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小さな卵の、革新|第1部

《あらすじ》
2年前の冬、うずら卵は学校給食から消えた。

それは、ひとつの食材が避けられたというだけの話ではなかった。業務用専業の食品メーカーとして100年続いてきた会社が、初めて「消費者」と直接、向き合う始まりだった。

倉庫には、行き場を失った在庫が積み上がっていく。そんなある日、営業支援課の村川あおいに一通のメールが届く。

「御社のうずら卵には、まだ誰も気づいていない可能性があると思っています」

小さな卵を、もう一度、買い物かごへ。弁当へ。晩酌の皿へ。
外部の視点、社内人々の摩擦と葛藤、作る人と届ける人の変化が重なり、失われた需要をつくり直す挑戦が始まる。

■ プロローグ 消えた居場所

うずら卵が、学校給食から消えた。
けれど本当に失われたのは、献立の中の小さな一品だけではなかった。
名星めいせい食品にとって、それは「届ける場所」を失うということだった。

2024年2月26日。

痛ましい事故が起きた。

福岡県の小学校。1年生の男の子が、その日の給食に出された味噌おでんのうずら卵を喉に詰まらせ、ドクターヘリで緊急搬送されたが、その後、亡くなった。

名星食品の社内に第一報が入ったとき、誰もすぐには言葉を出せなかった。事故そのものの重さが、まず先にあった。業界への影響を考えるより前に、ひとりの子どもの命が失われた事実が、空気を止めた。

同じことは、以前にもあった。2015年、大阪市の小学校。1年生の女の子が、学校給食のうずら卵を喉に詰まらせ、13日後に亡くなった。あのときも衝撃はあった。けれど業界全体が長く止まるほどではなく、報道は限られ、半年もすれば需要は戻った。学校給食も、少しずつ平常に戻っていった。

だから今回も、時間が経てばそうなるのではないか。どこかで、誰もがそう思っていた。

違った。

SNSの時代だった。情報は、消えなかった。ニュースは何度も共有され、過去の事故も掘り起こされた。各地の教育委員会が相次いで使用自粛を発表し、こども家庭庁のガイドラインに「学校給食での使用を避ける食材」としてうずら卵の名前が載っていることも、広く知られるようになった。

止まったのは、学校給食だけだった。けれど、その穴は深かった。

名星食品は、業務用卸を主体に100年続いてきた食品メーカーだった。中でも、うずら卵水煮は大きな柱だった。納品先は多い。学校給食、外食チェーン、居酒屋、スーパーの総菜や中食、弁当工場、社員食堂、大手食品メーカーへの加工用原料——そのどれもが、業務用だった。名星食品は、うずら卵を消費者に直接届ける販路を、ほとんど持っていなかった。

唯一の例外が、おでん缶の自販機販売と通販だった。

それを担っていたのが、営業本部・営業支援課の村川あおいだった。40代後半。短い髪。小柄だが、芯のある人だった。あおいは、クリエイティブで営業活動を支援しながら、楽天とAmazonのウェブショップを自ら運営していた。商品ページを整え、レビューを読み、問い合わせに返事を書き、「また買います」という言葉を受け取ってきた。名星食品の中で、唯一、消費者の顔を知っている人間だった。

事故のあと、在庫が積み上がっていった。春が終わっても、出口は見えなかった。倉庫の数字は毎週のように重くなり、営業会議の資料には前年との差が並んだ。工場は止まらない。卵は入ってくる。でも、出ていく先が消えていた。

「学校給食が止まっただけだ」と最初は言えた。けれど、その「だけ」が、会社の中では大きすぎた。

あおいは、画面の中の在庫表を見つめながら、いつも同じことを考えていた。消費者は、うずら卵を嫌いになったのだろうか。本当に、もう食べたくないのだろうか。

違う気がした。

おでん缶を買った人のレビューには、今も「うずら卵が好きです」と書かれていた。問い合わせの中には、「子どもの頃、給食で食べたのを思い出しました」という声もあった。嫌われたわけではない。ただ、遠くなったのだ。

うずら卵は、いつの間にか、誰かが料理の中に入れてくれるものになっていた。八宝菜の中にあるもの。おでんの具のひとつ。給食の皿に、いつの間にか乗っているもの。自分で選んで、自分のために買うものではなかった。

それが、いちばん深い問題なのかもしれない。あおいはそう思った。けれど、その感覚を会議で言葉にするのは難しかった。営業会議で必要とされるのは、数字だった。取引先だった。ロットだった。出荷量だった。

「好きだと言ってくれる人がいます」

そう言うだけでは、在庫は動かない。

「買いたい人はいるはずです」

そう言うだけでは、販路は生まれない。

あおいは、口を閉じることが増えていった。


■ 第1話 行政が動いた

止まったのは、学校給食だけだった。
それが、かえって辛かった。

外食は変わらず使い続けてくれた。大手食品メーカーへの加工原料も、止まらなかった。愛知県下の自治体や名古屋市は、むしろ支援するように、地元の給食で使用量を増やしてくれた。ありがたかった。本当に、ありがたかった。それでも、足りなかった。全国の学校給食から抜け落ちた量は、あまりにも大きかった。地元の善意では、埋めきれなかった。

池田弘昌ひろまさは毎朝、在庫の数字を確認した。営業本部の課長として全国の営業所の数字を束ねながら、本社で新規営業の開拓も担っている。地域を問わず、新しい事業を提案し、需要を掘り起こす。それが今の池田の仕事だった。

数字は、池田に嘘をつかなかった。学校給食の穴は、深い。愛知県下の自治体と名古屋市が増やしてくれた分を、全国の減少分が飲み込んでいく。外食と加工用が踏ん張ってくれている分を、学校給食の空白が上回っていく。数字の上では、支えてくれている人たちの善意さえ、見えなくなるほどだった。

5月の営業会議で、社長が聞いた。

「回復の見通しはありますか」

誰も、すぐには答えなかった。池田も、答えられなかった。こども家庭庁のガイドラインには、今も「学校給食での使用を避ける食材」としてうずら卵の名前が載っている。国が撤回しない限り、教育委員会は動きづらい。教育委員会が「使っていい」と言わない限り、現場の栄養士は献立に戻しづらい。誰かが最初に動くことを、全員が待っていた。出口が、見えなかった。

会議室の窓の外で、6月の空が白く霞んでいた。あおいは、その光を見ながら思った。待っているだけでは、変わらない。けれど、何をすれば変わるのかは、まだ分からなかった。

動いたのは、地元の行政だった。

うずら卵の大産地、豊橋市が旗を掲げた。「うずらを愛そう。うずLOVE運動」。地元の養鶉ようじゅん業者や農協と連携し、市が前面に出た。プロ野球の公式戦会場でPRし、居酒屋チェーンとコラボし、子育てフェスや環境フェスタ、道の駅にも、うずら卵を持ち込んだ。国が慎重な姿勢を示したままの状況で、産地の市は、真逆の旗を掲げた。うずら卵を、もう一度見てほしい。そう言っていた。

愛知県も動いた。うずら卵の産出額は、全国第一位。キャベツや名古屋コーチンと並ぶ、愛知県の看板特産品だった。その看板が傷ついている。見過ごせるはずがなかった。6月の県議会で、県は表明した。大相撲名古屋場所の千秋楽、優勝力士への愛知県知事賞の副賞として、うずら卵一万個を贈る、と。

土俵の上で最も強い男に、一万個。

数字だけ聞けば、話題づくりに思えるかもしれない。でも池田には、その重さが分かった。行政が動くとは、そういうことだ。派手な一撃ではない。地味に、しかし確実に、産地の旗を立て続けることだ。そのニュースを見たとき、池田は少しだけ目頭が熱くなった。

県の動きは、それだけではなかった。県庁本庁での販売イベントに、名星食品も呼ばれた。会議室に特設売場が設けられ、うずら卵の加工品を並べた。県職員への頒布会という形だった。昼休みになると、職員が列を作った。

「応援しています」

そう言いながら買っていく人もいた。売上は、大きくはなかった。けれど、あおいには分かった。行政が動くことの本当の価値は、販売数だけではない。県庁には、記者クラブがある。行政が動けば、記者が動く。記者が動けば、記事になる。記事になれば、県民が知る。

そのニュースがテレビに流れ、新聞に載った日の午後、あおいの携帯に電話が来た。友人からだった。ひとりではなかった。何人も、続けて。

「ニュース見たよ」

「大変だったね」

「応援してるよ」

そして、口々に同じことを言った。

「うずら卵だけが悪いんじゃないって、思ってる人、たくさんいるよ」

あおいは、電話を切るたびに、少し泣きそうになった。でも、泣かなかった。その代わりに、ひとつ分かった。

消費者は、敵ではなかった。味方だった。ただ、どこで買えばいいか、分からないだけだった。どう食べればいいか、忘れていただけだった。

名星食品は、消費者向けの販路をほとんど持っていなかった。大手食品メーカーへのOEM供給で市販に出た商品にも、表に名星食品の名前はない。唯一の例外は、おでん缶の自販機と通販だった。買いたくても、買えない。それが、学校給食の喪失と並ぶ、もう一つの本質的な問題だった。

長年買い続けてきた農家が、今、苦しんでいる。手を挙げる理由は、それだけで十分だった。名星食品が東三河の商品開発マッチング事業に協賛メーカーとして名を連ねたのは、そういう判断だった。

9月。豊橋市の私立大学の学生たちが、隣の豊川市にある工場にやってきた。会議室に、20代の学生たちが並んだ。名星食品からは、あおいと開発課の田中わたるが出た。

田中は40代半ば。開発一筋で20年以上のキャリアを持つ技術者だった。寡黙で、数字に細かく、レシピの精度にこだわる。良い意味での職人だった。ただ、その職人気質は、長い年月をかけて「作れるものを作る」という方向に磨かれてきた。自社の設備で何ができるか。自社の技術でどこまで可能か。それが田中の出発点だった。消費者が何を欲しがっているかは、その後についてくるものだった。

ワークショップが始まった。学生たちが、思い思いの言葉を出した。

「うずら卵って、なんかおやつっぽくできないですか」

「小さいから、一口で食べられるのがいい」

「甘いうずら卵って、ありじゃないですか」

田中の眉が、わずかに動いた。あおいには見えた。

甘い、うずら卵。開発の現場では、まず出てこない発想だった。うずら卵は卵だ。塩味か、出汁か、スパイスか。甘みは卵の邪魔をする。田中の長年の感覚では、そうだった。

けれど、あおいには思い当たることがあった。以前、グループ企業の若手開発者が、通販のおまけにつけようと言い出し、実際に取り扱ったことがあった。プリン味のうずら卵だった。ジョークのつもりだった。笑ってもらえれば、それでいい。ところが、女性からの反応が違った。

「これ、美味しい」

「斬新。また欲しいんですけど」

笑いではなかった。本気の声だった。あのとき、あおいも半信半疑で聞いていた。でも、届いた声は本物だった。

「どんな甘さをイメージしてますか」

あおいが学生に聞いた。

「ミルクっぽい感じです。丸いカステラみたいな。食べやすくて、罪悪感なく食べられる感じ」

田中が、小さく息を吐いた。あおいには、その音が聞こえた。

学生たちが帰ったあと、田中が言った。

「難しいですね」

いつもの言葉だった。あおいは、少し間を置いた。

「実は、前例があります」

田中が、顔を上げた。

「おまけで付けたプリン味が、女性にすごく評判が良かったんです。ジョークのつもりだったんですけど」

田中は、黙った。

「プリンって、ミルクと卵でできてますよね。カスタードクリームも同じです。ミルクと卵の相性は、最初からいい」

田中はまた黙った。今度は、さっきとは違う沈黙だった。さっきは「難しい」という結論に向かう沈黙だった。今度は、何かを考えている沈黙だった。

「やってみます」

試作が始まった。田中が持ってきたサンプルを、あおいは毎回食べた。記録をつけた。回を重ねるごとに、少しずつ近づいていった。甘いのに、くどくない。ミルクの香りが、卵の風味を消さずに寄り添う。学生たちも試食を重ねた。ネーミングも、学生たちの言葉から生まれた。「みるくうずら」。もう一品は、「うずタル」。すりつぶしてタルタルソースのように仕上げた、コンポタ風味の一品だった。

二品が形になるにつれ、あおいの中に手応えと焦りが同時に育っていった。手応えは、商品としての完成度だった。食べてみれば、誰もが「面白い」と言った。「おいしい」と言った。「また食べたい」と言った。焦りは、その先だった。「面白い」は、買う理由にはなる。

でも、棚に並ぶ理由にはまだ足りない。「また食べたい」は嬉しい。でも、在庫の山を動かすほどの販路には、まだつながらない。

1月17日の新商品発表会で、二品を披露した。メディアが来た。記事になった。SNSでも広がった。1月26日のマルシェでは、用意した分が売り切れた。

それでも池田は、渋い顔をしていた。帰り道、池田がぽつりと言った。

「イベントでは売れる」

あおいは、答えなかった。

「でも、在庫の山は動かない」

あおいは、前を向いたまま頷いた。同じことを考えていたからだった。

その頃、あおいのデスクに一通のメールが届いた。差出人は、アークデザイン株式会社。大川輝一てるかず。件名は、一行だった。

「うずら卵を使った新規事業についてのご相談」

あおいは最初、画面から目を離した。こんな時期に、外部からの新規提案。便乗か。売り込みか。それとも、また思いつきの企画か。もう一度、画面を見た。読んだ。そして、手が止まった。


■ 第2話 一通のメール

その一通は、売り込みに見えた。
けれど、あおいは三段落目の一文で手を止めた。
そこには、社内の誰もまだ言えなかった言葉があった。

本文は、短かった。

差出人は、アークデザイン株式会社。プランナー、大川輝一。本文は三段落だった。会社紹介。うずら卵を使った新規事業を検討していること。一度、時間をもらえないかという依頼。ビジネスメールとして、過不足はなかった。

だからこそ、あおいは少しだけ警戒した。

この時期に、うずら卵を使った新規事業。便乗だろうか。売り込みだろうか。それとも、よくある思いつきの企画だろうか。事故のあと、名星食品にはいろいろな声が届いていた。応援もあった。励ましもあった。ありがたい言葉も、数えきれないほどあった。けれど中には、こちらの苦しさを商機として見ているだけのような提案もあった。

あおいは、画面から一度、目を離した。窓の外は、夏の光で白く滲んでいた。本社のフロアでは、いつも通り電話が鳴り、プリンターが動き、誰かが営業先の名前を口にしている。会社は動いている。けれど、どこかが止まっていた。学校給食の需要は、戻らない。在庫は、積み上がる。営業は、外食と加工用で踏ん張っている。行政も、地元も、支援してくれている。それでも、足りなかった。

あおいは、もう一度メールに目を戻した。アークデザインという会社を検索した。名古屋のデザイン会社だった。地元のテレビ局を親会社に持つ、一流のデザインファーム。大手インフラ企業のウェブサイト、製造業大手のコーポレートサイト、全国チェーンのデジタル施策。並んでいる実績は、本物だった。食品会社ではない。製造業でもない。流通でもない。

なぜ、うずら卵なのか。

あおいは、本文をもう一度読んだ。三段落目に、一文だけ、他と温度の違う言葉があった。

「御社のうずら卵には、まだ誰も気づいていない可能性があると思っています」

あおいは、その一文を3回読んだ。

可能性。その言葉が、妙に胸に残った。名星食品の中で、うずら卵はずっと「製品」だった。水煮であり、加工原料であり、学校給食の食材であり、惣菜や弁当の中に入る材料の一部だった。会社にとっては、作り、納め、使ってもらうものだった。

でも、あおいは少し違う場所を見ていた。楽天とAmazonのレビュー欄。おでん缶を買ってくれた人の問い合わせ。「また買います」という短い言葉。「子どもの頃、うずら卵が好きでした」という懐かしそうな声。そこには、数字にはならない何かがあった。

消費者は、うずら卵を嫌いになったわけではない。ただ、手を伸ばす場所がない。どう食べればいいか、思い出せない。誰かが料理に入れてくれない限り、出会えない。あおいは、ずっとそう感じていた。けれど、その感覚を社内で言葉にするのは難しかった。営業会議で必要とされるのは、数字だった。取引先だった。ロットだった。出荷量だった。

「好きだと言ってくれる人がいます」

そう言うだけでは、在庫は動かない。

「買いたい人はいるはずです」

そう言うだけでは、販路は生まれない。

感覚だけでは、会社は動かない。だから、あおい自身も、どこかで口を閉じていた。その閉じていた場所に、大川の一文が入ってきた。

まだ誰も気づいていない可能性。

便乗ではないかもしれない。売り込みでもないかもしれない。少なくともこの人は、うずら卵を「終わった食材」として見ていない。

あおいは返信を書いた。

「来週、30分ほどお時間をいただけますか」

送信ボタンを押してから、少しだけ後悔した。こんな時期に、外部の人間を呼び込んで何になるのか。また説明だけして、何も始まらないのではないか。こちらの事情を話して、結局「難しいですね」で終わるのではないか。でも、その後悔は長く続かなかった。他に、手がなかった。

7月22日。名古屋の夏は重かった。湿気が体にまとわりつく朝、あおいは会議室のエアコンを少し強めに設定した。テーブルを拭き、資料を整え、モニターの接続を確認した。池田が、少し遅れて入ってきた。

「今日の人、何の会社だっけ」

「デザイン会社です」

「デザイン会社が、うずら卵か」

池田はそう言って、椅子に座った。声は軽かったが、表情は軽くなかった。池田も、分かっていた。いま名星食品に必要なのは、これまで通りの営業の枠を超えた何か。けれどその何かが、まだ誰にも見えていなかった。

大川は、定刻の二分前に現れた。40歳前後に見えた。丈の長いシャツに、ゆったりしたパンツ。きっちりしすぎてはいないのに、どこか整っている。デザイン会社の人間らしい、力の抜けた身なりだった。テーブルにMacBookを置き、用意されていたモニターに接続する。準備の手つきが丁寧だった。急いでいない。押しつけてもいない。けれど、何かをきちんと持ってきた人の動きだった。あおいは、その手元を見ていた。

「うずら卵で、新しいブランドを作りたいと思っています」

池田が、少し背筋を伸ばした。あおいには分かった。池田が身構えるときの癖だった。

「ブランド、ですか」

「はい。消費者向けの商品ブランドです」

画面が切り替わった。タイトルスライドだった。エッグストリーム計画。池田の視線が、あおいに流れた。あおいは前を向いたまま、画面を見ていた。

大川が話し始めた。デザイン会社が、なぜ食品の新規事業を考えているのか。大川は、その疑問に先回りして答えた。自社の新規事業として、リアルな物販に挑戦したかったこと。デジタルのクリエイティブだけではなく、手に取れる商品を自分たちの手で世に出したかったこと。愛知、名古屋の企業として、地元の産業に貢献できる新事業を立ち上げたかったこと。その素材として、うずら卵を選んだこと。

「なぜ、うずら卵なんですか」

池田が聞いた。

「ポテンシャルが、正しく伝わっていないと思ったからです。栄養価は高い。サイズは小さい。そのまま食べられる。なのに、業務用の食材というイメージから出ていない」

あおいは、メモを取りながら聞いていた。大川の言葉は整理されていた。でも、あおいが引っかかったのは、論理の精度ではなかった。目線だった。この人は、消費者として話している。メーカーの論理でも、流通の論理でもない。自分なら欲しいか。誰が、どんな場面で食べるか。どうすれば、手に取りたくなるか。そこから話している。

あおいは、楽天とAmazonのレビュー欄を思い出した。懐かしい。子どもの頃に食べた。うずら卵が好きで。好きだと言う人は、いる。でも、うずら卵を主役として選んでいる人は、ほとんどいなかった。誰かが作った料理の中で、たまたま出会うもの。今夜のメニューに必要だから、思い出して買うもの。

「消費者は、うずら卵を自分のために買うものだと思っていない」

大川が言った。あおいの手が、止まった。

「脇役として慣れすぎているんです。八宝菜の中に入っているもの。おでんの具のひとつ。誰かが作ってくれた料理の中にあるもの。うずら卵を、自分で選んで、自分のために買う食材だという認識が、消費者にない」

あおいは、大川を見た。ずっと、そこだった。uzura.comを作ったときから。食べ方を届けようとしていたときから。県庁のロビーで職員に売ったあの日から。友人たちが「どこで買えばいいか分からない」と言った電話から。消費者と、うずら卵の間にある、薄い膜。その膜の正体を、大川は初対面の会議で言葉にした。

池田が口を開いた。

「おっしゃることは分かります。ただ、私どもは製造と卸が主体でして」

「存じ上げています。実は、私どもの会社は定款上、物品の販売ができないんです」

池田の眉が動いた。

「では、なぜ」

「だからこそ、御社に声をかけました。ブランディングとクリエイティブ、マーケティングは私どもが担います。製造と品質、そして販売は、御社に担っていただきたい。私たちだけでは、商品を世に出すことができません」

あおいは、その言葉を聞いていた。デザイン会社が、自社では売れない商品を作ろうとしている。大川にとって名星食品は、選択肢のひとつではなかった。製造と販売を担える相手が、どうしても必要だった。

あおいは、手元のノートを見た。

——消費者は、うずら卵を自分のために買わない。

自分で書いた文字を、なぞるように読んだ。言われてみれば、当たり前だった。でも、自分たちだけでは言えなかった。

「調査は、されましたか」

あおいが聞いた。

「はい。400件のアンケートと、40回のインタビューを行いました」

池田の腕が、少し緩んだ。

「商品も決まっていない段階で、ですか」

「はい。先に、消費者が何を求めているかを調べました」

大川がスライドを切り替えた。そこには、三つの言葉が並んでいた。

『ギルトフリー』 ——罪悪感なく食べられる。
『おやつ以上、食事未満』 ——少し満たしたいときに選べる。
『手軽で、ポータブル』 ——持ち歩けて、すぐ食べられる。

「この三つが、消費者が求めていることと、うずら卵が持っている性質に重なります。うずら卵は小さい。一口で食べられる。タンパク質がある。持ち運べる。消費者が欲しいものと、うずら卵が持っているものが、ぴったり重なっている。なのに、その形で商品になっていない」

会議室が、少し静かになった。窓の外で、名古屋の夏が白く光っていた。

あおいには分かった。大川が言っているのは、うずら卵の話だけではなかった。消費者の話をしていた。消費者が何を欲しがっているかを起点に、商品を考えている。メーカーの論理——何が作れるか、どう製造するか、どう卸すか——を、いったん脇に置いて。それが、名星食品にはなかった発想だった。ずっと、なかった発想だった。

大川が、少し間を置いた。

「実は、この計画を持って、食品関連の会社を回りました」

「どのくらい当たられましたか」

「20社ほどです」

池田の眉が、動いた。

「全部、断られたということですか」

「はい」

大川は、表情を変えなかった。

「理由は」

あおいが聞いた。

「製造上の問題、設備上の問題、リスクの問題。会社によって言葉は違いましたが、結論はひとつでした」

大川は、そこで一度言葉を切った。

「やったことがないから、できない」

池田が、少し黙った。あおいには、その沈黙の意味が分かった。池田も、同じ言葉を喉元まで持っていたのだ。その言葉を、まだ飲み込んでいるだけだった。

「それでも、続けたんですね」

あおいが言った。大川は初めて、少しだけ笑った。

「uzura.comを見つけたとき、ここだと思いました。業界を見渡しても、うずら卵を主役として扱っている会社は、御社だけでした。食べ方を届けようとしている。レシピを語ろうとしている。うずら卵を、消費者の言葉で語れる会社が、ここにしかなかった。だから声をかけました」

あおいは、少しの間、大川を見た。uzura.comは、社長直轄のブランディングプロジェクトから生まれたサイトだった。あおいは、そのプロジェクトリーダーとして立ち上げを担った。すぐに大きな売上を生んだわけでもない。業務用専業の会社で、消費者向けのサイトを作ることの意味を、全員が理解していたわけでもなかった。

でも、見ていた人がいた。社外に。初めて会う人の中に。

あおいは、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。

30分の予定が、気づけば一時間を超えていた。帰り際、大川はエレベーターに乗り込む直前に振り返った。

「次回、詳しい計画案をお持ちします。ご検討いただけますか」

池田が、あおいを見た。あおいは、池田を見た。二人の間に、言葉はなかった。でも、答えは決まっていた。

「はい」

エレベーターのドアが閉まった。廊下に、二人が残った。池田が、小さく息を吐いた。

「uzura.com、見ていたんだな」

「そうみたいですね」

「君が作ったやつ」

「はい」

池田は、少し黙った。それから、会議室の方へ歩き出した。あおいは、その背中を見ながら、聞こえないくらいの声で言った。

やったことがないから、できない。

それが、20社の答えだった。以前の名星食品なら、きっと同じ答えを出していた。池田も、田中も、あおい自身も、そう言ったかもしれない。でも今日、二人は迷わず、同時に「はい」と言った。何かをしなくてはならない。その共通認識が、二人をそうさせた。

あおいは会議室に戻り、自分のノートを開いた。さっき書いた一行が、そこに残っていた。

——消費者は、うずら卵を自分のために買わない。

あおいは、その下に、もう一行を書き足した。

——ならば、自分のために買える形を作る。

ペンを置いた。窓の外で、名古屋の夏が白く光っていた。

第3話へつづく


本作は全3部構成です。
この第1部では、うずら卵が学校給食から消え、名星食品が新しい可能性に出会うまでを描きました。

続く第2部では、
「できない理由」と向き合いながら、うずら卵の新しい形を探していきます。

▶ 第2部はこちら
https://note.com/team_quail2026/n/n1c41faed51c4

▶ 第3部はこちら
https://note.com/team_quail2026/n/nf61951ddc3f5

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