受賞を待つのではなく、票を持ちに行く。ボイグルとグラミーの距離が変わった2026年の夏
前回、日本の音楽が世界へ出ていく道について書きました。中国という一本道が閉じたあと、それぞれのグループがまったく違う扉を叩いているという話です。
その続きのような出来事が、この数週間で立て続けに起きています。しかも今回の舞台はグラミー賞です。ただ、その関わり方が私の予想とはずいぶん違っていて、そこがとても面白いなと思いました。誰も「受賞を目指します」とは言っていないのです。
あるプロデューサーのインタビュー
ロサンゼルスを拠点に活動するプロデューサーでソングライターのヒロイズム(her0ism)さんのインタビューを読んで、いろいろと考えるところがありました。
ヒロイズムさんはNEWSに多くの楽曲を提供している方です。7月29日に発売される16thアルバム「KMK」でも、リード曲を含む複数の楽曲を手がけています。NEWSは2003年デビューなので私がふだん追っている範囲には入っていないのですが、この方の仕事はもっと広くて、私が対象にしているKis-My-Ft2やDa-iCEにも楽曲を提供されています。
インタビューで印象に残ったのは、制作現場の話でした。海外ではコライト、つまり複数人で曲を共作するやり方が主流で、アメリカでは数か月先までセッションの予定がカレンダーに入っているそうです。日本はこれまでそうではなかったけれど、だんだんとその方法が浸透してきている、と語られていました。20代のソングライターにはコライトに慣れた人が増えているそうです。
これは地味な話に聞こえるかもしれませんが、ボイグルにとってはけっこう大きいことなのかなと思います。楽曲が生まれる入り口の時点で、最初から世界を想定した作り方が標準になっていくということですから。ステージで海を渡る前に、曲のほうが先に海を渡る準備を始めている、というイメージです。
そしてもうひとつ、この記事を書こうと思った理由がヒロイズムさんの言葉でした。
世界に出ていくには、束にならないと開かないドアがある。でも同時に、個じゃないと入れない隙間もある。
そういう趣旨のことを話されていて、これは前回の記事で私が書いた「扉の叩き方はひとつではない」という話と、そのまま重なるなと感じました。
三者三様の、グラミーとの関わり方
そのヒロイズムさんが、実はグラミー賞の新部門の共同提案者の一人でした。加藤公隆さんとともに、部門の実現に向けて動いてこられたそうです。ご本人のX公式プロフィールにも、その旨が記載されています。
2027年2月7日に開催される第69回グラミー賞から、最優秀アジアン・ポップ・ミュージック・パフォーマンスという部門が新設されます。K-POP、J-POP、C-POPなど、アジア市場発またはアジア市場で広く認知されたポップミュージックが対象です。
つまりヒロイズムさんは、扉を作る側から関わったわけです。
そして7月16日ごろ、もうひとつのニュースが出ました。BMSG代表取締役CEOのSKY-HIさんと、BE:FIRSTのSOTAさん、SHUNTOさん、MANATOさん、RYUHEIさん、JUNONさん、LEOさんが、グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーの2026年新会員に選出されたのです。これにより、第69回グラミー賞への投票資格と出席資格を得ています。

会員は現役の音楽プロフェッショナルによる厳格な審査を経て決まるもので、活動実績やクレジット、同業者からの推薦などをもとに判断されるそうです。
こちらは、投票する側から関わった形になります。
さらに8月12日、&TEAMがロサンゼルスのグラミー・ミュージアムで開催される「Global Spin Live: &TEAM」に出演します。

これはグラミー賞の授賞式でパフォーマンスするという話ではありません。グラミー・ミュージアムは、レコーディング・アカデミーが設立したロサンゼルスの音楽施設で、世界で活躍するアーティストを招いた公開収録やイベントを定期的に開催しています。今回はモデレーターのエミリー・メイさんを迎えたトークとパフォーマンスの構成です。
そしてこれが、&TEAMにとってアメリカでの初めてのパフォーマンスになります。8月14日にはKCON LA 2026への出演も控えているので、8月のロサンゼルスは2連戦ですね。前回の記事で私は「&TEAMが次に開ける扉はどこなのか」と書いたのですが、その答えの一部はもう出ていたことになります。
部門を作る側、投票する側、そして会場に立つ側。グラミーというたったひとつの扉に限っても、関わり方が三通りに分かれている。見ている角度を変えるだけで、同じ「グラミーとの関係」がこんなに違う形をしているのだなと思いました。
なぜ、票を持つことが効くのか
私がいちばん考えさせられたのは、BE:FIRSTとSKY-HIさんの選出でした。
普通に考えると、アーティストがグラミーと関わるといえば、ノミネートされることや受賞することですよね。でも今回起きたのは、評価される側ではなく、評価する側に回るという動きです。
これがなぜ効くのか。日本人の会員は、これまで全体のごく一部にとどまってきたと言われています。日本発でグラミー賞に関わるコミュニティの説明によれば、その比率は1%にも満たないそうです。これは公式に発表された統計ではないので数字そのものは慎重に見たいのですが、日本人が非常に少ないという傾向自体は、他の報道とも整合しています。
つまり、日本の音楽がこれまで評価されにくかった理由のひとつは、作品の質だけの話ではなかったのかもしれない、ということです。単純に、票を持っている日本人がほとんどいなかった。どれだけいい曲を作っても、その良さを知っている人が投票の場にいなければ、票は動きません。
新しい部門ができても、投票する人がいなければ同じことです。だから部門の新設と会員を増やす動きは、本来セットで意味を持つのだと思います。
BMSGは6月29日のカンファレンスで「第二創業期」への移行を宣言し、2030年までにBMSG FESの初の海外開催に挑戦することを発表しました。世界にJ-POPの棚をつくる、という言葉を掲げているそうです。棚に並べてもらうのを待つのではなく、棚そのものの設計に関わっていく。今回の会員選出は、その姿勢と綺麗に一致しているように見えます。
ちなみに日本人の会員はほかにもいらっしゃいます。2023年のグラミー賞受賞者で投票メンバーでもある作編曲家の宅見将典さん、そして最近では女性MCのCOMA-CHIさんが投票メンバーとして正式に承認されたと報じられていますし、作編曲家のShihoriさんも正会員に選出されたことをご自身のSNSで報告されています。BE:FIRSTが最初というわけではなく、いま日本人の会員が少しずつ増えている流れの中にいる、というのが正確な見方かなと思います。
新しい部門についての見方
この新部門、歓迎一色というわけではありません。ここは両方の見方を書いておきたいです。
期待する側の論点はこうです。これまでBTSやBLACKPINKのロゼさんなどがノミネートされながら受賞には届きませんでした。アジア専用の部門ができることで、初受賞への道が開けるのではないかという期待が集まっています。日本にとっても、J-POPが対象として明示された部門は初めてとみられるそうです。
いっぽうで懸念の声もあります。これは主要部門からの隔離ではないか、という批判です。アジア枠を作ることで、かえって本丸から遠ざけられてしまうのではないか、と。ビルボードと同じようにアジアの音楽を独立したジャンルとして位置づける動きだ、という見方もあります。
この批判に対する反論も出ていて、私はこれが興味深いなと思いました。隔離だという批判は、すでに主要部門を現実的な目標として語れる立場だからこそ言えるものであって、日本の音楽業界はまだその段階に達していない、という指摘です。同じ制度でも、どこに立っているかによって意味が変わってくる。
なお新設の理由について、グラミー側はアジアンポップの影響力が拡大していることを踏まえたと説明しています。宅見将典さんは、これまでアジアや南米、アフリカの音楽がグローバル部門に集中する傾向があり、その混雑を緩和する狙いもあったのではないかと分析されていました。
条件面でひとつ、日本のグループにとって見逃せない点があります。この部門は、1つ以上のアジア言語が意味のある形で使われていることが応募条件になっています。単語やアドリブ、短いフレーズだけの使用では対象になりません。そして応募資格は、アーティストの民族的背景や国籍ではなく、音楽スタイルによって判断されるそうです。
日本語で歌うことは、この部門では不利になりません。むしろ条件を満たしやすい。無理に英語に寄せなくてもいい扉が、ひとつできたということなのかなと思います。
「Golden」が示していたこと
もうひとつ、書いておきたい出来事があります。
今年2月1日に開催された第68回グラミー賞で、Netflixのアニメーション映画「KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ」の「Golden」が、最優秀視覚メディア楽曲を受賞しました。K-POP楽曲として初めての受賞だそうです。
ここが私にはとても示唆的でした。K-POPがついにグラミーを獲ったわけですが、その扉は正面のポップ部門ではなく、映像作品のための楽曲という横の扉だったのです。
前回の記事で、扉の叩き方はひとつではないと書きました。まさか同じことが、グラミーの中でも起きていたとは思いませんでした。世界でいちばん高い壁と言われる場所ですら、正面からではない入り方があった。
そう考えると、ヒロイズムさんが部門を提案し、BE:FIRSTとSKY-HIさんが票を持ち、&TEAMがミュージアムのステージに立つという今回の三通りも、同じ発想の延長線上にあるように見えてきます。
おわりに
この夏に起きたことは、たぶんどのチャートにも映りません。
会員名簿に名前が載ったことも、部門の提案者リストに名前があることも、ミュージアムでのイベント出演も、CDの売上にもサブスクの再生数にも一切反映されないからです。私がふだん見ているオリコンにもBillboard JAPANにも、この動きは出てきません。
でも数年後、もし日本発のグループがグラミーにノミネートされる日が来たとしたら、その一因はきっとこの夏にあります。
見るランキング、見る数字、見ている期間によって、ボイグルの姿はまったく違って見えます。
そして今回わかったのは、そもそも数字になっていない動きがあるということでした。だからこそ、どのグループにもその時々にしか出せない強さがあって、それを一つの物差しで並べることはできないのだと、あらためて思っています。
受賞を待つのではなく、票を持ちに行く。棚に並ぶのを待つのではなく、棚を作りに行く。そういう関わり方があるのだと知れたことが、今回の1番の収穫でした。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
普段はボイグルの分析をしています
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