もともとは、二つのグループで共有し合う形でしたよね」
青山がたずねる。
「そうだったが、見ていられないなと思ってさ。紙に書いてもらったものは一旦集めてスキャンしよう。モニターに出したがスムースなので。みんな回収してスキャンだけ頼むね」
加藤さんが話し終えてから、古賀さんが参加者の役員達にこれからのルール説明を丁寧に行った。
「三つない場合はどうするんだろうね?」
「三つもかよ」
「そんなに出てこないんだけどね」
という声が聞こえた。
加藤さんが
「新規事業を起こしていく、新しいサービスを展開していく上で、何かを変えていかねばなりません。相手のどこを変えていけば良いのか、ある程度、無責任で結構です。あなたの感じたことを書いてください。時間はスタートしています。15分でお願いします」
「質問があれば適宜、挙手ください。私がそちらへ参りますので」
と補足というか、かなり語気を強めて話をした。こんな話しっぷりをする加藤さんを見るのは初めてのような気がした。加藤さんは、全く、うちの役員であろうと、それが他社の役員であろうと気にせずに堂々としていた。
一瞬、時間が止まったような静かな時間が流れた。それから、みんな下を向いて良い点ひとつと、修正すべき点三つを書き始めていた。書き始めれば、みんな、それとなくは書いているようだ。まあ、行動に移すまでは誰でも時間を要するもので、年配の方は、一言、何か言いたいというのも理解はする。が、ポジティブな質問ではなく、単なる感情でのコメント、これが風土をおかしくしているのであろう。
十五分が経過して、フィードバックの時間となった。伊勢役員に対して、マイケルの今永役員、大竹商事の佐藤役員がフィードバックしていたので、側で聞いてみた。自社の役員への指摘は「いったい、どんな指摘をするのであろうか」と、個人的にも、かなり興味深かった。
まず、佐藤役員が、
「伊勢さん、あなたの組織風土を変えなきゃいけない、社員の意識を変えなければという思いは非常に伝わってきました。そのために主体的な人づくりを目指していくという気持ちもわかりました。アセスメントにも人材育成の面での強みがあらわれていますね。ところで、私から三つだけ改善したがどうかな?というポイントだけ述べます。あくまで私の主観ですので、お気を悪くせず」
画面投影をここからおこなった。モニターに伊勢役員、今永役員、またほかのグループだった三人もそこに視線をおくった。佐藤役員が続けた。
「一つは、部下を信頼して任せているように聞こえたのですが、それがどんな行動に表れているか感じませんでしたね。本当の意味で支援しているのか、単なる批評をしているだけともとれない面がないのかと思いました」
伊勢役員も、じっと聴いていたが、感情を出してはいなかった。とりあえず受け止めようという感じであった。ただ、俺は、佐藤役員の指摘が当たっている面もあるかなと内心思ったりもした。加藤さんを見ると、なんだかニヤッとしているようにも見えた。佐藤役員は続けた。
「二つ目、よろしいでしょうか?組織風土を変えなきゃというけれど、あなたは何を変えようとしているのか少しも感じられませんでした。業務の面や、会議のあり方など変革したのかもしれませんが、底にある意識は変わっていないように伝わりました。『イノベーションを起こすためには、まずは組織風土からだ』という、よくあるお題目として聞こえる面があるので注意をしたがよいと感じました。周りの人への伝え方など気をつけたがよいかもしれないなと。初対面の私が話をうかがって、そう感じてしまったからですが。間違っていたら申し訳ありません」
「伝え方は注意します。ありがとうございます」
と淡々と答えた。
「最後、三つ目ですが、あなたはこのワークショップにどれだけ真剣に参加しておりますか?ということを問いたいと感じました。私や、今永さんが話したことに対して、真摯に向き合ってアドバイスしていただき、ありがとうございました。しかし、いざ、自分のこととなると、なにか壁をつくるというか、オープンにされないような感じでしたね。そういう意味で、真剣に参加していますか?ということです。この場は、お互いがさらけ出さないといけないのではないでしょうか。そういう目的があるのではと思いました。伊勢さん、ちょっと言い過ぎた面があったと思いますが、以上となります」
「ありがとうございます。少し、もう一度画面を見ながら、自分のことのおさらいをしてもいいですか」
伊勢役員はそう言って眺めていた。こんな指摘を受けたのはたぶん初めてだろう。どう対応してよいのかもわからないのではないかと思った。
「部下に任せきりではないが、そういう面が出てきたりしていたかもしれませんね。また伝え方の面も、どう伝わったのかを部下に再確認するとか自身で動くこと、できることもありますね。最後の自分をさらけ出すという部分は、自分ではオープンな意識ではあるけれど、周りから見たらなにか違うんでしょうね。少しの時間の間にこれだけフィードバックいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます」
と、伊勢役員は語っていた。本人はどれだけ納得したかはわからないが、佐藤役員の指摘は、伊勢役員の元部下だった俺には「八割がたは合致しているな」と感じる内容であった。
少し間をおいて、今永役員のフィードバックとなった。伊勢さんも、二人続けてのフィードバックを受けるはきついのではと俺は思った。
「伊勢さん、伊勢さんは全体感をわかっていらっしゃるかと思いました。いかに最適にということを考えてこられたのだろうと。非常に素晴らしいことです。但し、指摘というよりも投げかけをいたします。まず、一つ目の投げかけです、よろしいでしょうか?伊勢さんは人材育成に大いに関わってきた方とわかりました。では、伊勢さんと働いて楽しい、伊勢さんのために、一緒に成長したいという方はどれだけいらっしゃいますか?ちょっと考えてみてください。自分のまわりに、自分の今までの部下の顔を・・・・・・」
伊勢役員に対して、今永役員は内省を促し、考えさせていた。
「二つ目に、新しい会社になっていくときに、今の会社の何を変えていきたいですか?きっと変えたいものはあるはずです。思い出してみてください。三つほど浮かんだら、そのうち何が一番大切だと思いますか?」
伊勢役員はしばらく考えていた。今永役員も伊勢役員に十分な時間を与え、言葉を発するまで待った。
「一番大切なものは、主体性を発揮できる人をピックアップして彼らに考えさせる仕組みとか、その仕掛けだと思いました」
伊勢役員は、かなり具体的な回答をしてきたな、と思った。かなりこの言葉が出るまでに頭の中で、あーでもない、こーでもないと考えていたのだろう。今永役員がたずねた。
「どうして、そう思うのですか」
「そうですね、部下や社員の主体性を大切にしたいと言いながらも、それを有意義に発揮できる場を自分は与えていたのだろうか?『主体性が大事だ、発揮しろ』『チャレンジしろ』というような押しつけでしかなかったように感じました。仕組とか、仕掛けが必要なのかなと。それが何かしらの形になるのがいいかなと。我々が、いろんなアイデアに口を出さない、出させないというような仕組みもいいかなと思いました」
「伊勢さん、ありがとうございます。メモをしたがいいかもですね、今、おっしゃったこと。素晴らしいです」
伊勢役員は、今言ったことを思いだしながらメモをした。
「最後に三つ目です。明日から、何を変えますか?言葉にださなくて結構ですので、明日から自分が変える行動をメモしてみてください」
伊勢役員はメモをした。そして、今永役員へ
「ありがとうございます。どんな指摘をされるのだろうと思いつつ、こんな私に行動や考えを変えることを促す質問を的確にしていただきありがとうございます」
グループに入ったほかの三名からも質問をしてよいかという流れとなった。
「なぜ、投げかけというスタイルを今永役員はとったのですか」
「それに対して伊勢役員はどう思ったか」
「佐藤役員が“本当の意味で支援しているのか、単なる批評をしているだけともとれない面がないのか”と、指摘した根拠はどこからきていたのか」
など多くの質問が三人に飛んでいた。加藤さんは、穏やかな目でグループを見ていた。この時は、同じような光景がほかのグループでも起こっていたようだ。
「加藤さん、加藤さんの思惑通りですね」
と、俺は言ってみた。故意に、思惑という言葉を使ってみた。俺には、言葉を変えるならば、「策」としか映らなかった。
「あー、そうだね。でも、村田さん、そういうニュアンスの言葉は使わないでくださいね。なんとなくフィクサー的な匂いがするので」
そういう加藤さんの目の奥はまさしく老獪なフィクサーのようであった。うちの社長と何かを握っているに違いないと再認識した。3社の社長とも何かを握っているというか、加藤さんが、主役なのかもしれないと思ってしまうくらいであった。後は古賀さんがそのあたりにも、どう絡んでいるのだろうと思った。
