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「このまま東京で育てていいの?」種子島「宇宙留学」で移住した理由【vol.1:山村留学のはなし】

便利な東京。なんでもあるし、情報も多いし、選択肢が多い。

ただ、子育ての環境としてほんとうにいい場所なのか、、、
なんとなく違和感を覚えることもあると思います。

そんなことを考えて、子ども3人と大都会の東京から、山村留学で種子島に飛び込んだ冒険の記録です。

山村留学って?という人から、移住や宇宙留学に関心がある人まで、いろんな方に興味を持ってもらえればとおもいます。


自由に遊べない東京

「今日の昼休みね、1年生は校庭で遊んじゃダメなんだって」

学校から帰ってきた子どもにそう言われたとき、「ウソでしょ?」と思わず聞き返してしまいました。

子どもが通っている東京の小学校は、生徒数に対して校庭がせまく、休み時間に校庭や体育館を使える学年が曜日ごとに決められていました。

東京での暮らしは、たしかに便利です。
すぐに博物館や動物園などに行けるし、イベントごとも多いし、習いごとの選択肢も山ほどある。

とくに「お金を出して買う経験」なら、東京は間違いなく充実している場所だと思います。

でも、きれいに整備された小さな公園には「ボール遊び禁止」の看板。。。
自由なはずの放課後や休み時間は、細かいルールで管理されています。

幼少期を地方で過ごした私には、海や山をかけまわり、秘密基地を作り、、、ひたすら自分たちで遊びを作っていた記憶がありました。

「のびのび遊ぶ」っていう、子ども時代に一番大切にしたい時間が、東京にあるのだろうかと感じていました。

特に一番上の子が小学校に行き始めてからは、そのモヤモヤとした考えがだんだんと強くなっていました。。。

そんなことを考えていた2024年の夏、科学技術館に家族で遊びに行ったときに、まさに人生を変える出会いがありました。

宇宙留学という壮大な名前の制度

科学技術館でたまたま目に入ったポスターに書いてあったのは『宇宙留学』という、なんともワクワクする言葉。

それは、鹿児島県の種子島・南種子町が行っている山村留学の募集ポスターでした。

当時見た令和7年度募集のポスター


山村留学というものは知っていましたが、宇宙留学とは!?
宇宙服を着た子どもたちに興味をもって見ました。

ただ、種子島は東京から遠く離れた不便な離島というイメージも。。。
夫婦ともに東京での仕事もあるので、当時は「へー、こんなのもがあるんだ」くらいの考えでした。

それから少し経った時、宇宙留学のことを調べてくれていた妻から「あの宇宙留学、ちょっと考えてみない?」と声をかけられました。

  • 現地の学校に転校して1年間過ごすプログラム。1年経った後、気に入ってそのまま住み続ける人もいるらしい。

  • ロケットの打ち上げを見たり、安納芋を育てたり、種子島ならではの生活を送れる。

  • 現地での移住促進・児童数の確保の目的もあって、参加する家庭への補助がある(現地の家の提供や補助金など)。

だいたいこんな感じの内容で、たしかに魅力的でした。
なによりも興味を持ったのは、SNSなどで見た宇宙留学生の子どもたちが大自然の中で楽しそうに遊ぶ姿でした。

「あ、私たちが探していた答え、ここにあるかも」

そう直感した瞬間でした。

(ちなみに、令和8年度の宇宙留学募集ポスターには、現地ですっかりたくましくなったわが子たちが載っています。あの日見る側だった私たちが、今は迎える側にいるというのは、なんだか不思議な気分です。)

宇宙留学について、詳しくは南種子町のウェブサイトをご覧ください。

まさかの「下見なし」移住

家族で移住や留学をするなら、現地の下見をするのが普通だと思います。
しかし、実は私たちは一度も下見せずに、種子島行きを決めました。

宇宙留学は倍率おおよそ3倍で、応募しても必ず行けるとも限りません。
なので、下見どうこう考えるよりまずは応募だけしてみようと。
すると運よく選考に合格したので、そしたらもう行くしかないだろうと。

子どもたちは「ロケット」とか「海」に興味を持って、種子島に行ってみたいと言っていたと思いますが、実際はよくわかっていなかったんじゃないかなと思います。。

ある種の「賭け」ではありましたが、結果としてそれは「大正解」でした。

家族5人の「大冒険」のはじまり

こうして2025年4月、私たち家族の新しい生活が始まりました。

私自身は仕事の関係で、東京と種子島を行き来する「2拠点生活」。
(この1年は、トータルで7ヶ月くらい種子島にいました)
妻は3人の子どもたちと一緒に完全移住。
上の2人は南種子町の小学校(全校生徒30人くらい!)へ、そして一番下の子は現地の幼稚園へ通っています。

留学は小学生の制度ですが、実は幼稚園児の下の子にとっても、この島での生活は毎日が驚きの連続です。
このあたりの変化についても、今後の投稿で書いていきたいと思います。

のどかな通学路。奥にうっすら見えるのは屋久島。

東京から種子島まで車で約40時間かかった大移動の引越しから、あっという間に約1年。ほんとうに充実した生活を送ってきました。
宇宙留学は1年間の制度ですが、家族全員が種子島を気に入り、来年度も種子島に残ることを決めています。

この連載でお伝えしたいこと

これから何回かにわたって、私たちの「宇宙留学」での経験をお届けしようと思います。

  • 教育のこと: 1クラス数人の「少人数教育」って実際どうなの? 勉強は遅れない?

  • 暮らしのこと: ロケット打ち上げの凄まじい轟音や、虫との壮絶な戦い。

  • お金と仕事のこと:現地での生活費のこと、よそ者でも地域に馴染めるのかや、現地での仕事の話。

  • 引越し・移動のこと:種子島へどうやって引っ越すのか、東京との移動はどうするのか。

私たちが宇宙留学への応募を考えていた時、色々調べましたが、宇宙留学や山村留学の情報は少ないなと感じていました。

非常に魅力的な制度なのに、情報不足で知られていなかったり、飛び込んでみようと踏み切れなかったりするのはもったいない。

お世話になっている種子島への恩返しとしても、少しでも役に立てたらと思います。

そして、もし、私と同じように都会での子育てに「モヤモヤした違和感」を感じている人がいたら、 あるいは、子どもの目が以前よりキラキラしていないな、、と心配しているお父さんお母さんがいたら。

「教育移住」なんていう堅苦しいものではなく、のびのび過ごせる環境を求めて種子島に飛び込んだ私たちの、ちょっとした冒険の記録が、なにかのヒントになれば嬉しいです。

地域おこし協力隊の方が、宇宙留学生へのインタビューなどを書かれているので、興味ある方はこちららもぜひ読んでみてください。

山村留学は、なかなか簡単には決められるものでもありません。
興味ある方、不安な要素はなにでしょうか?

次回は、親として一番気になる「教育」の話。
「虫眼鏡で太陽を見ちゃダメ」と誰かが言った時、先生がとった驚きの行動についてお話しします!

それでは、また次回の記事でお会いしましょう!


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