海峡を巡る米中激突ー米国奪還、中国後退ー
米国・イスラエルによるイラン攻撃は、ホルムズ海峡の地政学的重要性を世界に再認識させた。主要な海峡等の「チョーク・ポイント」は米国がコントロール下に置いてきたが、共産中国が経済的手段で浸透を図っていた。一帯一路を切り崩す米国の動向は、共産中国が浸透しつつあった「チョーク・ポイント」を奪還する動きとも考えられる。
ホルムズ海峡は主要なチョーク・ポイントの一つ
米国とイスラエルにより2月28日から開始された本格的なイラン攻撃は、4月8日に即時停戦合意が成立した。いつ停戦が頓挫しても不思議ではないような報道も続いており、今後の推移は予断を許さないが、今回の両勢力の交戦で世界が再認識したことの一つにホルムズ海峡の地政学的重要性が挙げられる。
ホルムズ海峡は、地政学の基本的概念の一つである「チョーク・ポイント」である。「グローバル化といわれる現在でも国から国、また、中東やアジアなどエリア間の大規模な物流の中心は海路であり、国家の運営においてルートは命綱です。『チョーク・ポイント』とは、このルートを航行するうえで、絶対に通る、海上の関所。具体的には、陸に囲まれた海峡や、補給の関係上、必ず立ち寄る場所」である(「サクッとわかる ビジネス教養 地政学」(奥山真司監修、新星出版社、2020年)より。なお、新装改訂版として「サクッとわかる ビジネス教養 新地政学」(奥山真司監修、新星出版社、2024年)が出版されている)。
なお、本稿で多用するランドパワー、シーパワー、世界島などの地政学のその他の用語については、「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)の「地政学の用語解説」を参照願いたい。
図:地政学的に見た世界地図と世界の主要なチョーク・ポイント

出所:地政学に関する各種の書籍(奥山真司監修「サクッとわかる ビジネス教養 地政学」を含む)の記述をもとに筆者作成
チョーク・ポイント争奪戦
(1)米国の世界的覇権に挑戦する共産中国
「地球を巡る二つのアジア発世界ビジョン」(2023年6月14日)でも述べたように、中華人民共和国(以下、共産中国)が提唱し始めた一帯一路構想は該当地域のインフラ整備を中心とした経済構想であり、“一路”は海路を意味する。海路を有効活用するためには、前述のチョーク・ポイントをコントロール下に置くことが重要となる。一帯一路を共産中国の望ましい形で実現する≒共産中国が陸上のみならず海上でも自由に振舞うためには、主要なチョーク・ポイントの主導権を取ることが不可欠である。
一方、世界の主要なチョーク・ポイントを押さえてきたのは米海軍である。米国の世界的覇権は、チョーク・ポイントを握る海軍力によるのである。しかしながら、2013年に当時のオバマ米大統領が「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と宣言したことに象徴される一連の出来事は、共産中国の世界的覇権への挑戦意欲を高めたことであろう。習近平・共産中国国家主席は「中華民族の偉大な復興が中国最大の夢」と2013年の全国人民代表大会で正式に語ったが、その具体化策の一つが一帯一路構想である。
米国がコントロール下に置くチョーク・ポイントに対し、共産中国は軍事的手段ではなく一帯一路構想などの経済的手段を用いて、徐々に主導権を奪取する手法を採ってきた。しかし、その危険性に気付いた米国は、経済的・政治的・軍事的手段等を用いて奪還を図っている。以下では、米国の死活問題に直結するパナマ運河、共産中国の野望実現に不可欠な台湾海峡、国際的にも重要なホルムズ海峡について、米中争奪戦の現況を簡単に描写する。
なお、米国が世界的覇権を握る前は、英国が世界の主要なチョーク・ポイントを押さえており、七つの海を支配すると言われた「大英帝国」の全盛期の基盤の一つとなっていた。
(2)パナマ運河における共産中国の浸透と挫折
大西洋と太平洋を睥睨する米国にとって、パナマ運河は経済的にも軍事的にも死活問題に直結しかねないチョーク・ポイントである。1914年のパナマ運河開通以前は、日露戦争でバルティック艦隊を全滅させた日本帝国海軍の太平洋制海権を米国が軍事的に威圧するのは、実質的には困難であった。
パナマ運河両端のバルボア港、クリストバル港は香港企業CKハチソン・ホールディングス(長江和記実業)の子会社が1997年から運営してきた。しかし、不正があったとして、パナマ監査当局が契約延長の無効を求め提訴し、パナマ最高裁が今年(2026年)違憲判決を下した。一国二制度がそれなりに機能していた時代は米国にとって深刻な問題にはならないと考えることもできた。しかし、2020年の香港国家安全維持法以降は実質的に一国二制度が終焉し、共産中国が香港企業を支配することも可能となっている現在、敵性国家にパナマ運河のコントロールを握られるのは米国にとって危険である。「米国は孤立主義に回帰するのか―世界島と米大陸の地政学、日本の対応―」(2026年1月28日)で述べたような、「世界島による米大陸包囲」の脅威、あるいは米大陸孤立主義への回帰、のいずれの面から見てもパナマ運河を共産中国の支配下に置くわけにはいかないというのが、米国の国家意志であろう。
また、パナマは2017年にラテンアメリカで初めて一帯一路構想に参加していたが、2025年に離脱を正式に表明した。「戦後国際秩序の大転換を始めた米国―FOIP(自由で開かれたインド太平洋)、米大陸孤立主義の両備え―」(2026年3月27日)でも触れたように、共産中国からのメリットが想定以上に少なかった事に加え、米国による政治的圧力も大きく影響していると考えられる。
(3)台湾海峡は共産中国の野望封じ込めの核心
台湾海峡は世界的視野では主要なチョーク・ポイントとは言えないかもしれないが、東アジア及び米中激突という観点では、絶対にお互いに譲れないチョーク・ポイントである。だからこそ、共産中国側は台湾を核心的利益の一つとして不退転の決意を全世界に表明し続けている。
共産中国が本格的に太平洋に進出するためには、台湾海峡や日本列島の南西諸島周辺の制海権を握ることが必須である。そうすることで、軍事的側面のみならず経済的側面でも米国に気兼ねすることなく自由に振舞うことが可能になる。
一方、米国から見れば台湾海峡などの主導権を確保し続けることによって、共産中国の本格的な太平洋進出を阻むことができる。台湾海峡の平和と安定、尖閣諸島は日本の領土であり日米安保条約の対象である、などの米国の声明についてその実行性に疑問を呈する声は日本国内にも多い。正義に適っているように聞こえる建前はともかくも、米国が本気で日本や台湾のために軍事力行使に踏み切るとは考え難いのは同感である。しかし、これらはFOIP、米大陸孤立主義のいずれの路線を採択するにせよ、米国の国益に直結している(前掲の「戦後国際秩序の大転換を始めた米国」など参照)。米国が台湾海峡等への共産中国の進出を看過する事態が起きるとしたら、共産中国が今後100年程はそれほど米国の脅威になる事は無いと見切った場合か、米国が完全に衰退して現行領土内に閉じ籠るしかない場合であろう。なお、米国は現行領土内だけでも十分にやっては行ける資源がある。
(4)ホルムズ海峡は世界的には引き続き重要であるが…
今回の米国・イスラエルによるイラン攻撃により、ホルムズ海峡の安定的航行の重要性が世界的に再認識された。しかし、トランプ米大統領はホルムズ海峡に関する言を左右し続け、他国の懸念や批判はどこ吹く風といった態である。攻撃開始当初は、ホルムズ海峡の主導権確保も米国の狙いの一つと考えられたが、様相が異なるようだ。
シェール革命により、石油やガスの自給能力が高まった米国は、それ以前に比べると中東に対する関心が低くなっている。同様の理由により、ホルムズ海峡の主要なチョーク・ポイントとしての位置づけは、米国にとっては相対的に低くなっている。一方、日本を筆頭に石油輸入の多くを中東地域に依存する諸国にとって、ホルムズ海峡の重要性は変わらない。トランプ米大統領のホルムズ海峡に関する日本や米国以外のNATO諸国への冷淡な態度は、米国にとってのホルムズ海峡の相対的位置づけ低下が表れたものとも言えよう。
一方、SCO(上海協力機構)や一帯一路構想など様々なレベルに見られる共産中国とイランの結び付きは、独裁ランドパワー諸国の結束を強めていると思われる。しかし、今回のホルムズ海峡に関する共産中国のイランに対する要請などを見る限り、共産中国がイランに対して優位に立っているとは言い難いようである。イラン側も米国やイスラエルからの攻撃に対して、口先介入しかできない共産中国には期待低下している可能性がある。
(5)共産中国の浸透は停滞、米国の反撃姿勢強化
共産中国企業によるスリランカや豪州の港湾等への長期のリース契約等も、共産中国の世界浸透戦術の一環と見做される。しかし、スリランカなど経済的な苦境が続く諸国以外では、共産中国企業による港湾リースなどを見直す動きが活発化している。
ブラジル、ロシア、インド、共産中国、南アフリカ(BRICS)により2015年に設立された国際開発金融機関であるNDB(New Development Bank:新開発銀行)は、はいわゆるBRICS銀行などと呼ばれ、本部は共産中国の上海にある。AIIB(Asian Infrastructure Investment Bank:アジアインフラ投資銀行)、SRF(Silk Road Fund:シルクロード基金)等と同様に共産中国が世界各地に浸透するために、BRICS諸国と連携を強める措置の一環とも考えられた。しかし、ウクライナ侵攻等を通じて旧ソ連諸国から見放されつつあるロシア以外のブラジル、インド、南アフリカはそれぞれ地域大国として共産中国の思惑を跳ね返す力量と意志があり、共産中国の海外拠点確保への活用はうまくいっていないと言えよう。
世界的に主要な「チョーク・ポイント」の一つであるバブ・エル・マンデブ海峡に面するジブチには、2010年代半ばに共産中国初の海外基地が開設され、この基地開設も経済的手段を活用した側面がある。ただし、フランス、米国、日本なども軍事拠点として展開しており、「チョーク・ポイント」の主導権を握っているわけではない。
一方、米国は同盟国や友好国などの批判や懸念を引き起こしつつも、経済的・政治的・軍事的手段等を用いて共産中国の浸透戦術への反撃を試みているのが、今の米中激突の現況と言えそうである。
日本の造船業への期待
米国が海峡主導権を取り戻しても、そこを通航する船舶が共産中国製では主導権を完全に取り戻した事にはならない。米国は日本の協力による造船業再建を掲げており、日本の高市早苗政権も前向きに応じる見込みである。また、「高市総合経済対策への期待-戦略17分野は的確-」(2025年12月11日)で触れたように「国家安全保障を支える日本の造船業を再生するための取組」を進めるとして、米国の要請がなかったとしても元から造船業再生は日本の重点施策となっている。
「海洋国家日本の復権に向けた造船新機軸」(2024年9月20日)で描写したように、海洋国家日本の復権に向けた造船の新機軸は期待できる。しかし、新造船建造量では、共産中国、韓国の後塵を拝しているのが現況である。新機軸を引き続き推進してくことは重要であるが、やはり量的追及も重要である。
日本の造船業の現況整理、現況を踏まえた量的追及を実現するための課題、行政や業界の取組等について、近いうちに別レポートを執筆予定である。
20260414 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「戦後国際秩序の大転換を始めた米国―FOIP(自由で開かれたインド太平洋)、米大陸孤立主義の両備え―」(2026年3月27日)
